第5話 とにかく物騒ですからね



 本社前でタクシーを降り、大急ぎで正面玄関へ向かう。


「里山さん、無事だったんですね」


 玄関の自動ドアをくぐると、さっそくロビーの奥から穏やかな声が響いてきた。


「里山さんだけ、なかなか帰ってこなくて、みんな心配してたんですよ」


 歩み寄ってきたのは、受付嬢の北浜さんだ。短大卒の二十三歳。俺よりちょいと年上の、落ち着いた雰囲気のお姉さん。


「他の連中は、もう戻ってきたんですか?」


 と訊くと。


「ええ。第二のみなさんは、十八時前には戻ってきて、もう退勤なさってます」


 他の連中、とは、今朝、俺と一緒にダンジョン探索に出発した同僚ども。いわゆるパーティーメンバーってやつだ。

 もっとも、会社の制度としてパーティーなんてのがあるわけではない。


 その時々の都合にあわせて、ソロで探索に出向くこともあれば、パーティーを組んで協力しあうこともある。そのへんは探索者の自由裁量だ。

 今朝はたまたま、別部署――第二探索部所属の上級探索者パーティーから「ホワイティ梅田ダンジョン」探索のお誘いを受け、ついて行った。


 これまでにも何度か同行したことのある面子で、俺はそいつらを仲間、良き先輩たちだと信じていたのだが――。

 どうやら、罠に嵌められてしまったらしい。


 ホワイティは単層構造で、さほど強い魔物もいないため、俺も時々ソロで探索に来ていた。

 だが今日、第二の連中は、俺の知らないルートで探索を進め、いつの間にか、まったく見覚えの無い区画に入り込んでいた。


 それを不審に思っていたところ、いきなり戦闘に巻き込まれ、その真っ最中、同僚らの手で転移ポータルめがけて突き飛ばされてしまった。それも一方通行の。

 転移先は、見知らぬダンジョン。


 スマートブレスの位置情報によって、それが「大阪駅前第三ダンジョン」第二層――と判明したときには、もはや手遅れだった。

 ホワイティとは比較にならない複雑怪奇な構造の地下迷路に、最強クラスの魔物が待ち受けるという噂の、関西屈指の危険地帯。


 しかも、過去に踏破されたのは第一層半ばまでで、第二層に踏み入って生還した者はいないとすらいわれる。

 そんな場所に、たった一人、マップも無しに放り込まれてしまったわけだ。


 ともあれ脱出せねばならない。

 俺は、散発的に襲来する魔物どもをかろうじて撃退しながら、ついでに道端に散乱する貴重品マテリアルなども回収しつつ、出口を求めて彷徨さまよい歩いた。


 一時間ほど歩き回ったところで、魔物の大群がたむろする――いわゆるネストと思しき区画に行き当たる。

 俺にとってはまるで未知の、凶悪そうな魔物どもが、広いフロアを埋め尽くさんばかりにひしめいていた。


 即座に背を向け、逃走を選択したが、時すでに遅し。

 俺の存在に気付いた一部の魔物どもが、一斉に追いかけてきた。


 さらには通路の反対側からも、おそらく別口の高レベルの魔物が複数出現し、あっという間に囲まれてしまった。

 そこから、なおも抵抗してみたものの、結局、魔物どもに食い殺され、俺の人生はここで幕を閉じた……。


 と思ったが。

 どっこい生きてた鏡の中。


 おかげで、どうにか会社の受付時間内に、ここまで戻ってこられたという次第だ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……俺が図らずも予定外のダンジョンに迷い込んだ経緯などは、とくに報告義務はない。

 第二の連中に突き飛ばされた件も、いちいち報告したところで、会社は何もしてくれないし、連中が咎められることもない。


 理不尽な気もするが、ダンジョンはそういう場所であり、探索者とは、そういう仕事だ。

 ただ、ダンジョン内から持ち帰った成果物は、きちんと提出しなければならない。ネコババは許されない。


 ダンジョン内で入手したアイテム類は、一種免許を持つごく一部の探索者を除き、個人で他所へ売り捌くのは犯罪行為であり、それが可能な売買ルートも存在しない。

 二種探索者は、成果物を必ず所属会社なりに提出し、買い取って貰うことになる。


 また、それら成果物を、どこで、どのようにして入手したか。

 社内規定というやつで、そのへんも、正しく説明しなければならない。


「北浜さん。成果物の提出、いいですか」

「はい。ではこちらへ」


 北浜さんとともに、受付窓口まで歩いてゆく。そこにも係員らが三人、静かに待ち受けていた。

 二人は若い男性社員、残る一人は、北浜さんと同年代の若い女性社員。


 いずれも北浜さんの同僚で、交代で受付業務についている人々。俺にとっては、社内で最も馴染みのある面々といっていい。

 樫本に限ったことではないが、ダンジョン管理会社の受付カウンターは、探索者が持ち帰った成果物の鑑定が主業務。


 そのため、受付業務には必ずアイテム鑑定、もしくはそれに関連する技能を持つ人員が配置されている。

 ここにいる四人は、いずれも「上級鑑定」という共通の天授技能を持っており、あらゆるアイテム類の価値を、より高い精度で、正確に査定する。


 ――ここは天下の樫本マテリアル大阪本社。その受付窓口は、伊達ではないってことだ。

 そんな優秀な受付係一同が、フランクに声をかけてくる。


「里山さん! 今日はずいぶん遅かったですね」

「ひょっとして、なにか事故でもありましたか?」

「ウメチカはとにかく物騒ですからね」


 ウメチカとは、大阪の数あるダンジョンの中でも、私鉄梅田駅、国鉄大阪駅近辺のダンジョンを指す俗称である。

 ホワイティ梅田、阪急三番ダンジョン、大阪駅前第一から第四ダンジョン、さらに堂島ダンジョンなどが含まれる。


 このうち堂島ダンジョンだけは同業他社の管轄となっており、わが樫本マテリアル所属の二種探索者は平常、立ち入りできない。

 ただし、堂島では定期的にダンジョン内で魔物の大量出現、いわゆるスタンピードが発生する。


 その時期だけは、所属に関わらず、すべての職業探索者に堂島ダンジョンが開放される取り決めとなっていた。

 ……それはともかく。


「すいません、色々あって、遅くなりまして」


 などと応えつつ、俺はバックパックを外して受付カウンターに置き、収納していたアイテムを、どんどん取り出していった。

 すべて、今日、大阪駅前第三ダンジョンで回収した貴重品マテリアルだ。


 やがて、受付四人組の驚嘆の声が、ロビー全体に響き渡った――。

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