サラマンダーのロイヤルウェディング事情
今居米
サラマンダーという国
大陸からさらに北東。凍える海を抜けた先にその国はある。
〝サラマンダー王国〟人間からすると亜人種の島国だ。見た目はヒトと変わらない。ただ彼女たちは女性しか存在しない種族である。女性同士で番い女性同士で子供を作るのだ。当然、国を動かし生活を営んでいるのも女性だけ、男性はこの国に定住できないと法律で定まっている。
地理的にこの国は一年を通して寒かった。けれども、もうすぐに短い夏がやってくる。祝福祭が近い季節、一人の文官にある命令が下った。
「私が殿下の側近!?」
「ちょっと変わり者の姫様だから、そういう事は往々にしてあるさ」
「で、でも……私は殿下と何の面識もありませんよ?」
「あの方は一目見てちょっとでも気に入ったらそばに置いたりする。あの塔から君の麗しい黒髪に惹かれたんじゃ?」
目の前の上司はいつものこと、と一点張り。
今年に大学校を卒業して文官になったばかりのエリーゼ=ローザは急な異動に戸惑っていた。
この国の第一王女の側近に何故か大抜擢されたのだ。
つまりそれは未来の女王に直々に仕えることを意味する。しかし何の前触れも無くてエリーゼは記憶の糸を手繰るも引っかかりは出てこない。
闇を紡いだような黒い髪を深紅のリボンで編み込むのがエリーゼの普段の姿だ。
この国で黒髪は少ない。
もしかしたら王女は本当に物珍しさからエリーゼを選んだのか。
否定できない可能性に思わず髪を撫でてしまう。
「行っておいであの塔に、とても寒いから外套を忘れずにね」
「うう、ん納得はいかないですけど……分かりました」
「もしかしたらエリーゼ、君が未来の宰相だったりね」
くつくつと上司が笑う。
「やめて下さいよ、とにかく殿下の元へ参じますから……」
上司に改めて向き合う。胸の前に手を当てて腰をかがめた。
サラマンダーの伝統的な敬礼のやり方なのである。
(殿下の前でも上手くできるかな……?)
エリーゼは一度、寄宿舎へ戻り姫君のいる塔へと向かった。
石畳を歩く。白い息を吐きながら木製の扉をそっと開けた。
第一王女オフィーリア=スノーホワイトの住まう白い塔は曇天を背景にそびえ立っている。
どうしてわざわざ塔の最上階で暮らしているのか。
オフィーリア殿下のことは何度か目にしたことがあった。
最初に見たのは大学校の入学式。
灰色の長い髪は結わずに腰まで伸ばして、王族用の純白のドレスに身を包む麗人。
なんと美しい姫様だと、同級生の少女達に混じって色めきだっていたのは久しい記憶だ。王女とのラブロマンスを夢見る少女達は決して少なくない。
美貌と共に確かな知識とカリスマ性を持ち合わせているから。王立の学校も首席で卒業したらしい。
未来の女王に相応しかった。
(まさか卒業後に指名していただけるなんて嬉しいけれど、突拍子過ぎる)
緊張で足踏みしていたが不意に強い北風が吹いた。
赤いリボンがなびく。
「寒……」
風から逃げるように塔の中へ入って扉を閉めた。
すると次は冷たい石に体温を奪われるような底冷え。
(これは急かされている……? 殿下のお部屋に暖炉があるといいのだけれど)
ゆっくりと上を向いた。
心もとない木の螺旋階段が遙か上まで続いている。
とりあえず一段のぼってみた。
「あ……あれ、以外としっかりしてる。この階段」
素材こそ古いがエリーゼ一人が乗ったくらいではびくともしなかった。
ホッとしてしまったら駆け上がるしかない。寒さから逃げるためにエリーゼは一段一段上っていく。
扉の向こうから音がした。つまり、塔の中に誰か入ってきたのだろう。
「黒髪のリボンちゃんかな? 寒いなか大変だろうに」
呟くとオフィーリア=スノーホワイトは暖炉の中に薪を追加で放り込む。
ボッと炎が勢いを増した。
部屋の中はほとんどが本棚で占められており窓際に机と椅子。クイーンサイズのベッドには天蓋がかかっている。その隣には身支度用のドレッサー。
「王位についたら流石にここで暮らすわけには……いかないか」
オフィーリアは美貌と知性を兼ね備えた理想的な姫であるがたいへん気分屋でもあった。塔の上で暮らしているのも『景色がいいから』という理由。
加えて部屋にたどり着くまでの苦労、適度な不便さが好きなのである。
現女王とその王妃である母二人や妹たちはなんとかオフィーリアが変わり者だ、という噂話が外に漏れぬよう躍起になっているが当の本人はどうでもよかった。
窓に寄りかかり凍てつく海を眺めた。分厚い雲の静けさとは対照的に水面は激しく波立っている。高い場所から海を眺めるのも好きだ。
ある日、人魚が遊びにでも来ないかと少し期待しているのだが、こんな極寒の海には立ち寄らないだろう。
「もしやってきたら海の近衛兵にするのにな」
独り言を言った直後。扉が二回ノックされる。
オフィーリアは窓際から身を下ろすと薪をもう一つ暖炉にくべて扉の方まで歩いて行った。
「研修期間中の文官。エリーゼ=ローザです」
自己紹介は上手くいった。礼も大学校で何回も練習したからそつなくこなせた。
相手が相手だから最も格式高い礼を、腰を深々と折り曲げる。
しかし……返事が無い。背中をいやな汗が伝った。
(未来の陛下相手に何か粗相を!?)
