護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には、だがな?
「ぁ……まっ、待ってくださいっ!?」
「まだなにか?」
「そ、その、妊娠はわたくしの間違いだったかもしれません! だ、だからそのっ、婚約解消の話はなかったことにしてくださいっ!?」
「え? な、なにを言ってるんだっ?」
彼女の上げた声に、ぎょっとした顔をする男。
まぁ、彼女の今の発言に関しては、俺も『なに言ってんだ?』に激しく同意する。
「結構です。自分で俺との交流を拒んでおきながら、
「待って! わたくし、本当はあなたのことを愛していたのっ!?」
「それが本当なら、更に軽蔑するが?」
「え?」
なんでショックを受けた顔をするんだか? 全く・・・
「俺が忙しく働いていたのは、あなたと結婚するためだ。そのための準備をしていた。なのに、その努力を踏み
そもそも、俺は自分が冷遇されて悦ぶような特殊な性癖を持っていない。年下の貴族令嬢として、尚且つ婚約者として遇していただけだ。
「そして、その不貞理由が『寂しい』から? 幾ら本意ではない婚約とは言え、俺のことを商人風情と見下していようとも、だ。婚前に、婚約者以外の男の子を孕むような女は、貴族令嬢失格ではないのか?
「そんなっ、酷いわっ!!」
酷いのはどっちだか? こういう女を母親に持って生まれて来る子供の方が可哀想だとは思わないのか? 全く。
まぁ、結婚する前に、彼女がそういう女であると知れてよかったかもしれないが。
「では、追って婚約解消と領地の権利譲渡に関しての書類は送りますので。俺はこれで失礼します。ああ、君はもう馘だ。うちの商会で雇うことはない。荷物を取るなら、三日以内に取りに来るがいい」
と、そう言い残して俺は彼女の家を辞そうとして・・・
「お、お待ちください!」
と、青い顔で焦る執事に呼び止められた。
「まだなにか?」
「申し訳ございませんでしたっ、どうかお許しを! お嬢様も反省しております、なので、どうか当家をお見捨てにならないでください!」
必死に頭を下げる執事は、
「護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・
俺の言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
「そもそもの話、貴族令嬢が、身籠る程の不貞は、一人じゃできないんだよ」
「っ!?」
無論、相手の男が要ることが前提ではあるが。そういう意味ではなく・・・
「俺のスケジュールを把握していたのは誰だ? 俺の予定を、伯爵よりも知っていたのは誰だ? 俺が、不貞現場にかち合わないように調整していた奴がいるだろう」
だらだらと執事の額から汗が流れる。
「彼女とあの男を、二人きりにしたのは誰だ? 通常、貴族令嬢が男と密室で二人きりになるなどありえない。相思相愛の婚約者同士でも、婚姻前の男女が完全に二人きりになることは忌避すべきことなのに? ドアを開けておかなかったと? 使用人の誰一人として、そのような気遣いはせず、一切咎めもしなかった、と? 更に言うなら、
「そ、そんなことは滅相もございません! わたくし達使用人一同は決して、お嬢様をぞんざいになど扱ってはおりません!」
「では、お前達が総出で彼女の不貞を手伝っていた、ということだな」
うちから手配していた使用人達は、下級の使用人達のみ。古参の彼らの命令には従わざるを得なかったはず。
「っ……」
「気持ちよかったか? 成金の商人に金で買われる可哀想なお嬢様が、護衛騎士に恋をして、それを使用人一同で応援して助けるのは。『物語のような展開』で、いいことをしているつもりだったか? 正義の味方気取りで。おまけに、お嬢様の恋している相手が、高位貴族の息子だと判って。『物語のように』彼女を金で買って結婚しようとした成金の商人が成敗され、お嬢様は見事恋を実らせて、めでたしめでたしのハッピーエンド・・・に、なるとでも?」
「そ、それは……」
「いずれにせよ、彼女達の不貞はこの屋敷の人間の総意だった、ということだろう?」
令嬢と護衛騎士の恋物語は、『物語』の中の彼ら彼女らが不貞だと判っていて身体を交わすのは、もうそれ以上に結婚を回避する手段が無いから、というのが相場なはず。
そして、恋仲になった令嬢と護衛騎士は駆け落ちして遠くへ逃げ、めでたしめでたし……というのが、ある意味現実に則しているように感じるのだが? 無論、『駆け落ち後の生活』は一切考えないで、という条件ではあるが。
それを、自分は家に残り、別の、自分が好いた男を婿に迎えたいだなんて・・・
まぁ、『物語』的には、ありなのだろう。護衛騎士をしていた彼は実はどこぞのご落胤で、その実家の方は商人より金持ちで権力があって、嫡子や大事にされている『令息』であった、というのが『物語』の大前提ではあるが。それならそれで、なぜ護衛騎士をしていたのか疑問ではあるが……『物語』にそれを言うのは野暮というものだろう。
残念ながら、この家のお嬢様の相手にはそういう
「それで、仕えている家が本格的に没落しそうだからと、見下していた俺に縋るのか?
「!」
「そもそもの話、この家が困窮していたのは誰のせいだか判っているのか?」
「そ、それは……旦那様が……」
伯爵の経営手腕が問題だと言いたいのか、執事が言葉を濁す。
「知っているか? 伯爵の領地経営の手腕は、そんなに悪くない。領地自体は、困窮していない」
「だ、旦那様が、民のために……」
「領地経営と家計を分けていたのは、伯爵の唯一の美点だ。つまり、領地はそれなりに回せていた。だというのに、屋敷内は困窮していたというワケだ」
領地経営自体は、少々古いやり方だったが、堅実な手腕だった。しかしそれが、お嬢様や奥方のドレスや、自身の交際費に回す余裕もなくなる程、生活が困窮した。
「なぁ、その理由教えてやろうか? この家の使用人共、態度悪過ぎなんだよ。元が貴族だかなんだか知らないが、屋敷に出入りする平民をみんな見下しているだろう? それで、商人が寄り付かなくなったのが原因だ」
この伯爵家は古参の……元は貴族の二男二女以下の出身の使用人共が、出入りする平民や商人達を軒並み馬鹿にし、見下した態度を取ることで有名だ。
既に、自分達も貴族籍を抜かれている平民であるというのに、だ。
「選民意識が強く、自分達を馬鹿にする。そんな家に、誰が好き好んで商品を卸す? そうやって馬鹿にされれば、嫌がらせとして商品を割高で売ってやろうと思う奴もいる」
「なっ、意地汚い商人共がそんなことをっ……」
ここまで教えてやっても、出て来る言葉がそれか。
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