第6話 目障りにもほどがある


 同時刻。

 国鉄大阪環状線、京橋駅前。


 夜の繁華街に城郭のごとくそびえる高級クラブ「シランシャトー」一階にて。

 豪奢なクラブ内の座席を占め、静かにグラスを掲げて、「乾杯」の声を交わす、三人の男たちがいた。


 いずれも海外ブランドのスーツをスマートに着こなし、若手ビジネスマンの集まりとも見える。

 胸には黄金の社員バッジ。樫本マテリアルの上級探索者たる証である。


 樫本マテリアル大阪本社・第二探索部所属――連城宏太郎。二十六歳。

 同所属、桂木行馬。二十五歳。

 同所属、服部伝次。二十五歳。


 樫本の第二探索部は、社内でも精鋭とされる上級探索者二十六名と、彼らを支える六十名以上の社内スタッフによって構成される、エリート部署である。

 その精鋭のうち三名が、今夜、ここ京橋の高級クラブに集い、祝杯をあげているのだった。


「そろそろ、騒ぎになっている頃だろうな」


 服部伝次が、グラスを置きながら呟く。「魔術師」の天授技能を持ち、様々な攻撃魔法を操る二種探索者である。


「だろうな。受付の奴らには気の毒なことだが」


 一同では年長の連城宏太郎が、グラスの中身をぐいと飲み干し、心地よげに息をついた。「グラディエイター」という天授技能の持ち主で、剣の扱いに長け、並外れた接近戦の技量を持つ。


「未帰還の探索者がいる場合、夜九時までは、受付カウンターを開けてなきゃならん……か」

「社内規定がそうなってるから、そこは仕方ない」


「銃撃」の天授技能を持つ桂木行馬が、もっともらしく、うなずいてみせた。銃器の射撃精度にかけては右に出る者のない、中遠距離狙撃の達人である。


「だが、いくら待っても、あの無能ブランクが会社に戻ってくることは無い。永遠に、な」

「当面は行方不明という扱いになるんだったな」

「社内規定により、探索者がダンジョン内で消息を絶ち、一ヶ月が経過すれば、死亡扱いとなる。それで完全に、この件は終わりだ。……あのときと同じようにな」


 暗い笑みを交わす三人。


「今回は案外、簡単にケリがついたな」

「あれだけの時間をかけたんだ。準備も十分にやった。当然の結果だろう」

「里山が、ただの無能ブランクなら、わざわざ俺たちが手を下すまでもなかったんだが」

「あれは無能ブランクの分際で、中途半端に実力はあったからな。目障りにもほどがある」


 無能ブランクとは、一般的でない天授技能――ユニーク天授の持ち主を指す、一種の隠語である。

 ユニーク天授は、名称からして意味不明で、当人や専門機関でも効果を把握できないものが多く、当然、活用のしようがない。


 使えない技能ならば、最初から存在しないも同然である。

 そういった効果不明のユニーク天授持ちは、世間一般において、あまり歓迎されず、就職などにも不利に働くケースが多い。


 わけても、ダンジョン探索者界隈では、無能ブランクと呼ばれ、一部の者たちからは、激しく忌み嫌われてさえいた。

 たとえ、そのユニーク天授所持者が、人格に優れ、探索者として高い実力を持っていたとしても、蔑視の対象たることは変わらない。


 差別感情は、理屈ではない。探索者特有の本能や感覚とでもいうべきものが、ユニーク天授や、その所持者の存在を見下し、嫌っていた。憎悪、といってよいほど、それは深刻で根強い感情だった。

 連城ら三人は、里山忠志という初級探索者に、早くから目を付けていた。


 社内での開示情報により、里山が「ミラーリング」なる天授を持つことは公表されている。ただし効果不明であり、典型的な無能ブランクであった。

 それだけならば、三人が彼に注目することはなかったであろう。


 里山忠志は、無能ブランクでありながら、並外れた戦闘技量と探索のセンスを持つ、いわゆる逸材であった。

 本来、ウメチカの探索は熟練者パーティーでも少なからぬ危険を伴う。


 ホワイティ梅田や阪急三番ダンジョンなど、経験の浅い探索者がソロで歩き回れるような甘い場所ではない。

 里山忠志には、そうしたダンジョンに単独で踏み込み、帰還する実力があった。


 里山の現所属は第四探索部。これは若手の初級探索者の試用期間のために設けられている部署である。

 第四探索部の若手のなかでも、里山の社内評価は頭ひとつ抜けており、上級部署……第二探索部への正式配属も近い、と噂されていた。


 それでいて、功績に驕ることもなく、人当たりも良いとあって、受付カウンターや整備部などの関連部署でも人気があった。

 当然、そうした社内の空気が気に入らず、里山を嫉視する者、憎悪の目を向ける者すらも、一方には出てくる。


 出る杭は打たれる――ましてその杭が無能ブランクともなれば、ただ打ち付けるだけでは済まされない。

 全力で叩き潰し、杭そのものを粉砕し去るべきであろう……。


 第二探索部所属の連城、服部、桂木の三人は、そのような共通認識のもと、里山忠志という目障りな無能ブランクを排除すべく、結託して事に当たった。

 彼ら三人だけが、とくに偏った価値観の持ち主というわけではない。


 探索者界隈における無能ブランクへの蔑視は、一種の伝統であり、中途半端な実力や実績だけで覆せるような、底の浅いものではなかった。

 とはいえ、連城ら三名の差別感情や敵意が、行き過ぎたものである点も否めない。


 三人は明確な悪意と殺意を秘めて、里山に近づき、時間をかけて信用させ、慎重に誘導し、ついに罠へと放り込んだ。

 ――ホワイティ梅田の最深部、「泉の広場」内に存在する、一方通行のワープポータル。


 行き先は不明。

 樫本の長い社史を紐解いても、そのポータルに踏み込んで、帰還した探索者は、過去に一人も存在していない。


 ゆえに、行き先についての情報は一切なかった。

 唯一はっきりしているのは――それに入った者は、誰も二度と戻って来ない、という事実だけである。


 ポータルの周囲には、常時、蜥蜴人リザードマン食人鬼オーガーといった、比較的レベルの高い魔物が徘徊している。 連城ら三人は、それらとの戦闘に、里山を巻き込んだ。


 里山が、魔物への対応で手一杯となった隙をみて、一気にポータルへ突き飛ばしたのである。

 死へと続くであろう、一方通行の奈落へと――。

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