半世紀前に不敬罪は廃止されている。けれどもただの新人文官と第一王女。潰そうと思えば簡単に……。
そこまで考えたときだ。頭を触られていることに気付いたのは。
「……?」
「リボン、乱れてる」
パラパラと編み込んでいた赤いリボンが重力に引かれて落ちてきた。
そして純白の裾が見えた。感覚的にどうやら結び直してもらっているらしい。
「いいよ。顔を上げて」
ゆっくりと腰を正す。
『なんと麗しい姫様だこと』乙女達の憧れ、彼女とのロマンスを夢想する少女が後を絶たない。その理由は一瞬で分かった。
雪雲を溶かして紡いだような灰色の髪は怜悧さを。
アメジストを閉じ込めた紫色の瞳は蠱惑的で、やや長身な目の前の女性は今まで見たことのない美しい女。処女が恋い焦がれる理想のお姫様が目の前にいた。
エリーゼは一瞬だけ意識を持って行かれたがすぐに立て直す。
「お目にかかれて光栄です。わたくしは文官のエリーゼ=ローザ、研修中の身なので配属先は元よりありません」
「ああ、ああいいよ君のことは知っているから大丈夫」
オフィーリアが窓を指さす。
「窓から城を眺めていたらね、黒髪に赤いリボンの可愛い子ちゃんを見つけて」
(ああ、やっぱり!)
上司の言った通りの返答にエリーゼはショックを受ける。
「侍女に調べさせたら君、騎士団の課程も履修しているんだって? ちょうど頭も良くて体も動かせる〝新人〟が欲しかったんだ」
「えっ?」
予想外のちゃんとした理由にエリーゼはぱちぱちと瞬きをする。
確かに大学校では騎士の鍛錬も受けた。理由としては自分が武官・文官どちらに向いているか確かめたくて二年間、騎士課程と文士課程をダブルメジャーしたのだ。結果的に文官に落ち着いたが同時にルテナントの位も持っている珍しい存在に、エリーゼはなっている。
あの苦労がまさかこんな形で報われるなんて思いもよらなかった。
「文武両道かつ何のしがらみも無いまっさらな存在。君以外いなくてね」
「あぁ、だから〝新人〟を強調したのですね」
「そうそう。寒いだろうから中に入りなエリーゼ。君のことは調べ上げてスリーパーでもアサシンでもない確証はあるからゆっくりしたまえ」
「あ……あはは……」
流石、王位継承権第一位の姫なだけある。その辺りは抜かりなかった。この塔に到着するまでも、エリーゼは五回くらい衛兵や門番に身分を証明した。それもそのはずオフィーリアがたった一人でここに閉じこもっているのだから、警備も厳重になる。
暖炉の前には二人がけのソファーがあった。
それ自体は普通の光景であるが対になって置かれている椅子は存在しない。
ということはつまり。
「ええっと。殿下。私、立ちますから」
「あの階段を登って疲れたろうに。くつろげくつろげ」
エリーゼは事もあろうことかオフィーリア王女と並んで座っている。『くつろげ』と言われても困るだけだ。城内で囁かれている変人説が真実味を帯びてきた。
いや、変人と言うより……距離感がおかしいだけ……?
