まとめ版 否が応でも王であれ

じほにうむ

青 私は王叶だ 1

プロローグ


「ウワァァアァァァァァァアァアアアアアアアアアアアアア!」

 痛々しい声が響く。声の主は青いロボットの中から苦しみ叫んでいた。

 だがその声もしばらくすると小さくなり、コツンっという音が終止符となった。

 それは石だった。とても綺麗な石。嘘か真かロボットから吐き出された。

「あーあ、失敗かぁ...。なかなか上手くいかないもんだねえ」

 この光景を見ていたものだった。科学者だろうか。白衣を着ている。そしてポニーテールだった。

‘‘そう言うな、おそらくあと一人だ。それでこいつは完成する’’

 もう一つ声が響く。だが彼女以外の人間はいなかった。

「そうは言うけどね、オーゼ?適合者はおろか、今はそもそも人そのものが少ないんだ。おそらくなんて不確実なものでは駄目なんだよ」

‘‘大丈夫だ、当てがある。我に任せるのだ逢世’’

 その瞬間、女の動きが変わった。また準備が始まる。何かが、動き始めている。


***********


 等織理王叶ひとしきりおうかの朝は早い。

「起きろ主 !今日はテストの日だろが!遅刻しちまうぞ!」

「うぅ...。あと2時間」

「アホかぁ!その時間あったらテストが余裕で終わっとる!」

「もう、ぐちぐちうるさいなあ。____て、あああああああああああ!?何この時間!?遅刻するじゃん!」

「だからそう言ってるだろうが!」

 訂正しよう。等織理王叶の朝はいつもは早いのだ。ただ昨日はちょっと勉強してたから夜更かししてしまっただけなのだ。

 着替える。荷物をカバンに突っ込む。ついでにパンも口に突っ込む。

 あとは学校に向かって猛ダッシュ。幸い寮と校舎はそこまで遠くはない。だからこそ惰眠だって貪れる。いつもならもっと優雅に登校しているはずなのだ。

 でも今はそれどころじゃない。その焦りは隣で浮いている小人のような何かにぶつけられた。

「ルグル!なんでもっと早く起こしてくれなかったの!」

「ワイはちゃんと起こしたぞ」

「声かけだけで起きるとでも!?」

「分かってんならワイを実体化させればいいだろうが」

「それはダメ。キミ、実体化すると意外と大きいじゃん。部屋が狭くなっちゃう」

「なんだそれ...」

 ルグルと呼ばれたそれは、明らかに呆れている。だがそうこうしてる間に校舎が見えてきた。

 『転王輪学園てんおうりんがくえん』、彼女が通う学び舎。始業のチャイムが鳴り響く。

「「あ...」」

 その瞬間、彼女の遅刻は確定した。



1.はじまりの出逢い


 時間は過ぎてあっという間に昼餉、校舎の屋上。

「あーあ...。キミのせいで放課後居残りじゃないか」

「ワイに言うな。それにな主よ。そもそもそういうのは個人の努力であってだな____」

「待って。長くなるよね?それ」

「せめて聞く姿勢だけは持て...」

 二人で話しているように見えるが、実際には片方の声、ルグルフェンと呼ばれる者の声は聞こえていない。

 つまり一人でぶつぶつと話しているようにも見えるわけで。

 これを誰かに見られるのはそれなりにまずいと思われるのだが、今の彼女にはそんなことはどうでもいいことのようだ。

「あーもう最悪。なんのためにこの学校に来てるんだか....」

「ほお、ちなみに、なんのためにだ?」

「えーっと。なんでだったっけ?」

「てんでダメだな。なぜワイはこのような者を主人などと....」

「はぁ...、これのせいでしょ?」

 取り出されたのは少し大きめのペンライトのようなアイテム。だが見てくれに反してかなり厄介な代物だ。

 それは繋ぎとめるための延命具、または超がつくほど強力な首輪。その名は『ヴァークスパーク』。

 そもそも彼、ルグルフェンはこの世界の、惑星ヘヴン由来の生き物ではない。

 種族名『エヴォリス』。彼は自分のことをそう言った。

 その見た目はこの世界特有の半機械生体兵器『アームヘッド』を構成するパーツとよく似た身体をしているものの、それをそのまま小さくしたようなもので、種族としてはそれなりに小型の部類なのだろうと見て取れる。

