第二章:レカンイル

第27話 次なる街【レカンイル】郊外にて

 真夜中の時、マデロコス帝国帝都【ラフレシアン】の一角である高級住宅街でも一際目立つ豪勢なとある屋敷にて、一人の人物が一室の窓辺から街灯や建物の明かりできらびやかに輝く町の夜景を愉しんでいた。

 そんな時だった。その夜景を眺めていた全身フルプレートの男が暗闇に包まれたこの部屋の片隅に何かの気配を感じとる。


「……おや。誰です? そこに居るのは」


「……」


 それはどうと言うことなくただ無言を貫いていた。その異様な気配と不気味な沈黙の姿勢から彼はもしやと思い言う。


「……あぁもしかして『彼』の使いですか? それでどのような吉報をお届けになられたんです? 是非ともお聞かせ願いたい」


「……」


 それは無言で彼の言葉を肯定し、それの王より承った伝言を彼に伝えたのだった。

 その全てを聞いた彼は少し呟くように言った。


「そうですか。彼の下僕を退けたのですか……それでその者は私達と同類ですか?」


 同類。それは同じ異能のモノかどうかである。

 その言葉を王の使いは沈黙で肯定する。


「……」


「なるほど……分かりました。ではもう帰ってもらって結構です。そして彼には私が感謝の言葉を述べていたと、お伝えください」


 その言葉を聞いた王の使いは闇の世界へと沈んでいくように何処かへと存在を消し去っていったのだった。

 王の使いがいなくなった所で彼は再び窓辺から夜景を眺めて独り言を呟く。


「……金を操る異能ですか。……まぁこの際構いません。念の為セリスティール通貨換算で二十万セールほどの懸賞金を懸けておきましょう」


 二十万セールとは日本円で約二百万円という額であり、この世界では権力者や凶悪な犯罪者でも無いただの個人に対する額としては破格と言っても過言ではないものである。これを知ったものは誰であれこぞってその懸賞金を獲得したいと願うだろう。

 たとえそれに反社会的組織がいかに関わっていようとも関係なくだ。


「ふふふ。生死は問いませんが……もし生きていたらそうですね……場合によっては勧誘でもしましょうか。使える手駒は幾らあっても困ることはありませんし……」


 ◆


 ワンダーデザイアを倒した次の日。紅音達は森を抜け、次なる目的の街へ到達しかかっていた。


「おぉ! 見えてきたな! アレが隣街の【レカンイル】か!」


 彼女は先日の戦闘にて今まで着ていた服を失った。正確には何処に置いてきたのかわからないので拾いに行くことが出来ないというのが正しいだろう。

 なのでその代わりとしてこの世界に来たときに着ていた服……虎のスカジャンに短パンを着ている。


「全くここまで来るだけであんな目に遭うとはなぁ。だがまぁとっとと入っちまうか! 行くぞグリル!」


 とっとと街の中へと入りたい。ここにいるよりかは街の中は安全だろうという思いが彼女の心を駆り立て、歩幅は少し急ぎ足になる。


「ああちょっと待ってよ!」


 彼女につられてグリルも急ぎ足でついていく。

 そうして難なく彼女たちは関所にて通行税を払いつつ街の中へと入る事に成功したのだった。


「ここがこの街の外観か……まぁ前の街とそこまで変わんねぇな」


 彼女は一体何か期待でもしていたのか、そのように感想を述べる。それに対してグリルはツッコミをいれる。


「それはそうだよ。同じ国だし、しかもただ隣街に来ただけなんだから」


 その言葉を受けた彼女は分かっているという顔をしながらこう答えた。


「ああそうさ。だがあんな濃密な時を過ごしゃあ、その隣町に来るだけで一国を跨いだ気分だぞアタシは」


 彼女はこれまでの旅路をそのように振り返る。

 命が幾つあっても足りないと言わんばかりに。


「それで紅音。この街で何する気なの?」


 その問いかけに彼女は少し間を置いてから答える。


「……まぁそうだな。今は良くねぇ連中に追われている身だし、護身用の何かがあれば欲しいのと食料品買い込むとかかねぇ」


「そしたら今日中に旅立つの?」


「いや旅立つのは早くて明日だな。それに逃げ出すようにあの街から出たが、正直な話具体的な終着点は考えてねぇんだ」


 特段何処へ向かうかは決めていないと彼女は打ち明ける。つまりは無計画なのだと……。そんな衝撃的な言葉にグリルは驚く。


「ええ! そうなの! それじゃあ途方もなく進み続けるつもりだったの!?」


「いや流石にアタシだってそれは嫌だ。……ミニルからは隣国のマデロコス帝国の帝都に行くと良いとか言ってたな……」


 旅立つ前、彼女は羽柴はしばミニルから当てがないならそこへ向かうと良いと言われていた。何故そこが良いのかは紅音は知らない。当時の彼女はそのようなことを聞くほどの精神状態では無かったためだ。