「今回はねかわいい妹のために色々と画策したいのだがな。私ひとりで勝手に動くと迷惑がかかるから君を呼んだ」
「え……妹って。オルビア殿下のことでしょうか?」
「そうだ」
オフィーリアには双子の妹がいる。
オルビア=スノーホワイト第二王女だ。何をするか分からない気分屋のオフィーリアとは違い、物腰柔らかく優しい印象の強い妹君である。
中身は違うものの外見は姉妹瓜二つらしい。
(私はもともと田舎の平民だったしあまり王族の方のお姿を見る機会が無かったけれどオルビア殿下もきっとこの方のように美しいんだろうな)
「それで……オルビア殿下のために何かなさるんでしょうか?」
エリーゼの言葉を聞いてオフィーリアはイタズラっぽく口の端をつり上げた。
流石に次期女王がそのまま城下街をうろつく訳にはいかない。
例えエリーゼが側に仕えようとも一人ではオフィーリアを守り切れるか分からないし何より今の彼女は文官である。
そこでオフィーリアは変装することにした。エリーゼも当然、街娘の装いをする。
二人とも髪の毛を結い上げて木綿のドレスの上から簡素なコートを羽織った。
それでも長身のオフィーリアは目立つから日除け用の帽子を深々とかぶる。
「どうだ? これでバレないかな?」
「ああ、大丈夫かと思われます。くれぐれも大切にして下さいね……帽子」
オフィーリアに連れて行かれたのは予想外の場所であった。
「あの…………ここ、花街ですよねぇ。もしかして殿下……」
「今から会うのは娼婦だ。安心しろエリーゼ、君を売り飛ばしたりはしないから」
「悪いご冗談を……」
前を歩いていたオフィーリアが立ち止まる。
受付の女性と何やら話し込んでから二人は建物の中へ通された。
当然だがエリーゼは娼館に入るのは初めてでドキドキする。すれ違う女性達が皆妖艶でいささか彼女には刺激が強い。
(まぁ……王女殿下みたいな美しい方だったら娼館通いなどしなくてもいいだろうに)
おまけに地位も高いから女性には困らないはずだ。
確かにここは……綺麗な人ばかりだけれど貴族のご令嬢だって負けていない。
オフィーリアは一番奥の扉の前まで来ると扉をノックする。
「サーニャ。私だ…………………………入るからな」
彼女はドアノブに手をかけた。
(ん? 返事も無いのにいいの? 確かに長いこと間は置いたけれど)
オフィーリアに続いて中に入るとふわっとイランイランの香りがする。
寝台の側に朽葉色の女性が腰掛けて微笑んでいた。
「やぁサーニャ。なんというかやはり母上は反対していてな、うーん、我が国は大陸ほど娼婦の地位は低くないといえど結婚は難しい」
「ええええっ殿下!?」
思わず声に出た。まさか、オフィーリア殿下はこの方と密かに恋仲で縁談話まで!? これは軽くスキャンダルである。
「エリーゼ。静かに」
オフィーリアは人差し指を薄紅色の唇に添える。
動顛したものの……確かに失礼だ。
「す、すみません……」
エリーゼがスカートの裾を摘まんで謝罪の礼をする。
サーニャと呼ばれた女性は艶然と、エリーゼに微笑む。
(ああーどうしよう。オフィーリア王女の恋人にときめいてしまった……墓場まで持っていかないとこれは)
しかしここでエリーゼは違和感に気付く。
サーニャが先ほどから一言も言葉を発していない。
オフィーリアの話にもエリーゼの謝罪にも相づちを打つか微笑むか……である。
「サーニャさん……もしかして」
続けようとしてオフィーリアがかぶせてきた。
「お察しの通りサーニャは声を奪われていてな。奪ったのは私の学友なんだが……あやつ、気難しい上に何を考えているか分からん」
「だから、殿下は恋人であるサーニャさんに何とか声を戻してあげたいのですね」
エリーゼの言葉を聞いてオフィーリアとサーニャが目をぱちくりさせる。そして二人とも控えめに笑った。
「ああ、エリーゼ違う違う。サーニャの恋人は妹のオルビアだ、当然ながら内密にな」
このことは、と殿下は付け加える。
「あ……そういえばオルビア殿下のためにっておっしゃっていましたね。申し訳ありません。私、とんだ勘違いを」
しかし第二王女が寵愛されている方が娼婦とは……これは流石に難しい。
サラマンダーは一婦一妻制度だ。妾にするならとにかく、正式な王族として迎え入れる必要がある。
「分かってくれたかエリーゼ。サーニャはもともと聖歌隊にも所属していて後に歌手となり生計を立てていたんだがな。魔女に歌声を取り上げられてここにいる」
「そうですか」
「何度も言うがくれぐれも秘密で頼む。そして君から何か案があれば言って欲しい」
「私からの提案……」
エリーゼはふと窓の外を見た。ガラス越しに祝福祭の垂れ幕を準備している女達が見える。
――祝福祭――
年に一度の大きな催し、聖歌隊……歌手……。
ここでエリーゼはひらめいた。
