第29話 十三番目に映りしは笑う悪魔

「マジでここどこだ? 真っ暗でなんにも分からん」


 うつ伏せになっていた彼女が目覚めた先に映る空間は暗闇そのものだった。

 しかし自身の身体はハッキリと見えるため、単純に暗い場所というわけでも無さそうだった。

 彼女はここが何処なのかという疑問を持ちながら辺りを見渡すと、背後に先程の巨大な鏡があることに気づく。


「ん、んお!? 鏡!? なんで……いっいや、これはアタシを吸い込んだ鏡か」


 彼女は背後にあった鏡を良く調べようと思い立つ。


「もっかい触れれば何とか出れるか?」


 そう考えながら鏡を良く見てみると、そこにはうつ伏せになった自分とそれに寄り添うグリル、そして謎の男に立ち向かい礼をする京極凛風きょうごくリンファの姿が写っていたのだった。


「って!? 何か知らん男と凛風リンファの野郎が戦ってやがるのが見えるぞ!!」


 それに気づいた彼女はこうしてはいられないと、鏡に触れるだけでなく無理矢理にでも通ろうと自身の肉体を鏡へ押し付けて密着する。


「く、うぐぐぐぐぐぐぐ……。はぁ、無理だコレ」


 しかし、鏡を通り抜けることは出来なかった。どうしたものかと彼女は手をこまねく。


「これじゃあ助けに行けねぇじゃねぇか」


 その時だった。彼女の後方から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「そんなことより、自分の心配をした方が良いんじゃないか?」


「ッ!? 誰だ!」


 彼女は驚きながらも声のする方へ振り向いた。するとそこに居たのは他ならぬ彼女――神閤紅音かんごうあかね――であった。


「て、テメェは……アタシ?!」


 そう言うと、もう一人の彼女は不敵に笑いながら彼女へ話しかける。


「そうだよ。お前はアタシ、アタシはお前だ」


「ふ、ふざけるなよッ! そんな事あって堪るか!」


 彼女はその言葉を否定するも、もう一人の彼女は奇妙な返答する。


「何を拒むことがあるんだ。この世界は実に自由な世界だ。魔法や魔物……それが生きとし生きる世界で自分が二人いようと三人いようと大した事ではないはずだろう?」


 その言葉に彼女は何を言っているのかまるで分からないといった顔をする。


「大した事だろ!! 何なんだお前……」


 彼女がそう若干呆れていると、もう一人の彼女は何かを諭すように聞いてくる。


「気づかないのか?」


「何がッ」


 打破できぬ不穏な状況のせいで彼女は焦りからか、若干の苛立ちを含んだ口調で聞き返すだった。

 そしてもう一人の彼女の口からとんでもない言葉が飛び出てきたのだった。


「お前はもう死んだんだよ」


「……は」


 その言葉を聞いた彼女の瞳孔は思わず大きく見開いてしまう。そしてその言葉を到底受け入れることなど出来ず戸惑う。

 そんな軽い放心状態になった彼女に構わず話を続いていく。


「何度も言わせるな。お前はもう死んだんだ」


 もう一人の彼女は表情一つ変えること無くそう言ってのける。

 未だ整理のつかない彼女はそれに反発する。


「な、何言ってんだ。アタシはまだ……」


 そんな彼女の言葉を遮ってもう一人の彼女は彼女が先程まで見ていた鏡を指差して喋り始める。


「そこの鏡を見たろ。その先に居るのは死体となって転がったお前自身だ」


「……ッ!!」


 そうそこには確かにうつ伏せとなってピクリとも動かない自分自身の肉体が地べたに転げ落ちていた。


(本当に死んだのか……い、いやそんな事はありえない! 認めたくねぇ……だが、否定できねぇ)


 確かに今の今で死んだと、そう告げられてすぐに信じられる者はいない。だが、鏡の先に映るのは自分自身の身体……そしてグリルといった他の人々。

 そして自分が今居る場所を考えれば死後の場所と考えたっておかしくはない。今の彼女に自身の肉体的安否の確認など取れるすべは無い。

 そんな彼女にもう一人の彼女は手を差し向ける。


「さぁ早くこちらへ来るんだ。もう戻れやしないのだから」


 そう怪しく語りかけるもう一人の彼女の言葉を彼女は突っぱねる。


「そんな事出来るかよ! それにそう簡単に認めて堪るかッ!! あそこにはまだグリルが……」


 現世に対する未練がましい思いを聞き届けたもう一人の彼女は、彼女の言葉を遮る形でとある提案をしてくる。


「だったら一つ方法がある」


「何だよ急に……方法だ?」


 彼女を死んだものとして冷たく話しかけてきたもう一人の彼女が、突然彼女に寄り添うな言葉を投げかけるのだから、彼女としてもそれに不信感を覚えざるを得なかった。

 だがそれにかまけることもなく、もう一人の彼女は話し始める。


「そうだ。お前がもしも生き返りたくばアタシの手を取るんだ」


「お前の手を?」


 彼女は目を細め、眉間に少しシワを寄せながらをそう聞き返す。


「そうさ、二度も言わせるな。アタシの手を取ればお前の望みを叶えることが出来る」


「さぁ手を取るんだ。そうすればお前はグリルを救うことだって出来る」


 その手に誘われるが如く、彼女はふらり、ふらりと無言で近づいていく。

 もう一人の彼女はその様を見届けながら怪しく呟く。


「そう……それでいい」


 もう一人の彼女の下へ近づいていく彼女は直前で立ち止まり、その手を取る前にもう一人の彼女へ話しかける。


「一つ聞いていいか」


「なんだ?」


 その問いにもう一人の彼女は訝しみながらも質問を受け入れる。

 そして彼女は少々突拍子もない質問をし始める。


「アタシの髪色は?」


「は? 赤紫色あかむらさきいろに決――」


 その瞬間! 彼女の右拳から俊敏な右フックが繰り出され、もうひとりの彼女の顔面に直撃する!


