青 私は王叶だ 2

2.逃走にダイナミックさはいらない。


「こいつから仲間の反応がする。いや、でも、さっき感じたものとは少し違う。もっと何か固まったようなものを感じたのだが....」

 少し落ち着きを取り戻したからか、ルグルフェンはここに降りるきっかけにもなったことを思い返していた。

 どうやらその答えが今目のまえにあるシャスティークと呼ばれたそれではなかったようだ。だとしたら一体なんだというのだろうか。

 当の機体は武器をぶら下げ、ただ前だけをまっすぐ見つめることしかできない人形のように佇んでいる。

「触れてみるといい。もし君が適合者ならそれに乗ることが出来る」

「乗るって、どこにそんな入り口が?」

 そうなのだ。これはおそらくアームヘッドの一種であることは間違いない。でもどこにも入り口が見当たらないのである。

「センパイ、胸のクリスタルです。そこを触ってください。そしたら全部わかります。さあ、早く触ってください」

「天願、今日はいつになく押しが強いけど何?どうしたの?とりあえずこれね。これに触ればいいんだね?」

「主。そんな簡単に触っていいものなのか。せめてワイの答えの疑問を片付けてからでもいいのではないか。どう考えたって怪しいというのに」

 ルグルフェンが止める。


 でも彼女は止まらない。


「でも、多分こうしないと何も始まらないよ。キミを助けたときだってそうだったでしょ」


「____それは」

 言葉に詰まる。


「それにさ。キミは私の従者なんでしょ?その辺、そろそろわかっておいてくれると、私的には...、嬉しいかな?」

 ああ、何も言い返せない。本当に敵わない。

 だけれども、なんだかこの感じが、ルグルフェンにとってどうしてかとても心地がよかった。

「ワイは別に好きで従者やってるわけではないのだが...。だが、まあ、そういうやつだったな。よし王叶、さっさとやってしまえ!」

 照れ隠し混じりの感情と言葉。それを受け、王叶はコアに優しく触れた。

 その瞬間ものすごい量の情報が濁流のように彼女の中に流れ込む。


 それは悲しみだった。多くの者を犠牲にしたという深い悲しみ。


 それは意志だった。動き出し自らの正義を貫きたいという強い意志。


 まるで小さなコップになったかのようだ。収まりきらない。あふれ出しそうになるほどの思いを、等織理王叶は受け止めた。

 そして彼女が目を開けると、そこは広く無数の星が輝く宇宙のような空間だった。

「____適合。いや、それを通り越し契約まで!?素晴らしいっ!素晴らしいぞ等織理王叶ぁ!!!」

 外で何か言っているのが聞こえる。だがしかしあのような体験をした今の彼女にとってはその程度のことでしかない。

 それに奴は、極盛逢世は....。

 本当に触れたらわかった。たしかに等織理王叶はわかったのであったが...。

「ねえルグル。キミ、見たかい?______て!うわぁああああああ!?なんで実体化してるの!?」

 目の前のルグルフェンは本来の大きさに戻っていた。

 彼女の平坦な胸よりは下くらいか。小型とはいえ、それなりに人と同程度くらいだ。

 だがこの状況に驚いている場合ではない。

「ああ、見えたよ。あとどうやらワイはここなら自由になれるらしい。といってもあまり派手には動けないが...。で、これからどうする?」

「決まってるじゃないか。もちろん...、とんずらるよ!」

 王叶が右手を動かす。なぜかはわからない。だがそうすれば動くような気がした。

そしてその勘は当たっていた。王叶が手を動かしたのとまったく同じように、シャスティークは右手に持っている剣を振り回し、壁に大きな穴を開ける。

 それこそ機神はもう彼女の手中という事実を表していた。そのことに極盛逢世が気づいた時には、既に遅し。

「何をしようとしている王叶!」

「えっと...。あなたとは多分仲良くできそうにないので。だから逃げますねってだけの話です。あぁ、あと、気安く名前で呼ばないでいただけます?」

「そうか。君は敵に回るということか。では勝手にするといい。しかし、逃げ回れる場所がこの世界にあればの話だがね」

「それって?」

 とてもひっかかる言い方だ。極盛逢世はまだ何かを隠している。

(天願はどうなんだろうか)

 ふとそう思った。だからこそ逃げ出すその瞬間、王叶は彼女の方を見た。

 最後に見た後輩の顔は、とても申し訳なさそうな、不安そうな、だけど希望を持っている、複雑な混ざり方をしていた。

 それがとても気になってしまったが、この場から離れることを何よりも優先しなければならない。

 ひとまず彼女を敵と考え割り切った王叶は、機神と共に穴から地上へと飛び降り______

「「え!??」」

 驚きは悲鳴に変わり、勇ましさが高さと共に落ちていったのを天願司は感じた。


***********

 

