第28話 【ほとりのレカンイル地下迷路】

 神閤紅音かんごうあかね一行は街の近場にある【ほとりのレカンイル地下迷路】へと向かって行った。

 彼女達が調べたところによるとそのダンジョンは地下迷路と名が付くだけあってかなり入り組んだ場所らしい。しかし別にダンジョン内が変動するということがあるわけではないので、しっかりと次の階層や出口までのルートは記されている。故にその印通りに進めばまず迷うことはない。

 そしてダンジョン内に出没する魔物は蜘蛛やネズミといった魔物が多いそうだが、問題なのは精神攻撃をしてくるらしい。例えばサイケ・スパイダーならその瞳によって人の心を惑わすそうなので極力目を見てはいけない等という対策が必要とされる。


 以上のことを踏まえて彼女たちはダンジョン内へと潜っていったのだった。


「ここが例のダンジョンか……。作りが苔むして古びた石レンガなのは前行ったダンジョンと似ているが、ここには地下水脈みたいなのがあるな」


 彼女は辺りを見渡しながらそう呟いた。先へ進もうとする彼女へ凛風リンファは質問する。


「そういえばここの魔物を狩るのだろ? 何の魔物なんだい?」


「……当たり前のように着いてきたなお前。……三階層の魔物だそうだ」


 彼女は凛風リンファへ嫌味を言いながらも答える。

 だがそれを凛風リンファは何も気にしていない様子だ。


「へぇ……それじゃあ行こうか」


 そうして三人はダンジョン内部へと進んでいったのだった。

 その最中、ふとあることを思い出した彼女は凛風リンファへ質問する。


「……そういや今思い出したがよ。ここのダンジョンボスっていうか階層ボスってやつの部屋から下の階層へと続く階段があるんだろ? そいつは居るのか……?」


「ん? いやいや居るわけ無いでしょ。まっ、三階層以外はだけど」


 凛風リンファは居るわけがないと否定する。

 そして意味ありげに三階層以外と答えたために、彼女はそれが気になってさらに質問する。


「え? 何で三階層の奴は逆に居るんだ? 誰も倒せてないのか?」


「んーというよりかは敢えて残している・・・・・が正しいかな」


 彼女はその意味を探ろうと考えるもやはり何も分からないのでまた質問する。


「……何故だ?」


「何故も何も……。おや、もしかしてだけどダンジョンに入るくせのにそういう仕組は知らないんだ」


「あぁ? どういう意味だよ」


 ダンジョンというものの仕組みが関係していると凛風リンファは告げる。

 そもそも彼女にとってダンジョンとは親しきものではなく異質なもの。どちらかと言えばゲーム的なものにも感じるほど現実味を帯びない代物であるため『何故そうなるのか?』と考えるよりは『そういうものだ』と思考を放棄しがちなのだ。

 凛風リンファは彼女のために説明し始める。


「んーとね、ここはCランクダンジョン。それはいいね?」


「あぁ」


 彼女は頷く。仕入れた情報でもここは紛うこと無くCランクであると……。


「主にダンジョンは階層の数で大体決まってくる。最低ランクのEならば一階層しか無いし、その上のDなら二階層ってな感じだね」


 どうやらダンジョンのランクは階層の数で決まっているようだ。

 だが彼女はそれでは不確実性が残ることに気づき疑問を投げつける。


「へぇ……でもそれじゃあ階層のボスを倒してみないと分からなくないか? 三階層のやつだって倒してみたら四階層とか出てきてもおかしくねぇだろ」


「いやいやそんな大昔の話でもあるまいに……。ダンジョンのランクってのは確かに階層の数もそうなんだけどそれだけじゃない。そこに生息する魔物のランクだって関係してるに決まってるじゃないか」


 どうやら大昔は階層の数を場当たり的な感じで判断していたようだが、今では生息している魔物のランクで大体分かってくるほど魔物の情報が充足しているようだ。


「あぁそういう感じか。でもよ、じゃあ何で三階層の奴を敢えて残してんだよ」


 彼女はこれまでの説明は理解できたが、先程の話で出てきたことの説明にはなってないと言う。

 そしてそれを凛風リンファは当たり前のように答える。


「そんなの決まってるじゃないか。三階層……いやここのダンジョンの主を倒してしまったらこのダンジョンは無くなるんだから」


「……何だって? 無くなる? いやいや……建物が無くなる? は?」


 彼女は建物が無くなるという言葉に混乱する。

 彼女としては破壊されるならば百歩譲ってまだ分かるが、無くなるとは一体どういうわけなのか?

