第10話 不審な点もある
樫本大阪本社最上階、社長室――。
里山忠志の退出を見届けた後。
樫本甲造は、股肱たる二人を静かに顧みた。
「どう見たね。きみたちは」
問われて、波佐間亨が、やや険しい顔つきで応えた。
「とんでもないものを見た」
専務取締役たる波佐間は、「人物鑑定」の天授技能を持つ。
対象の身体能力や保持技能……いわゆるステータスを、具体的な数値に換算して閲覧することが可能だった。
さらにその時点での体調や精神状態、持病などまで、一目で知ることができる。
探索者ではないものの、かつての第一探索部の十二人のサポートスタッフの一人で、「真眼の助言者」の異名で呼ばれた人物である。
「どんな鍛え方をしたら、あんなにまで能力を高められるんだ。あの若さで……」
感嘆まじりに、大きく息をつく波佐間。
「そうなのか? あまり、ぱっとしないように見えたんだがね」
三田郷次が、神経質そうな眼差しを波佐間に向ける。「主計」という天授技能の持ち主で、組織経営のエキスパートとして長年、樫本マテリアルの財政を支えてきた人物である。
「だが波佐間、おまえがそこまで言うのなら、実力はあるとみて間違いないのか」
「ああ。駅前第三から帰還できたのも納得だ。なにせ、いまの時点で、相川たちにも、ほとんどひけを取らないほど、すべての能力が高い」
「なんと……」
樫本が、呻くように呟いた。
相川修一、高野列士、本郷堅、宮沢香織――かつて第一探索部に所属し、最高の探索者と謳われた四人。
波佐間は、第一探索部のサポートスタッフを務めていた当時、彼らの能力を幾度も鑑定し、その詳細まで記憶している。
里山忠志は、その四人と比較しても見劣りしないほどの実力者であると――波佐間の鑑定結果は告げていた。
「ただ、不審な点もある」
と、波佐間はつけ加えた。
「おれの鑑定でも、彼の天授の効果はわからなかった」
「ああ、彼はユニーク持ちだったな。確か、ミラーリング……といったか」
樫本の補足に、波佐間はうなずいてみせた。
「効果は不明だが……レベルは上がっていた。ミラーリングLV2、という表記になっていたよ」
「……ほう?」
樫本の眼光が、一段鋭く波佐間を射抜く。
「つまり、ユニーク天授は発動し、すでに何らかの効果を、彼にもたらしている……ということか」
「そうなるな」
「だが彼は、その点を我々に申告していない。無自覚なのか、それとも――」
「すでに効果を把握していながら、秘匿しているか。そのどちらかだな」
「そうか……」
樫本は、合点がいったというような顔を、左右の二人に向けた。
「彼が提出したログを見たかね?」
「ああ」
「見たが、途中でオートマッピングが中断されている。おかげで、彼がどうやって駅前第三から脱出したのか、その具体的なルートは不明だな」
「そこだよ。……スマブレがバッテリー切れなんて、あるわけがない。自分で電源を切るか、破壊されない限り、オートマッピングが中断されるわけもない」
「だが彼のスマブレは無傷だったし、シャットダウンすればログにも記録されるはずだ。不審にもほどがある。彼は、まったく自覚していないようだったが」
「ミラーリングとやらいうユニーク天授と、スマブレの記録が途切れたこと……あるいはこの両者に、何らかの関連性があるのかもしれない、か」
「……里山忠志は、まだ何かを隠している。そういう結論でいいのかね?」
と、三田が総括するように述べた。
樫本、波佐間、ともにうなずいてみせる。
「そうだな。実力は確かだろうが……まだ当面、注意深く観察し、見極める必要がありそうだ」
「なに、役に立ってさえくれれば、多少の秘密など目をつむるさ。個人的には、大いに興味をそそられるがね」
波佐間が薄笑いを浮かべる。
三田は、波佐間の横顔へ、厳しい眼を向けた。
「素直に、こちらの思惑通りに動いてくれればいいがな」
「その点を見極めるためにも、しばらく彼には、鈴を付けておく。彼を『再開発プロジェクト』に引き入れるべきか否か……決めるのは、その後でも遅くあるまい」
そう結んで、樫本は剛毅に微笑んだ。
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