第14話 ハイリスク・ハイリターン
樫本の本社は、国鉄天満駅前。
一方、ホワイティ梅田は、国鉄大阪駅もしくは私鉄梅田駅からのアクセスとなる。
まずは天満駅の上りホームから、環状線で大阪駅へ向かう。
国鉄は平日のみ「探索者優先車両」が運用されており、通勤時間でも超満員ということはない。悠々と座って目的地へ向かうことができる。
そもそも上級探索者になれば、もう電車に乗る必要もなくなる。
運転手付きの社用車で、梅田だろうが難波・心斎橋だろうが、会社から直接、ダンジョン出入口近くまで乗り込めるようになるからだ。
明日以降は、俺もそういう身分になる――残っている宿題を片付け、無事に帰還できれば、の話だが。
国鉄大阪駅の改札をくぐり、広大な駅構内を下へ下へと降りてゆくと、鉄筋コンクリートの地下道へ出る。
通路の左右には、探索者向けの出店がぽつぽつ出ていた。
各種携帯食料や飲料水のスタンド、薬剤と簡易救急キットを扱うドラッグストア、サバイバルナイフなどの汎用装備品を売っている店もある。
これらは無許可営業の違法屋台である。とはいえまったくの無法地帯というわけでもない。
地元ヤクザが大雑把に取り仕切っており、一応、探索者の需要はあるということで、警察も黙認していた。
俺はまだ利用したことはないが、ここで売られている装備などの品質は意外としっかりしており、会社の汎用支給品より上等なものも扱われているとか。
ただし、あらゆる商品が市価の十倍を超える、凄まじいボッタクリである。
地下通路の先に、さらなる下り階段が見える。その手前の壁際に受付カウンターが設置されており、係員がひとり、ぽつねんと座っていた。
俺以外の探索者の姿は見えない。まだ朝早いし。
「おはようございます。ご入場ですね?」
その係員が、鹿爪らしい顔で声をかけてきた。
最近よく見かける顔だ。俺と同年代くらいの若い男で、胸もとには「ホワイティ梅田一号通路監視員・真壁篤男」と書かれた写真入りネームプレート。
監視員は、総務省から派遣された担当職員である。ダンジョン探索者の免許証をチェックして、入場許可を出すのがお仕事。
もとより資格の無い者、もしくは職業探索者であっても免許証不携帯の者は、ここで引っかかり、入場を拒否される。
階段を下った先が入場門になっており、常時、三人か四人のガードマンが左右をがっちり守っているため、強行突破などはまず不可能だった。
「はい」
と、俺はカウンターへ二種探索免許証を差し出した。顔写真と認証チップ付きのカードで、運転免許証によく似た意匠である。発行は総務省・異界管理局。
「確認しました。どうぞ」
ちらと見ただけで、あっさり免許証は返された。
これで入場手続きは完了。ここで確認されるのは資格の有無についてのみ。
誰がいつどこから入場し、いつどこから出たか、などの細かい記録は、役所側には一切残されない。ダンジョン内は不測の事態が多く、探索者の生死安否はすべて自己責任。ゆえに役所も、面倒ごとを避けるため、本当に最低限の仕事しかしない。昔から、そういう慣わしであるようだ。
そのぶん、国からダンジョン管理を委託されている民間企業側が、様々な負担を抱えねばならない。
通路突き当たりの階段を下ると、巨大な鉄の門扉は大きく開かれていた。
扉の左右に佇立するガードマンらは、樫本の警備部に所属する社員である。一日四交代、二十四時間体制でダンジョンの門を守っており、無資格者の入場を直接阻止するのが仕事であった。
階段を降り、ガードマンらと軽い会釈を交わして、門の向こうへ歩を進める。
たった一歩、内へ踏み込んだだけで、明確に周囲の空気が変わった。
肌がざわつくような、なんとも不穏な気配――ここはすでにダンジョンの内側。
古来、日本の地下に存在する「異界」である。
コンクリートではなく、苔むす岩石を積み上げたような広いトンネル状の通路になっており、土の床はまるで舗装された路面のようにがっちりとしている。