 心底理解できないといった様子の彼女に凛風リンファは加えて説明し始める。


「まるっきり知らないみたいだから言っとくけど、ダンジョンは生き物と同じでダンジョンの核とも言える心臓を宿したダンジョンの主に該当する魔物を倒すと消えて無くなるんだよ。……まぁ急にではないけど自然と風化していくっていうか、時間が立てば跡形もなくなるよ」


 どうやらダンジョンの主とも言える魔物を倒すとダンジョンは時間とともに消えてなくなるそうだ。

 ただの無骨な建物でも生きているようにも感じられる話に彼女は驚きながらも理解する。


「そうなのか……いやそうだった。そもそもここは魔法が存在しやがる世界だ。そんな摩訶不思議な生き物が居ても否定出来ない世界だった」


 彼女は小声でそう思い返した。

 そんな彼女に構うこと無く凛風リンファは続けて喋る。


「まぁダンジョン自体が何を食べているのかとか、ガラクタくらいしか出てこない謎の宝箱とか、そういう原理も含めて良く分かってないんだよね」


 ダンジョンにもまだまだ謎の部分が多いようだ。だがそんな不気味とも言えるものを何故敢えて残すのか? その理由がますます気になった彼女は質問する。


「そうなのか……じゃあ尚のこと要らなくねぇか? 残す理由は何なんだよ」


「まぁ色々と用途はあると思うんだけど、一番は魔物の素材を集めたりするのに一番効率が良いからかな? まぁちょっとした訓練とかもあるかもしれないけど、そこは知るところじゃないし何とも言えないかな」


「理由は魔物の素材? ここでしか取れないってことか?」


「いや魔物自体はダンジョンの外でも普通に存在している魔物ではあるよ。単にここの方が目的の魔物に出会いやすいし、何よりダンジョン周辺が砂漠だとしてもダンジョン内は緑が生い茂っているなんてこともあるからね。あとは遠い地方に生息しているはずの魔物が近場のダンジョンで出会えるとかもあるし、そういう意味では残すものは残して邪魔なものはさっさと潰すみたいなのが普通かな?」


 どうやらダンジョンの内部は外部の環境とリンクしているとは限らないようだ。ますます何故そうなるのか気になるところではあるが、今それを考えたところで仕方ないと彼女は自身の好奇心を抑え込む。


