観光には向かない場所

dede

第1話 観光には向かない場所


「あーうん。いい出来だと思うんだよ。観光地を巡るVRソフト。うんうん。現実と見間違うレベルのリアルさ、うん、要望以上だよ。

でも何でパイロット版のサンプルがギアナ高地かな!?うち、佐賀県庁なんですけど!?衝動で作り過ぎだろ!?」

「行きたくなって」

「どんな心境だよ!?そもそも観光地でもないんだよ!秘境だぞお前!」

「どうしたの、吉田くん?」

打合せスペースで同期の吉田くんの叫び声が聞こえたので覗いてみた。

すると、白いよろよろのTシャツを着た、もやしのような男の子を相手にしていた。

「どうしたもこうしたもないんだよ、藤岡ちゃん。発注したものと全然別物が仕上がってきたんだよ」

「別物じゃありません。これはパイロット版ですから、場所はどうとでもなります。

要望のリアルな体験は忠実に再現出来てるハズです」

もやし男子は力強く言った。

「そうなの?」

「確かにリアルだったけど」

同意はした。奥歯にものが挟まった物言いだったけど。

「だったらいいじゃん」

「よくないって。ギアナ高地で佐賀の観光ソフトをプレゼンする身になってくれよ?」

「でも出来は良いでしょ?」

もやし男子が口を挟んだ。

「いいよ?いいんだよ?いいんだけど!だから何でギアナ高地!?これでギアナ高地じゃなきゃ手放しで推すのに!」

「そんな出来いいの?」

「悔しいけどすごくいいよ」

「へー、私もしてみてイイ?」

「あ、いいですよ。折角ならお二人でされますか?」

もやし男子が乗ってきた。

「え、これ多人数で操作できるの?くっ、だからなんでギアナ高地……」

「ま、ともかく始めようよ?えーと、これを被ればいいんだっけ?」

私は傍らにあるベッドに置かれたヘルメットみたいな機器を手に取った。

「そうです。あ、始まると体動かせなくなるんでベッドの上で楽な体制で寝転がってください」

「わかった」

私はもやし男子の説明にうなづくと、ヘルメットを被ってベッドの上に寝そべった。



VR機器のスイッチを入れると、真っ白な空間に私は立っていた。

目の前には「START? YES or NO」の文字が。私はYESを指で突いた。

ぶぅううう~~~~~っん!!!

「ふわぁっ!?」

強いG、煩いエンジン音、ガクッと体が浮く感覚と、小刻みに揺れる振動と、目の粘液を刺激する圧倒的な量の黒煙と。

それらがいきなり私に襲い掛かった。

「なんじゃこりゃー!?」

目の前ではハンドルが左右に揺れ、計器が忙しなく左右に揺れている。ランプが点滅し、ピーピー警告音もうるさい!

窓の外を見下ろすと密林が見えた。どうも私は今事故ったセスナ機の操縦席に座ってるらしい。

「いきなりこんなん、どうするのさ!?」

「だよなぁ。俺も結局ただ落ちただけで終わった」

「吉田君!」

助手席には見慣れた格好の吉田君がリラックスして座っていた。それだけで幾分かホッとする。

「やあ。ちなみに藤岡ちゃん、前職が航空自衛隊だったり趣味でパイロットとか?」

「新人入社だよ、知ってるよね同期くん!?ハリウッドスターみたいな趣味、持ってると思う!?趣味は乗馬だよ!」

「案外ハイソな趣味だった!いや、でもじゃあ、気合で着陸してね。期待してるよ」

期待してなくても任せるしかないけどね、とダッシュボードに入っていたパンフレットを吉田君は取り出して読み始めた。

「あ、今真下に見えるのがエンジェルフォールだってね」

「見てる余裕ねぇよ!?く、くそ、やってやらーっ!」

私は涙目で勝手に暴れ回ってる操縦かんを握った。


木々を何本か薙ぎ払ったものの、無事飛行機を不時着させた。

吉田君がしきりに感心している。

「すげーな。俺、一回も成功しなかったのに」

「私も二度は無理」

私はまだ動悸の納まるらない胸を押さえながら呼吸を整える。

「というか、どの辺なの、この辺?着陸させる事で頭いっぱいで周り見えてなかったんだよね」

「テーブルマウンテンの一つだと思うけど。どの辺って言って分かるほど、ギアナ高地に土地勘あるの?」

「ない」

「じゃ、聞くだけ無駄じゃんか。とりあえず、ここから離れようぜ。燃料漏れてて危ない」

なるほど、セスナ機の空いた穴からトクトクと液体が漏れ出している。よく映画で爆発する奴だ。

これはどうしてもこの場を離れなきゃいけない気分が高まってくる。否応なく。

「でもどこ行く?」

その時、空から声が聞こえた。……もやし男子の声だ。

『空からこの先に湖があるのが見えた。どうやらあのエンジェルフォールの水源のようだ。君は湖を目指すことができるし、また他を選択することもできる』

私と吉田君は互いに顔を見合わせる。

「そういやVRなんだっけ。すっかり忘れてた。でもさっきの何?」

「さあ?でもどうする?」

「目的地ないのも寂しいしね。いいね、行こうよ」

私たちは二人、湖に向かって歩き始めた。

遠くから、よく知らない鳥の声が聞こえる。密林の木々が厚く私たちを覆っているが、たまに見せる木漏れ日は眩しい。

風は強い。たまに雲が目の前を流れていった。

私は手で葉っぱをかき分けながら、前進する。

「今ってお昼過ぎたあたりかな?湿度は高いけど結構涼しいね」

「どうやら雨期なんだろうな。これに書いてる」

吉田君は飛行機から持ってきたパンフレットをヒラヒラとさせた。

「色々書いてるんだね。そういえば生き物について書かれてる?まだ何にも見れてないよね」

「そうだな。珍しい生き物とかも観たいよな。まあ、大蛇とか猛獣とか困るけど。ちょっと書いてないか調べてみる」

吉田君は立ち止まって、パンフレットをめくり出した。

「案外すぐそばにいたりしてね。例えば、この大きな葉っぱの裏なんかに……」

近くにあった大きな葉っぱをめくってみた。

縦に伸びた瞳孔の、大きく黄色い円らな瞳と目が合った。

「……」

叫びたい衝動をなんとか抑え、私は静かにめくった葉っぱを元に戻す。

静かに、静かーに一歩ずつ、確実に後ろに後ずさる。3歩、4歩、5歩……振り返り、走り出そうとした。

と、思ったが振り返った瞬間、白く鋭い牙と、真っ赤で太い舌と、真っ暗な穴が視界を覆った。

「あ」

生臭くて生暖かい。痛くはなかったけど、グニグニと体を圧迫される感じがした。

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