 だがこの世界において彼らの種族は異物。それゆえにヘヴンではその身を保つことが困難であった。

 彼は今、この世界で生きるためにも、そのヴァークスパークに収容されているのだ。ちなみに故郷へ帰る手立ては一切ない。

 そして厄介なことにこれがある以上、ルグルフェンは王叶を主人として従わなければならないのである。そのふざけた設定の解除方法も分からない。


 まあ、不満が無い、わけでもない。


 しいて挙げるとするなら、自由すぎるところを直して欲しいぐらいのものである。

 王叶の方も同じく、ルグルフェンのことを厄介とは思っていない。この学園で話し相手がいてくれることは正直嬉しいと考えているくらいだ。問題があるとすれば____

 このヴァークスパークを貰った記憶はあるものの、誰からもらったのかを王叶が覚えていないことだろう。いずれにせよ目を向けるべきは今のこと。

 この昼休みをうまく活用し、とにかく再試の勉強を。

 だが二人しかいない屋上に突然、一陣の風が吹き荒れる。

「あーっ!やっと見つけましたよ!王叶センパイ!」

 それは一つ下の後輩、天願司あまはらつかさ。とにかく騒がしいやつである。

「なんだ、天願か。あのさ、私は転校してきた身だからこの学校には君と同じくらいしかいません。よって先輩じゃない。はいQ.E.D.。わかった?」

「ん?でもセンパイは先輩ですよ?そう決めたからそうなんです!」

 なるほどなかなか良くできた娘だ。

「まあセンパイだからこんな気安く話しかけてるんですけど」

 前言撤回。こいつ...。なかなか手強そうな後輩であった。

「ていうか誰かと話してました?一人にしか見受けないようですが?」

「別に?ここにはそう、見ての通り私しかいないね。だから聞こえたとしたらそれは私の素敵な言葉たちだと思うよ」

 とてもひどい誤魔化し方だ。あとで思い返せばきっと赤面まっしぐらであることは間違いない。

「ですよねえ〜。センパイいつもひとりですもんねえ」

「誰がぼっちだ誰が!」

「まあそれは隅っこの方に置いといて。実は極盛ごくもり先生から言伝がありまして。要件だけ伝えろって言われてるんでそんな話すつもりもないんですよ」

「置いとかないでよ...。あの極盛先生が?私に?」

「そですそです。えっと、なんかですね、「君が忘れてるものがあるから放課後かならず来い」とかなんとか」

「えぇ...。あの人の授業受けたことないんだけど.....」

 選択科目の範囲がまったく違うので受けたことがない。しかし教師から呼び出されているのだ。それなりに何かはあるのだろう。

「____はぁ、仕方ない。行きますか」

「ではまた放課後!サラダバー」

 彼女は飛ぶかのように消えていった。

「え?キミも行くの?」

 その声は全く聞こえていなかっただろう。

 仕方ない、行くしかなさそうである。王叶はなぜか、あれには逆らえないのであった。

 その後のテストはなんとかなった。

 とにかく王叶とルグルフェンは待ち合わせの場所へと向かうのであった。


***********


 放課後。結局王叶は教室には入らず扉の前に立っていた。

「嫌だなぁ....。正直めんどくさいんだよなぁ」

「だがあの言い方は引っかかるのだろう?」

「それは...。そうなんだけどさあ....」

 王叶は、やはり、いや、かなり躊躇していた。なにしろ相手が相手である。交流が全くない教師なのだ。なぜ呼ばれたか全くわからない、見当もつかない。

 そもそもその呼び出し人である極盛逢世ごくもりあわせとは、若くしてアームヘッドを開発する研究所を独自で持っていたカリスマ、であったにも関わらず今は何故かこの学校『転王輪学園』で教師をしているという変わり者。

 まあ要するに、何となく同じ世界にいる人間とは思えない、そういった感じの、どこか少し遠い存在なのである。

 それに元々謎が多い人で様々な噂が飛び交うホットな人という見方もあるにはあるが、そもそもそのような話を彼女自身誰から聞いたのかもなぜか身に覚えがなかった。

「あれ?センパイ、はいんないんですか?そこに立ちんぼさんは私の邪魔ですよ?」

 そうこう悩むうちに後ろから響く声。

 あの後輩、天願司である。彼女は王叶に退くよう片手でしっしとジェスチャー。

 からのドアに手をかけて「バァァァァァァンッ!」と音がするかのように思いっきり戸を引いた!