「そうなのか……何か思ってた以上に摩訶不思議だな」


「まぁそういうもんだよ。それにここのダンジョンの階層自体はそんなに広いタイプじゃないし、さっさと三階層目指して行こうか!」


 そう言うと凛風リンファは駆け足でダンジョンの奥地へと進んでいく。

 彼女も置いていかれないようにと走って追いかける。


「え!? お、おい! ちょっと待てよ!」


 ◆


「ぜぇ……ぜぇ……。たくっ……よぉ。足速すぎんだろ」


 あれから彼女たちはほぼノンストップで一階層から三階層手前の二階層奥地へと走り抜けたのだ。

 そして幸運にもその道中に潜む魔物とは偶発的遭遇エンカウントせずに来れたのだった。


「……なぁおい、そろそろ休憩しねぇか? もう既にキツイんだが……おい?」


「…………」


 彼女の問いかけに凛風リンファは無反応だった。

 それよりも何か気になることでもあるのか辺りをキョロキョロと見渡している。


「おい、聞こえてんのか? 何だよ、そんなにキョロキョロしてよ」


 彼女の不安混じりの言葉に凛風リンファは一言応える。


「……気付かない?」


「何が?」


「ここ……さっきも通らなかった?」


「え?」


 そう言われた彼女は凛風リンファと同じ様に辺りをキョロキョロと見渡し始める。


「……まぁ確かに、言われてみればそんな気も……グリルはどう思う?」


「うーんと……そう言われても何処もかしこも似たような作りだからそんな気はしないけど」


 あまりそうは感じない二人にヒントでも与えるかのように凛風リンファは告げる。


「そこの鏡を見てみて」


 そう言われた二人は通路の奥の方にある左右の壁に取り付けられた巨大な鏡が鏡合わせになっている場所に注目する。


「え? 何だよ。あの鏡が何だって言うんだ?」


「あれ、さっきも見かけたんだよね。しかもこの通路もよくよく思い返せばさっきも通っていた場所」


 凛風リンファは誤魔化す事無くそう言い切る。

 そう確信していると言わんばかりの言葉に彼女は若干冷や汗をかきながら聞く。


「おいおいそれじゃあアタシ達はさっきからずっとここをグルグルしてたってのか?」


「そうなるね」


 このような状況でも冷静とも淡白とも言える自身との反応の差に彼女は多少のショックを受ける。


「そうなるねって……大体こんなヘンテコな仕掛けがあるなんて情報は無かったぞ?!」


 彼女たちがこのダンジョンへと入る前に手に入れた情報にはそのようなことは微塵も無かった。


(……本当にここから出られないのか検証してみる必要があるな。……だがどうしたもんか)


 本当に出られないとしても、出るにはここの仕組みを理解しなくてはならない。どういう仕組みでここをグルグルしているのかを確認する必要があるのだ。


(この通路を部屋と仮定したとして同じ部屋をグルグルしているのか、同じような部屋がいくつもあるのか……。それによってはそういう迷路かもしれないからな)


 一体どうやってそれを確かめるべきか考えた末、彼女はある方法を思いつく。


「……そうだ! おいグリル、そのロブスターを使おうぜ」


「どういうこと?」


 当然グリルは彼女の唐突な発言を理解できなかった。故に彼女はグリルに説明し始める。


「なぁに簡単なことだ。この通路をグルグルしているかどうか確かめるには手っ取り早い話、誰かがここで待機すれば良いんだ。そうしてアタシたちが向かった先で同じ通路があったとしてもそこに置いてきたロブスターが居なけりゃそこは違う道だってことだろ?」


 ロブスターを置いていくのは致し方なしと、自信満々に彼女はそう語る。

 それに対しグリルは率直な疑問を投げかける。


「だったら何か物の一つでも置いていけば良いんじゃないの?」


「え……あっ」


 グリルの正論を受けて自信満々に語っていた彼女はたじろぐ。

 グリルの言う通りで別にロブスターである必要はなく何か適当な物でいいのだ。にも関わらず彼女は真っ先にロブスターを利用することを閃いた。それはつまり、あれだけロブスターの扱いに対して以前説教臭く言っていた彼女自身がそれを単なる所有物に近い程度の思いしか抱いてなかったというわけだ。

