米谷ダム一家心中事件の原因を探る (月刊時流 2005.12)

「仲の良い」家族はなぜ心中を選んだのか? 米谷ダム一家心中事件の原因を探る

月刊時流 2005.12


9月30日、米谷ダムで車が転落し、乗っていた3人が死亡した。亡くなったのはAさんと妻のBさん、息子のCくんであり、警察は無理心中をしたものと断定した。しかしAさん一家は近所でも仲の良いと評判の家族だった。彼らはなぜ心中を選んだのだろうか。


Aさん一家が住んでいたのは葛丘市のクロームパレス葛丘。学校や駅へのアクセスが良いことから、子育て世代が多く住むマンションだ。敷地内の植木は形を整えられ、共用部分は丁寧に掃除してあり、パッと見た限りマンションの管理が行き届いている印象だ。各部屋は一般的なマンションと比べて広く、経済的な余裕がなければ住むことは難しいだろう。


彼らを知る人は皆、口を揃えてAさんの家族が問題を抱えていたとは思えないと言っていた。Aさんの仕事も順調であり、Aさんの同僚によれば会社で問題を抱えていた様子はなかったそうだ。近所に住む人は、亡くなる半年ほど前も家族で仲良さそうに旅行へ向かう様子を見たという。AさんはCくんの学校行事へ積極的に参加しており、近隣トラブルがあったという証言は得られなかった。


Cくんと同じクラスの子を持つ女性は、Cくんを正義感の強い子供だと評価していた。しかしそのような評判の一方で、Cくんは今年ある問題行動を起こしていたこともわかっている。

下校中にCくんが女性に向かって石を投げ、怪我をさせていていたのだ。Cくんは14歳未満であったことから、この件は犯罪とはならず、事件の対応は児童相談所へ任されることになった。関係者によればAさんの家族に目立った問題は見受けられないことなどから、児童相談所は処分を家族への指導に留める見通しだったと言う。女性の怪我も3針縫うだけで済んだということだった。

Cくんのしたことは決していいこととは言えないものの、家族が死を選ぶほどの事件ではないように思える。


Aさんの住む家には、遺書とみられるメモが残されていた。遺書には手書きの震える文字で「ごめんなさい」とだけ書かれていた。署名はなく誰が記したのかはわかっていない。だが何かに怯えながら遺書を書いていたことは容易に想像がつく。この謝罪の言葉が遺書だとすれば、一家は何かに詫びるために死を選んだことになる。一体一家が背負っていた罪とはどのようなものだったのだろうか。

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