第4話 (株)樫本マテリアル大阪本社
いま俺がなすべき喫緊の課題は……会社に戻ること。
今朝、会社に出勤後、受付に届出を行い、同僚らとともにダンジョン探索に出発している。
就業規定により、探索終了後はすみやかに会社へ帰還し、受付窓口にて成果物の提出や報告などを行うことになっている。
その内容は、ただちに人事部で査定にかけられ、評価が行われる。この評価が社内ランクや配属部署、ひいては給与にも大きく影響する。
ために、俺のような会社勤めのサラリーマン探索者にとって、成果報告は決して疎かにできない業務だった。
そんなわけで、ミラーリングや現状の考察もほどほどに、俺は大急ぎで最低限の治療をほどこし、身支度して、マンションを飛び出した。
普段は国鉄に乗って電車通勤だが、とてもそんな時間的余裕はない。国道沿いでタクシーを拾い、直接、会社へと向かった。
――大阪管区中央エリア、国鉄大阪環状線天満駅前にそびえる、三十階建てのタワービル。それが俺の勤務先、(株)樫本マテリアル大阪本社ビルである。
主な業務内容は、大阪及びその周辺のダンジョン管理及び探索、そこで回収した各種マテリアルの解析、精錬、販売等。
ダンジョンというものは、記録によれば、千年以上も前から日本各地の地下に存在している、一種の異界である。
大昔は、魔石窟というのが公式呼称だったそうだが。
ダンジョン内は凶暴獰猛な魔物が大量に棲息している危険地帯であると同時に、いかなるカラクリか、様々な資源を無尽蔵に産み出す、天然の宝物庫でもあるという。
それゆえ、古くからダンジョンは国家の所有とされ、無許可・無資格での立ち入りは法により厳格に禁じられている。
一方で特定の団体・企業・法人には条件付きながらダンジョン管理免許が発行されており、近代以降、ダンジョン探索は国家の主要産業として成立していた。
樫本マテリアルは、ダンジョン管理・探索事業の老舗にして関西最大手。西日本の十二箇所のダンジョン管理を国家より委託されており、所属する二種探索者1500人余。グループ全体で従業員およそ一万人という大企業である。
なお、ダンジョンは国家試験を受けて合格し、国家資格を取得した者でなければ立ち入ることはできない。
探索者資格には一種と二種があり、一種は個人かつフリーでダンジョン探索が可能だが、合格者が数年に一人出るかどうかという、途方もない狭き門。
二種は樫本マテリアルのようなダンジョン管理免許を有する法人等の監督下でのみ探索が許されるという資格。
こちらの取得難度は、一種と比べれば、さほどでもない。国立大の学部卒程度の教養と基礎学力、野生の熊や猪を素手で撲殺する程度の身体能力があれば、誰でも合格できる。
……ようするに、二種もそれなりには難関である。俺も二種探索者の端くれであり、世間的には一応、エリート扱いされる身分ではあるのだった。
探索者には様々な特典がある。
一種もしくは二種探索者免許を所持していれば、全国の鉄道は国鉄私鉄問わずフリーパスだし、タクシーも割引料金で乗れる。
公立劇場、美術館、博物館などの優待パスも貰えるし、探索者専用の豪華ホテルやレストランもある。
ただ、正直にいうなら、そんな程度の特典では生ぬるいと思えるくらい、探索者というのは危険な仕事だ。
定年前に死亡する二種探索者の数は、全体の三割にも達する。
一種探索者も、五体満足で引退できるのは半数にも満たないというデータがある。
まさに死と隣り合わせ。
むろん俺は、それらを承知の上で、探索者になることを選んだのだが。
さすがに、いっぺん死んで、また戻ってくることになるとは、想定外だった……。
今後は、もっと慎重に行動すべきなのかもしれない。そう何度も死にたくないし。
そうこうするうち、タクシーが本社前に着いた。
急いで受付カウンターへ向かわなければ。
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