第7話 法は及ばない


 ――その後、三人は、すぐさま来た道を引き返し、会社へ帰還した。

 同行していた里山忠志について、彼らに報告義務などはない。


 何事もなく手続きを終えて退勤し、この祝勝会となった。


無能ブランク無能ブランクらしく、普通の生活をしていればよかったものを」


 桂木が、グラスを傾けながら呟く。


「そうだな。探索者になどならなければ、寿命を縮めずに済んだろうに」


 連城が、口の端を歪めて、うなずいてみせた。


「ダンジョンに法は及ばない。すべては自己責任……だからな」


 ダンジョンは国家の所有物であり、その入場資格や、内部から持ち帰った成果物の扱いなどは、管理されている。

 ただし、ひとたび内部へ踏み込めば、そこは人類のいかなるルールも通用しない、凶悪な魔物の巣窟である。


 ダンジョン探索には国家資格が必要だが、国家は探索者の安全を保証しない。ダンジョン内で探索者が死亡しようと、誰も責任など問われない。

 すべて自己責任である。


 たとえ、探索者どうしで殺人や、それに準ずる行為があったとしても――それがダンジョン内での出来事ならば、咎めを受けることもない。

 連城らは、以前にもホワイティ梅田において、里山に用いたものと同じ手口で、先輩格の上級探索者を一人、行方不明に追いやっている。


 ついでに相手の成果物を横奪分配し、自分たちの手柄とした。

 その結果、彼らは昇級し、第二探索部に配属されたという経緯がある。


 彼らは当初、先達を蹴落とし、成り上がる手段として、準殺人というべき手口を用いた。

 里山に対しての動機は、また異なる。


 彼らが蔑視してやまぬ無能ブランクが、異例の有能ぶりを示している。

 よりによって、自分たちと同じ段階まで駆けのぼりつつある――彼らの価値観からすれば、到底、許容できる状況ではなかった。


 ゆえに、排除した。

 罪悪感など微塵もない。


 彼らは、邪魔な先達も、目障りな無能ブランクも、そもそも人間と見做していない。

 魔物と同列の、討伐対象でしかなかった。


「次はどこへ行く?」


 服部が話を振る。


「心斎橋か、難波だな」


 連城が応えた。

 もはや、里山の一件は、彼らにとって、終わった話である。


 すでに三人の意識は、次なる目的へと切り替わっていた。


「どちらも最近、次の階層の本格的な開拓マッピングが始まっているらしい」

「進展があったと?」

「七班の連中が、心斎橋下層へのルート確立に成功したそうだ」

「ほう。あいつらが……」

「下層の魔物はかなり高レベルだが、そのぶん、実入りも大きいという話だ」

「そうか。なら明日にでも――」


 服部が言いかけたところで、連城の左腕のスマートブレスが、着信の電子音を鳴らした。

 会社の同僚――第二探索部のサポートスタッフの名が、スマートブレスの小さな画面に表示されている。


「何事だ、こんな時間に」


 連城は受信ボタンを押し、左腕を前にかざした。

 スマートブレスが、半透明のホログラフ映像を投射する。


 連城らもよく知るスタッフの若い男の顔が、空中に浮かび上がった。


「連城さん、お忙しいところ、済みません」

「木嶋。前にも言ったな? 仕事以外の用事で、このアドレスに掛けてくるなと――」

「はい、あの、仕事の話で」

「……なんだ」

「つい先ほどですね。ウメチカで、とんでもない発見があったというんです。それで、急いでお知らせをと」

「ウメチカ?」

「はい。ホワイティ梅田の泉の広場で――」


 泉の広場。

 その単語を耳にするや、連城ら三人は、さっと顔色を変えた。


「なにが……あった?」

「それが――今日、あそこのポータルから、初めて生還者が出たんです! 行き先も判明しました! いま、社内は大騒ぎになってますよ!」


 若いスタッフから、興奮気味にそう告げられ――。

 三人は、同時に絶句した。

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