「それってどうして?」


 グリルは当然の質問をするが、詳しいことまでは分からない彼女は何と答えたらいいのか困る。


「さぁ? 多分治安が良いってことじゃないの? 知らんけど」


「知らないって何よ! またそうやって考え無しに物言うんだから」


 彼女のいい加減さにグリルは怒ったが、それを聞き捨てならないと彼女は反論し始める。


「おいおい今言ったのはアイツから勧められた場所を言ったまでだぞ! 考え無しとか言われんのは否定しないが『今のは』違うからな!!」


「それは認めちゃうんだね紅音……」


「……一先ず! それはどうでもいいとしてだ。何か良さげな物売ってそうな場所でもねぇかなぁ」


 間が悪く感じた彼女は話をすり替えようと辺りを見渡す。何か面白そうなモノでもないかと。そんな時、彼女の瞳にとある看板が注目された。


「んお? 『カイザール魔術付与エンチャント工房』? 聞き慣れない言葉だな。……あの本に書いてあるか?」


 魔術付与エンチャントという聞いたことも見たこともない単語が目に飛んで来たのだ。疑問に思った彼女はかつて手に入れた『本』にそのような記載がないか調べてみることにした。するとそこにはこう書かれていた。


「どれどれ……魔術付与エンチャントとは剣や盾、鎧や装飾品に至るまで特殊な魔術式を組み込ませることで一時的もしくは限定的な魔法的効果を発動するという近年普及し始めた最先端の魔法鍛冶技術のことである……か」


「なるほどつまり……どういうことなんだ? 限定的な魔法効果って何だよ? さっぱりわからねぇ」


 どうやら本が著された段階ではまだそれほど普及された技術ではないようで詳しいことは何も書かれていなかった。


「……まぁでもそうだな。試しに行ってみたら分かるか? グリル、ちょっくら行ってみていいか?」


「うん。私も一緒に行くよ」


 彼女はグリルにその間どこか気になる場所があれば勝手に行って良いというつもり、あるいは興味がないと思うから好きにして良い感覚で言った。

 しかし、グリルにそのような考えなぞありはしなかった。


「おう。そうか……じゃあ入ってみるか」


 そうして一行は店内へと入って行った。

 中へ入ると店内には誰もおらず、そして特段目を見張るようなモノは見当たらなかった。そこらに置いてあるのは一つのタルの中に複数本のそれぞれ形の違う剣が入ってあったり、横並びの鎧や服が並べられていた。

 指輪のような装飾品もあるがパッと見はただの鍛冶屋と言うべきか、他のそういう店となんら変わり映えのしないものであった。


「……何か入ってみた感じ特段物珍しい物はなさそうだな。普通の武器だったり……それにブレスレット? どういうレパートリーだこりゃ? 一貫性を感じるようで感じねぇな」


 そう思いながらもよくよく置かれている防具だのを眺めているとある違和感に気づく。それは光の反射でかうっすらと文字のようなもの刻まれているのが見えたのだ。彼女はこれを見てこれが魔術付与エンチャントというやつなのか? と、考え始める。


(だが良く見てみたら何か変な文字みたいな模様みたいなものが刻まれてんな。これが魔術付与エンチャントなのか? 魔法効果って具体的に何なんだ? ……全くイメージが湧かん)


(そもそもアタシが抱いている魔法のイメージなんて原理とかは良くわからんが炎や水を出したりとか空飛べたりとかそういうふわっとしたもんだしなぁ。この世界における魔法ってそういう確立された独自の技術なんだろ? だからこそ限定的とか一時的とかが意味不明過ぎるんだよ)


 彼女はこれまで幾度と魔法というものを目にはしてきたが、自分の中にあるイメージの魔法とこの世界の魔法というものは少しかけ離れている。それ故にどうにもこうにも想像しにくいのだ。


「んー……どうしたもんか」


 ジッと目の前の鎧を眺めながら手を拱いていると、部屋の奥の方から声が掛かる。


「おっ……なんだ? お前らそこで何してんだ?」


 そこには先程まで誰もいなかったはずの場所に店の店主らしき人物がいつの間にか居たのだ。

 見たところ褐色肌の女性の店主であり、少し距離は離れているが彼女は自身よりも背は低そうに感じた。しかし完全に服の裾を捲っている両腕部分からは恐ろしく逞しい筋肉が輝いていた。