「ぶへぇッ!!」


 彼女によって唐突に殴り飛ばされたもう一人の彼女はその衝撃にのって後ろへ倒れ込む。

 そして殴り飛ばした彼女は予想通りと言わんばかりに喋り始める。


「やっぱりな! テメェ、アタシ自身じゃないな! 胡散臭過ぎるんだよ!!」


「大方、アタシをここに引きずり込んだ張本人ってところか?」


 彼女にその正体を見破られてしまった偽物の彼女は殴られた場所を自身の手で抑えながら、彼女へ怒号を飛ばす。


「な、何故分かった!? 何も間違ってないはずだぞ!!」


「うるせぇ!! アタシはこの髪色をいつもマゼンタ・・・・つってんだよ、バーカ!!」


 彼女は偽物を出し抜けたと、ざまぁ見ろと言わんばかりに自信満々に言ってのける。

 自身の問いにそう答えられた偽物の彼女はゆらりと立ち上がりながら文句を垂れる。


「マゼンタだぁ? 聞いたこともない言葉で表現しやがって……」


「さっさと正体を現せよ。もうそんな虚仮威こけおどしは効かねぇぜ」


 彼女は自身の姿を取るのはもう止めるように言う。がしかし、偽物の彼女は不敵な笑みを交えてそれを拒否する。


「……へへへっ。いいや、その必要性はない」


「何?」


 先程までとは一変した様子に彼女は驚くも、構わず偽物は続けて喋る。


「お前は僕の顔とはいえその手で触れたんだ……。その殴った手を見てみるんだな」


 そう言われた彼女はチラリと先程使った自身の手を見る。するとその手は……。


「うおお! て、手がッ、バラバラに崩壊してやがる!」


 彼女の片手は指先の尖端からまるで塵になっていくかのようにバラバラに霧散していく。

 その様を見届けながら偽物は悠長に独り言を喋り始める。


「あのまま上手く行けば、楽ぅにその魂を打ち砕けたんだけど……。まぁしょうがないか、別にこういう事態は何も初めてじゃないしね」


「ど、何処まで消えて無くなるんだ!」


 消えゆく自身の手を眺めながらその不安に駆られる彼女は少しでもどうにかならないものか、崩壊する場所を抑えつけたりと試行錯誤するもどうにもならなかったが、彼女の手の崩壊は前腕の半分まで来たところで静まった。

 それを見届けた偽物は不満げに呟く。


「前腕の半分か……まぁ接触時間はほんの一瞬だったし、こんなものか」


「クソッ! だが痛みを感じねぇのが唯一の救いか……!」


 失った腕の痛みが無いことに少し安堵していると、偽物は余裕綽々よゆうしゃくしゃくと挨拶をし始める。


「僕の名前はケイル。【十三番目の悪魔サーティーンデーモン】という世界異能を持つ者さ」


 その言葉を聞いた彼女は目を見開いて驚愕する。目の前に居る奴は彼女と同じ世界異能の持ち主であることに。


十三番目の悪魔サーティーンデーモン?! いやそれよりも世界異能だと!?」


(そうか! アタシがこの鏡の中に居る理由は魔法でも何でもねぇ……世界異能による能力のせいだったのか)


 彼女がそう納得している様を見た偽物は彼女が世界異能について知っているのではないかと気づく。


「ん? その反応……。もしかして何か知っているのかな?」


「もしかしても何もねぇよ! 何でだ! 何故アタシを襲う! その力を持っているということはアタシと同じ世界から来た人間なんだろ!? どうしてこういう使い方をするんだ!」


 彼女は大声で抗議する。ナット・ガインもそうだが幾ら異世界とはいえ、前の世界と比べて生と死がより身近にあるような世界とはいえ、どうしてそう簡単にそういう事が行えるのか? しかも楽しげな様子でいられるのか甚だ理解に苦しむものだったのだ。

 だが、彼女の抗議も虚しく散ることになる。何故か? それは……。


「はぁ? 同じ世界だぁ? わけのわからないことを……あぁそういえばあいつ・・・もそんな事を言ってたような……? まぁどうでも良いけど」


 その言葉を聞いた彼女は少しの困惑の中、考える。


(何だと? アタシと同じ人間じゃないのか? ……そういやミニルの野郎も祖父がどうとか言ってたな。……つまりこいつと同じ異能を持つ先祖が居て、先祖返りみたいに相伝されたってわけか?)


