第10話 空亡

 異空間に呑まれた木田先生の頭。


 幾ら霊力という力があったとしても司令を出す頭を失ってはどうすることも出来ない。司令塔を失った先生の体は血を吹き出しながら力なく崩れ落ちていった。


「私よりも速い……使うしかないか【朱雀】」


 校長は通常の霊符とは異なる霊符を取りだした。

 校長が取り出した霊符は、霊力が霊符そのものに帯びており、その霊力は今の俺よりも多いように思えて仕方なかった。


 朱雀と呼ばれた霊符から飛び出したのは、赤い羽根で炎を纏う巨大な鳥だった。

 その怪鳥とも呼べる大きさの鳥は校長の身体の中へと消えていった。


 朱雀をその身に宿した校長は巨大な羽根を背中から生やし、炎の鎧を纏っていた。


「【転移】」


「何処に来るかな?――っ!後ろかっ!」


 朱雀を見に宿した校長の術は更に速くなっていた。それは人型妖よりも速いものであった。


 人型妖の背後に転移した校長は右手に持つ炎の剣で首を切り落とした。


「いやー、流石に速いね。でもその姿はかなり燃費が悪そうに見えるよ」


「余計なお世話だ」


 首を落とされたにも関わらず妖は喋り続けていた。落とした首を両腕で抱えるように持っている妖は何も無かったかの如く喋っている。

 首を落とされても死ぬ事がない妖をどう倒せばいいのかという疑問が頭の中を巡っていた。


「今日は挨拶をしに来ただけだからね。これでさよならだよ。ちなみに僕の名前は空亡くうぼう、覚えて帰ってね。まあ帰るのは僕なんだけどね」


「帰すと思っているのか!」


 羽根を使って一気に距離を詰めた校長は、空亡へと袈裟斬りの形で剣を振り下ろした。

 しかし空亡が術を発動するのが一歩早く、空亡は消えてしまった。


「はぁはぁ……逃したか」


 俺の隣へと降りて来た校長は朱雀の鎧を解いた。


 数分しか使っていないのに息が上がっているのを見るとかなり燃費の悪い術なのだろう。まあ自分の地力を上げられるのだから仕方ないことだろう。


「教員は生徒の安全を確認し次第下山しろ!」


 空亡相手に警戒し続けていた教員たちは山に居る生徒の元へと走っていった。

 この場に残っているのは俺と校長、そして木田先生の遺体だけだ。


 目の前で自分の術を担当してくれている先生が無惨な死に方をしたのにも関わらず、目が潤みもしない俺は薄情なのだろうか?


「自分のことを薄情だとでも思っているのか?そう思えるのなら、倉橋少年はまだ正常だ。陰陽師なら別れは日常茶飯事だ。そしてどれだけ身近な人が亡くなろうと何も思わなくなるし、薄情だなとも思わなくなる。だから倉橋少年はその気持ちを忘れるでないぞ。私みたいにな……」


 なにか思うことがあるのかと聞こうと思った瞬間に俺は校長の転移の術で気付いたら下山していた。


 そして次の日、木田先生の葬式が行われた。


 関わりがないだろうに今川さんも参加していた。


「目の前で亡くなったのでしょ。大丈夫だったのかしら?」


「うん、大丈夫だよ。義江さんの顔を見て元気出たよ」


「なっ、なっ!恥ずかしいこと言わないでくれませんか!?」


 うん、可愛い。


――陰陽寮総本部


「遂に妖王が産まれたのか……出来るだけ早く学生を育てるべきだな。俺は妖王を討伐出来るほど若くはねぇからな」


 そう話すのは腰に刀を差し、和服で身を包んだ長髪の男だ。

 その男は50代前半くらいの年齢であり、陰陽師で言うと全盛期を過ぎ霊力量が下がり始める年齢だ。


「何言ってるんですか。貴方は100歳でも前線に居そうな人間ですよ」


「俺を化け物か何かだと勘違いしていないか?俺は人間だからあと数年も経てば一級相手が限界になるはずだ」


 和服の男にそう話すのは、Aラインの純白のドレスを身に纏う淑女だ。彼女は大きめのイヤリングを付けているのが特徴的だ。


「久我さんが我が高専に来てくれれば学生にとっていいと思うがな」


「俺は教えるのに向いていないからな。ただ醍醐が死んだら高専は引き継いでやる」


「不謹慎なこと言うな」


 久我と呼ばれた和服の男は長年十二天将として陰陽師寮を支えてきた英傑であり、名門久我家の現当主でもある。


「空亡という妖王について話しているかい?」


「土御門さん!!」


 土御門という男が入室してきた瞬間、椅子に座っていた十二天将は皆立ち上がった。


「じゃあ妖王の対策について話していこうか」


 彼こそが現陰陽頭兼、安倍晴明を祖とする土御門家の現当主である土御門つちみかど貴将きしょうであった。


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