第12話 何発だってくれてやるよ


 新堂センパイの強烈な叱咤が、思い出させてくれた。

 俺が、探索者を目指した、そもそもの理由。


 強くなること。強くあること。その鍛錬の場として、俺はダンジョンという魔境を選んだ。

 なんのため、誰のために?


 それは――。

 ……でありながら、近頃はすっかり環境に慣れ、状況に流され、サラリーマンになりきってしまっていた。


 会社で嫌われようが褒められようが、実のところ、俺にとって、さほど大きな意味はない。

 憎悪と罵倒、栄誉と賞賛、生と死すらも、後からついてくる結果でしかない。


 俺はまだまだ強くない。鍛錬は今なお続いている。いまや効果の判明した「ミラーリング」も、その補助となってくれるだろう。

 悩んでる場合でも、尻込みしてる場合でもない。


 駅前第三ダンジョンの魔物どもは確かに凶悪だが、個々の戦力でいえば、倒せない相手ではなかった。

 前回の経験と反省点を活かして、正しく対応策を練れば、突破口は必ず開ける。


 俺にとって絶好の鍛錬の場を、会社が、わざわざ提供してくれたともいえよう。

 この機会、みすみす逃してよいものではない。


「お。目ぇ覚めたみてーだな? いい顔してやがんぜ」


 新堂センパイが、ぐっと顔を寄せてきて、にかっと笑った。おおうセンパイ、近い近い。


「……はい。いいのをもらって、もう吹っ切れましたよ」


 と応えると、新堂センパイは、やけに嬉しそうな顔して、さらにもう一発、俺の背中をバァン! とぶっ叩いた。


「ぐほぅ」


 思わず息が漏れる。いや本当に加減しないんだよなこの人。俺じゃなきゃ、背骨折れてるんじゃないかこれ。

 学生の頃、これを何度もやられたおかげで「背面衝撃耐性」なんて後天技能が勝手に身に付いていたほどだ。たぶん、いまので、また1レベル上がった。


 新堂センパイは、こう見えて相当な怪力の持ち主。現役探索者のパワーは伊達ではない、ということだ。


「こんなんでよけりゃ、何発だってくれてやるよ。元気出たなら、さっさと行け。もう電車来るぞ」

「はっ、はい! ありがとうございました、センパイ!」

「おう、またな!」


 新堂センパイは、満面の笑みで、俺をホームへ送り出してくれた。

 この笑顔だ。


 高校時代に何度も目にした、この笑顔がまた見たくて。

 俺は――探索者になったんだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ほどなく出社。

 まだ早朝である。


 玄関ドアには眼紋認証システムが備わっている。

 とくにカードなど提示せずとも、登録済みの社員ならば、ちらとドアに目を向けるだけで、二十四時間、問題なく自動ドアが左右に開くようになっていた。


 棟内へ踏み込む。

 広いロビーを横切り、無人の受付カウンターを素通りして、エレベーターへ。


 最上階。

 やたら長い廊下の先に、社長室のドアがある。


 まずはノックをしようと、手をあげ――。


「開いているぞ。入ってきたまえ」


 ドアの向こうから、樫本社長の声が聞こえてきた。

 きっちり待ち構えていたようだ。もしや社長、あれからずっと、ここにいたとか?


 さすがに、そんなわけはあるまい……と思いながらドアを開けると、昨夜の面子が、応接セットに待ち受けていた。

 すなわち、樫本社長、三田副社長、波佐間専務、の三者が。


 さすがにあれから一度解散して帰宅したのだろうが、こんな早朝にもう出直して、俺を待っていたとは。

 どれだけ期待されてるんだ俺は……。いや、たまたま別の用事があって、こっちはついでという可能性もあるか。


「おう、やっと来たな」

「待っていたぞ。ほら、こっちへ」

「さて、返事を聞こう」


 ちょっと重々しい雰囲気の三人に手招きされて、応接セットへ。


「昨夜お話のあった、第一探索部の件ですが」


 と、俺は切り出した。


「自分などでよろしければ、ぜひ、務めさせてください」


 そうはっきりと告げるや――。

 三人は「うむ」と、同時にうなずいた。


 すごい、なんか息ぴったりだ、この人たち。


「きみなら、そう言ってくれると思っていたよ。実は、もう専用のオフィスの設営もはじめている」

「第一探索部の名に恥じぬ活躍を期待するよ。こちらも支援は惜しまない。なんなりと言ってくれ」

「編成についてだが……サポートスタッフは上限十名まで。もし、欲しい人員がいるなら、可能な限り便宜をはかろう。十名の枠内に収まるように、いまから編成を考えておいてくれ」


 三人とも雰囲気一転、やけに嬉々として、俺に説明を浴びせかけてきた。

 どうも誰も最初から、俺が断ったり尻込みするとは想定もしてなかったようだ。


 こっちは一晩、ずいぶん悩んだんだがな。さっき新堂センパイと会ってなかったら、多分まだ悩んでいただろう。

 だがもう迷いはない。


「全力を尽くします」


 あえて多くは語らず。

 そう鄭重に、頭を下げた。

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