「何にしても、それを人殺しに持っていこうとするのは理解しかねるがな! 【エル・ドラード】『金触きんしょく』ッ!!」


 何がどうであれ、今は自分の身を守らねばと彼女は床に手を触れて能力を発動しようとするが……。


「あ、あれ? なんでだ? 金に変わらねぇ!」


 幾らやっても、どう念じても彼女は能力を発動することは出来なかった。

 そんな慌てた様子を見ながら偽物は合点がいったとばかりに笑う。


「ははは。そうだったのか! 情報じゃあただの女だと聞いていたがそうか……。お前も世界異能の使い手だったんだな。通りでまぁ……」


「くっ! どうして発動しねぇんだ!! こんな時に不調だっていうのかよ」


 能力の不調を疑う彼女だったが、偽物はわざわざそれを否定する。


「無駄無駄。先程も言ったろ? 今の君は魂だけの存在……つまり、例えどんな能力を発動しようともここじゃ何も起きるはずが無いのさ」


「へっ、随分と親切に教えてくれるじゃねぇかよ」


 彼女がそのように言うと偽物は余裕の笑み浮かべて自信満々に答える。


「そらそうさ! 君は既に僕の能力の術中にハマっているんだ。もう助かりはしないよ」


「けっ! アタシの顔で勝ち誇りやがって! ムカつく顔だぜ!」


 偽物のすでに勝利を確信している様に彼女は自身の顔であると分かっていつつも苛立ちを覚える。


「だがこうなりゃ、逃げてひとまず時間を稼ぐだけだ!」


 世界異能が使えない今、まともに戦える相手ではないと判断した彼女は距離を取る作戦に出たのだった。


「……」


 彼女は逃げるも、肝心の偽物は不気味にもピクリとも動くことはなかった。


「あぁ? 追って来ねぇぞ? どういう……イィッ!!」


 彼女は自身の進行方向から反対側に偽物が居るのをしっかりと確認した。

 しかし、次の瞬間には彼女の後方ではなく前方に居たのだった。


「残念だったね。そう簡単に逃げれはしないよ!」


 そう言い、彼女の目の前に現れた偽物は彼女に触れんと迫りくる。


「クソ! いつの間に!」


 彼女は驚愕しつつも急いで後ろへ方向転換する。


(どういうわけだ! アタシはあいつから一目散に逃げてたはずだ。それなのになんでもう目の前に居んだよ!)


 彼女の心の中で湧いていた疑問に偶然にも答えるかのように偽物は言ってのける。


「言ったろ? ここは僕の世界だ。逃げられるはずがないというのが、まだわからないのかい?」


「ああそうかよ!」


 そう煽られるも、今の彼女は逃げつつもこの状況をどう打開すべきか思考しながら彼女は右も左もわからない暗闇の世界を淡々と走り抜け続けるのだった。


(……なんでコイツがもう目の前にいたのかは分からねぇが、先程の発言に嘘を吐いている事くらいは分かる。もし本当にコイツの言う通りだとするならば、わざわざアタシのことを言葉巧みに騙そうとする必要はなかったはずだ。つまり、コイツは意図的にこういう争いになることを避けていたという事の何よりの証拠だ)


 彼女は偽物がわざわざあのような行動出てきた理由は必ず何かのヒントになると……。


(今までの小競り合いから実力は恐らくアタシと拮抗する程度。身体能力は恐らくアタシと同様、あまり優れてはいないようだ。……だからこそトンデモねぇ速さで追いついたとかじゃない、何かタネがあるやり方でアタシの目の前に現れたに違いない! ……だが一体それは何なんだ?)


 彼女がそう考え込んでいると、後方から追いかけて来ている偽物が怒号を飛ばしてくる。


「いい加減諦めろ! こっちも無駄に疲れるんだよ! どんなに走ったところで、この鏡の世界からは絶対に出られやしないんだからな!」


 この時、彼女は偽物の発言にとある違和感を覚える。


(今思ったが、アイツは仕切りに鏡の世界と言うが……何だか違くないか? いや確かに鏡を通ってこの世界に来たのだから『鏡の世界』と、そう呼んでも別に変とは言えないが暗黒空間とか狭間の世界とかもっと表現のしようはあるはずだ。何故それにわざわざ拘る?)


 彼女は自身が感じた違和感による疑問に確信は無くとも何処となく気になり始める。


(さっきの瞬間移動みたいにこの世界を自由自在に操れるなら地面が沈んだりとか、夢の世界みたいに色々登場してきたりしてもおかしくないのに何故かそれをしない。いや出来ないのだとしたら? ……まさか、アタシだけなのか? ここが真っ暗な世界に見えるのは――)


 その時、彼女は何かの気配を感じ取り思わず立ち止まってしまう。


「――ッ!!」


 思考中の彼女の目の前に突如として現れたのは先程の鏡だった……いや、正確に言うならば鏡が突如として現れたのではない。鏡のある場所まで彼女自身が自ら戻ってきたというのが正しいと言えるだろう……。

 無論、この事に彼女は驚愕する。


(アタシの後ろに鏡だと! いつの間に……いやアタシはかなりの距離を移動したはずだ。それなのにここに鏡があるのはおかしい……そしてアタシはつい先程似たような経験をしていたッ!! つまり! ここから導き出される答えっつーのはッ!!)