「殿下、一つだけ……条件付きですがサーニャさんを王配にできるかもしれない方法があります」
オフィーリアとサーニャの表情に驚きの色が浮かんだ。
「ただ、その条件がどれほどのことかは私では分かりかねます。だから、お力を貸していただけませんか? オフィーリア王女殿下」
日が沈む前に城へ戻るエリーゼとオフィーリア。
ただの街娘が城の敷地内に入ることはできない。けれどもオフィーリアは隠し通路を知っていた。
カタンと古い扉を開ければそこは門兵の詰め所であった。
中には三人ほど門番をしている女がいる。普通なら〝勝手に入ってきた不届き者〟扱いを受けるはずだが、オフィーリアが帽子を脱ぐと女達はやれやれと苦笑いした。
「殿下、まーたお忍びで街へ? 危険ですからおやめくださいとあれほど申しておりますのに」
「なに、今回はちゃんと従者を連れて行ったぞ。ほら、ルテナントの階級持ちだ。護衛にもなる。それよりリリーナはいるか?」
「お呼びいたしますので少々お待ちを、殿下」
門兵の一人が詰め所を出て行く。
この空気、手慣れた様子。オフィーリア殿下はたびたび城の外に出ているとみた。
そういえば髪の毛を結うのも非常に上手だった。
長い髪を編み込むのは、なかなかに難しい。その時点で気づけなかった私はまだまだ未熟者だとエリーゼは肩を落とす。
オルビア王女はオフィーリアのように塔の上なんかに住んでいない。
王族の居住区に王女の寝室はきちんとある。
(あの塔……いま思い出しただけでも寒い。オフィーリア様はよく耐えられるなぁ)
同時にオフィーリアの侍女達が不憫でならない。毎日、あの階段を登って彼女の身支度を手伝っていることになるからだ。
オフィーリアは髪の毛を梳かして王族のドレスに身を包みオルビアの寝室をノックする。
「いいわよ。入って」
部屋の主は誰何することなく入室を許可する。性格は違えど姉妹の仲の良さが伝わってきた。
「オルビアー今日はいいニュースがあるぞ~こっちの新人文官が早速働いてくれた! エリーゼもっと前へ出ろ」
「は、はい! 失礼します。初にお目にかかります。文官のエリーゼ=ローザと申します。以後、お見知りおきを」
エリーゼは敬礼をする。加えて最後の言葉は決して下心があるわけでは無い。
今回の仕事でオルビアとは何度も会うことになりそうだから顔を覚えてもらいたかった。
頭を上げてオルビアと向き合う。
(すごい……オフィーリア殿下とよく似てはいるけれど。また違った魅力をお持ちでおられる)
オルビアはオフィーリアと同じ灰色の髪に紫色の瞳。けれど違いもある。
髪の毛は全体的にふんわりとカールしており目つきはとろんとした垂れ目。
如何にも優しそうな姫君だ。
「エリーゼ、よく来てくれましたね。さぁこちらへ、詳しく話を聞かせてちょうだい」
オルビアが向かいのソファーに座るよう促してくる。
「はい、失礼いたしますね」
エリーゼは着席したのだが……真横にオフィーリアが遠慮無く座ってきた。
――殿下、わたくしは立っております! ――と言っても多分無駄だ。
でも、なんだか今日一日でオフィーリアのことが少し、少しだけ分かった気がする。
「サーニャが祝福祭で歌姫に?」
オルビアが驚いた顔でエリーゼを見つめた。
エリーゼの作戦を要約するとこうである。
サーニャはもともと歌手だ。そして聖歌隊にも所属歴があるということはかなり歌が上手いと踏んだ。
それなら何とか声を取り戻して祝福祭で歌姫の称号を得たら、女王と王妃も納得するのではないだろうか。
「確かに。歌姫の称号は大きいです。母上様も流石に納得すると思います。けれど……」
「そうなんだ。オルビア、サーニャの声をどう取り戻すかがキモになってくる」
「ちなみにオフィーリア殿下。サーニャさんの声を奪った魔女というのはどなたでしょうか?」
オフィーリアが微苦笑する。
「シャーロット=デューラー。気難しいを絵に描いたような女だ。でも私は彼女とはそこそこ仲がよかったんだぞ? あとオリビアとサーニャを怨む理由が分からない。私に対してなら納得いくんだがな」
「そういえば、学友とおっしゃっておりましたね」
「そうだ。ただ誤解の無いように……シャーロットはそんな極悪人ではない。少々拗らせているが多分、ちゃんとした理由があるはず」
「会ってお話しするのは?」
エリーゼが当然の疑問を口にする。だがオフィーリアとオルビアが参ったとばかりに顔を合わせた。
「王族からの招待状をな……あやつ受け取らないというか捨てるんだ。これには私も驚いたな」
「つまり取り付くしまもないのですよ。エリーゼ」
そんなことがあり得るのだろうか。不敬罪が生きていた頃には投獄されてもおかしくはないほど失礼な行為である。
「う、うーんそこまで頑固だと。突然、お家を訪れても相手には……」
「されんな」
「されませんね」
