第17話 初見殺し


 ゴブリンどもの死骸には目もくれず、さっさと辻を折れる。

 もうすぐそこに、大きな青い鬼火が浮かび上がっていた。第二の玄室へと続くポータルである。


 俺は迷わず、ポータルへ飛び込んだ――。

 一瞬、視界が漂白され、すぐさま別の景色へ切り替わる。


 転移先は、先ほどとまったく同じような、石造り、十メートル四方の玄室内。

 ほぼ同時に。


 ひゅっ! と、横ざまに風を切って、なにかが襲いかかってきた。

 こちらも十分に構えはできている。


 間一髪、鋭い初撃をかわして、左側へと大きく回り込む。

 ヒカリクズの照明の下、俺の前に立っているのは、甲冑姿の大男――。


 見るも立派な赤と金の胴具足、右手に太刀を携える、どこからどうみても、いわゆるサムライ。

 しかしよくよく見れば、肉体というものがない。


 透明な人間が、鎧兜を着込んでいるかのような。

 あるいは武具甲冑が人の形で宙に浮いているような。


 東洋版リビングアーマーとでもいうか、そういう姿である。

 黒い面頬の奥で、両眼の部分だけが、不気味にギラギラ輝いていた。


 侍魂サムライスピリットと呼ばれる亡霊の一種。ホワイティ梅田に出現する魔物の中では強敵の部類である。

 いずれかの玄室に、必ず一日一体のみ出現し、遭遇すれば問答無用で襲い掛かってくる。


 武器は四尺もの野太刀。非常に刀身が長く、いかにも切れ味のありそうな日本刀である。

 その野太刀の柄を両手の籠手でしっかと握って振り上げ、猛然、斬り込んできた。


 刃先は速く鋭いものの、俺の動体視力はきちんと捕捉できている。

 ところが。


「おっ――と、と」


 確実にかわせる間合いと見ていたが、ほぼ紙一重の回避。

 俺は思わず声をあげ、たたらを踏んで態勢を立て直した。


 侍魂サムライスピリットが強敵とされる理由のひとつが、この間合いの読みにくさである。

 相手が純然たる人型の肉体を備えているなら、両腕や武器のリーチ、体格、踏み込みなどから、およそ間合いを測ることができる。


 しかしながら、侍魂サムライスピリットは肉体がない、幽霊みたいな存在。

 実は甲冑のほうは、ほとんど動かない。宙に浮かぶ籠手と太刀だけが、遠隔操作のごとく自由自在に空中を飛んで、斬りかかってくるという敵である。


 当然、間合いなど読めるわけがない。初見殺しとして悪名高い魔物である。

 実質、飛び回る籠手と太刀が戦闘の主体であり、甲冑のほうは突っ立っているだけの飾りというも過言ではなかった。


 ただし、弱点は、その動かない甲冑のほうにある。

 立派な冑の下の、黒い面頬。これに宿った悪霊こそが、侍魂サムライスピリットの本体である。


 すなわち――。

 縦横無尽に宙を翔け、斬りつけてくる大刀を、しばし、俺は右へ左へ、かろうじて躱しつつ、反撃の機をうかがった。


 ふと、籠手がぐっと柄を握り直したと見えるや、まるで大上段から踏み込むかのように、まっすぐ俺の脳天めがけ、斬りおろしてきた。

 俺は、慌てず騒がず、サバイバルナイフの刃先で、大振りの一撃を受け止めた。


 激突する両者の刃。ジャリッ! と火花が散って、なお二、三合、刃をあわせる。

 さらに打ち込まれてくる刃先を、俺は、咄嗟に右へ受け流した。


 がくんっ、と、相手の刃が大きく逸れたところで、俺は一気に前へ踏み込み、甲冑のほうへと迫った。

 させじとばかり、野太刀がくるりと向きを変え、俺の背後を突かんと、風を切って飛び込んでくる――。


 その刃が、俺の背へ届くより速く。

 俺の繰り出したサバイバルナイフの刃が、甲冑の面頬の右眼部分を貫いていた。


(おおおおおおおおお)


 たちまち、悲鳴とも絶叫ともつかぬ、低く不気味な声が、玄室の石壁を震わせるように轟き渡った。

 ガラン! と背後で金属音が響く。


 遠隔操作されていた野太刀と籠手が力を失い、床に落ち転がった音である。

 続いて、俺の眼前に立っていた甲冑具足の一式も、がらがらと、けたたましい音をたてて崩れ落ち、すべて床に転がり散らばった。


 ……どうやら間に合った。

 殺られる前に、侍魂サムライスピリットの霊体を刺し、消滅させることができた。


 会社支給のサバイバルナイフ。そのスーパーセラミックの刃に付与されている対魔印は、魔物全般に有効だが、まさにこういう霊体相手に最高の威力を発揮する。

 これで一本十万円もしない汎用品というから驚きだ。


 なお、上級探索者にのみ授与されるという一点物の聖遺物アーティファクトは、どれも、汎用品の何十倍、何百倍もの威力があるとか。ちょっと想像できないレベルだな。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 侍魂サムライスピリットへの対処で、最も確実なのは、「解呪ディスペル」という特殊技能を用いること。つまり悪霊の除霊、浄化である。

 天授としてそれに類する技能を生まれながら持っている探索者もいるし、ある特殊な訓練を積むことで、後天的に習得することもできる。


 解呪ディスペル侍魂サムライスピリットに限らず、幽霊やゾンビなどいわゆる「不死者」に分類される魔物全般に有効な対抗手段だった。

 ……が、俺はどうも、そのあたりの才能はないらしい。


 一時期、社内にある「関東寺院」という部署で解呪ディスペル技能の訓練を受けたものの、後天技能の習得には至らなかった。

 これは社内規定により、初級探索者は、一度必ず受けねばならない訓練である。


 他にも各種の魔法や、狙撃、索敵技術などの技能訓練を受けられる部署もあるが、実際にそこで後天技能を修得できる者はそう多くない。

 所詮そのあたりは、持って生まれた才能が関わってくるのだろう。


 俺の場合、ナイフや剣の扱いは人並みレベル、肉弾戦や動体視力にはそこそこ自信があるが、それだけである。

 これまでは、この程度の能力でも、どうにか探索者としてやってこれた。


 しかし上級探索者として駅前第三を本格的に攻略開拓するとなると、さすがに俺ひとりでは限度がある。

 今後は、解呪ディスペルや補助魔法などの特殊技能を持つ人材とパーティーを組むことも、検討せねばならないだろう。かつての第一探索部のように。


 無事に泉の広場から帰還できれば、そのあたりについて、上層部にかけあってみるのもいいかもしれん。

 お偉いさんがたからも、編成を考えておけって言われてるしな。


 ……さて、これにて第二の玄室もクリア。右の扉を開けて、ポータルへ向かおう。

 第三の玄室は、固定敵となっており、必ず特定の魔物が待ち受けている。それも非常に強いやつが。


 実質、中ボス戦といえる。慎重に対処せねばなるまい……。

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