第2話 通称「ミラ子」
……この世の人間は必ず、なにかしらの「天授」という特殊技能をひとつ持って生まれてくる。
日本中どこの病院でも、新生児はすぐに専門検査官によって身体検査され、とある特殊な技術によって「天授」の内容を調べ、記録される。
その後、保護者は病院から渡される検査結果を役所に届け出て、新生児の「天授」の登録を行う義務がある。日本国においては、大宝律令以来、そう定められている。
俺の場合は、その天授が「ミラーリング」というものだった。
すべての人間がひとつずつ「天授」を持っているが、現在の検査技術では、その詳細な効果までは解明できないらしい。
それでも、名称がわかりやすいものならば、とくに問題はない。
たとえば「剣術」「話術」「算術」「言語理解」「魔法使い」「強知能」「肉体速成」などは、素人目にもどんな効果だか理解できる。
実際、世間の人々の圧倒的大多数は、こういうシンプルでわかりやすい天授の持ち主である。
しかし、きわめて稀に、意味不明な「ユニーク天授」を持つ者も生まれてくる。
「覇者」「魔王」「菜食」程度なら、まだかろうじてわからないでもないが、「ボルケーノ」「デュアルレイヤー」「ランドクルーザー」あたりになると、検査官でも正確な効果を把握できない。
「グレーターデーモン」「生ける伝説」「府中最速」なんて出てきた日には。
検査官も役所も頭を抱えつつ「効果不明」と記述せざるをえなくなる。これらは過去、本当に実在したユニーク天授である……。
天授は、当人の人生そのものを決定付けるほど強い影響力を持つ。
たとえば「剣術」の天授持ちならば、たいして努力せずとも剣の達人になれる。
その能力を活かせば、日本各地のダンジョン探索の最前線でも活躍できるだろう。
実際、俺の同僚にも、そういう強力な天授持ちが大勢いる。
いっぽう、俺の「ミラーリング」は「ユニーク天授」のひとつであり、いかなる効果で、どんな場面で活用しうるのか、まったく不明だった。
いまの世の中、こうしたユニーク天授は、逆に人生におけるハンデともなりかねない。効果のわからない技能など、あっても無くても同じだからだ。
もちろん、「天授」だけが特殊技能ではない。当人の努力と資質次第では、後天的に、様々な特殊技能が習得可能。
俺も「速歩LV2」「ブラインドタッチLV1」「背面衝撃耐性LV6」「辛味耐性LV2」などの特殊技能を後天的かつ自動的に修得しているが……。
これらはダンジョン探索にはあまり役に立たないし、そもそも「天授」と比較すると、後天技能の効果は限定的で、さほど強いともいえない。
所詮、凡人がどれだけ努力しようと天才にはかなわないという、この世の摂理だ。
そんなこんなで、これまでの俺の人生において、一切役に立つことがなかった「ミラーリング」というユニーク天授。
その効果については、役人やら専門の研究者らが、いくつか仮説を立ててはいた。
何かしら鏡と関係のあるスキルであろう、とか。
自分自身のコピーを製作できるのではないか、とか。
そんな話を聞いて俺自身でも色々と試したものの、まったく何も起きなかった。
近頃はもう完全に諦めてて、最初から存在しないものと考えるようになっていたのだが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の長年の疑問に答えるべく、脳内アナウンスの説明は、実に懇切丁寧だった。
――天授「ミラーリング」とは。
下位次元に仮想デジタル空間と仮想データサーバーを構築し、俺のありとあらゆる状態をリアルタイムでモニタリングして、そのデータを逐一、仮想サーバー内のストレージに勝手に全自動でバックアップする、という技能。
本体である俺自身を「メインデータ」と捉え、そのメインデータの鏡写しとなるバックアップデータを作成、逐一更新し続けている。ミラーリングという名称の由来がそれだ。
万一、メインデータの破損や消失といった事態が生じた場合、俺の意識を仮想デジタル空間に一時退避させ、ミラーリング側のデータをロードして、そちらに意識を移し替えることで、メインデータの復旧が可能となる。
破損や消失ってのは、ようするに死亡ってことだ。
(……つまり、いっぺん死んではじめて、効果が判明すると)
そりゃ、誰もこの天授の効果なんて、わかるわけないよな。普通は、死んだらそれで終わりなんだし。
いま俺がいる真っ白い空間こそが、その下位次元に構築された仮想デジタル空間であるらしい。
いつの間にか、目の前に浮かんでいる大鏡のほかにも、複数の鏡が俺の周囲に出現していた。
これらすべて、俺のバックアップデータなのだとか。
ロード可能なバックアップは、一秒前、五分前、一時間前、一日前、一週間前のいずれかのデータから、ひとつを選択できる。
復活したら瀕死だった、ではシャレにならないからな。よくできているものだ。
データロードを実行すると、バックアップデータに記録されている肉体状態が再生成され、さらには所持品も再生された状態で、あらかじめ決められたポイントに再実体化される。
いまの時点では、俺が住んでるマンションの自室内が、再実体化のポイントとして設定されている。
他には、この仮想デジタル空間内にいる間のみ、「ミラーリング」に関するヘルプをテキストとして鏡に映し出し、参照することが可能。
そのヘルプによると、俺の脳内に流れるアナウンスは「ミラーリング」所持者をサポートする音声ガイダンス、通称「ミラ子」というシステムらしい。なんだその安直な通称は。誰が名付けたんだ。
なお、仮想デジタル空間内は、時間の流れが異なるらしく、ここにとどまる限り、現実での時間はほとんど経過しないのだとか。
「……なら、ヘルプを全部読み終わるまで、ここにいても問題ないと?」
『問題ありません』
俺の質問に、脳内アナウンスことミラ子が答えた。やけに冷ややかで無感情な女性声で。
『理論上は、永遠に、この空間にとどまることも可能です』
とんでもないことを、さらりと告げてきた。
さすがに永遠に、ここにいるわけにはいかない。現実に復帰可能というなら、やはり戻るべきだろう。
ただその前に、ヘルプを熟読しておく必要がある。
それと……魔物どもに食い殺されたのが、今回の直接の死因ではあるが、そうなった理由は、職場の同僚たちに騙され、罠に嵌められたせいだ。
おかげで大阪駅前第三ダンジョンなどという危険地帯に迷い込み、脱出もかなわず、死ぬ羽目になった。
データ復旧後、会社に戻れば、あいつらは必ず、何らかの形で、また絡んでくる。
どう対処するか、よくよく思案せねばなるまい……。
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