 彼女は急に声を掛けられた事で少し驚きつつ反応する。


「えっ? 何してるって……」


 彼女はその店主の言葉を理解しかねた。何故なら何をするも何もここは店なのだから客以外あり得ないだろうという思いが湧いて来たためだ。

 しかし次の瞬間、彼女の脳裏に一つの答えが浮かんでくる。それはそもそも店を開いてなかったという可能性だった。すぐさま彼女は店主に聞いてみた。


「あっ! まさかまだ店開いてなかったとかだったか!?」


「いや、それは間違ってねぇ。ただ……あぁもしかしてあんたらここへ来るのは初めてなのか?」


「えっ、まぁそうだな。確かに初めてだが……」


「なるほどやはりそうだったのか。どうりでこのベル鳴らさずに無駄にジーっと見てたのか」


 店主の目線の先にはカウンターの上に置かれた銀色のベルだった。どうやらこのベルで呼ばなければいけなかったらしい。

 彼女は先程までの店主の言葉が、そういう意味だったのかと納得した。


「無駄にって……ってそれよりもベル鳴らさなきゃいけなかったのか」


「いけないっつうか、あんたら目利きとかできんの?」


「いや全く」


「だったらなおのことだ! ただの門外漢が見た所で良く分からねぇよそういうのはな」


 店主曰く魔術付与エンチャントされたものというのはそれなりの知識でも無い限り、素人がパッと見で理解できるものではないそうだ。だからこういった店では店主または店員を呼ぶのが普通なようだ。


「そうなのか……ついでに聞いていいか?」


「なんだ?」


魔術付与エンチャントって具体的にどういうものなんだ?」


 彼女はこの際、魔術付与エンチャントについても聞いてしまおうと思い聞いてみた。

 その問いに店主は少し呆れたように答える。


「はぁ? 何を聞いてくるかと思ったが……まっいいさ、ここへどころかこういった店そのものに入るのは初めてだったようだな。それならまぁ仕方ねぇが……周りのやつとかの話で聞いたこととかねぇのかよ?」


「ちょっとねぇなぁ。ははッ」


 彼女は冗談混じりにそう答えた。


「そうかい。……だが小難しいこと言ってもすぐには理解できないだろうし、ざっくりと言わせてもらうがいいか?」


「ああ。任せる」


「それじゃあざっくり言うと、一部の魔法効果を引き出せるみたいなもんだ」


 出てきたものは本の説明とほぼ変わらないものだった。確かにざっくりで良いとは言ったもののやはり大雑把過ぎて彼女の求める答えは出なかった。

 故に彼女はもう少し具体的な例を教えて欲しいと聞いてみる事にした。


「えーっと、具体的には?」


「そうだなぁ……例えば刀身に炎を纏わせる剣とか、魔法攻撃に耐性のある鎧、それと身体能力を補助したり強化してくれる装飾品とかそういうのが代表的だな」


「なるほど。今ので大体察した。ありがとうな」


 求めていた答えが出てきたおかげで彼女は魔術付与エンチャントについてようやっと理解を示し始めた。


「へいへい。それでどーすんの? なんか買う気になったか?」


 その言葉を受けて彼女は何を買うべきか考え込み始める。


(……今の話が本当ならアタシの身体能力、つまり足の速さとか腕の筋力とかが増すって事だよな? ここ一週間くらいの出来事でクソッタレな事に何度か死にかけたからな。ここから先の旅路でも同じような場面に何度も出くわす可能性が高い)


 彼女自身も感じている通り今までの戦いで生き残れてきた理由はひとえに彼女が保有する世界異能のおかげである。だがしかしこの先もこのままの実力で生き残れる保証はない。

 それ故に彼女としても肉体という根本的な部分。基礎や基盤とも言える部分を鍛えなくては生き残るどころか何も守れない可能性が高い。

 だからこそ彼女は強靭な肉体という力を欲した。


(それに今更筋トレとかそういう事をして強くなるには時間が足らねぇ。だがこの魔術付与エンチャントされた装備品だの何だのを身につけるだけで強くなれるっつうのは今のアタシにとっちゃ打って付けの商品だ。こりゃ買うしかねぇな)