 自身の発言で墓穴を掘り返し、気まずく感じた彼女は取り繕い始める。


「ま、まぁそうだな! ……それじゃあカバンの中にある適当な物でも置いていくか」


 そうして彼女たちは分かりやすく通路のど真ん中に食事用のナイフを地面に突き立て、来た道を戻ってみることにしたのだった。するとそこに広がるのは……。


「……戻ってきたな」


「どうやら紛うこと無く同じ場所をグルグルしているようだね」


 どうやら彼女たちは同じ空間をいつの間にか何度もループしていたようだ。

 そんな厄介すぎる事実に彼女は愚痴をこぼす。


「おいおいそれはそれで一番厄介だろ。どうやったらここから出られるんだよ」


「そうだね……。一番怪しいのはあの鏡だろうね」


 彼女の問いかけに凛風リンファはあの鏡が脱出への鍵だろうと答える。

 それに彼女は幾ばくかの共感を示す。


「まぁ確かにこの通路中で一番怪しそうなのはあれだけども……ねぇ?」


 彼女はいまいちピンとこない。確かに突出して怪しいものと言えばあれくらいしか無いのはそうだが、それほど安直なものではないようにも感じたためだ。

 補足するかのように凛風リンファは続けて彼女に言った。


「それもそうだけど、そもそもの話さ。ダンジョン内に鏡っておかしいとは思わないのかい?」


「えっ……まぁ、確かに言われてみればそうだが……。この際、逆にあるかと思ってたわ」


 先程の砂漠の中でも緑の生い茂ったダンジョンの話を聞けばそうも思えるだろうよと彼女は思うが、それよりもそう思っていたのなら早めに言えよと気づく。


「っていうか初めから怪しいと思ってたんならそう言えよな!」


「まぁまぁここは協力するのが大事かと思ってね」


「いや……じゃあ早く言えよ。おちょくってんのか?」


 凛風リンファの物言いはまるで先程の流れを時間の無駄だと思えども敢えてその茶番に乗ってあげるような気持ちで黙っていたと言わんばかりのものだった。

 そう感じた短気な彼女は怒りを顕わにしてしまう。


「おやおやそんなに怒らなくてもいいじゃないか。ま、何にしても不気味なのは間違いないだろう?」


 そう告げる凛風リンファの言葉を彼女は概ね賛同しているため、さっさとここから出るためにも行動に移すことにした。


「……まぁな。んじゃ調べてみるとするか」


 そうして彼女たちは例の鏡を調べるため、そこへ近づき何か怪しいもの無いかと探り始める。


「……クソデカい鏡の鏡合わせ。……何かスイッチとかそういうのあんのか? それともコレ自体が魔物とかあるのか?」


 彼女の素朴な予想に反対側の鏡を調べている凛風リンファはそのまま答える。


「鏡の魔物? うーん聞いたこと無いねぇ」


「そうか、じゃあ違うか……」


 鏡を調べてみたものの、何かへこみでもあるようには感じられず。何でもないただの鏡かとそう思った時だった。彼女は鏡にとある違和感を覚える。


「ん?」


 これら大きな鏡は互いに向き合った鏡合わせ。つまりは何重にも反射しあい、実質無限とも言えるほどの世界が広がるというもの。無論その間に居る人や物も何重に生まれる。その鏡の中で何重にも生まれた紅音の内、十三番目の紅音だけが他とは違う動きをしていたのだ。


「――ッ!!」


 そして笑う十三番目の紅音と紅音本人は互いに目を合わせてしまう。


「うおおおおおおおおお!!!」


 突如として、紅音本人は鏡の中へと吸い込まれる。その異様な光景に彼女は大きな声を出して叫ぶも、その場にいる者は何一つとして反応を示すことはなかった。

 例えこれが一瞬のことであっても、神閤紅音かんごうあかねの名を呼ぶ声といった何らかの反応は必ずあるというもの。なのに何も聞こえないという不気味な静けさに違和感を覚えた彼女は吸い込んでくる鏡ではなく彼女らの方へ目をやる。するとそこに居たのは……。