天井には薄ぼんやりと自己発光する謎植物がびっしり被い茂っていた。
ヒカリクズという、ダンジョン内にしか存在しない特殊な植物らしい。
これが照明の役割を果たしており、とくに電灯など持ち込まずとも、十分な明度と視界がある。
ホワイティ梅田は階段のない単層構造。
ただし、非常に広い迷路になっており、ワープポータルという、現代でも原理不明な転送機構によって、まったく離れた座標でありながら相互に、もしくは一方通行によって繋がっている区画もある。
慣れぬ者がマップなしで目的地に辿り着くのは至難の業だった。
実のところ、俺もまだ完璧には把握できていない。左腕のスマブレの画面にマップを表示し、現在地を確認しつつ、じっくりと進んでいくことになる――。
出入口から続く長い通路。その最初の辻が、いきなり十字路になっている。
ここを直進すると、ダンジョン南端への双方向ワープポータル。
堂島方面の地表部分へ続く二号通路への出入口に近いが、現在はほとんど使われていない。堂島方面に用事があるなら、わざわざホワイティを経由するより、地上から直接向かうほうが、よほど早いからだ。
右へ折れると、広く長い通路が延々続いている。分岐はほとんどなく、ダンジョンの外周をぐるりと巡るようなコース。
通路の辻付近に必ず魔物がたむろしており、戦闘は避けられない。ただし魔物の数は多くはなく、強さもさほどではない。
なにより空間が広くて戦いやすく、逃走も帰還も比較的容易である。
さらに途中には阪急三番ダンジョンへと相互転送可能なワープポータルがあり、いざとなればそこへ飛び込んで逃げることもできる。
難易度からいっても、初級探索者向けのルートといえるだろう。実際、俺もここを何度周回したか、もう数えていないほど歩き倒している。
一方……左へ折れると、短い通路と「玄室」と呼ばれる小部屋のような空間の組み合わせがいくつも連なり、さらにそれらが複数の双方向ワープポータルで接続されているという、連続ワープ地帯。
玄室には必ず強力な魔物が待ち構えており、ポータルで飛ばされて即戦闘、というのも珍しくない。
かなりの危険地帯なうえ、通路の分岐も多く、きわめて迷いやすい、凶悪な構造である。
ベテランの中級探索者でも、うっかりすると命を落とす可能性があった。
ただ玄室には、大抵、金銀や宝石、また様々な古代遺物などの
一度それらを回収しても、翌日にはまた違う
魔物が持ち込むのか、あるいはなにか人知を超えた仕組みがあるのか。
実質無限に宝物を採取しうるポイントとなっており、リスクに見合うだけのリターンは十分に見込めるようになっていた。
このハイリスク・ハイリターンな左側ルートの終点にあたるのが、かの「泉の広場」である。
俺はためらうことなく、四つ辻を左へ進んだ。
しばし歩くと、もう視界の先に、青白い光が浮かんでいる様子が望まれる。
大きな青い鬼火のような、不思議な物体。ダンジョンのワープポータルである。
その鬼火へ飛び込むことで、別のポータルへと空間転移する。
どのようなカラクリでそうなるのか。何者かが後付けで設置したのか、あるいは最初からダンジョンの一部として存在したものなのか。
詳しいことは、現代でもまったく解明されていない。
ともあれ、人体や持ち物にはなんら影響を及ぼすことなく、飛び込んできた対象を空間転移させるオブジェクトとして、昔から探索者らに活用されてきたという点だけは確かである。
ただし……ポータルのなかには、魔物によって守られている……少なくとも、傍目には、そうとしか見えないものもある。
ホワイティの左ルートへと続くポータル。その手前にも、複数の魔物のシルエットが蠢いていた。
(行くか)
俺は腰のベルトからサバイバルナイフを抜き、彼方のポータルめがけて突進した。
俺の目的地は、泉の広場。
道中、魔物どもが邪魔をするなら、斬って捨てるのみ――。
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