「ここは真っ暗な世界なんかじゃない。同じだ。先程のダンジョンの通路と同じなんだ!」


 先程の瞬間移動のタネは現実の世界で起きているループ現象が鏡の世界で起きているだけだったのだ。

 彼女はその事実に気づくことが出来た彼女はそう確信する。


「つまりここは鏡で左右が反転した世界であり、今のアタシには何らかの魔法か何かで真っ暗な世界に見えているってわけか……」


 そのように思う彼女であったがしかし、彼女の目の前の鏡から声が聞こえて来はじめてしまう。


「気づいたようだが……もう遅いッ!」


「ッ!! しまっ――」


 またもや鏡から偽物が現れ彼女に飛びかかる。それを彼女は咄嗟に両腕で防ごうとするも虚しく、偽物に見事突き飛ばされてしまう。


「くッ! ガハァッ!」


 突き飛ばされた彼女は壁にぶつかってしまう。そして防ぐのに使ってしまった腕の一本は肩まで完全に崩壊し、もう一本は二の腕の半分まで崩壊してしまった。


「両腕欠損ってところだな……。鬼ごっこはもう終わりだ」


 偽物は彼女の目の前まで来てそう告げた。最早逃げることは出来ない。立ち上がって逃げようとするものなら頭を捕まえられてすぐにお陀仏となることが彼女の脳内でも容易に想像できるほどであった。


「クソがよ……」


 そう睨みつけて反抗的な態度を取り吐き捨てる彼女だが、その内心では最早諦めの境地だった……。


 ◆


 時間は少し戻りて、グリルが紅音を呼び起こそうと必死に叫んでいた。


「紅音! 紅音! 起きてよ!」


 だがうつ伏せとなってピクリとも動かない彼女の身体はどうと反応することはなかった。


「どうしよう……。凛風リンファさんは戦っているし……私は一体どうしたらいいの?」


 グリルは必死に考える。今の自分は一体どうしたら良いのかと……そう思い悩む彼女の目に、ロブスターが鏡を眺めているのが見えた。

 それを見た彼女は思い出す。紅音は倒れるまでこの鏡を眺めていたのだということに……。


「紅音はこの鏡を見ていた……そしてこうなっちゃった。どうして? 魔法? あの男の人がどう関係しているの?」


 彼女は鏡こそが紅音をこのような状態にさせた元凶なのではないかと疑い、再び鏡を調べ始める。


「鏡……もしかして何かが居るの? この鏡の中に……」


 その時だった。彼女が眺めた鏡の十三番目の反射の先にいる自身の姿を捉えたのだった。

 不気味に笑みを零す十三番目の自身の姿に彼女は思わず反応・・してしまう。


「ヒィッ!」


 すると鏡は歪み、笑う鏡のグリルが本物のグリルを鏡の中へと引き込んでしまう。


「え? え? 何、何?」


「うあああああああ! 紅音ぇぇえええ!! たすけ――」


 恐怖と不安で困惑する彼女だが、否応なく身体……いや彼女の魂は鏡の中へと吸い込まれていくのだった。


 そしてグリルが目が覚めたその先にあるのは暗闇で包まれた世界だった。


「う、うぅぅ。ここは?」


 目覚めた先にあるのは暗闇しか無い世界。

 そして彼女はここが何処なのか何気なく辺りを見渡すと、とある人物をすぐに発見できた。


「!! アレは紅音?! でも二人いるのはどうして……」


 彼女が見つめた先には紅音が居た。しかしそこには二人いるのだった。座り込んでいてかつ腕が無い紅音と、それを目の前で見下ろす紅音。一体どちらが本物なのか……どうして二人いるのか、すぐには理解できなかった。


(何が何だか良くわからないけど、このままただ眺めてたら何かを失ってしまう気がする! 助けないと!)


 彼女は何が何だか理解できずにいたが、このままでは何か良くないと感じて咄嗟の行動に出るのだった。


「う、うあああああああああ!!!」


 そう叫びながら彼女は腕の有る方の紅音に飛び掛かって襲い、突き飛ばそうとするのだった。


「あ? て、テメェどうし……グフッ!」


 腕が有る方は突然現れた彼女に困惑し、そのまま勢いで突き飛ばされてしまう。


「ぐ、グリル!? お前どうしてここに……」


 腕の無い方……本物の紅音も驚く。どうして彼女がここに居るのかと……だが偽物の邪魔をしたということは他ならぬ本物のグリルだということは直感で理解できた。

 そしてグリルは紅音に話かける。


「紅音?! こっちが本物だよね? ていうか大丈夫なのそれ!?」


「ああそうだが……お前それよりも身体大丈夫か!? どこか崩壊するんじゃ……って」


 彼女はグリルは奴に思いっきり触れた事で崩壊を恐れる。がしかしそれは杞憂に終わり、触れたというのに彼女の身体の崩壊は全くもって始まらないのだ。

 その事実に彼女は驚きながらも、とあることに気づく。


(崩壊していない?! 一体どうして……そうか! あいつがわざわざアタシの姿をしている理由は所謂ドッペルゲンガーみたいなもんか!! だからグリルの姿じゃないアタシの姿の状態だったから崩壊はし始めないのか)


 魂の崩壊の条件を理解した彼女はそれをすぐさまグリルに告げる。


「いいかグリル! あいつに触れる時は絶対に自分と同じ姿の部分は触るんじゃないぞ! でないと今のアタシみたいになっちまうからな!!」


「えっ……どういう」


 グリルは突如として告げられる言葉に困惑する。

 そして突き飛ばされた偽物――彼は起き上がり、彼女たちを睨みつけながら頭の中で文句を垂れ始める。


(クソがっ! まさか今になってあのガキが入ってくんのかよ。……僕の能力はあくまで鏡合わせになった二枚の鏡を出現させ、その間にいる生物が十三番目に映る自身を目撃し、少しでも反応を示したら強制的に引き込み、魂だけの状態になった対象に触れることで魂だけを殺せる能力。……クソほどに使い勝手が悪いからライルと協力することでその弱点を補っていたし、いつもは標的が一人の時を狙っていたのもあってこれは完全に想定外だ!)


