第3話 願いを言え

 夏南はそこで黙り込む。

 ロゼはそれを見てニヤリと笑う。悪趣味な表情だ。


「ほら、何なりとどうぞ?」


 彼の上から目線な態度にむっとする夏南だったが、自分から「やっぱり、言う」なんて言ってしまった手前後には引けないため言うしかない。だがそんな状況下でも彼女のプライドが邪魔をして、口にストッパーをかける。


「どうしたの?ほらほら、叶えてあげるよ?」


 ロゼの笑みは挑発的なものに変化した。夏南の理性が早く言えと急かした。しかし、それをプライドが突っぱねる。「初対面の奴に願い事なんて言うんじゃない、恥ずかしいだろ」と。


「私の、願いは……」

「さあさあ言ってみな。百億円でも一生モテ期でも、何だって叶えてあげよう」


 何だってと言われると逆に言いにくくなる。果たして、これが最良の選択なのだろうか。

 そう考えていると、さっき自分で発した言葉を思い出した。


『みんな、バラバラになっちゃうね』


 初対面の人に、こんなこっ恥ずかしいことは言いたくないけれど。だけど、今の私にはこれしか願いが思いつかない。

 ──願いを、言う。


「もっと、みんなと一緒にいたい」

「……は?」


 願いを聞いたロゼはぽかんとした表情を浮かべた。


「本当にそれでいいの?」

「うん。それがいいの」


 ロゼ史上、かつて無い程の即答。

 彼女の意志は固い。


「ふふっ」

「何よ」

「いや、そんな、ふふっ。平凡な願いは、ふふっ。久しぶりで、ふふっ」


 ツボに入ったというやつなのだろうか、ロゼは言い終える前にふふっと吹き出して腹を抱える。


「あっははははっ!」


 そしてとうとう、声高らかに笑いだした。

 笑いどころなんて無いはずなのに腹を抱えて笑っているロゼを見て唖然とする夏南を他所に、彼は十数秒程笑った。


「……はははっ……ふう。それで、何だっけ。えーっと、あ、そうだそうだ。『もっと、みんなと一緒にいたい』だね……ふふっ」


 静かな教室に、謎の少年の声が響く。


「ごめん、無理」

「はあああああああ!?」


 ロゼの声に続いて夏南の声も教室に響いた。なんなら、夏南の声は廊下でも反響している。


「あんたが『何だって叶えてあげよう』って言ったんじゃない!嘘つき!私の覚悟を返せ!」

「仕方ないじゃん!だって想定外だったんだもん!」


 夏南の怒りに幼稚園児並みの反論をするロゼ。


「どうしてくれんのよ!願い事言う側だって、結構覚悟要るんだけど!!」

「知らないよ!!」

「知らないってこたぁ無いでしょうよ!何とかしなさいよ!」


 ロゼは夏南のあまりの怒り様に頭を抱えた。

 いやぁ、僕も全知全能の神な訳ではないし、時間を止めるなんてことはできないしな。だけど、僕から願いを叶えてあげようって言ったんだもんなあ…どうしよう。

 人差し指をこめかみのあたりに当て、撫でるように回しながらうーんと考え込む。さながら一休さんだ。

 ポク、ポク、ポク、チーン。

 ──あ、そうだ。気持ち的な時間を伸ばせばいいんだ。なんかこう、凄く楽しいイベントをやって、「いつまでも忘れられない楽しい思い出」を作ればいいんだ。いつでも思い出せるなら実質「みんなと一緒にいる」状態だよね。さっすが僕、頭いい!


「……一緒にいる時間を伸ばしたりはできないから、代わりに永遠の思い出を作ってあげよう。いつでも思い出せる楽しい思い出がいつまでも君らの胸の中にあれば、実質君らはいつまでも一緒にいることと変わらないだろう?」

「へえ、面白いこと考えるね。思い出、かぁ…具体的にはどんな?」


 ロゼは、そこまで考えていなかった。


「そ、それは明日のお楽しみと言うことで」


 全力の愛想笑いでお茶を濁す。訝しむような夏南の目線が彼を貫いた。


「じ、じゃあまた明日っ!!!」


 不思議な少年はそれだけいうと走り去ってしまう。


「……何だったんだろ」


 まるで嵐みたい。夏南が呟いた。勿論アイドルの方のことではなく、天災の方のことである。

 こっちは友人との別れについてずっと悩んでいたのに、あんなのにあったらなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。


「ははっ」


 ──ま、いっか。夏南は一人で笑った。




 明くる朝、八時零分。


「やばいいいいいっ!!」


 市内五ヶ所で同時に叫び声が聞こえる。なんと、それに続くドタドタという生活音まで同じなのだから驚きだ。


「行ってきまァす!」


 五人の中で最初に家を飛び出したのは荻村慶。流行りのヒヨコの飾りをつけた可愛らしい自転車にひょいと乗る。


「あんた、次のバス待ってたら遅刻確定でしょ!?自転車乗って早く行きな!!」


 二人の声に続けて二人の少女が家から飛び出す。

 優奈は白の、ももは青緑の自転車に乗り込む。くすみカラーというのだろうか、イマドキな自転車だ。


「まずいまずい宿題がまだ終わってないいい!!」


 悲痛な叫び声と共に家を飛び出したのは七海夏南。銀色の王道系自転車に乗り、カバンをカゴに無理やり突っ込む。


「……よく考えりゃ、昨日はもっと遅く家出たわ」


 岳は落ち着いて家を出、黒の自転車に乗る。

 ──五人の自転車の車輪は、同時に回りだした。

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