「あ、アタシ!?」


 そう……鏡の中へ吸い込まれる彼女が最後に見たものは、目を閉じて今にも倒れ込みそうなほど生気の抜けた彼女自身だったのだ。


「ぐ、グリルうううううう!!!」


 ◆


「うーん。鏡に何かある感じは無さそうだねぇ」


 凛風リンファのその言葉を聞いたグリルが喋る。


「えぇそれじゃあますますここから出られないんじゃ。紅音は何か見つかった?」


 そうグリルが紅音の方へと向き、話しかけた時だった。鏡を見つめていた紅音はまるで生気が抜かれたようにそのままドサッと倒れ込んでしまう。


「紅音ッ!!」


 グリルは慌てて紅音の下へ駆け寄る。


「ど、どうしたの! 何があったの!」


 グリルの問いかけに対して紅音から返答も反応もない。


「ねぇ紅音! 起きてよ!!」


 動揺するグリルに対して彼女――凛風リンファはグリルの肩に手を置いて語りかける。


「まぁまぁ待ちなさいよグリルちゃん。見た感じだとすぐには起きられなさそうだ」


「ど、どうして急に……」


 グリルは彼女の言葉で少し落ち着きを取り戻す。

 そして彼女は紅音の様態を観察しながら考察し始める。


「過労とかそういうものでも無いだろうし、何より前兆が全く無かった。明らかに不自然でかつ唐突」


「どういうこと?」


 グリルの率直な疑問に彼女は何か確信があるわけではないが続けて喋る。


「……具体的な原因は不明だけど、もしかしなくてもこの鏡のせいかもね」


「えっ!?」


 グリルは驚く。鏡がどうして原因なのかと甚だ疑問が浮かぶばかりであった。

 彼女は続けて自身の考察を語る。


「しかし、そんな魔物の話は聞いたこともなければここに生息している魔物の強さから考えるにあまりにも異質すぎるのと不釣り合い。……つまりこれは」


 その時だった。何処からともなく声が聞こえてきた。


「第三者による介入……正解だ」


「――ッ!!」


 その声の主である男は先程彼女たちが通った場所である曲がり角から出てくる。

 彼は遠くから見ても分かるほどに表皮の殆どが傷だらけで、革手袋といった上等そうな革製の衣服を着込み、一本の剣を携えていた。

 突如として現れた彼に彼女は問いかける。


「君は?」


「名乗るほどの者ではない、ただその女の身柄を頂きに来た。……それだけだ」


「な、なんで」


 グリルは少し怯えたような声色で理由を尋ねるが彼はそれを拒む。


「答える義理はない。その女を見捨てて何処かへと行き忘れろ。そうすれば見逃してやる」


「そうなんだ。見捨てれば命は助かる……そう言いたいんだね?」


 彼女のその言葉を側で聞いていたグリルは嫌な予想が頭の中によぎる。

 彼女は今日あったばかりの人であり、身の危険を避けて紅音を見捨てるのはあり得なくはないと。

 そう考えるとグリルは無意識に身体を強張らせて身構える。

 そして彼は彼女の言葉を肯定する。


「二度も言わせるな」


 それを聞いた彼女はゆっくりとその場から立ちながらこう述べた。


「だったらそれは御免被るね。折角出来た親しき友だ。己が命惜しくて見捨てて行くならば自害を選ぶよ」


「そうか」


 彼女の返答を聞き届けた彼はただ一言そう返した。

 そして彼女は手を合わせ、眼前の敵対者へ向けて礼を尽くしながらお辞儀をして恒例の文言を述べた。


「どうも初めまして。京極凛風きょうごくリンファです」


 そしてそれと同時に彼女の黒曜石のような瞳は黄金色こがねいろの瞳にくれないの縦線の入った龍の如き鋭き瞳へと変貌を遂げた。


「異邦の流儀というやつか……準ずる義理はないがいいだろう。ライル・ディードッグ」


 見たことも聞いたこともない彼女の文化に敬意を示したのか彼は自身の名を名乗った。

 そして彼女は彼を良く観察する。


(見た感じは戦士というところかな? 魔法を使うタイプでは無さそうだけど、どことなく強敵の雰囲気オーラを感じるね)


 そして意を決した彼女は地面を蹴り飛ばし、物凄いスピードで彼へと迫っていく。

 すると彼は左手を壁に添えて呪文を唱え始める。


「地属性魔法【湧き出る岩ロックライズ】」


 そう唱えると壁から槍の如き棘の柱が彼女へ向かって突き出してくる。それを目捉した彼女はそのまま前足を体の中心から大幅に前方へと伸ばし、スライディングの姿勢を取ることで見事回避する。

