第23話 結界

「ガキども、俺はお前らのことを存在しないものとして扱うから自分の身は自分で守れよ」


 久我先生は相変わらずのツンデレ対応だな。

 いつもはこんな冷たい対応をしているが、体育祭ではうちのクラスが勝った時に小さくガッツポーズをしていたらしいし、負けた時には顔を顰めていたみたいだ。

 そんな久我先生だが、Aクラスでの授業の厳しさが学年中に広まったのかうちのクラス以外は枠が余っていたんだとか。まあ仕方ないよな。毎日放課後に走っているのを見たらやりたくないよな。


「じゃあ取り敢えず山に行くから着いてこいよ」


 そんな宣言と共に久我先生は田んぼ道を走り出した。ただうちのクラス以外は走り込み等をしていないので手加減をしてくれたのか、その速度は普通に漕いだ自転車程度の速さだ。ちなみに校長が言うには、彼の全速力は原付を軽く超えるらしい。久我先生は本当に人外という言葉が似合う人間だ。この人が還暦だと言うのは詐欺だろう。


「おー、全員着いて来れたようだな。ここからは陰陽師の結界が完全に届かない妖の地だから気を引き締めろよ」


 陰陽師は主要都市に結界を張ることで妖の脅威から一般人を守っているのだが、流石に山や森などの人がいない所まで結界を張る余裕はなく、こういう場所は妖の溜まり場になってしまっている。この結界はかなり大人数の霊力を使用しているので、そう簡単に破られることは無い。たとえそれが妖王ほどの妖だったとしても。


 そんな安全である結界の外の妖を危険を犯してまで討伐している理由は妖王が生まれないようにするためだ。1体の妖王では結界を破られることは無いが、複数の妖王が力を合わせて一点突破を狙って来たら、流石に破られてしまう。だから陰陽師は出来るだけ低級のうちに妖を討伐している。ただ日本も広いので打ち漏らした妖が一級、特級となっていく。普通だったら特級になった時点で陰陽師側の被害が大きいはずなので、十二天将が派遣されて討伐されるのだが、空亡は例外で陰陽師に大きな被害を出さずに妖王になっている。二つ可能性があると俺は考えている。


 まず一つ目は普通に長い時を経て自然の霊力を溜め込み妖王になった。これは有り得ないと思う。妖王にまでなれば自我を持っているが、三級以下の妖は本能のまま人間を狩るとされているのだ。そんな状態で人間を狩らずにいられたとは思えないからな。

 そして次の可能性だが、あいつの術が結界を無視して移動出来た場合だ。もし結界を無視出来るのだとしたら一般人を神隠しとして攫えるだろうから、陰陽師に気づかれることは無いだろう。しかし術を持つのは特級以上の妖なので、やはり三級以下の時に陰陽師に狩らなかった前提なので、奴は突然変異なのだろう。


「妖が来たからガキども気ぃ引き締めろ」


 わざわざ忠告してくれているから、やっぱり久我先生はツンデレなんだな。

 久我先生の忠告通り俺たちの前に妖が現れた。その妖は伝説上のオルトロスのように頭が二つある犬型の妖だ。


「【砂犬】」


 久我先生が発動した術によって犬の形をした砂の塊を創り出された。その犬は妖の首を狙い走り出した。


 砂の犬は妖の足の爪によって切り裂かれた。俺は霊力が少なかったのか?と思ったが、俺の考えは間違っていた。犬が切りされた瞬間、犬は砂の鎖となり妖の動きを完全に止めた。そして手に持つ剣で動けない妖首を切った。首を切られた妖は灰となって消えた。

 この犬の妖は見た感じ二級相当の力を持っていそうだが、こうも簡単に仕留めるのは流石としか言えないな。


 ちなみに久我先生の俺たちに二級を討伐させるという宣言だが、複数人での討伐はできたので最低限達成は出来ている。ただ久我先生はソロでの討伐を想定していたらしく不満げだったが、俺たちからしたらかなり満足している。


「どんどんやっていくから遅れんじゃねぇぞ」


 その後も順調に久我先生は妖を狩っていった。ただ久我先生からしたら格下の妖ばかりだったので俺たちからしたら、特に見習えることなどなく段々と飽きてきてしまい、俺たちの間には緩んだ空気が流れていた。


「……こんな山奥に人間がいる訳ないよな」


 俺たちの前にこちらに背を向けた人間が居た。この妖が蔓延る山奥まで一般人が来れるわけないし、陰陽師だったとしても何も動きを見せないのは不自然極まりないだろう。


「こちらを向かないとその首と体が離れるぞ」


 久我先生の脅しが効いたのか、その人間はゆっくりとこちらを向いた。振り返った男は軍服のような服に身を包み、その瞳には妖王特有の星マークが刻まれていた。その姿は俺には見覚えがある。


「空亡!!」


「久しぶりだね倉橋くん。そしてさよならだ【転送陣】」


「死ね【砂球葬】」


 空亡が術を発動する前に久我先生は殺そうとしたが1歩間に合わず、空亡は術を発動した瞬間に転移でこの場を去った。


 そしてこの場に残されたのは俺たち生徒と久我先生、そして空亡が残した術によりこの場に召喚された数百体の5から2級の妖と2体の特級の妖だった。

 召喚された瞬間、久我先生は普通とは違う霊符を取りだした。


「ちっ……ガキども自分の身を守ることだけ考えろ。【天空】」


 霊符から飛び出したのは、空を翔ける戌だった。


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