野球部キャプテン②
「晴人さんは、今日はどうしていらっしゃったの?」
ドリンクバーから烏龍茶を注いできたSUZUKIが、席に座りながら問いかけた。この場にいるのは中学生二人だけなのに、どうしてかオトナの世界に踏み込んでいる気分になっている。
このカオスな空間で感覚が麻痺し始めているからか、それとも部活の疲れでさまざまな俺のトリガーが緩くなってしまっているのかは定かではないが、俺は口を開いた。
決して、目の前にいるSUZUKIがちょっと色っぽく思えて、それで俺の心が緩んだとかではない。絶対にない! なぜなら……。
「俺、恋愛について相談したいっつーか、それだけじゃねぇんだけど、なんていうか……」
俺は恥ずかしくて、SUZUKIから受け取った烏龍茶の方に視線を移す。
少し、変な間ができた。
え、ちょっと、思ってたのと違うっていうか……。
……。
…………。
カ、カアアアアアァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!
恥ずっ! 口に出してみる前はなんかさらっと言えてしまいそうな感じしたけど、やべぇ、無理無理無理ッ! 恥ずかしすぎる……!
あまりの恥ずかしさに口を手で覆うような仕草をしていると、SUZUKIがやっと口を開いた。
「なるほど、恋愛ねぇ〜」
さほど動じている声色でもなかった。なぜ変な間が生まれたかは気になりはしたが、それよりも、SUZUKIが俺の言葉をただ受け取ってくれたことに安堵する気持ちの方が強かった。
「ああ、それに、受験も近いから、親もだんだん焦ってきているみたいで……。コーチともすれ違うっつーか……」
とりあえずは、言えた。このSUZUKIがどれだけ相談に乗ってくれるかは分からないが、きっと今俺がしたことは、なんだか俺のこの先がいい方向に変わっていくような予感を与えてくれた。
すると、急に俺のお腹が鳴った。
「あっ……」
俺は力無い声で、腹の方を見下ろした。そう言えば何も食ってねーな。俺。……ってか、さっきの音、もしかしてSUZUKIにも聞こえてた!?
そう思って顔を上げるとSUZUKIは和やかにふふっと笑い、恥ずかしくなっている俺に言った。
「とりあえず、何か食べましょうか。今このスナック、人気メニューを30%割引してるのよ!」
お前の店じゃねーだろと心の中で呟きながら、俺はSUZUKIの出したメニューを眺め、とりあえず人気そうなイタリアンハンバーグを頼んだ。
・・・
食事を済ませると、俺は本題を切り出した。
「俺、マネージャーにさ、言われたんだ。『大会が終わったら、伝えたいことがある』って」
SUZUKIは俺の声の真剣さを受け取ったのか、俺の話を黙って聞いてくれた。よく分からない謎の心地よさを抱えながら、俺は続ける。
「俺は正直、あいつの視線には気づいてた。授業中に見られてるのも、試合中にあいつが俺のことを目で追ってるのも、気づいてた」
練習が終わって、俺に話しかけてきた時の、あの胸の苦しそうな表情は、俺の脳裏に焼きついて離れない。
「あら……。マネージャーさんの方からねぇ。晴人さんはその人のこと、どう思ってるの?」
そう言われて、俺は必死に考える。どうしたらいいのか、俺は分からないからここに来たのだ。ありのままを話そう。
「わかんねぇ……。あいつは俺たち部員の為に頑張ってるのは知ってるし、勉強とか委員会の仕事とか、まじで頑張ってるんだ。あいつ、俺といる時は砕けた感じで話しかけてきて……。きっと、あいつは自分が安らげる場所が欲しいのかもしれない、って。そう思うと、ちゃんと気持ちに応えるべきなんじゃないかって、でもそれが、好きって事になるのか、わかんなくて……」
「……晴人さんは、マネージャーさんの分かり手なのねぇ。きっとそのマネージャーさん、あなたといる時の自分が、一番好きな自分でいられるんでしょうね」
SUZUKIは寄り添うように言ってくれた。
「ああ、そんな感じは、するんだ。きっと今はいろんなことがあって迷ってるだけで、大会が終わったらきっと自然に答えは出ると思うんだ。だけど、俺があいつと付き合えたとして、ちゃんとあいつの気持ちに応えられるのか、分からないんだ」
ここまできたら、羞恥も躊躇いもなくなっていた。俺はそこまで言い切って、やけくそに烏龍茶を飲み干した。口に残ったハンバーグのソースの風味が、烏龍茶で流されていく。
「というと?」
「単純に、忙しいんだよ。何回野球部辞めようと思ったか分からねぇ。部員のこと考えたり、受験だって……! 親は俺の進みたくない進路を勧めてくるんだ。お前もそろそろ受験だから塾に行くことも考えたらどうだ、って。別に俺、成績はそこそこ取れてて、別に進学校に行きたいとか思ってねぇし、大体俺っ! おれは……」
言ってしまえ。吐き出してしまえ。誰にも言ってこなかったことを。今ならきっと、言える。
「俺は、プロになりてぇんだよ……」
一瞬だけ、この場が静まり、ファミレスの音だけが耳に入ってきた。
プロになる。それは、誰にも言ったことのない、俺の秘密だった。バカにされる。そう分かっていたから、今までコーチにも言えないでいた。
顔を上げる。
SUZUKIは、優しい顔を、俺に向けていた。
「晴人さんは、いい野球選手になれるわ」
「どうして、お前にそんなことが言えんだよ……」
部活や家庭に揉まれに揉まれ、俺はただ野球がしたくて。そんな中で溜まっていったストレスのせいで、最後には委員長にキツく当たってしまう自分が、嫌になる。
「だって、晴人さんは、物凄く頑張っているじゃない」
「あ……」
SUZUKIに言われて、心の中で、何かが決壊した。
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