第8話 えらい騒ぎじゃないか


 会社への帰還後、俺が受付カウンターに提出した成果物。

 具体的には、燃えるように鮮やかな赤光を放つクリムゾン・クォーツの原石、七色の輝きを帯びる虹晶石の原石。


 星が瞬くようにきらきらと自己発光する星銀鉱ミスリルの原石などの鉱石類。

 それも、かなり大量の。


 また、レッドフォーク・ブルの角だの、ヴォーパル・ラビットの耳だの、エメラルディア・スネークの目玉だのという、高レベル魔物の部位も少々。

 それらすべて、大阪駅前第三ダンジョン第二層から持ち帰ったアイテム類である。


 受付四人組は、カウンターに山と積み上げられた、それらの品々に、まず瞠目し、ついで驚嘆の声をあげた。


「えええええっ!」

「ななな、なにこれ、こんなの見たこと――」

「す、すごいっ! これっ、全部、最高等級の貴重品マテリアルですよっ!」


 北浜さんだけは、さすがに落ち着いて――。


「うにゃあああ! こんにゃのっ、どこにあったんですにゃああー!」


 全然落ち着いてなかった。なぜ猫口調……。


「これっ、星銀鉱ミスリルですよね? 買い取り査定、いくらになるんでしょう?」

「ままま待って、最高等級の査定資料、ええっと、どこ、どこ……」

「んにゃああ、里山にゃん、もう大金持ちですにゃああ!」


 すっかり興奮しきっている受付の面々。

 これら、俺が持ち帰ったアイテム類はいずれも、社内規定において最上級に分類されるアイテムであることは、俺も一応、知っている。


 とくに星銀鉱ミスリルは、世にダンジョン数多あまたあるなかで、大阪駅前第三ダンジョンでしか採取できないとされ、上に三つくらい超がつくほど貴重な鉱石だという。

 これらダンジョンから持ち帰ったアイテム類は、受付で「買い取って」もらうことができ、その金額は次の給料にそのまま加算される。


 ……それはいいが、ここであまり、他人に多くを語るわけにはいかない。

 とくに「ミラーリング」の内容は、秘匿しておくべきものだろう。死んでも復活できるスキルなんて、世間に知れたら、絶対面倒なことになる。


 ただ、泉の広場のポータルから、大阪駅前第三ダンジョン第二層へと入り込んだ経緯だけは、四人にも説明した。

 このへんは後々、上層部からも報告を求められるはずだからだ。


 なにせ、大阪駅前第三ダンジョンは、第一層の半ばまでしか攻略されていない。

 第二層へのルートも判明しているものの、そこから第二層に踏み込んで帰還した探索者は、これまで一人もいなかったという。


 その第二層でアイテムを回収し、魔物を討伐し、戻ってきた――という俺の説明に、さらなる驚声をあげる四人。


「そっ、それ、とんでもないことなのでは?」

「わが社……いや、人類で初めての快挙じゃないですか!」

「英雄誕生ですよぉ!」

「ふにゃああああー!」


 俄然ヒートアップする受付の面々。北浜さんが興奮しすぎて、なんかもう人間やめてる……。還ってきてください。

 この受付の騒ぎっぷりにつられて、ロビーに居合わせた他の社員らも、何事かと、続々寄り集まってきた。


「あれ、里山ちゃんじゃん? 何をやらかした?」

「おいおい、なんだ、その目玉……エメラルディア・スネーク?」

「ええ……それって、十五年ぐらい前に一回だけ討伐記録があるっていう、レア魔物だぞ?」

「きみ、見ない顔だが、どこの所属だね?」

「む、まだ手続き中だと? なら、ここで全部、査定してしまおう。私の権限で」

「あの、ブレアド、交換しませんか? わたし第三探索部の――」


 同期の同僚や、休憩中の受付メンバー、整備班の連中などに加えて、いつの間にか、よその部署の偉い人たちまで寄ってきて、カウンター前は一気に大騒ぎになってしまった。

 どさくさ紛れに逆ナンパ仕掛けてくる娘まで。ブレアドというのは、スマートブレスの連絡先のことだ。


「えらい騒ぎじゃないか。何事かね?」


 新たな足音を響かせつつ、カウンターへ近寄ってくる一団。

 左右に随員を従えた、紺のスーツ姿の、初老の紳士。


 ぴしりと整ったグレーの髪形、厳しい眼光。

 たちまち、その場にいた全員が、凍りついたように押し黙った。


 誰もが、その顔を、その姿を、知っていた。

 もちろん俺も知っている。


「ほう」


 その紳士が、カウンターに積みあがった貴重品マテリアルの山へ、鋭い視線を向けた。


「表彰ものだな、これは。誰が持ち帰ったんだ?」


 その紳士こそ。

(株)樫本マテリアル、現社長――樫本甲造、その人であった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そこから先は、もう全社挙げての大騒動となった。