「なっこれは……半々だと!?」


 そう文句を垂れながら彼は自身の肉体の異変に気づく。それは鏡の世界に入った対象が複数いることで、彼の身体に反映される鏡写しの姿に異変が生じ、神閤紅音かんごうあかねとグリルの肉体が縦に半々の状態で反映されてしまったのだ。


(鏡写しになれるのは俺だけ……そして対象は今は二人。だからって半々かよ!? ふざけやがって、とことん不便な世界異能だ!!)


 またもや彼は文句を垂れる。そしてその間に彼女たちはここからの事を話合うのだった。


「いいかグリル? お前はアタシを、アタシはお前の部分を攻撃する。 奴を二人でボコボコにするんだ」


「うん! 分かったよ紅音。頑張るね!」


 そう互いにだけ聞こえるような小声で彼女らは軽い打ち合わせをする。

 そして紅音とグリルの声が入り混じった声で彼は喋る。


「はぁ……はぁ……調子に乗りやがって……」


 そう痛みで息を切らしながらも彼は冷静に頭の中で自身の勝ち筋を分析し始める。


(鏡写しの存在になるということはそいつとほぼ同じになるということ、身体能力といった部分は全てその対象に依存する。だが今の僕の姿は半々でばらつきがあり、どちらもまともに戦える人物じゃない……。数の差で不利だし、僕自身に戦闘センスや格闘技術が備わっているわけじゃないから勝てっこない)


 彼は賞金稼ぎにおける活動では、自身の能力とライルに頼り切っていたため、戦闘にてしっかりと戦える実力も経験もないのだった。


(だからこそ能力を解除してこの二人を解放するなら僕は助かるだろう。だがそんなことをしたらこいつらは確実に鏡を避けるし、何より今戦っているライルに全てを押し付けてしまう。もうただの腰巾着は嫌だ! あいつはそれでいいとは言うが僕はそれにこれ以上甘んじてられるか!!)


 まともに戦えない彼だからこそ、彼はライルの腰巾着として活動せざるを得なかった。魂を抜き取れば後はその肉体を殺す、もしくは生け捕りにすれば良かったというのもあり、ライル自身はそれほど彼が腰巾着状態であることにさほど不満は無かったものの彼自身はそれがいつも不服だった。


(僕にだってプライドはある! それに何よりも、目の前の相手は両腕が欠損した奴とただの子供。そして僕はその二人に触れさえすればいいんだ。触れさえすれば僕は勝てる!)


「絶対にィッ! 粉々に打ち砕くッ!!」


 そう決心した彼は両腕を大きく広げて獣の如く襲いかかり始める。


「うらあああああ!!!」


 そう叫びながら差し迫ってくる彼を待ち構える二人は息を合わせ始める。


「いっせーのッ!」


 二人は大きく攻撃の体勢をとり、タイミングを合わせるかのように攻撃を繰り出す。


「「セイッ!!」」


 グリルは紅音の部分を殴り、紅音は腕がないので残った足でグリルの部分を蹴り飛ばした。


「うグっ! ……おぉっ、……グハァッ!!」


 二人から強烈に浴びせられた攻撃により、痛みに対する耐性がない彼は少し後ろへ後ずさりながらも、そのままうつ伏せに倒れ込み気を失ったのだった。


「はぁ……はぁ……これで何とかなるか? って、うお!」


 彼が気を失いったおかげか、彼女が失った腕が生え始めるのだった。

 そしてそれと同時に直ぐ側にあった鏡にヒビが入り、彼女たちを物凄い勢いで吸引し始める。


「ううおおおおおおお!!」


「あ、紅音えええ!!」


 この鏡の世界の主を倒したことで二人は無事に鏡の世界から解放されるのだった……。


 同時刻。突如としてその鏡にヒビが入り、完全に割れる音がその空間全体に響き渡った事により現実世界で戦っていた二人もこの異変に気づく。

 倒れ込んでいた彼女たちは意識を取り戻して目を覚まし始める。

 そして割れた鏡の破片は光の粒となって消え失せていくのだった。


「何ッ!?」


 ライルは驚愕する。ケイルの能力であれば一度術中にハマった敵は必ず仕留められる能力だと認識しているため、彼の心の中における直面した事実によるショックは相当大きいものだった。

 そしてそれにより、彼には大きな隙が出来てしまう。その隙を逃すこと無く、凛風リンファは彼を天井に打ち付けるほどの威力で殴り飛ばす。


「ゴハッ!!」


 隙を突かれた彼はものの見事に天井までぶつかり、そのまま落ちていった。


「ぐっ……クソっ何故だ? 一体どうやって……」


 彼は未だ現状を理解できずにただただ困惑していた。

 それに対し凛風リンファは一段落終わったと言わんばかりに息を吐くのだった。


「ふぅ……。どうやらあっちはあっちで何とか出来たみたいだね」


 目を覚ました紅音が声を上げる。


「……おお! 戻ってこれたみたいだな! ……って何かそっちは解決した感じか?」


「そんなところかな? まぁでも、彼に戦う意志がまだあるのなら話は別だけど」


 彼女たちの会話を聞いていた彼は全てを理解する。自分たちは負けたのだと。


(まさかケイルの奴がやられたのか……。俺には最早どうしようも出来ない、完敗だ)


