第16話 泉の広場を目指す


 ホワイティの左ルートは、玄室と短い通路の組み合わせが複数、ポータルで相互に接続されており、分岐だらけという、まさに迷宮のような連続ワープ地帯である。

 いま俺がオークどもを打ち倒した、最初の玄室――。


 俺の背後には、いま転移してきたポータルの鬼火が煌々と光っている。ここで引き返せば、出入口近くの通路へ戻ることが可能。

 左右の石壁には、それぞれ大きな鉄の扉がある。


 どちらも、扉は閉ざされているものの、鍵などは掛かっておらず、普通に開けて通ることができる。

 問題は、右へ行っても左へ行っても、同じような短い通路が伸びており、その先にはこれまた同様のポータルが鎮座している、ということ。


 それぞれの転移先にも、また玄室があり、左右に扉がある。

 玄室が分岐点になっているわけだ。


 最奥部の「泉の広場」へ辿り着く正解ルートは、最初の玄室から右、右、左、右、左、左、右。

 これ以外はすべてハズレである。


 一度でも間違うと、七番目のポータルから、最初の……つまり、いま俺がいるこの玄室へと戻されてしまう。

 知らずにハズレルートを進んでいると、無限ループに陥る構造になっていた。


 しかもすべての玄室に、必ず魔物が待ち受けている。頻度は高くないが、通路でも魔物と出会うことがある。

 ために、一瞬も気を抜くことはできない。


 ……俺はまだ、このルートをソロで突破したことはなかった。そもそも挑戦したことすらない。

 だからこそ、今日ここへ来た。


 ホワイティのマップデータは、とうに過去の探索者たちが完成させており、会社の整備班へ行けば、そのデータをスマートブレスへインストールしてもらえる。

 当然、俺のスマートブレスにもマップが入っており、おかげで迷うことはないのだが……マップがあれば踏破できる、というものでもない。道のりは相当険しいものとなる。


 それでも。

 上級探索者として大阪駅前第三ダンジョンに乗り込む前に、ホワイティのソロ制覇をやっておきたい。


 むしろ、それくらいのことができないで、第一探索部を名乗る資格があるとも思えない。

 ゆえに今日、泉の広場を目指す。


 俺なりの、初級探索者としての最後のケジメである。

 泉の広場に着いた後は、また別の用事もあるのだが……。


 それはそれとして、そのときに、また考えるとしよう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 オークどもの死骸から、稀に貴重品が出てくることもある。

 とはいえ今日は、それを確認している余裕はない。


 室内を見渡しても、とくに見るべきものもなさそうなので、俺はさっさと右の扉から玄室を出た。

 石造りの通路。このあたりになると、ダンジョン出入口付近と異なり、床もしっかりした石畳になっている。


 天井にはやはりヒカリクズが生い茂り、いい具合の照明をもたらしていた。

 通路はごく短い。三十メートルも進んで、辻ひとつ曲がれば、もう次の玄室へ続くポータルが見える構造になっている。


 問題は……その辻あたりに、魔物が待ち構えていることが往々にしてある、ということ。

 いまも、きっちり気配を感じる。


 俺はサバイバルナイフを握りしめ、油断なく通路を進んでいった。

 辻へさしかかったところで、「きょえぇー!」としか聴こえない奇声をあげて、姿を現したのは――。


 俺の胸もと程度の背丈に、緑色の肌を持つ、小さな人型の魔物ども。

 ずたぼろの腰布一枚で、蛮刀というのだろうか、湾曲した鉈のような武器を振りかざし、「けぇー!」とか喚きつつ、いきなり、ばらばらと斬りかかってきた。


 いわゆるゴブリン。昔は、小邪鬼とか呼ばれていたそうだが。これもオークと並んで、どこのダンジョンにもいる、ありふれた魔物の一種だ。

 俺は軽くバックステップを踏んで、間合いを取り直した。


 ゴブリンは敏捷で、かつ攻防の連携に優れている。

 初撃をかわしても、間断なく攻撃を繰り出してきて、反撃の隙を与えない。


 かろうじてこちらが攻撃に転じると、巧みに蛮刀の刃を合わせて防いでくる。

 見た目の貧相さに反して、戦闘経験の少ない初級探索者にとっては、意外な強敵だった。


 魔物にも優れた連携を使いこなす相手があり、それをいかに崩し、勝機を掴むか――探索者の力量が試される。

 ……経験なき初心者にとって、ゴブリンとは、そういう油断ならぬ相手だが。


(やはり、遅い)


 俺は一歩前へ踏み込んだ。

 ゴブリンどもの振り下ろす刃先が、はっきりと見える。


 ――というより、さながら透明な粘液のなかで動いてでもいるように、やけにゆったりとした動作。

 俺の目には、ゴブリンどもの動きは、そういう風に映っていた。


 無論、攻撃をかわすのは、造作もない。

 あとは――斬るのみ。


 さらに力強く前へ踏み込み、左右にナイフの刃を振るう。

 たちまちゴブリンどもは緑色の噴血をあげて、折り重なるようにばたばた倒れ、あっけなく全滅した。断末魔の声をあげる間すらなく。


 ……あまりにも、ゴブリンどもの動作が鈍く感じられた。

 こいつらとは昨日もやりあっているが、もう少し手応えがあったような気がする。


 やはり、俺はそこそこ強くなっているようだ。

 ただ、昨日と比べて、どの程度、能力が上がっているのか。


 オークやゴブリン程度の相手では、まだはっきりとしたことはいえない。

 この先からは、敵のレベルもぐっと上がってくる。


 俺の力がどこまで通用するか、試してみるとしよう。

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