ああこれは難航しそうだ。祝福祭まで一ヶ月を切っている、それまでに何とか話の場を作れたならば……と楽観視していた。
「エリーゼ、そう落ち込むな。君の案は確かに難しいが〝それしかない〟のも確かなんだ」
「えっ」
「私とオリビアは、サーニャの声が戻らない前提で話を進めていたから君の計画は思いつかなかった。ありがとう」
オフィーリアが眉をハの字にして微笑めば、つい顔が赤くなる。
そうだ。忘れていた、王女はとてつもなく別嬪だと言うことを。
「そんな、お役に立てて光栄です……」
「エリーゼ、お前は礼儀もなっているし役に立つし。何よりかわいいからな~」
がしがしと頭を撫でられた。
「お姉様! そんなことすればエリーゼの御髪が乱れます」
「ん、あぁすまない」
オルビアの言うとおりエリーゼの髪がぐちゃぐちゃになる。せっかく丁寧に編み込めれた黒髪も赤いリボンも乱れてボサボサ頭だ。
「エリーゼ悪かった。ほら、そのままにしていろ私が直してやる」
「いえ、そんな。編み込むのは手慣れていますから姫様のお手を煩わすわけには」
「いいから。君の美しい髪に触れたいんだ」
「えっええ……」
今の言葉は少し怖い、というかどんな美人でも恋人以外に言われたら全く嬉しくないヤツだ。
オルビアが眉間を寄せる。そしてすかさず意見した。
「お姉様。うら若き乙女にその発言は何ですの? いくらモテるからといって誰これかまわず気持ちの悪い発言は控えてくださいませ」
「はは、いや。すまんなエリーゼ」
流石、姉妹なだけある。オフィーリア殿下にこんなずけずけと物言えるのは肉親だけだろう。それにしても鋭い言葉だ。オルビアは優しいだけの第二王女ではない。
「オルビア様……ありがとうございます。オフィーリア様も、謝罪のお言葉をいただけたので。大丈夫です」
でも、どちらにせよこの頭はなんとかしなければいけない。
両手でうなじあたりをもぞもぞ動かすが鏡が無いと厳しかった。もういっそのことほどこうとしたとき。
「オルビア。エリーゼにドレッサーを貸してやれんか?」
「それは言われなくても。エリーゼ、遠慮無く使っていいのですよ」
王女姉妹が助け船を出してくれた。エリーゼは一瞬戸惑うもこれは鏡が無ければなんともならない。
「ありがたきお言葉、感謝いたします。それではオルビア殿下、鏡面を拝借いたしますね」
エリーゼは黒髪とリボンを押さえてドレッサーの前まで歩み寄る。
当然だが文官に与えられている寮にある姿見より遙かに過差だ。
(三面鏡ってこんなに便利なんだ……)
一度、リボンと髪をほどいてから頭にそって三つ編みを作る。土台となる編み込みが出来上がったらリボンを器用に取り入れてあとはひたすらに編み上げた。
鏡越しに興味深そうなオフィーリアの表情が見える。
「本当に……手先が器用なんだなエリーゼ。リボンまでそんなに扱えるのか」
「昔からずっとこうですから。リボンの取り入れ方は祖母に教えて貰いました」
エリーゼは五分も待たずに髪を整えた。
毎朝の日課、時間が限られている中で鍛えた技術である。
「ふむ、なぁエリーゼ。私にも教えてくれないか? リボンを使ったやり方を」
「ええ、それならいいですよ」
「じゃあ、私の塔へ直行だ」
「今からですか!? オルビア姫ともう少し……」
「今日はここまでだ、よし行くぞ」
(ほ、本当に行動が読めない方……)
エリーゼはオルビア殿下に礼をすると、寝室を後にした。
塔までの道のりでエリーゼはめまぐるしい一日だったと思い返す。
「そう、いえば……オフィーリア様。オルビア姫とサーニャさんのなれ初めというか出会いはどこだったのですか?」
二人は立場的に接点など無さそうなのに。
「あぁーー……。これは言うべきか否か……」
オフィーリアは眉間にしわを作る。そして指で押さえ込んだ。心なしか歩幅も狭くなる。
「あっ大丈夫です! 言わなくてもっ」
王女の個人的なことだ。いち文官に無理やり放す必要性は無い。
オフィーリアは歩きながらエリーゼに耳打ちする。
「人に聞かれたくないから私の部屋で話すよ」
「ええ、分かりました」
王家は秘密だらけだ。エリーゼは黙ってオフィーリアの後を追う。
海風がモロに当たる庭。それも宵の頃ときた。エリーゼはコートを掴んで寒さに耐える。
それとは対照的にオフィーリアは全く以て平気そう。灰色の髪をなびかせて悠然と塔の入り口へ歩を進めていた。
冷たい風が上空がヒュウヒュウと鳴っている。星も無い夜空だから少し不気味だとエリーゼは色んな意味で体を震わした。
バタンと木製の扉を閉めても寒さは続く。
(殿下は冬の妖精か何かだろうか? 極寒だというのにドレス姿で平然とされている)
オフィーリアは外套も何も無しで外を歩きこの塔まで歩いてきた。
夜の潮風にさらされても、石造りの無機質な冷気にあてられても彼女は顔色一つ変えない。腕をさすりもしないのである。