 スライディングの最中、彼女は起き上がるまでの隙をカバーするために道端に落ちていた小石を拾う。

 そして魔法によって生み出された棘の柱を潜り抜けた彼女は彼と対面し目が合う。その時に拾った小石を顔目掛けて投げつけ、近づけさせないようにする。


「フンッ!!」


 彼はそれを避けつつ距離を取る。その隙に彼女も起き上がり体勢を整える。


「おかしいなぁ……魔法が使えるようには見えなかったんだけど」


 彼女の軽口に彼は返答する。


「見た目で判断するからだ」


 と、彼は応えるが彼女はそれに納得していなかった。


(そんなはずは無い。こいつからは魔力をほとんど感じない。熟練者で隠しているのならそれも理解できるけど、うちの勘がそうではないと言っている。何か種があるな)


 彼女の勘は彼を依然として魔法が使えないと断定する。だが事実として彼は魔法を使ってきた。常識的に考えれば現実で起きた事を真実とするものだが彼女はそれを偽りだと判断した。

 常識を覆すような魔法を使える種が何かある。そう彼女は感じているのだ。


「まぁでも攻めるしか無いよね」


 彼女は距離を取っての様子見ではなく攻めることで相手の引き出しを無理やり引き出す選択をした。


「京極家に伝わる五業神龍ごぎょうシンロン、その御業みわざの一つである暁神楽あかつきかぐら……とくとご覧あれ」


 そう言い終えると彼女の両手は炎に包まる。そして敵を屠れと呪文を唱える。


「『偉大なるグレイテスト』【火塔タワー・オブ・フレア】」


 この時グリルが目撃した彼女の魔法は以前遭遇した魔物――ワンダーデザイア――と比べればその火柱自体の太さは小さいが速さも火力も段違いの代物であった。

 自身へ向けて放たれた魔法を防ぐべく彼は左腕を盾にするかのように前方に突き出し詠唱し始める。


「水属性魔法【滝壁アクアフォール・シールド】」


 二つの魔法がぶつかり合い激しく交差する。

 彼は何とかして相殺しようと試みるも彼女の火力に押され、結果として八割ほどしか相殺出来なかった。

 これを受け、彼は話し出す。


「凄まじい魔法の力だ。少し驚いたぞ。はじめの動きで近接格闘タイプと思っていたが……見た目で判断していたのはこちらだったというわけか」


 彼がそう反省の意を込めてそう感想を述べるのと同時に彼女もまたとある事に気づいたようだ。


「うちもさっきのでようやく分かったよ。先程の君の魔法の発動による魔力の流動……君自身ではなく君が身につけているその革手袋から強く感じ取れた。つまり君の魔法はあくまでそれに依存したものってわけだね」


 彼は彼女の言葉に若干驚きながらも答える。


「正解だ。俺は魔法使いじゃない。……だがそう聞けば聞くほどお前たちのような本職からすれば奇妙な話だろう?」


「そうだね。魔道具や魔術付与エンチャントされた武器であろうと魔法そのものを発動することは出来ない。あくまでそれらは補助に近いもの、または単純な事象の再現……にも関わらず君のそれは魔法使いが扱う魔法。そして実際の魔法使い本人が扱っているようでもあった。正直不思議でならないね。教えてくれるのかい?」


