青春スナックママ・SUZUKI
うすしお
一軒目 野球部キャプテン
野球部キャプテン①
石神中学校には、とある噂というか、内輪ノリのようなテンションで広まっている話題がある。中学の近くのファミレスに、スナックのママを気取っている、いわゆるお悩み相談をしてくれる女子がいるのだそうだ。
俺は部活で野球のユニフォームに着替える時、たまたま後輩のその話を耳にした。その女子が現れる時間帯は金曜日の放課後。そいつはドリンクバー近くの席で、一人気取ってメロンソーダを飲んでいるらしい。
「ここか……」
時間は午後六時に差し掛かっている。両親には友達の家で食べてくると伝えてあるから、そこら辺の心配はない。
ファミレスはショッピングモール前の広い駐車場の隅に位置しており、温かい光の中、女子高生たちや家族連れで賑わっていた。逆に駐車場では、特売品を求めて戦場へと赴く大人たちの姿があった。
……晴人もそろそろ受験でしょう?
……お前はこのチームのキャプテンなんだ。なんでも相談してくれ。
……ねえ、大会が終わったらさ。
「うっせえよ」
俺の周りを取り巻く人たちの言葉が知らないうちに蓄積して、言いたくもないことばかり、口をついて出てしまう。
ちょっとだけ鬱屈とした気持ちを抱える俺は、馬鹿馬鹿しい話だと思いつつも、ガラス戸の取手を握っていた。
・・・
「あらぁ〜いらっしゃい! 初めてのお客さんよねぇ?」
「……え」
ふざけてる、のか?
ドリンクバー近くの席に座っていたのは、明らかに俺のクラスの委員長、鈴木だった。彼女は朗らかな顔で頬杖をつき、右手の指で気取ったようにメロンソーダの入ったグラスのふちを撫でていた。学校内でしているポニーテールは解かれていて、俺の目には肩にかかるロングの髪が少しだけ色っぽく映った。
俺はクラスで真面目そうにしている鈴木の様子しか見てこなかったから、明らかにスナックのママのような所作をやってのけるその姿に、純粋に戸惑いを隠せなかった。
「って、うちのクラスの野球部キャプテンじゃない。そんなボロボロのユニフォームで来てくれたのねぇ……。部活大変だったでしょう?」
完全に鈴木はその世界に入っているようだ……。これは、一体なんの冗談だ?
とりあえず俺は、こういった時のために頭の中で反芻しておいたセリフを吐いた。
「え、えと、あの、ここでスナックみたいな事してる人が、お悩み相談やってるって聞いたんですけど……」
すると彼女は一瞬目を丸くして、両手のひらをわざとらしく合わせて言った。
「あら、そんなに有名になってるのね、ここのスナック。いいわよいいわよ、座って座って〜」
「は、はい……。お邪魔します……」
「いいのよぉ〜、そんなにかしこまらなくて」
もうどうにでもなれの精神で、俺は鈴木と向かいあって座った。ここまで来てしまった俺も俺だ。さっさと話したいことを話して、家に帰ろう。
「ようこそ、ドリンクバースナックへ! 私はママのSUZUKIです」
SUZUKIは、そうやって優しい笑みを浮かべ、改めて自己紹介したのだった……。
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