エリーゼの吐く息は白く震えているのに、オフィーリアはそうじゃなかった。
「殿下、そんな薄着で寒くはありませんか?」
「ん、あぁ。よく言われる。けれど私は昔から寒さに強い。雪国の王女に相応しい体質だろう?」
そう胸を張るオフィーリアになんだか頑是無い可愛らしさを見いだしてしまいエリーゼは思わずクスリと笑う。
「なんだ? 私は何かおかしなことでも言ったか?」
「いえ……殿下の無邪気な物言いが新鮮でしたので」
「んーエリーゼ。皮肉は言ってなかろうな?」
「とんでもありません。素直に愛らしいお方だと……って、くしゅんっ」
思わずくしゃみをする。会話は楽しかったがエリーゼにとって寒いことに変わりはない。
「寒いか?」
「はい、もう凍えて死んでしまいそうです」
「それならさっさと部屋に行こうか」
「そうですね」
エリーゼとオフィーリアは駆け足で階段を登って行った。
エリーゼは暖炉に火をくべながら耳を疑う。
「お、オルビア殿下が? えっ、えっ??」
「あいつは昔から超の付く色女だ。そして女癖はもう最悪……」
「と言うわけでオルビア様はこそこそ娼館通いをして……」
「そこでサーニャと出会った」
まだ戸惑いの感情が消せない。
先ほどまで目の前にいた第二王女オルビアは上品でおっとりしていて……オフィーリアよりは大人しく見えた。
「人は見かけによりませんね」
「けど、だからこそ。私はオルビアとサーニャの縁談を進めたいんだ」
オフィーリアはベッドに腰掛ける。
「あの女をとっかえひっかえしていた妹が初めてただ一人の女性を好きになっている。これはもう決めるしかないと賢い私は思うんだ」
サラマンダー王国は一婦一妻制である。けれども先代女王、王妃の中には愛人を何人も囲っていたりする人物も少なくなかった。
「王位継承権は間違いなくこのオフィーリアだがオルビアだって王族として相応しい振る舞いをだな」
『殿下が言いますか!?』と言いたくなるのを押さえて、エリーゼは軽く咳払いした。
「そうですね。しかし殿下が妹君の婚礼に協力的な理由が理解できました。だから……なんとかしてシャーロット氏を説得しないとですね」
「そうだな。うーむ、学生時代は一番仲がよかったのに」
「……」
部屋の中にはパチパチと薪が燃える音が響く。
物憂いげなオフィーリアの姿はまるで美人画のようでエリーゼはしばし見とれる。
すると、彼女と目が合った。
「ああっ、エリーゼ忘れていた。この私に髪の結い方を教えてくれ」
「はい、もちろんです」
オルビア殿下の話題が衝撃的でエリーゼも半ば忘却していたがなんとか繕い待っていましたという風に反応する。
「リボンは何色が良いだろうか? エリーゼ、どう思う?」
オフィーリアは己のドレッサーから何本かリボンを取り出している。
正直、元がいいので何でも似合う。
「そ、そうですね。殿下は好きな色はありますか?」
「私は白色が好きだ。けれどこの中には無いな……そうだ、君と同じ赤色のリボンはどうだろう? おそろいというヤツだ」
「なっ……! 誤解されます! オフィーリア様の寵愛を狙っている令嬢はたくさんいますから最悪、私が亡き者にされるやもしれません!」
未来の女王となるオフィーリアは将来、妃を娶らなければならない。今からその座を狙う女性は多いのである。平民上がりのエリーゼとオフィーリアにそのような噂が立てば、有力貴族に屠られる可能性があった。
「むー。そうか、ならこの青いヤツで頼む」
「分かりました。では御髪を……失礼いたします」
オフィーリアの髪をまずは櫛で梳く。
(わっ……すごくさらさらで柔らかくて絹みたい……)
エリーゼは頭頂部に近い部分をすくい取り、中指分の長さまで指を下ろすときゅっと毛束を束ねる。あまった髪でその部分を結ぶと土台のできあがりだ。
最初から直接、リボンを組み込むとするするとリボンが抜けてしまう。
だから根元近くに固定する。そして穴を作りリボンを通した。ここまで来ると後はただただ、結んでいく。
毛先まで編み込むと後はくくるだけ。
この作業を左右に行い形を整える。
「……と、殿下。完成です」
「ふぅん? いいではないか? しかし自分一人では到底出来そうにないな」
オフィーリアは鏡に映る自分を見る。あらゆる方向から観察すると満足そうに足を伸ばした。
「青でよかった。我ながら溶け込んでいるではないか」
「はい。オフィーリア様は特に寒色系のお色が似合うかと」
暖炉の火が燃え上がって部屋は随分と暖かくなってきた、まぁもちろん帰りはあの階段と中庭が待っているのだが。
「なぁ、エリーゼ。君は突然、仲のよかった者に拒まれたことはあるか?」
「えっと……う~ん幸いなことにそんな経験はありません」
「そうか」
「シャーロットさんとは仲のよい学友だとおっしゃっておりましたよね?」
