第2話 巡礼パワースポット


さっきと打って変わって蒸し暑い。周囲を見渡す。私は滝つぼにいた。

とはいっても、ほとんど水なんて振ってきてない。霧みたいになっていた。

上を見上げる。壁のような断崖絶壁が雲の上まで続いていた。滝の始まりは雲が邪魔して見えなかった。

暑い中で浴びる霧は気持ちよかった。フィトンチッドとマイナスイオンを感じる。そんな気がする。

「ぐはっ!?」

振り返ると吉田君が尻もちをついていた。

「吉田君!私達どうなったの?」

「あー食われた。ヴェロキラプトルにパクリと」

「ヴェロキラプトル」

「恐竜だ」

「恐竜」

「そうだ、恐竜だ」

「ギアナ高地って恐竜いるんだ?」

「いねーよ!?小説の中だけの話だっつーの。コナンドイルの"ロストワールド"かよ」

『正解』

「正解じゃねーよ!?観光関係ないだろ!?」

『他に狂ったアンドロイドとか、ゾンビもオプションで出せます』

「映画やアニメの見過ぎだよお前!ウェストワールドや佐賀みたいな世界観出すの、止めろ!」

「佐賀みたいになるなら、正解なんじゃ?」

「ゾンビが闊歩している佐賀が正解みたいに言うんじゃねーよ!?」

「あー、そもそも私元ネタ知らないから、チンプンカンプンなんだけど?」

『佐賀が舞台のゾンビアニメがあるんですよ』

「ゾンビアニメ……」

「ウェストワールドは、ジュラシックパークの作者が撮った映画。狂ったアンドロイド達のテーマパーク。最近は海外ドラマもやってたかな」

「どっちも知らない」

「いや、佐賀に勤めてるならアニメの方は知っとけよ?」

と、その時滝つぼの中を何かが泳いでいるのが見えた。よく見えなかったので目を凝らしてみる。

「きゃっ!?」

「どうした?」

「なんか気持ち悪い生き物が泳いでた」

「え?」

吉田君も滝つぼの中を覗き込む。

「ああ、なんだ。ワラスボじゃんか」

「ワラスボ?」

「ああ。有明海の特産品の魚で、よくエイリアンみたいってネタにされるんだ。なんだ、ちゃんと佐賀アピールポイントもあるじゃんか」

『それはエイリアンの幼生』

「逃げろっ!?」

私たちは二人して滝つぼから離れた。そいつが体食い破るってのは私でも知ってた。

「あーもういいや。疲れた。そろそろ帰してくれ」

吉田君が天を見上げて言った。

『……帰還できる場所は、この上の湖の近くにしかありません』

「え、すぐ帰れないの?」

「ちょっと待てよ?あの恐竜どもがいる中を手ぶらで進まなきゃ行けないのか。無理過ぎるだろ!?」

『アイテムボックス、と言ってみてください』

「え?アイテムボックス……あ、なんかいっぱい選択肢出てきた?」

目の前に「水、干し肉、ライター、etc」と選択肢が出てきたので、試しに水を選んでみた。

手元にペットボトルが現れた。

『それらのアイテムを駆使して帰還場所まで辿り着いてください』

選択肢を下にスクロールさせて物資を確認する。中にはマスケット銃に弾丸、あと、パラシュートとかもあった。

「俺の繰り返した墜落はなんだったんだ……」

パラシュートを発見した吉田君は呆然としてた。

「ねえ。乗り物ってないの?さすがにこの絶壁を登るの骨なんだけど?」

私も天に向かって問いかけた。

『崖沿いをもう少し進んだ先に上に登るための乗り物を用意してます。それを使ってください』

私たちは言われた通りに進んだ。


「あ、私もこれは知ってる。月の顔に砲弾が刺さるヤツだよね。えーと、そう、"月面旅行"だ!」

「案外ゲームを元ネタにしてるかもしんないけどな?」

「え?ゲームもあるの?」

「有名過ぎて色んなトコで使われてるんだよ」

「へー、吉田君、色々知っててすごいね」

「好きだからな」

『僕も知ってます』

「うんうん、君もすごい」

いや、本当にすごいと思うよ。誰に教えられる訳でもなく、自分で関心を持って読んだり調べたりして。