 その場にはたった一人だけだった。

「オーゼ、想像以上だよお前が選んだあの子は」

‘‘それはよかった。前から目をつけていた甲斐があるというもの’’

  彼女もまた見えない何かと話ができる。その様は不気味と人に言われても仕方がない。

 幸い、ここには彼女以外誰もいない。あるのは無数に輝く石だけだ。

「天願さん、君まで出ていくというのかい」

“そのようだな”

「まったく...。本当に想像以上だよあの子は....」

 空いた穴からかなりの風が吹き込んでいるにも関わらず、逢世は気にもしなかった。

 揺れるのは髪だけ。何一つ彼女にとっては問題にはならない。


***********


「落ちてるっ!落ちてるよぉ!!」

「な〜るほどぉ、学園は空の上にあったのか!」

「冷静な観察はいいからっ!今はっ!どうすればいいか!とにかくルグルも考えてっ!」

 そう!とりあえず壁を壊して逃げればいいだろうなどと考えた王叶の突発的行動によって、二人は絶賛空をダイビング中である。

『ご安心を。某の中にさえ居れば安全です』

 どこからともなく声がする。降りかかってくるかのように。

「「誰っ!?」」

『某は某です。青の機神、シャスティークにございます!』

 シャスティーク。契約した機神。アームヘッド。話せることにも驚きだが、そうとなると話は早い。

「ねえ!シャスティーク!飛べる?」

『貴殿がそれを望めば。ですが今は無理かと』

「何それっ!?」

 なんなんだこいつは?と思いたくなる王叶であったが、どうやらそうもいかないらしい。

 ルグルフェンが何かに気づく。

「おいなんか学園の方から飛んでくるぞ!あれはどうする!?」

 ラクストル。転王輪学園が有する飛行アームヘッドだ。そしてどう考えても助けに来たという雰囲気ではない!向こうはこちらを確認したと同時に攻撃を始める。

 落としに来ていることは明白だった!

「ねえ!シャスティーク!戦える?」

『貴殿がそれを望めば。ですが今は無理かと』

「ふざけんなぁぁぁぁ!」

 一体全体何なのだこれは?「なんでも出来る」、そんな気がするのに、「何も出来やしない」。わけがわからないものを摑まされた。そんな怒りを込めながら王叶は叫んだ。

 その時である!

「その機神の言うとおりです!貴方はまだ機神のなんたるかをわかっていない!」

 声の方を見やる。それはまた別の機神であった。色は紫。右手の手裏剣を回転させながら飛んでいた。

「今度は何!?何者!?」

 だがその質問をよそに、その紫の機神はあっという間に敵を片付けていた。

 王叶は咄嗟に落ちたラクストルに目を向ける。どうやらオートパイロットだったようだ。そして怪我人が出なかったことが彼女を安心させた。

 自分の入っているシャスティークは未だ落下を続けているのではあるが....。

「さて、片付いたことですし、安全なところで話をしましょうか」

 紫の機神からその言葉が放たれたと同時に、右手の手裏剣が投げられる。だがそれは王叶達を落とすために投げられたものではなかった。

「なんでえ、外してやがる」

「いや、これでいいんですよ、オオカミくん」

(____え....?あいつはルグルフェンを認識できている?)

 驚くべきことはそれだけではない、外したかのように思っていた手裏剣は何もない空間を切り裂き穴を作り出した。これが目的か。

 正直何が起こっているのかわからない。王叶は今、目の前で起こっていることを整理して全力で飲み込もうとした次の瞬間.....。

「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁ!!!!」

 鈍く重い衝撃が走った。


 痛い。


 衝撃が、シャスティークにぶつけられた痛みが、まるで自分のものかのように身体中を襲う。

 どうやら相手は胴体に蹴りを入れてきたらしい。考える暇も与えてくれないのだろうか?

「手荒な真似をしてすみません。ですがこれは重要なこと。体感していただく方が早いかと思いましたので。では、このまま安全な場所まで運ばせていただきますね」

 蹴られた先は切り裂かれた穴の中。

 そして抜けた先には王叶にとって懐かしい光景が待っていた。

 でも、一点。そう、たった一点だけ違うことがあった。だがそれが最も大きな一点だったのならばどうだろうか。

 王叶は自分の目を疑った。


 なにせ視界の先には、まるでモノクロ写真の様に白と黒しかない世界が広がっていたのだから...。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まとめ版 否が応でも王であれ じほにうむ @Zi_honium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