「シャーリーは頭が固くて賢かった。とにかく頑固なんだ、もしかしたら私が何かしでかしたのやもしれん……それだったらそれで、私は謝りたい」
「殿下……」
オフィーリアは確かに変わったお方だ、けれど常識が全くなっていないお方ではなかった。サーニャとオリビアの恋路に協力したり、失礼な言動があれば下の者であっても謝罪はする。いまもシャーロットに対して向き合いたい気持ちはあるのだろう。「オフィーリア様」
呼んでみれば青いリボンで髪を結い上げた美女がこちらを向く。
「シャーロットさんのところへ、強行突破しましょう……! 殿下の仰るとおりシャーロットさんは何か燻っているはず」
「でも居留守を使われたらどうする」
「王室に仕える文官権限でドアを破壊します。私は騎士でもありますから帯刀は許されているので」
エリーゼは身も蓋もない解決策を提示した。彼女たちの細やかな事情は知らない。だからこそあえて空気を読まない方向で問題を解決しようとする。
けれどもオフィーリアの表情は晴れない。
「実はな。私はシャーリーと恋仲だったんだ」
「えっ」
「大学校で知り合って加速度的に惹かれ合ったさ。でもある日突然、拒まれた」
「オフィーリア様……も、申し訳ありません。そんなことつゆとも知らず」
オフィーリアは立ち上がる。
「いや、いい。寧ろ君という新しい風が欲しかったのは確かだ。エリーゼ、君の案に乗ろう。こう、髪型を変えてみてそれが気に入ったら気持ちも前向きになった。ありがとう」
フッとオフィーリアが微笑む。エリーゼは頬を紅潮させて「あ、はい」としか言えなかった。彼女の美貌は凶器である。エリーゼはなんだか無性に元恋仲だったシャーロットが羨ましく思えた。それは間違いなく小さな嫉妬心。
シャーロット宅へ向かうのは二日後になった。
祝福祭は近い、行動は早めに起こさなければならなかった。
エリーゼは剣を腰に差して数年ぶりの王立騎士団の制服を身に纏う。オフィーリアは前回と同じような変装をして門番のリリーナに賄賂を渡す。
「オフィーリア殿下、どうかご無事で」
リリーナは胸の前に拳を当てて腰を折る。そうして二人を見送った。
シャーロットは森の中で一人暮らしをしている。
実に魔女らしい。王都から馬に乗って一時間ほど、辺りに建物は見つからず木々の間を二人はすり抜けていった。
エリーゼは声を張り上げる。
「あの! オフィーリア様。リリーナさんは大丈夫ですか!? あの方が殿下を外に出したせいであなたに何かあったとき、確実に罪に問われますよ!!」
「大丈夫だ! リリーナに渡しているのは賄賂だけじゃない」
「……」
エリーゼは意図を読んで、それからは馬を走らせることに集中する。
(大体、想像できるなぁ……殿下はどんな文章にサインをしたのかしら)
しばらく走るとオフィーリアが「そろそろ止まれ」と指示を出してきた。エリーゼはそれに従う。針葉樹林が開けた場所に出た。
「ここからは徒歩ですか? 馬から下ります?」
「歩きはしないが、馬からは下りよう」
オフィーリアは地面に着地し何もない空間に向かって囁きかける。
「シャーリー、シャーリー私だ。魔法を解いてはくれないか?」
当たり前だが反応はない。エリーゼは首をかしげながら馬から下りる。
オフィーリアに近付いて「どうなさいました?」と聞いた。すると。
ドンッと扉が開く音が響く、それを皮切りに周囲に風がおこって木造の建物が姿を現れた。
「フーのばか!! また知らない女連れてよくあたしの家に来たな!!」
建物と共に一人の女性も姿を現す。
金髪を三つ編みにして黒いローブを纏っている。切りそろえられた前髪から見える瞳は緑色だ。背丈はオフィーリアよりずっと低く、かなり小柄な女性である。一目見てエリーゼは思わず『かわいい』と思ってしまった。けれど態度はそうでもないらしい。
「お? シャーリー。私と会話してくれるなんて今日は機嫌がいいんだな。いつもこうだと助かるんだが」
「はぁ!? 今のあたしが? やっぱりフーのことなんか……大嫌い。裏切り者」
彼女がシャーロットなのか。しかし王族相手に歯に衣着せぬ物言いができるなんて相当、肝がすわっている。
黙って突っ立っているエリーゼをよそにオフィーリアとシャーロットはかみ合わない言い合いを続ける。
「なぁ、シャーリー。私は君に何をしたんだ? 謝るから教えてくれ。昔は仲がよかっただろう」
「そんなこと!! 自分の胸に手をあてて考えれば!?」
「それが……思いつかないんだ」
「あっそ。私みたいなちんちくりんの魔女なんてどうでもいいんだね? ふーん? だからあんなやつに……」
(……?)
エリーゼは二人のやり取りを聞いていて何かが引っかかった。
このシャーロットという女性。オフィーリアの元恋人らしいが未だに殿下のことが好きなのではないか?
