第13話 個人的なけじめというか
正式な辞令交付は明日になるらしい。
なんでも、明日、本社の全社員を講堂に集めて、俺の表彰式をやるんだとか。
昨日、俺が駅前第三にて挙げた、様々な戦果について、表彰状とトロフィーの授与が行われる。
その後、俺の上級探索者への昇格、さらに第一探索部の再結成まで、大々的に公表する手筈という。
あまり大袈裟にやらんでほしい気もするんだが……とはいえ成果には褒賞があって然るべき。会社側としては、そうして社内の士気を鼓舞する狙いもあるのだろう。
それはそれとして――。
「え? 今日も探索に出られるんですか?」
午前七時。
社長室より退出してほどなく。
一階ロビー、受付カウンターの営業開始と同時に、俺は探索出発の申請を行った。
まだほかの探索者は出社しておらず、今朝は俺が一番乗り。
あと三十分もすると、出発申請の長い行列ができてしまうので、その前に済ませてしまおうという判断だ。
いまカウンターにいるのは北浜さんのみ。他の受付係の人たちも、もう出社してきて、諸々の準備中らしい。
その北浜さんが、不思議そうな顔で、俺を見つめている。
さすがに昨夜の興奮はおさまっているようで、いつも通りの、落ち着いた雰囲気のお姉さんに戻っていた。
「今日の時点では、まだ里山さんの登録は、初級探索者のままですよ。今、探索に出られても――」
「わかっています」
と、俺はうなずいた。
毎年、樫本では一定数の二種探索者を正社員として採用している。
そうして会社に迎え入れられた新人は、社内規定により、まず初級探索者というカテゴリに登録される。俺も、まだ現時点ではその位置にいた。
ある程度経験を積めば、誰でも入社二年から三年後くらいには、中級へ自動的に昇格する。そこからさらに功績を挙げることで、上級へと昇格が可能だった。
また、初級探索者でも、高い実力と実績を示すことができれば、上層部の判断次第で「飛び級」が認められ、上級へ昇格することもある。
とはいえ樫本に所属する探索者のほとんどが中級止まりで、そのまま上級へ昇ることなく定年を迎える探索者が九割以上。
階級による待遇差はかなり大きい。基本給はもちろんとして、装備やサポートといった面でも、中級以下と上級とでは、雲泥の差がある。
ゆえに誰もが上級を目指すのだが……。
中級以下に会社から支給される装備は、ケブラー繊維の防護ベスト、対魔効果が付与されたスーパーセラミック製のサバイバルナイフ、強化プラスチック製のバックパック。
いずれも汎用品である。品質は高いが、そう飛びぬけて強力なものではない。
中級のベテラン社員らの多くは、自前でもう少しマシな装備を買い揃えているのが実情だった。
ダンジョンの情報収集や装備の修理整備、そのほか補助雑用などを行うサポート要員が付くのも、上級のみの特権である。
中級以下は必要に応じて、情報班、整備班という専門部署に自分から赴いて、様々な手続きをせねばならない。
上級探索者は社用車も自由に乗り回せる。サポート要員のなかにはその運転手が含まれており、上級探索者の多くが、社用の高級車をハイヤーがわりにして優雅に通勤している。
社員食堂も上級と中級以下で別々になっており、メニューにも差があるとか。
中級以下は、ごく普通の社員食堂だ。味もボリュームも悪くはないが、とくに豪華ということもなく、さらにいえば安くもない。
一方――上級食堂のほうは、俺はまだ見たことがないが、聞いた話だと、きわめて豪華なホテルバイキング風のビュッフェになっているそうな。
また、上級探索者は、会社からそれぞれ個別に専用装備の支給を受けている。
いわゆる
ようするに、上級と中級以下とでは、住む世界が違う。
ただし、受付カウンターでの扱いだけは、階級による優遇はない。
探索出発の手続きや成果物の査定など、すべて公平に申請順に実施され、誰であろうと割り込み行為は許されない。
階級によって査定内容に色が付くなどの依怙贔屓も許されない。
すべての探索者に公平、公正であれ――昔から、本社受付カウンターは、そんな方針であるらしい。
いわゆるユニーク持ちというハンデを負う俺に対しても、北浜さんたちは一切の差別なく接してくれていた。
彼女らの公正な姿勢あればこそ、俺もこれまで安心して仕事に打ち込んでこられたのだ。
「今日が、初級の仕事納めということになると思います」
俺は、ちょっと真面目な顔して、北浜さんに告げた。
「北浜さんのおっしゃるように、本当は今日出る必要、ないんですけどね。階級が上がる前に、個人的なけじめというか、なんというか。とにかく、やるべきことが残ってまして」
「……わかりました。どうかご無事で」
俺の顔つきから、北浜さんも、何かしら察してくれたようだ。
あえて深く語らずとも、伝わることもある。
カウンターで必要書類に簡単な記載を行い、受付に提出。原本と写しにそれぞれ認証印が押され、原本は受付側がそのまま預かる。
写しは俺の手元へ戻る。帰還時に写しを再提出し、原本との一致を確認した後、書類は会社側の記録としてストックされる。
社員の生存と帰還を確認するための、なんともアナログなシステムである。
同業他社では、とっくにこのへん全部電子化されてるらしいが、樫本はなにやらコダワリがあるらしく、昔ながらのやりかたが続いている。
そうして手続きを済ませ――。
「では、行ってきます」
「お気をつけて」
いつものやりとりを交わし、やや心配げな面持ちの北浜さんに見送られながら、俺は受付を離れた。
今日の目的地は、ホワイティ梅田、泉の広場。ソロで、そこまで辿りつくこと。
これまで、あえて俺が挑まなかった、上級者向け高難度ルートの先に、泉の広場がある。
昨日は、悪辣なる同僚……上級探索者三人のエスコートによって、とくに苦労もせず到達しているが、その後に起こった出来事も含めて、おせじにもホワイティを制覇した、などとは公言できない。
大阪駅前第三ダンジョンへ本格的に挑む前に、一度くらいは、このルートをソロできちんと制覇しておきたい。
それが俺の、初級探索者としての、最後のケジメである。
晴れて上級探索者を名乗るのは、その後となるだろう……。
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