ミラーリング・エクスプローラー ~サラリーマン探索者、大阪ダンジョンにて無双する~

いかま

第1話 バックアップを使用しますか?


 窮地に立っていた。


(これは、無理かな……)


 ここは天下の台所、大阪駅前第三ダンジョン。

 その最奥部。


 この日。

 俺は、悪辣な同僚たちの罠にはまり、たった一人、この関西屈指といわれる危険地帯に取り残された。


 見渡せば、周囲には高レベル魔物の大群。

 巨大化した虎の化物やら、前肢が六本もある熊っぽい怪物やら、二足直立するカバのような魔物など……いかにも獰猛そうな異形の獣ども。


 それらが、石造りの通路の床も埋めつくさんばかり、真っ黒い巨体をひしめかせ、鋭い牙と爪を光らせ、憐れなる獲物――つまり俺をめがけて、一斉に飛び掛かってくるところだった。


(……いや、まだだ。どこかに突破口さえ開ければ)


 俺は、サバイバルナイフをかざし、先頭の熊のような獣が振り下ろす爪をかわし――その咽喉元へ、刃を走らせた。

 白刃斜めに閃いて、巨熊は首から血を噴き、おぞましい咆哮をあげて打ち倒れる。


 ほぼ同時に、背後から突風のように飛び込んできた黒い影。

 巨大な灰色狼のような姿をした魔物だ。


 間一髪、俺は振り向きながら身をのけぞらせ、その牙を、かろうじて躱しつつ――すれ違いざま、魔狼の横腹をナイフで薙ぎつけ、まっすぐ切り裂いた。

 ごおぉん……! と、地の底から響くような吠え声とともに、魔狼は血煙をあげ、床に転がった。


 そうする間にも、右からも、左からも、次から次へ跳びかかってくる魔物たち。

 ……ここへ迷い込んでから、いったい、どれほどの魔物を倒したか。もう数えてすらいない。


 それでも、突破口どころか――。

 倒せば倒すほど。


 抗えば抗うほど。

 包囲は、刻一刻、より密度と厚みを増してゆく。


 まさに死力を尽くし、なおも魔物どもを斬り伏せながら、諦め悪く、脱出の機をうかがうも――。

 ついに、その時がきた。


 前後同時に突っ込んでくる、虎の化け物のような巨獣ども。

 その爪が、俺の背を貫き、肩を切り裂いた。その牙が、俺の腕に、胴に、がっしと食らいつく。


「……!」


 感覚が麻痺しているのか、痛みはなかった。ただ燃えるように熱い。

 自分の血が全身から噴き出て、真っ赤な霧のように視界を覆っていた。


(これまでか)


 もう一巻の終わりだ。

 と、すべてを諦めかけた、その瞬間。


 ――視界が、ふっつりと切り替わった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 周囲一面、真っ白な、何も無い空間。

 眼前に、長方形の物体が、ふわふわ浮かんでいた。


 大きな鏡だった。

 ちょうど、自室の壁に掛かっている姿見のような。


 そこに映っているのは、いま現在の、俺の姿――。

 二種探索者「里山忠志さとやまただし」二十歳、男。


 日本国・大阪管区在住。民間企業(株)樫本マテリアル、第四探索部所属。

 全身、擦り傷と切り傷だらけ。装備品のケブラージャケットやサバイバルナイフも、もうボロボロになっている。


 食料や水、救急セット、ダンジョン内で入手した貴重品マテリアルなどを収納したバックパックは、まだかろうじて背負っていた。

 われながら、ひどい姿だ。


 こんな状態で、よく生きていられたなと、他人事のように鏡を眺めていると……。


『メインデータが破損しています。バックアップを使用しますか?』


 いきなり、どこからか、無機質なアナウンスが響いた。


「……はっ?」


 あまりに突然のことに、俺は、素っ頓狂な声をあげていた。

 慌てて周囲を見回してみたが、誰もいない。


 いまのアナウンスは、俺の脳内に響いたようだった。女性の声みたいだが……。


 ――バックアップ? 何のことだろう?


 メインデータの破損、というのは、今の俺自身の状態を示しているのだろう。

 なにせ、たったいま、俺はダンジョンの奥で、魔物どもに惨殺されたところだ。


 普通は、それで人生終了のはず。俺はいまや無残な死骸となってダンジョンの冷たい床に横たわり……いや、もしかしたら、寄ってたかって、もう跡形も無く食われちまってるかもしれん。

 ならば、バックアップとは?


 いま、いったい俺の身に何が起こっているのか?


「……その。説明を、頼みたいんだが」


 つい、そう呟いていた。

 そりゃそうだろう。死んだと思ったら、なぜか、でかい鏡のほかには何も無い、真っ白な空間にいた。


 そして突如脳内に響くアナウンス。

 さらに、バックアップとかいう意味不明な単語。


 あまりにめまぐるしい状況の変化に、俺の理解がまだ追いつかない。いったいどうなっているのか。

 できれば最初から説明してもらいたいものだが……。


『技能――ミラーリングLV1の付属効果です』


 脳内アナウンスが、そんな俺の疑問に答えてくれた。


「ミラーリング……?」


 確かに、俺の「天授技能」は、そういう名称だったが。


『詳細説明が必要ですか?』


 脳内アナウンスに問われて、俺は「聞かせてくれ」と、うなずいていた。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

新作です。どうか応援のほど、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る