「あいつがどう負けたのかは分からないが……最早ここから勝つことは不可能。殺すなら殺すといい」


 彼は負けを認める旨を彼女たちに伝えた。それに凛風リンファは反応する。


「そうだね……ああでも、確か君の能力とやらの説明をしてもらわないとね」


「その話か……。それを話せば命は助けてくれるのか?」


 彼は試しに助命を乞うてみるが凛風リンファはそれをはぐらかす。


「さぁ? 取り敢えずは話してみたほうが良いんじゃない?」


「……分かった。先程語った異能とは世界異能と呼ばれるものだ」


「ッ! こいつも世界異能持ちなのか!? ……よく勝てたな」


 紅音がそう驚くと彼は彼女が同じ世界異能者であるということを察する。


「その口振り……そうか、お前も世界異能を持っていたのか……通りで」


「? どういう意味だよ」


「お前には二十万セールほどの懸賞金がかけられている。俺とケイルは賞金稼ぎでその賞金目当てにお前を襲った」


「二十万セールだって!? つーことは二百万円ってわけだろ? 何でそんな大金がアタシに……」


 彼女は自分の見知らぬところで大金の懸賞金をかけられていたという事実に驚愕する。

 彼はそれに続くようにその詳細を話し出す。


「懸賞金を出したのは邪悪の秩序イビル・オーダーと呼ばれる裏社会きっての大組織だ。お前があいつらに何をしでかしたかは知らんが、俺達のような人間にはまさしく格好の餌だ。……だが世界異能を持っていると言うのならば話は変わってくる」


「どうしてだ?」


 彼女の純粋な疑問に彼は一息置いて再び語りだす。


「詳しい意図までは測りかねるが、恐らくお前の能力の詳細について知りたかったのだろう。……端的に言えば俺達はお前の能力という情報を引き出すための捨て駒でしか無かったというわけだ」


「まじかよ。そんな如何にもヤバそうな組織にアタシは狙われてたっつーのか」


 彼女が思っていた以上に事態は悪化していることに衝撃を受ける。

 しかし世界異能について何も知らない凛風リンファは割って入る形で聞き出す。


「それで? 私的には世界異能が何なのか知りたいところ何だけど」


「……世界異能について俺もそこまで詳しく知っているわけじゃない。だが、一つ言えるのは俺とお前はこの世界とは異なる世界から来たものが手にすることが出来る能力らしい……。何故手に入るのか? そこまでは分からない」


 彼はその全てを分からないと語るが、少しでもその答えのヒントになるかもしれないと自身について詳しく語り始める。


「ここから話は少し変わるが、俺がこの世界に生まれ落ちて十数年経った頃に前世と言うべきか、以前の俺の記憶が呼び覚まされたのだ。だがその時はそれだけの事だったし世界異能については自覚はしていなかった」


「そしてそれから時は経ち、俺は前世の記憶を活かして革職人の仕事についた。だがその頃、店に回護料と呼ばれる一種の店の防衛費を差し迫ってくる輩が訪れた。そいつらは裏社会の連中が運営する組織だったようで俺と周辺の奴らもそれに従わざるを得なかった。従わず払わない奴には相応の制裁という見せしめが行われた」


「ひでぇ話だな」


 紅音は思わずそう呟いてしまう。彼も概ねその気持ちに賛同するかのように応える。


「ああ、だが世の常は弱肉強食。俺だけじゃない、他の奴らも同じく苦しんでいたのは変な話、救いと言えた。高額になっていく回護料と膨らむ借金に困り果てたある時に俺はとある本に出会い、それで初めて俺は自身のもつ世界異能について自覚することが出来た」


「俺の世界異能は【継接奪取つぎはぎだっしゅ】。殺した相手の身体の一部を使うことでそいつの力を使うことが出来るという代物だ。力というのは魔法であったり、剣の技術であったりとするものだ」


 それを聞いた紅音は引き気味に感想を漏らす。


「おいおい、かなり物騒な能力じゃねぇかよ」


「ああ、俺もそう思う。どうしてこんな能力なのか……単に革職人だったからなのか。正直なところよく分からないが……まぁそういうものであまり気持ちの良いものではなかったが、この力のお陰で色々と助かった時もあるのは事実だ」


「それじゃあ身につけている革装備は今まで狩った賞金首のなれ果てってわけかい?」


「ああその通りだ。悪い奴のもあればそうでない奴のも関係無くだ。俺は賞金稼ぎだが、ただの賞金稼ぎじゃない。債務者型の下っ端実行部隊、その中でも異能を持ちかあるいは単に実力のあるやつが集められた部隊というのが俺達『邪悪の秩序イビル・オーダー実行組織傘下の筆頭賞金稼ぎ』、またの名を『トレジャーハンター』だ。故に仕事は選べない」


「なるほどな。……なぁ、どうにかそいつらから逃げる方法とか無いのか?」


 紅音は今後のために一縷いちるの望みをかけて彼へそう質問する。

 しかし生憎あいにく、返ってくる返事は彼女の望んだものではなかった。


「……俺の知り得る限りじゃ、そんなものはありはしない。あいつらは俺達庶民には想像もつかないほどに色々な場所や人間と繋がっている。その木の根と言うべき張り巡らされたものはそう簡単には切れないし、逃れることはできない」


「そうか……」


 どうすることも出来ない絶望感に駆られる彼女であったが、それに構うこと無く彼は彼女たちに質問する。


「聞きたいことはこれで全部か? それで俺をどうする? 殺すか?」


「い、いや流石にそれは――」


 「そこまではしない」というような言葉を言おうとした彼女であったが、その言葉を遮る形で凛風リンファが喋る。


「ああそうだね。殺すよ」


「えッ!? おいおいそれはちょっと……やりすぎじゃ」


 彼女は凛風リンファを止めようとするも、それに冷めきったような表情を浮かべる凛風リンファは少しため息を吐きながら応える。


「はぁ……ずいぶんと甘いことを言うね。話を聞いてなかったのかい? 彼は組織に縛られた『犬』なんだよ? 君や私の情報を喋れと言われれば喜んで喋るしか選択肢は無いんだよ? そんな奴をみすみす逃したら逃げて隠れるどころかあっという間に捕まって殺されちゃうよ? それでいいって言うのかい?」


