第18話 地獄へご案内いたします
第二の玄室にも、とくに見るべき宝物などはなかった。
それらすべてに「もののふの祟り」という効果が付与されており、下手に身に着ければ、正体不明の悪霊に憑り付かれ、正気を失ってしまう。
いわゆる呪われたアイテムであり、しかも重量が半端ではない。
苦労して会社に持ち帰っても、買取値は二束三文という、踏んだり蹴ったりなガラクタだった。
ゆえに、そんなものは無視して、次なる玄室へ向かう。
ここの通路には、魔物はいないようだった。
すんなりとポータルへ辿り着き、迷わず青い鬼火へと飛び込む。
視界が切り替わり――再び、十メートル四方の石壁の小部屋へと転送された。
正面で待ち構えていたのは、やけに小柄な人影。
……に見えるが、全身白黒の、てかてかとしたプラスチックっぽい素材の、人形のような何か。
頭部には昆虫の複眼のような大きな目が左右にあり、ぼうっとオレンジ色に光っている。
マネキンというよりは、ちょっとポップなデザインの、宇宙人の模型とでもいったほうが近いだろうか。
実は二足歩行ロボットである。
何十年も前――それこそ俺が生まれるよりずっと昔に量産され、一世を風靡した「ガーリッくん」という商業用多機能全自動人型AIロボット。
頑丈なボディーと、人間並みの挙動を可能にする精巧な関節構造を擁し、第十八世代AIの搭載によって、優れた知能と判断力、完璧な言語能力を併せ持つ。
当時、街頭やホテルの案内役、観光ガイド、レストランの給仕、工場での軽作業や車の代行運転など、実に様々なシーンで活躍した。
ところが、わずか五年ほどで次世代アンドロイド「みくロイド
そして現代。
かつて地上で働いていた「ガーリッくん」が、どういうわけかダンジョンに出現し、探索者を襲うようになっていた。
もとは民需用ロボットであり、ボディーが頑丈なこと以外、とくに戦闘に向いた要素などなかった「ガーリッくん」だが、ダンジョンでは両腕に刃物を持ち、腹部には機銃を内蔵し、装甲や運動性も強化されていた。下手な軍用兵器を上回る戦闘スペックである。
本来、ガーリッくんは内蔵の水素電池を動力源としており、三日も稼動し続ければバッテリー切れで自動停止する構造だった。
ところがダンジョンに出現するガーリッくんは、その水素電池が収納されていた箇所がカラッポになっているらしい。
それでいて、稼動時間の制限もなく、無限に動き続ける。動力源は不明である。
……外装は隙間なくスーパーセラミックの装甲に覆われ、迫れば両手に出刃包丁、離れれば腹部から機銃を無尽蔵に撃ち続けてくる。
攻防遠近いずれにも隙がない、まさに強敵。
見ためはポップな白黒宇宙人風二足歩行ロボットだが、戦闘能力は高く、油断ならない。
さっそく、そのガーリッくんのセンサーが、俺を捕捉したようだ。
『いらっしゃいませ、お客様。ぼく、ガーリッくんです』
無機質なマシンボイスが玄室内に響く。この声も、ガーリッくんが当時、高性能でありながら、早々に退役した理由のひとつらしい。
暗くて不気味、おっさん声、変質者みたいでキモい、とか身も蓋もない言われようだったとか……。
『それでは、地獄へご案内いたします』
ガーリッくんの昆虫のような複眼が、赤くギラリと光る。まさに地獄への水先案内人といった雰囲気。
同時に、その腹部の小さな蓋が、パカン! と開き、黒光りする銃身が、にゅっと前へ突き出てきた
モーターの唸りも高らかに、俺めがけて火を噴く機銃。
嵐のごとき機銃掃射にさらされ、あわれ絶体絶命――。
とはならない。
探索者ならば、この程度の銃撃は見切れて当然。二種国家試験にも銃撃回避の実技があり、クリアできなければ探索者資格は得られない。いわば基本中の基本である。
激しい銃撃も、射線さえ合わせなければ、当たりはしない。
だが逃げ回ってばかりでは、やられっぱなしである。
ガーリッくんは弾切れというものがなく、放っとけば、延々と機銃掃射を続けてくるため、接近するのが難しい。
それに狭い玄室内では、跳弾にも警戒が必要である。そうこうするうち、こちらも体力を消耗し、集中力も低下してくる。
長期戦は不利――。
雨あられと降り注ぐ銃弾を、右へ左へ、ぎりぎり回避し、ときにサバイバルナイフで弾きなどしつつ、じっくり接近の機をうかがう。
全身スーパーセラミックのガーリッくんには、俺のナイフの刃は通らない。
しかし弱点はある。肉薄できさえすれば、どうにかなるのだが――。
……実は、ガーリッくんと一対一でやりあうのは、これが初めてである。
固定敵ゆえ、昨日も、この玄室で出会ってはいるが、同僚三人が寄ってたかって破壊する様子を、後ろで見ていただけだった。
(このままじゃ、ラチがあかない)
たえず動き回り、射線を外すのが、銃撃回避の基本。
だが俺の動体視力ならば――たとえ真正面からでも、わずかな時間ならば、見切れるはず。
それに賭ける。
(真っ向勝負といこうか)
俺は意を決し、一歩前へと、大きく踏み込んだ――。
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