勉強こそ出来たから職員にはなれたけど、ボーっと生きてきたから教養とか趣味の知識って皆無なんだよね。

と、大きな大砲を前に話していた。現実逃避ともいう。

……これに乗り込むのかぁ。乗り込むけど乗り物じゃないよなぁ、これ。

「一応、使い方、聞く?」「いや、やけに導線長いし、まんまだろ?」『ええ、そのまんまです』

私たちは諦めて、導線を掴んだまま大きな筒の中に入る。

「覚悟はいいか?」

「いつでもどうぞ」

吉田君がライターで導線に火を点けた。ジリジリと火種は導線を進んでいき、やがて見えなくなった。

緊張して沈黙している中、おもむろに吉田君が言った。

「俺、ここを無事脱出したら結婚するんだ……」

「え!?吉田君、結婚しちゃうのっ!?」

「え、藤岡ちゃん、なんでそんなこの世の終わりみたいなか『ずかーーーーんっ!!!!』をぉぉおぉぉ!????」

吉田君が話してる最中に火薬に点火して、私達はものすごい加速度で宙に放り出された。


「がっつり舌噛んだ……」

私たちは再びテーブルマウンテンの上に来た。そばには川が流れていて崖の淵から滝になっている。

「むしろ嚙み千切らなくて良かったよ。……ねえ、ところでさっきの話だけど」

「え?ああ。冗談だよ、冗談。ああいうことを言う奴が真っ先に死ぬってことから、死亡フラグが立ったってよくネタにされるんだ」

その言葉に私はホッとする。

「なんだ、そっか。よかったー。吉田君まで結婚しちゃったら同期で独身、私だけになるとこだった。

……えーと、それで、この川沿いに進めばいいんだよね?」

私は天を仰ぐ。

『はい。ちなみに川にはワラスボもエイリアンもいません。危険な生物は恐竜だけです』

「恐竜だけって、恐竜、脅威すぎるだろ……藤岡ちゃん、すぐに対応できるように銃出しておこうか」

アイテムボックスと呟くと、吉田君はマスケット銃を取り出した。

私も倣ってマスケット銃を取り出す。

「使い方は?」

吉田君に聞かれて私はフルフルと首を振る。

「構える。狙う。引き金を引く。以上。結構手元が光るから驚かんようにな?」

「シンプル」

「そうだな。でも弾を込めるのは手間だから、基本1回しか使えないと思っといてな?」

「わかった。うーん、なんかこんな自然豊かな所を銃を持って歩いてるだなんて、冒険家にでもなったみたいだね?」

「いやいや。みたいというか、そのものだから」

「ううん、私は違うよ。冒険なんて、私とは対極だもの。安定志向で公務員になったぐらいだし」

私は自嘲気味にそう答えたけど、吉田君は否定するでもなく優しく言った。

「そっか。ま、それもいいさ。それなら、尚更今を楽しまなきゃな?自分が成れないものに成れるのもゲームの醍醐味だもんな」

「そっか。そう受け止めてもいいのか」

少し気持ちが落ち込んだ私だったけど、そうして吉田君と話しながら銃を片手に普段と違う場所をしばらく歩いていたら気持ちが上がってきた。

「ん-、元気出てきたかも。ここって結構なパワースポットだよね!みんなも来たらいいのに」

「いや?ここに自力で辿り着いてる時点でそいつらエネルギー有り余ってるから?過剰だから?パワー貰う必要ないって。

なあ、観光地に必要なものって何だと思う?」

「えーと……見るべきものがあるって事?」

「それも大事だ。でも同じぐらい大事なのが、安定と安全だ。いつでも、安心して、観れる。

観光客がいつも元気な訳じゃないし、何度も来れる訳じゃないからな。だからさ、そういうのも、大事なんだよ、うん」

「……励ましてくれてる?」

「ちげーよ、事実だ」

吉田君はそっぽを向いてしまった。私は彼が見てない事を良い事に、少しにやけてしまった。

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