第12話 湖

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「湖!初めて見ました」

「あとで泳いでみるといい」

「我も水泳が好きなのだが、この生首ナリではな」


 湖のほとりの街道で、話声が聞こえる。

 声の主は、一人の少女と二人の生首である。


「泳ぐのは初めてです」

 少女クレアは目を輝かせる。

「なら浅いところで練習するといい」

 勇者の生首アレックスは注意する。

「泳ぎの極意を我が伝授してやろう」

 魔王の生首ヴァ―ルは自慢げにいった。



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 二人の生首と一人の少女は、因縁の魔族と一応の決着を見た。

 だがブレア―と名乗る魔族から、今の魔王アイストが封印の真相を知っているかのように仄めかされる。

 真実を確かめるため、一行は魔王が鎮座する魔王城へと向かうことにしたが、その前に、報告のためクレアの故郷へと戻ることにした。

 その帰り道で、湖のほとりの集落に寄り宿を取ることになったのだった。



「ふむ。たしかに通れたな」

「そうだな」

「気にする必要はありませんよ。終わり良ければ全て良し、です」


 集落に入ろうとした所、アレックスとヴァ―ルはかなり怪しまれ大騒ぎになりそうだったが、クレアが自分が司祭ということを明かして事なきを得た。


「そのかわり、クレアは病人の治療の手伝しただろ。軽率だったよ」

「いいえ、困っている人々の力になることは義務ですから。それに、いいベットを用意してくれたので、儲けものです」

 そう言って、クレアはベットの上で跳ねる。

「まあ、クレアがそういうなら…」

「そんなに気にされなくてもいいですよ。病人と言っても、風邪ですし」

 クレアは、二人の生首を見据えて言った

「それより、泳ぎに行きましょう」



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 クレアは水着を着て準備体操をしていた。

 水着は集落の関係者から、泳ぐならと貸し出されたものである。


 クレアたちのいる水場には人気ひとけがなかった。

 この集落に来るのは商人が多く、わざわざ湖で泳ごうというものはほとんどいない。

 また、集落の人間はまだ涼しい時期のため、わざわざ泳ぐ者はいなかった。


「やっぱり、人助けを終えた後の自分へのご褒美は、とても清々しいです」

「クレアよ。それは思っても言ってはならんぞ。

 ああ、もう少し足を伸ばすのだ。足がつったら命取りだからな」

 ヴァールに言われて、クレアは入念に足を伸ばす。


「ヴァール様とアレックス様は泳がれないのですか?」

「いや、生首にそれを聞くのか?」

「ああ、転がるのはともかく、生首は泳げん」


「初めてなんだから、きちんと浮き輪を使えよ。安全第一だ」

「遠くまで行くな。危険だからな」

「はい。では、行ってまいります」

 そう言って、クレアは浮き輪をもって水場に走っていく。


 そして水場で楽しそうに遊ぶクレアを、二人の生首は穏やかな表情で眺めていた。

「しかし、楽しそうだなクレアは…」

「そうだな…」

「ああ、我らが来てからというもの、ずっと働いていたからな」

「あの年頃は遊びたい盛りだろ」

「ああ、魔族でもあのくらいなら友達と遊んでいる」

「俺、初孫ていうのもあるんだけど、クレアがめちゃくちゃカワイイ」

「そうだな。我もだ」


「だけど、俺たちと一緒にいないほうがいいかもな」

「…そうだな」

「キーメの件はクレアにも関係のあることだから、強く反対はできなかったけど、今回の件は完全に俺たちの事情だもんな」

「かもしれんが…。移動手段がなくなるのは痛い。魔王城までは遠いからな」

「うーん。何か他に移動手段を考えておかないといけないな」

 そうして二人の生首は、頭を悩ます。


「お、手を振ってるぞ」

「振る手がないな」

「とりあえず転がっておくか」

 二人の生首が転がっているのを見て、クレアは楽しそうに笑うのだった。



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 泳いでいたクレアは、二人の生首の元に戻ってきた。

「ふう。少し疲れたので休みに来ました」

「ああ、かなりはしゃいでいたな」

「もしや私ははしゃぎ過ぎましたか」

「いいや、初めての水場だ。あんなものだろう」

 二人の生首と一人の少女は楽しそうに笑った。



「ところでクレア。少し話があるのだが…。クレア?」

「…はい」

 ヴァ―ルが話そうとすると、クレアは体を前後に揺らしていた。

「眠たいのか?」

「いえ…。眠くは…」

「無理をするな。横になるといい」

「はい」


 クレアは横になると、すぐ寝息を立て始めた。

「言いそびれたな」

「そうだな。まあ機会は又あるさ」

 特に何も事件のない、なんてことのない一日。


 一人の少女と二人の祖父は平和な時間を過ごすのだった。

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