俺と彼女の婚約は破綻した。


 ここまで教えてやっても、出て来る言葉がそれか。


「ハッ……むしろ、割高でも生活必需品をあんた達に売ってやっていた商人は親切だろうに? 嫌がらせだとしても、付き合いがあるだけまだマシだ。商人達が本気を出せば、この領地全体を干上がらせることだってできたんだよ」


 事実、うちの商会が方々から商品を手に入れ、正規の値段で商品を卸しただけで、屋敷は持ち直した。まぁ、その分俺があちこち方々の商会に頭を下げたりしたワケだが。


 この家の使用人に不快な思いをさせられた商人達が結託すれば、干上がらせることは容易くできた。とは言え、領主家の使用人が気に食わないからと、領地丸ごと干上がらせるには、商人の方とてそれなりの損害を出す覚悟や、他の貴族や……最悪だと、王家を敵に回す覚悟が必要となる。


 故に、できるけれどやらなかった。けれど、領主家にだけ狙いを絞った報復としての、没落手前の困窮だった、というワケだ。


 俺がこの家に婿入りしたら融通するから、と。そう言って、適正価格で商品を卸してもらっていたが・・・


 その話がご破算となったからには、また以前のように適正価格よりも大分割高で吹っ掛けられることだろう。


「そして、この領地はもううちの商会が買った土地となったから、伯爵家は土地を持たない貴族となる」

「そん、なっ……」

「お前達……貴族の使用人が、変なプライドを持たずに真摯に客人に対応していれば、そもそもこの家はここまで困窮していない。つまり、お嬢様が俺みたいな成金の商人に買われるようにしての婚約も、してはいなかっただろうよ」


 まぁ? この使用人達の客に対する態度の悪さに気づかなかった……もしくは、気付いていたのに放置していた、または咎める気が全く無かった伯爵の監督責任とも言える。


 使用人の為人ひととなりで、主の程度も知れるというもの。この家の使用人達の態度が悪いことは有名だったから、高位貴族はこの家と縁を結ぼうとは思わなかった。下位貴族達は、婿入りしても使用人達に冷遇されると判って、縁を結ぼうとは思わなかった。


 遅かれ早かれ、この家は没落待ったなしの状況にはなっていただろう。


「さて、一体誰が、この家を追い詰め、大切なお嬢様を苦境に立たせたんだろうな?」


 そう言った俺の言葉にがっくりと項垂れた執事を置いて、屋敷を出ようとして……


「危ない。忘れるところだった」


 うちがこの家に貸していた使用人達に声を掛け、引き揚げる手配をさせた。


 数時間後には、みんなうちに戻って来るだろう。他に忘れものは無いはず。


 よし、帰るか。


―-✃―――-✃―――-✃―-―-



 親父が、丁度いいと思った婚約は・・・


 伯爵が、商人は後継ぎには相応しくないと考え。お嬢様も、商人は自分の結婚相手には相応しくないと考え。屋敷の使用人達も、商人は自分達が仕えるのに相応しくないと考えた。


 そして、護衛騎士は自分が貴族の家を継ぐチャンスだと考え。伯爵は護衛騎士の父親を頼れると考え、後継ぎには貴族の血を引く者が相応しいと考え。お嬢様も、護衛騎士の方が自分の結婚相手に相応しいと考え。使用人達も、自分達が仕えるのは高位貴族の血を引く護衛騎士が相応しいと考え・・・


 俺と彼女の婚約は破綻した。


 まぁ、穏便な解消だったとは言える。


 まさしく、彼らは互いに自分への相応しさ・・・・を相手へと求めたカップルだったのだろう。打算塗れの……


 それから――――


 数ヶ月が経ったが、元婚約者と恋仲だったというあの護衛騎士との結婚の報せが届くことはなかった。もう式を挙げてないと、お腹が目立つ頃だろうに。


 更に数ヶ月が経ち――――


 護衛騎士は、偶にパーティーなどでちらほらと顔を見掛けることがある。


 かなり年配のマダムの取り巻きの一人として。気に入られようと必死にご機嫌伺いをしたようだから、ツバメだか愛人に身を窶したということなのだろう。


 一方、元婚約者だった彼女の方は・・・病気療養という名目での極秘出産をした模様。生まれた子は、どこぞの孤児院に出されたようだ。


 そして――――経産婦を求めているという、貴族家に嫁いだのだとか。


 通常、貴族令嬢の純潔は貴ばれるが・・・


 文字通りに相手を選ばなければ・・・・・・、結婚すること自体はそう難しいことではない。


 仮令没落して持参金が皆無でも、莫大な借金を抱えていようとも、『元』が付こうとも、貴族令嬢というブランドを欲しがる輩はいる。相手が初婚でなくバツが幾つもあったり、娶った相手が不審死をしたなどなど、曰く付きの相手でも厭わなければ、ではあるが。


 中には、自身の男性不妊を疑い、それを調べるために経産婦を求めるという比較的まともな理由の男もいるというが・・・彼女が嫁いだ相手のことは、よく知らない。


 もう、そこまで彼女に関心は無い。ただ、商人として働いていると、ちらほらと噂が聞こえて来るだけだ。


 それに、父がまた没落寸前の貴族令嬢との縁談を俺に持って来た。


「やはり、あの家は駄目だったな。もう持ち直すのは無理だろう。いずれ爵位も返上か、売りに出されるかもな。まぁ、あそこの土地は安くで手に入れられたからいいだろう。喜べ、次の縁談を用意したぞ。ワーカホリックなお前には、恋人や好きな相手はいないだろう?」


 なんて笑いながら。やっぱり、父は狸な商人だ。


 とりあえず……今度の女性とは、いい関係を築けるといいなぁ。


 さすがに、数年間冷遇の後、不貞するような女は、そうそういないと思いたい。


 ――おしまい――


__________



 別作品の【『それ』って愛なのかしら?】の男バージョンを書こうとしたら、なぜか違う感じの話になっちゃいましたねー。(੭ ᐕ))?


 なので、出だしが【『それ』って愛なのかしら?】と、少し似ています。(笑)


 成金商人に買われるように婚約させられた没落貴族令嬢が、護衛騎士やら自分家の使用人と恋仲になってハッピーエンドになる話はよくありますが、「それ、没落中の家的にはどうなん?」と、途中で思ってしまったので、こんな話になりました。


 やっぱ、お嬢様のお相手に隠された地位やら権力が無いと、綺麗に成立しない話だよなぁ……と。ꉂ(ˊᗜˋ*)


 以上、最後まで読んでくださりありがとうございました♪


 感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。


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護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には 月白ヤトヒコ @YATO-HIKO

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