 正直、俺がそこまで大それたことをやったという自覚は、まだ薄い。


 キッカケがキッカケだしな。他人に突き飛ばされて危険地帯に放り込まれた、なんて、あまり大っぴらに自慢できるような話じゃない。

 ただ、偉い人たちから報告を求められれば、それはきちんと説明せねばならんわけで――。


 ここは、樫本マテリアル大阪本社、最上階。社長室。

 俺はその応接セットにて、テーブルを挟んで、樫本社長と向かい合っていた。


 こちらは一人。

 社長の左右には、副社長の三田郷次、専務取締役の波佐間亨、その両氏が居並んで座っている。


 騒ぎも一段落して、もうロビーにいた社員はみんな帰ったが、俺だけこんなところにいる。

 ……いくらなんでも、まさか会社のトップ三人から、直接、事情説明を求められるとは思わなかった。さすがの俺も、この状況は緊張せざるをえない……。


 大企業の社長室というくらいだから、物凄い豪華な内装を想像してたが、思ったよりシンプルな部屋だった。

 今、俺がいる応接セットの他には、社長の執務用と思しき、ばかでかいデスク。


 あとはよくわからん装飾品だのトロフィー類だのが収まった木製の大棚。

 スペースは広く、床はぴかぴかに磨かれ、天井も壁も真っ白い。ただし余計な調度や飾りつけは一切ない。


 大きな窓には、白いブラインドがおろされている。照明も、シャンデリアとかじゃなく、どこにでもあるシーリングライト。

 社長室とかにありがちな、変な標語や格言を大書きした掛け軸なんてのも、ここには見当たらない。


 地味というか……ただの広い事務所だこれ。

 現社長の趣味なのか。それとも歴代、ここの社長室はこんな感じなのか。俺にもわからん。


「……もう一度確認したいのだが。きみは、例のポータルへ、自発的に踏み込んだわけではない、というのだね?」


 副社長の三田氏が、確認してきた。ちょっと神経質そうな眼鏡のおじさんだ。


「はい」


 と、俺はうなずいてみせた。


「ふうむ。戦闘中に、パーティーメンバーに突き飛ばされた……か」


 専務取締役の波佐間氏が、なぜか薄笑いを浮かべて、呟く。


「はい」


 と、俺はまたも、小さくうなずいた。


「きみが提出してくれた行動ログを見たが……」


 樫本社長が、無表情で言う。眼光やたら鋭く、じっと俺を見据えている。

 スマートブレス用の特殊アプリにより、ダンジョン内での探索者の足跡は、スマートブレスのメモリーに記録されている。


 基本的にはマッピングを目的としたもので、細かい行動や戦闘行為などまで記録されるわけではない。

 本来は、ダンジョン内の構造を解析したり、マップを作成する資料として、しかるべき部署へ、自発的に提出するものだが――。


 今回は、未踏破領域からの帰還ということで、社長じきじきに、ログの提出を求められてしまった。


「記録が、途切れてしまっているな? どういうことかね」

「はい、あの、スマブレのバッテリーが、途中で切れてしまいまして」


 これは嘘だ。あらかじめ、この点を訊かれたら、こう答えようと決めていた。

 あてもなくダンジョン内を彷徨ったあげく、脱出かなわず死んで、「ミラーリング」の効果で自宅に再実体化した、などと素直に答えるわけにはいかない。


 いくら会社のお偉いさんがたであろうと、こればかりは……死者の蘇生復活を可能とする天授の内容なんて、おおっぴらには語れない。今以上の大事に発展しかねないからだ。

 世間的には、俺の天授はいまだに「効果不明」である。


 できれば永遠に、そのままの状態に留めておくべきと、俺は考えていた。

 面倒事には巻き込まれたくないからな。

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