「っ! いや……それは」


 彼女の否定したくても否定できない様を見た凛風リンファは、彼女がどういう経緯でこうなったかを薄々感じ取り始める。


「……全く呆れるね。その様子じゃあどうせ目をつけられたのも何か厄介事に巻き込まれた口だろう?」


「うぐっ!! まぁ……そうだ」


 図星を突かれた彼女は気まずそうに肯定した。


「そうだろうと思った。でも君がそういうのをあまり望まないにしても彼を放置したら良くないのは分かるだろう? 代案でもあるのかい?」


 凛風リンファのその言葉に彼女は少し思い悩みながらも、目をキリッとさせて何か決心でもついたかのように答えた。


「……ああ、ある」


「そう……それで?」


「アタシがその組織をぶっ潰すっ!!」


 彼女の突拍子もない発言にその場に居た人間は驚愕せざるを得なかった。それにより先程まで冷めきったような顔をしていた凛風リンファの口元は少しだけほころんだ。


「おやおや、これは……随分と大見え切ったね。ちなみにそれはどうしてだい?」


「どうせアタシにも逃げる場所がないんだ。だったらその組織をなんとかするしかないってことだろ?」


「短絡的だが……まぁ間違ってはいないよ。でもそんな場当たり的な言葉じゃ説得できないよ。私にも、そして彼にも」


 凛風リンファが未だ説得に欠けると言うと彼女は自身の能力を明かし始める。


「アタシの世界異能は【エル・ドラード】っていうやつで能力は触れたものを金に変えるという能力だとアタシは認識している」


 その言葉を聞いた彼が誰よりも驚き、思わずそのまま喋り始めてしまう。


「何!? 触れたものを金に!? ……なるほどな、確かに二十万セールの価値は……いやそれ以上だ。奴らがそれを知っていたのかどうかは分からないがな」


 彼の言葉に続く形で凛風リンファも喋りだす。


「なるほど……にわかには信じ難い話だけど、それが本当なら強力だね。だけど相手も君と同等かそれ以上の強敵だと思ったほうがいい。その上で戦うのかい?」


 凛風リンファは戦闘自体は終わっているというのに未だ抑えることのない龍の如き瞳を持ってして、彼女の覚悟を試すかのようにギロリと睨みつけた。

 それに臆すること無く彼女は答える。


「ああ。出来ればそういう道は選びたくなかったが、アタシとグリルの命を守るためにはもうそれしか選択肢が無いとそう考えただけだ」


「なるほど。守りたい者のために立ち上がるか……いいね。凄くいいね」


 彼女の言葉に大いに満足したのか、凛風リンファはそう言葉を漏らした。


「さて、彼女の覚悟は少し場当たり的なものかもしれないけど、立ち向かうには十分な理由を備えている。君はどう判断する?」


 凛風リンファの問いに彼は少し考え込むも、その提案を受け入れることにした。


「……ああ、分かった。だが一ついいか?」


 彼は紅音に向かってそう言った。無論、彼女はそれが何かを聞く。


「なんだ?」


「お前の名前を聞かせて欲しい。この心に刻んでおきたいのだ」


 そう言われた彼女は自身の胸に親指を突き立ててこう述べる。


「ああいいぜ。アタシの名前は神閤紅音かんごうあかね! 世間一般で言うところの落伍者でしかないが、アタシはやる時はやれる女だとそう自負している!」


「そうか、神閤紅音かんごうあかね……か。俺には少々眩しすぎるな」


 魔に手を染め、暗がりに身を投じてしまった彼には未だ綺麗なままである彼女を見て、自身の暗がりに嫌気が差してしまうのだった。


「さてそれじゃあ、君に免じて彼を殺すのは止めておくよ。彼は敵から友と成った。友を傷つけ、殺すことは出来ないからね」


 凛風リンファも彼女の意に従うことを選択した。

 取り敢えず問題が解決したので、あまり気は進まないが彼女は当初の目的を果たすために三階層へと進むのであった。


「んじゃま! アタシは当初の目的だった魔物を倒してその素材を集めなきゃならないからな。……精神的には疲れたが、肉体はまだ元気だしさっさと行くか!」


 そう言い放ち、彼女は先へ進んでいったのだったが、それに続くこと無く凛風リンファたたずんでいた。


「全く切り替えが早いね。ここから辿るであろう道は修羅の道だと言うのに……それで最後に君に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「何だ?」