(そして、私と同じ勘違いをしてしまっているのだとしたら)
「あの……少し、いいでしょうか?」
「エリーゼ?」
「はっ?」
じとりとシャーロットに睨まれて怖じ気づく。でも、伝えなければいけない。
「シャーリーさん、サーニャさんを呪った理由って。殿下と彼女が浮気したと思ったからではないでしょうか?」
「……ッ!?」
シャーロットは固まる。さっきまできゃんきゃん吠えていたのに、頬を赤くして動かなくなってしまった。
「何さ。フーとあの歌手は付き合っているわけじゃないんだ」
木目調の客間。ここはシャーロット宅である。
彼女にさっきまでの威勢はなかった。椅子に座ってうなだれている。
エリーゼはこほん、と咳払いをしてオフィーリアに目配せする。
「それでは、まとめますね。シャーロットさんはオフィーリア殿下と恋人だった、けれども大学校時代には進展無し。そんな中、殿下がサーニャさんと親しげにしているから勘違いして、サーニャさんの声を奪った、と」
エリーゼがきれいに話をまとめた。オフィーリアが呆れたかのように溜め息をつくとシャーロットはびくりと震える。小柄なので小動物のようだ。
「フー、本当にごめん……あの人がフーの浮気相手じゃなくてオルビアの恋人だとは思わなくて……」
「いやいや、シャーリー。サーニャは君のせいで職を失い娼館で働くハメになったんだぞ、自分のしたことが本当に分かってるのか? おまけに私の妹の婚姻も進まなかった」
「うぐっ……」
「とにかくだな。呪いを解いて、サーニャの名誉回復と彼女への賠償金。いいな?」
「わ、分かった、分かった」
シャーロットがやったことは大問題ではあるが、元恋人にこんな言われようだと流石のエリーゼも同情してしまう。
「これらが終わったら……シャーリー。私と君の関係について、だ」
「はい、オフィーリア殿下。幽閉でも、島流しでも何でも煮るなり焼くなり好きにして下さい……」
かすれて消え入るような語尾。つられたのか、エリーゼまで緊張した。
「私ともう一度、仲良くして欲しい。シャーリー」
とろりとした甘い声音でオフィーリアは微笑む。
「フー……」
シャーロットは思わず涙を流した。
「もちろん、うん。馬に乗せてくれたらこのまま王都まで行ってサーニャさんの声帯を元に戻すから……うっ、うう。ありがとう……フー」
「はいはい。全く、君はすぐにこじれた考え方をするんだからな~ほら、こっちにおいで」
その後、オフィーリアが後ろにシャーロットを乗せて。エリーゼと共に馬を王都まで走らせた。
サーニャの元へ向かいシャーロットは謝罪と共に相応の賠償金を支払うと約束。その次にはオルビアに結果を報告。当然だがオルビアは泣いて喜んだ。
祝福祭当日はサーニャが美しい歌声を披露したことで、歌姫の称号を無事に獲得。そうしてついにオルビア殿下とサーニャの婚姻はまとまった。
短い夏の終わり。エリーゼはオフィーリアに仕えて結婚式に出場している。
「エリーゼ、後ろに控えなくていいぞ。君も見るといい、私の妹の式を」
「えっでも」
オフィーリアは振り返りエリーゼに耳打ちする。
「ここは特別席だから、誰も見ていない。母上たちも君のことは好きだから、な?」
「殿下……」
エリーゼは今回の結婚の功労者である。女遊びばかりしていたオルビアと王女の心臓を射止めたサーニャという女性。二人がここまでこぎ着けたのは間違いなくエリーゼのおかげなのだ。
「あらあら、オフィーリア。またその子を引き連れているの?」
「んんっ!?」
後ろからやってきたのは女王陛下アリス=スノーホワイトとその王妃マチルダ=スノーホワイト。
エリーゼはあわてて礼をする。胸に手をあて深々と頭を下げ、腰を折った。
「エリーゼちゃん。そんなにかしこまらなくていいのよ」
マチルダ王妃が「まぁまぁ」とエリーゼの肩をトントン叩く。
「えっですがっですが」
エリーゼは何度もこの二人を見たことがある、とてもとても遠くから。けれども今は世間話でもするような親しさだ。
アリスがエリーゼとオフィーリアを交互に見やる。その表情は穏やかだ。
「エリーゼ。この度はありがとう、うちの道楽娘がやっと身を固めてくれた」
「いえ、そんな。オフィーリア殿下の協力あってこそです」
そうだ。発案者はエリーゼだがこの計画はオフィーリアがいなければ実行に移せなかった。
「でしょう母上。私のエリーゼは働き者です」
「で、でで殿下……」
あたふたと終始戸惑うエリーゼに王妃マチルダが近付いてくる。
「娘達をありがとうございます。ついでにいつかオフィーリアのこともお任せしたいですね」
「……へぇ!?」
それは、宰相としてなのか。それとも……。
「わたくしの妃教育は楽しいですよ。それでは」
それだけ行ってマチルダ妃はアリス女王と共にこの場を去った。やはり今日の主役はオルビアとサーニャなのだからあまり長居はできないらしい。
否、それよりも。
「聞いたかー今の母上のお言葉を」
「は……い。殿下……」
オフィーリアは崖の上に一輪咲く花のような美しい顔で、俗っぽく笑った。
普通の女の子が、白銀の王女様に見初められる。
そんなこと夢物語だと、絵本の中、ロマンス小説の中だけだと思っていたのに。
その後は豪勢な食事や酒が振る舞われた。
当然、エリーゼはオフィーリアの隣にいる。彼女は、前より少しだけ自信を持って未来の女王の隣に立つことができた。
サラマンダーのロイヤルウェディング事情 今居米 @yyyyukari99
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