「ほら、ちゃっちゃと開けちゃって入っちゃいましょ。話が進まないではありませんか」

 そしてさっさと入っていく。全く躊躇や遠慮というものが見当たらない。

「極盛センセー!来ちゃいましたー!どーこでーすかー?」

 だがその教室。正確には理科室なのだが、人の気配は全くと言っていいほどなかった。

「うーむ、呼びつけておいて当人が居ないなんて、それはもうひどい仕打ちです。これはもう怒りシントー結成です!」

「ねえ?一応相手は教師だよ?少し言い過ぎじゃないか?あとお願い私を巻き込まないでそれ返しにくい」

 だが相手の立場とこの状況は別問題。呼びつけておいて居ないのは問題であるし、何故この場に居ないのかも気になる。

 それにこのままではなんのためにテストを早抜けしたのか全くわからない。

 だが、ルグルフェンは何かに気がついたようだ。

「主、この部屋の地下から仲間のような反応がするのだが…」

「はあ?ここは学校だよ?しかも2階だし地下なんて意味がわからないでしょ!?」

 だが天願司は何か見つけたようだ。

「あれ?この教室にあんな扉ってありましたっけ?」

 その視線の先に注目する。

 そこにあったもの。それは扉だった。どこからどう見ても扉だった。普段は隠しているのかもしれない。それが今はまるで入ってくださいと言わんばかりに開いていた。

「「ええ、なにそれ...」」

 これはもう入るしかないのだろう。

 というよりも、天願司の方はすでに入りかけていた。

「待て!天願!」

 慌てて王叶はついて行く。

 中は階段で暗い道が続いていた。それはまるで王叶の不安を表すかのように真っ暗だった。


***********


 階段を降りた先は、いかにも研究所といったような趣で、これまたいかにもそれっぽい機械が設置されていることで広いのか狭いのかわかりにくい印象を抱かせた。

「校舎の下にこんな施設があったなんて...」

「この学校広いですからね~。こんな場所があっても不思議じゃないですよ」

「どう見たってそんな言葉で片付けていい問題じゃないよね、これ....」

 それにしてもこの後輩、どうして躊躇なくわけのわからないところに入り込めるのか、本当に謎である。

「よく来てくれたね、等織理王叶さん。それに天願さんも案内ご苦労様」

 声と共に現れる人影。この人が極盛逢世か。綺麗な一つ結びの髪型が険しめな顔と相まって凛とした印象を抱かせる。

 そして「なるほど」と理解する。どうやらそういうことのようだ。

「____ふぅ。来てしまったのは私だから仕方がない、か。で?お二人さんはどういうご関係?____目的は、何?」

 そうだ。この二人は最初からグルだったのだ。思い返せば天願司もどこか演技っぽい不自然さが見え隠れしていた。

 しかし相手は大人。この程度の睨みつけに全く動じたりはしない。

「順に答えようか。まず彼女は私の協力者だ。もしかしたらこれからの行動次第で君もそうなるかもしれないね。でも、その前に君に対する要求は二つ。これが目的かな。一つはある機械に触ってもらうこと。そしてもう一つは預けたものを返してもらうことだね」

「いくら同じ校舎にいたとして、私はあなたとちゃんと話すのは今日が初めてですよ?預かったものなんてありませんし、ましてや返すものなんて、私は持ってないと思うのですけど」

 王叶の記憶が正しければそのはずだ。この人とは会話した覚えなど全くない。

いや、もしあればとても失礼なことなのだが、でも、ないものはない....、はずである。

 最近記憶力に自信がないのもまた事実であるのだが。

「はあ、ヴァークスパークだよ。あれを返してほしいんだ。今どうしても必要でね」

「あぁ!ヴァークスパーク!じゃあこれをくれたのはあなた!?」

 確認するかのように王叶はそれをカバンから取り出し、改めてじっくりと眺める。

「別にあげたわけではないのだけど、まあ今はそれでいい。なにしろ話が拗れそうだからね。さてと、とりあえず渡してくれるかい?」

 さっさと渡せと言うかのように差し出される掌。だが。

「ダメだ王叶!こいつの言うことを聞くな!」

 突如としてルグルフェンが吠えた!その声は王叶にしか聞こえないはず.....、だというのに逢世は。

「黙りなさいこの野良犬が!一体全体誰のおかげで命拾いしたと思っているのか!」

 聞こえているのだろうか?だがそうだとしてもおかしくはない。これを元々持っていたのは極盛逢世なのだから。

 今にもひと悶着起きそうな雰囲気が出来かけているにも関わらず、等織理王叶の態度は違った。

「一応命の恩人ってことになるはずだからさ。ルグル、私、そういう態度は良くないと思うなぁ」

「いーや、ダメだ。主、言わせて貰うがな、大体なんで今なんだ?持っていることがわかっていたならもっと前に動いているはずなんだよ。ていうか、お前の態度はもっとなんなんだ!?」

「いや、そういうのは大事にしておくべきことだし」

「主、今ワイらの方が不利なことわかってる?」

「それでも、ね?」

 声しか出してないから顔は見えないけれど、確実に呆れていることは確かである。

「あのぉ、お二人は誰となんの話をしてるので?」

 天願にとってはなにが起こっているのかわからないことだろう。さらにややこしくなってしまう前にどうにかしたいところだが。

「とりあえず極盛先生?まず機神の方を先にしませんか。上手いこと行けばセンパイは仲間ってことになりますよね?そしたらヴァークスパークもセンパイも一石二鳥ですよ?」

 意外にも彼女は冷静だったようだ。わからないままにこの状況を進めようとしてくれていた。

 どうやら逢世もその提案には賛成ならしい。

「うん、そうだな。それもそうか。では、お見せしよう。さあ、後ろを向きたまえ。そして驚くがいいさ!」

 言われた通りにする。そこには青いサメのような騎士のような、何かその二つが組み合わさった者がいた。


「青の機神、シャスティーク。それが名前だ」


「____かっこいい....」

 王叶は見惚れてしまった。だからなのだろうか。機械なのに、まるで人を見るかのように思ったことは。

 それになんだかまるで目と目があったかのような気もしていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る