「どうして私達がここを通るって分かったんだい?」


「……それは――」


 ◆


「よぉ! 待たせたな!」


 魔物素材を集めきった彼女たちは『カイザール魔術付与エンチャント工房』に訪れたのだった。


「お? 何だお前ら生きてたのか。てっきり魔物に食われてたと思ってたぜ?」


 そう軽口を叩く店主だったが、紅音はそれを流す。


「おいおい、随分と手厳しいな。まぁいいけどよっ……と、ほら言われた通りの素材を持ってきたぞ。なるべく早く頼むぜ」


 彼女は店主が使っているカウンターテーブルの上に魔物素材を置いていく。

 彼女の要望に店主は少し面倒くさそうに答える。


「……まぁ今は他の仕事はあんまし入ってねぇから別に良いけどよ。それでも明日の朝に受け取りに来るんだな。もう夕暮れだ、店も閉まる時間帯だからな」


 あれから時刻は経ち、日が沈もうとする時まで来たのだった。それに彼女はもうそんな時間かと思いながらも店主の言葉を了承した。


「ああ分かったよ。それじゃ明日の朝くらいに来るわ」


「ああ。それまでには終わらせとくよ」


 そして彼女たちは店を後にして宿屋へと向かっていったのだが……約一名、そこにまだ残っている。


「……それであんたは何用だ?」


「やぁ、はじめましてカイザールさん。京極凛風きょうごくリンファです。少しお伺いしたいことがございまして……よろしいでしょうか?」


 礼儀正しい挨拶を終えた凛風リンファは店主に聞きたいことがあるようで、店主はそれを受け入れた。


「……ああ、それで?」


「先程、彼女たちを襲撃した輩がいましてね。彼らはここに来たみたいなのですが、何かご存知でしょうか?」


 彼女は店主にそうわざとらしく質問したため店主はそれを見抜き、素直に認めた。


「……その時点でもう分かってるんだろ? アタシがあいつらの居場所を伝えたのを……で、どうする気だ? それを知って……ただの事実確認とかじゃないんだろ?」


「ええ、話の早いことで……。しかし、私はあなたの動機が知りたいんですよ」


「動機? ……どうせ洗いざらいそいつらに話させた後なんだろう? 簡単な話だ、アタシも奴らの下部組織にあたる高利貸組織の債務者だからだ」


「例の回護料の所為ですか?」


「いや、そうじゃねぇ……この店を立ち上げるにあたってした借金だ」


 ライルのように店主も同じタイプかと思っていた彼女は少し驚きながらも質問する。


「おや、それならばわざわざそんな怪しいところに手を出さずともよろしかったのでは?」


「……それができりゃそうしていたさ。だがな、その借金をしたのはアタシじゃない。アタシはこの店の二代目にあたる。つまり先代がした借金を未だに返済しきれていないのさ」


「それで傀儡と化しているというわけですか……罪の意識はございますか?」


「罪の意識? ははっ! 今更だよ。そんな気持ちはうの昔に捨てたさ」


「ほう。それではどうでもいいと?」


 先程からの彼女の煽るような発言に店主は怒り心頭に達してしまう。


「……さっきから偉そうに聞いてくるが、アタシにどうしろって言いてぇんだ!! オメェみたいな旅して定職に就くわけでも、店や家族を持つわけでもない社会不適合者みたいな連中にとやかく言われる筋合いはねぇよ!! 大体あの女だって目をつけられるような事をしたからああいう目に遭うんだ。自業自得だよ!」


「それはまぁそうでしょうし、ご不快になられるのは当然ですが……あなたもその現状を憂いている。違いますか?」


「あぁ? そらそうだろ。好き好んで犯罪の片棒なんざ誰が担ぐもんかよ。だがそうせざるを得ないのがこの世の中だ」


 すると彼女は店主へとある提案を提示する。


「でしたら差し出がましいとは思いますが、ほんの少しの罪滅ぼしをしてみませんか?」


「罪滅ぼしだ?」


 何のことだと言う店主に彼女はあの事を告げる。


「彼女は今日、とある誓を立てました。それは件の組織に関する問題を解決するというものです」


 その言葉に店主は目を見開いて唖然とする。それは正気で言っているのかと。


「おいっ、そいつはまさか……」


「ええ、そうです。お察しの通りです」


「……本気で出来るとでも?」


「さぁ? それは彼女次第ですね。それでなのですが、彼らに協力したように私達にも是非ともそのお力添えを願いたいのです」


 彼女の言葉に少し興味が湧いたのか店主はどうしたら良いか聞き出す。


「……何をすれば良い?」


「今夜、指定した宿屋にて件の装備品を彼女へ届けに来てください」


 何か考えでもあるのか、彼女が告げたのは明日の朝の受取ではなく今日の夜中に渡して来いというものだった。


「今日中、しかも夜中にか……はっ馬鹿げている。そんな無駄な労力を割いてまでアタシが協力する道理は……まぁ、無くはねぇか」


 店主が彼らに協力したお陰で彼女達の身に危険が差し迫ったのは事実。そんな彼女らに協力するのはせめてもの罪滅ぼしとなるのは間違いはなかった。


「ご協力して頂けるようで何よりです。それでは後ほど」


 そう言い残して彼女は店を後にしたのだった。

 そうしてほんの少し時が経ったところで彼女は独り言をつぶやき始める。 


「……変な女に変な女が絡んできたな。……だがものは試し、まぁやってみるか」


 そう言うと彼女は早速作業に取り掛かり始めるのだった。


「希望でも添えてってか……あんな奴に? アタシも随分と馬鹿になっちまったな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。


ステータス

 名前:ケイル

 世界異能:【十三番目の悪魔サーティーン・デーモン

   詳細:条件が揃った時、対象の魂を鏡の中へと引き込む。

      引き込んだ対象を十三番目の悪魔として対象の姿を取ることで、

      対象の魂を刈り取ることが出来る。

 種族:人間

 称号:なし

 魔法:無習得

 耐性:なし


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【異世界落伍者の黄金卿】ヤニカスヤンキー女は異世界でも飄々と生きる 覚醒冷やしトマト @TomatoMan_TheCool

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