第15話 手ごたえがなさすぎる


 ホワイティ梅田、左ルート。

 最初のポータルの前に待ち構えていたのは、イビルシベットという魔物の一群。


 ジャコウネコ科の獣をひとまわり大型化して、面相をより凶暴にしたような、四足歩行の獣型の魔物である。数は四体。

 四肢は短く、体型は細長くスマート、毛皮は白黒の斑点で、尻尾は太く長い。


 実際のジャコウネコ科のような、つぶらな目はしておらず、細く鋭く睨みつけるような、なんとも目付きの悪い顔立ちをしている。

 性格は凶暴無類。雑食らしいが、人間の肉が好物という、まさに魔物としかいいようがない獣。


 おまけに、独特の強烈な匂いを発する。

 いわゆる麝香に近いが、それを数十倍濃縮したようなレベルで、いっそ悪臭といっていい。


(これは、幸先が悪い)


 俺は、内心いささかガッカリしながら、身構えた。

 イビルシベット自体は、さほど強い魔物ではない。しかし戦えば、どうしても、その匂いがこちらの身体や装備類にも移る。


 この移り香が、以後の魔物との戦いで、不利に働く局面も多い。

 いくら気配を殺しても、匂いでこちらの存在が察知されてしまうし、この匂いを好んで接近してくる魔物もいるからである。対処法なども特にない。


 ある意味、探索序盤には最も出会いたくない相手といえる。

 そうこう見ている間に、イビルシベット四体が、同時に動いた。


 ほとんど足音も立てず、黒い影がスルスル移動してきたと見えるや、左右から一斉に、俺めがけて跳びかかってくる。


(出会ってしまったものは、もう仕方が無い。なるようになれ、だ)


 俺は覚悟を決めて、右手のサバイバルナイフを振るった。会社支給の汎用品だが、対魔印というものが刃に封じ込まれており、ダンジョン内の魔物には覿面の攻撃力を発揮する。

 その刃をまっすぐ横薙ぎに閃かせ、まず飛び込んできた二匹の首を、無造作に跳ねとばす。


 同時に、一歩わずかに後退。残る二匹の爪牙を見切って、ぎりぎり身を躱し、再び刃に風を呼んで斬りつける。

 右、左――続けざまに、白黒の魔獣の胴を斜めに斬り上げ斬り下げる。


 なるべく返り血を浴びぬよう、急いで後ろへ跳び退る。


「ぴきゃー」

「ふぎゃああ」


 と、なんとも可愛らしい断末魔の声とともに、イビルシベット四体は全滅した。

 こいつら、性格は凶暴なのに、鳴き声だけは本物の猫より可愛いんだよな……。


 戦い終わって、血だまりに折り重なる、魔獣どもの無残な死骸。

 普段なら、こいつらの腹を開いて、内臓の一部を回収するところだ。会陰腺と呼ばれる部位で、イビルシベット特有の強烈な匂いの発生源である。


 ダンジョン産貴重品マテリアルの一種とされ、香水や香料の素材として珍重されているため、そこそこ高値で買い取ってもらえる。

 ……が、今はそんな暇はない。


 なにより、どれだけ厳重にパッケージングしても、この独特かつ凶悪な匂いを封じることはできない。

 もし解体部位をそのままバックパックに入れたりすれば、ちょっとやそっとじゃ取れないほどの匂いが残る。整備班から大顰蹙を買うだろう。


 そんなわけで魔物の死骸は放置し、俺は急いでポータルへ向かった。

 通路の突き当たり。


 三方を石壁に囲まれた空間の真ん中に、ちょうど成人の身長ほどの大きさの、青白い鬼火のような炎が、ぼうっと燃えている。

 この鬼火にまっすぐ飛び込むことで、別地点へとテレポートできる。


 慣れないうちは近寄りがたい見ためだが、人体に害は無い、とされている。

 実際、鬼火に触れても熱さなど感じないし、火傷をすることもない。


(本番はここからだ)


 俺はサバイバルナイフを右手に握りしめ、最初のポータルへと踏み込んだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 転移先は――十メートル四方の、石壁の小部屋。

 天井は低く、せいぜい三メートルの高さしかない。


 その天井には、例のヒカリクズがびっしりと繁茂しており、かなり明るい。

 なぜか、昔から「玄室」と呼称されている空間である。


 由来は不明。古墳じゃあるまいし、とくに石棺などが安置されてるわけでもない。

 ダンジョンの玄室には必ず魔物が待機しており、転移してきた探索者へ問答無用で襲い掛かってくる。そういう場所である。


 いまも早々に、何やら大きな影が、俺めがけ跳びかかってきた。

 これは想定内……ということで、慌てず騒がず右手を振るい、迷わず斬り払う。


 黒い影と見えたものは、人型の魔物だった。

 その胸もとあたりを俺に切り裂かれて、ぐおぉぅ……! と唸り声をあげつつ、血煙あげて仰向けにひっくり返る。


 小柄な成人男性くらいの背丈で、毛の無い豚か猪が二足直立しているような姿。ただし手足には指が五本ずつあり、四肢の関節も人間のそれに近い。

 豚鬼とかオークとか呼ばれる、どこのダンジョンにもいる魔物である。数は……あと二体、後方に控えている様子。


 俺はつい昨日も、同僚ら三人とともに、この玄室を通っている。

 そのときには、また別種の魔物と遭遇し、打ち倒していた。


 いかなるカラクリか、ダンジョンは一日ごとに状態が更新される。

 倒された魔物の残骸などはきれいに片付けられ、新たな魔物と、新たな貴重品マテリアルが出現するようになっていた。


 おそらくダンジョンの状態管理を司る、超常的存在が、どこかにいるのだろうと推測されている。

 昨日、駅前第三ダンジョンで見かけた、エプロンドレスのお掃除少女……キキーモラも、そういう存在に連なる関係者なのかもしれない。


 それはともかく――。

 残る二体のオークが、石斧を振りかざして左右から襲い掛かってきた。


 こいつら、原始的な武器を作って使いこなす程度の知能はあり、多少は人間と意思疎通も可能な魔物と聞く。

 もっとも、性格が獰猛かつ邪悪すぎて、人間とは決して相容れない存在でもある。オークに限らず、ダンジョンにいる魔物は、およそそういうものだが。


 オークどもの同時攻撃を見切って、サバイバルナイフの刃を軽やかに閃かせる。

 醜い豚鼻の首ふたつ、ほぼ同時に胴を離れて宙に舞った。たちまち赤い血霧が玄室内に噴きあがる。


 かくて、あっさりと第一の玄室をクリア。

 俺も多少は経験を積んだ探索者、オーク程度は敵じゃない。


 ただ、やけに手ごたえがなさすぎる、と感じた。

 オークどもの動きが、以前見かけたときより数段、鈍かった気がする。はっきりと、そう体感できるほどの差があった。


 イビルシベットの移り香の影響だろうか?

 いや、あれに、そんなデバフみたいな効果はなかったはずだ。


 ……そうか。

 どうやら、オークが鈍かったんじゃなく、俺の能力が全般に上がっているらしい。


 昨日の駅前第三ダンジョンでの経験だろうか。

 それとも、「ミラーリング」の発動が、なにか影響してるのかもしれない。


 だが気は抜けない。今日の探索は、まだ始まったばかり。

 ホワイティの左ルートは、この先からが、本格的な地獄といわれている。


 上級者向けルートと呼ばれているのは、伊達ではないってことだ。

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