「……こちらも正直な話、教えたところで無意味なことだ。そして嫌悪すべきものでもある」


 彼がそう無駄と断じて拒むも彼女は少し残念そうにするも怪しく笑う。


「そう……君を倒す理由が一つ増えたね」


「無駄だと言っているッ!!」


 彼がそう叫ぶと右手に持った剣で空を薙ぎ払って彼女の下へ距離を詰める。

 その際、彼は先程のお返しとして左手から先制の魔法攻撃を解き放つ。


「水属性魔法【水斬アクアエッジ】ッ!!」


 彼女の方へ飛んでくる水の刃。それを弾くために彼女は身体を強化する魔法を唱える。


幻蓬莱げんほうらい偉大なるグレイテスト』【鋼鉄の身体スチールボディ】」


 そう彼女が唱えると彼女の両腕は銀色の鋼鉄の如きものへと早変わりする。

 そして彼の魔法を弾き飛ばして彼女も接近する。

 両者共に射程距離内へと到達した時、彼の凄まじき剣技と彼女の鋼鉄の腕によるステゴロの格闘技が炸裂し、周囲に数多の火花が飛び散る。

 だがこの時、彼女は戦いの最中とある違和感を覚える。


(違和感。……こいつの動きはそれなりの手練れであること自体は間違いない。だが手の動きと体の動きの技術が釣り合ってない。こいつの剣術は見事なものだ。だが身体の動きはそれよりも技術力が低い……何故? 何故こうも不釣り合いなんだ? まさか剣術さえもその革手袋の力なのか?)


 先程の任意の魔法を解き放つ革手袋……。もしやそれとも関係があるのかと彼女の脳内に思い浮かぶもそれはありえない話だと彼女は思い直す。


(ありえない。魔法は何らかの技術と仮定しても剣術という武の道を極めしものが修め体得する唯一無二のもの、人によって癖があるように……。こいつの動きはまるで複数人の人間が継ぎ接ぎになっているようだ)


 違和感と疑問を払拭しきれない彼女は一旦その場から距離を取って質問する。


「……一つ。聞いていいかな?」


「……今更何だ」


「君は何人居るんだい?」


 彼女の言葉にただ場を眺めていたグリルは疑問を覚える。当然グリルの目には目の前に居る男はどうみても一人。にも関わらず彼女はあたかも複数人いるかのように言うのだから困惑しかなかった。

 彼も彼女の言っている意味がわからないという反応を取る。


「何を言っている? 俺は一人だ。それ以上居るわけがなかろう」


「そうじゃない。君の中には他に居るだろう?」


 その言葉を聞いた彼は少し顔をしかめて目を細める。そして口を開く。


「……言いえて妙だな。半分正解だ」


「半分?」


 半分は正解。ではもう半分は何か? そこには驚くべき事実が隠されていたのだった。


「俺の中には何もいない。だがこの革手袋や他の革装備は全て……人間のものだ」


「ッ!?」


 彼女は思わず目を見開いて驚愕する。最早狂人の戯言。だが彼がそのような嘘を吐いている様子もなく、全て真実のように語るのだった。


あれ・・を知らずここまで答えに近づいたのはお前が初めてだ。余程腕の立つ武術家のようだな」


あれ・・?」


「そうだ。お前たちのような者が本来知り得ることのない力。異能の力だ」


「異能の……力?」


 やはり狂人の戯言。異能の力などあるはずも無ければ事実無根と言えてしまうほどトボけた話だ。

 普通ならそう言い吐き捨てるものでしか無い。だが彼女はそれにのめり込み始める。


「そうだ。だが俺でも詳しいことは分からん。とある『本』に書かれた事を鵜呑みにするとそういう事になる。ただそれだけだ」


「ふーん。異能ねぇ」


 半ば半信半疑のおとぎ話。そんな彼女の心情などを断ち切るが如く、彼は話を終わらせる。


「話は終わりだ。お前を殺してその女の身柄を手にする。これ以上のことはない」


 異能の力が関わろうがどうであれ、依然理由は不明だが彼は紅音の身柄を手にするのが目的。

 故に紅音を友とする彼女にとってそれは紛うことなき敵である。

 だからこそ最早そのようなことは多少のさじでしかない。本質は今、この戦いの場にこそあるのだ。


「そうだったね。それじゃあ続けようか」


 ◆


「……う、うーん。ここはどこだ?」


 鏡の中へ吸い込まれた紅音が意識を失っていたのか目を覚ます。


「ここはまさか鏡の中か……?」


 そしてそこに広がる鏡の世界は……。


 ――暗闇に包まれた世界だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。


ステータス

 名前:ライル・ディードッグ

 世界異能:【継接奪取つぎはぎだっしゅ

      対象の一部を用いる事でその部位の力を行使できる。

      部位次第で行使できる能力の性能は依存する。

 種族:人間

 称号:平凡な革職人

 魔法:無習得

 耐性:痛覚鈍化(弱)


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