 意を決した彼女は店主に告げる。


「それじゃあ身体能力が上がるやつをくれ」


「くれって言われてもなぁ。アンタ仕事何してんだよ?」


「何だよ藪から棒に……一応は冒険者だけど」


 それを聞いた店主は先程の補足も兼ねてか、説明しはじめる。


「だったらここにある市販のやつじゃあ心許ねぇな。あぁ言ってなかったが基本的にうちの商売は指定物品製作依頼オーダーメイドが主なんだよ。理由は『素材』だ。素材次第で魔法効果も何もかも変わってくる。勿論それを施す職人の腕も関係はあるが一番は素材だ。うちみたいな個人店じゃ基本的には素材持ち込みで依頼してくんのがほんとんどなんだよ」


「はーッ、なるほどな。でもよ、それだったらそういう素材を仕入れて作ったりとかしねぇのかよ? 聞く限りじゃあこういう店って冒険者とかが多いんだろ?」


「別に多いとは言ってないがまぁそうだ。だがこれも素材が関係してんだよ。確かにどっかの系列店とかだったらそれなりの援助とかも有るだろうがうちはあくまで個人店だ。買い込んで品を並べられるもんに使う素材だって建築系やらなんやらといった一般人が使うに過不足ない物しか市販として売りに出せねぇんだよ!」


 市販のものはあくまで一般人もしくは冒険者に成り立てみたいな人物くらいしか買わないそうだ。冒険者のようなそういう仕事についている人間には心許なく、それだけの商品を表立って売りには出していないそうだ。


「そうなのか。市販……というかそういう素材を買い込んだところで利益が少ないのか」


「ああ……というかはそんなもん売った所で無駄に高いだけだし、わざわざ高い金払ってそんなもんを購入するやつはいねぇよ。自分で素材を取ってきたほうが比較的楽だ。勿論それも自身の力量……つまるところ身の丈にあった防具になるわけだしな。変に助長するやつは出てきにくい」


「まぁ話はわかったが……それで? アタシはどうしたら良いんだ?」


「はーそうだなぁ……。あんたは冒険者なんだろう? だったらそれを補助する身体能力向上における素材としては……」


 店主は少し悩んだ末、答えを出す。


「あれしかないだろうな」


「あれって?」


「この街の近場にある推定Cランクダンジョンの【ほとりのレカンイル地下迷路】に生息する三階層の魔物である『サイケ・スパイダー』と『ミニマム・グレーラット』で出来た腕輪っつうか腕紐か。まぁこんなもんだろ」


「うげッ!? 何だそのいかにもキモそうな魔物! 何か嫌だぞ普通に」


 名前を聞いただけで想像に難くないほど浮かび上がる魔物姿。そんな胃の中がひっくり返るほど気持ちの悪い魔物の一部をいくら効果があるからと言って身につけるのは嫌だと彼女は嫌悪するも、店主は気に留める事なく言い放つ。


「わがまま言うんじゃねぇよ。それで明日の命が助かりやすくなるんだ。安いもんだろ」


 店主の言うことは正論である。それ故に彼女は己が気持ちを殺し、素直にそうする事にした。


「……ハイハイ。分かりましたよ。そこ行きゃ良いんだな?」


「ああそうだ。最低一体は仕留めてこいよ。因みに一人一体分って考えろよ」


「分かったよ。……それで何処の部分持ってくりゃあいいんだ?」


「あーそれはだな。蜘蛛のやつは……口んとこにくっついてるやつと、ネズミは尻尾だ。いいな?」


「ああ今度こそ分かった。んじゃま行ってくるよ」


「ああ。精々死ぬなよ」


 一連の流れを理解した彼女はグリルと共にその店をあとにした。

 一先ず店を出た彼女は独り言を喋りはじめる。


「たくっ有用な話だったのは違いないが素材集めってやつをしなくちゃならねぇとはな。まぁそんなに美味い話はないってことなんだろうな」


「それじゃあ紅音。そのダンジョンに行くの?」


 グリルが彼女に質問する。その声は少しいつものような明るいものではなかった。

 それに気づく事もなく、彼女はそのまま話だす。


「まぁそうだな。これからもっとやべぇ奴らがアタシ達を襲いに来るかもしれねぇしな。それこそあのナット・ガインや昨日の魔物以上のやつに出くわすかもしれない。そんな事を考えると到底今のアタシのフィジカルじゃあまともに戦えられる気がしねぇ。……ちょっと朝から筋肉痛もすんだよ」


「そんな中で比較的楽に強くなれるっていう代物があるっていうんだ! それを利用しない手はないし……他の奴らは平然とそれを使ってるのかもな、今思えばだが」


 彼女はこれを今後のための絶好の機会だと説明する。だがこの時、グリルの表情が少し悲しげなのにここで気づく。

 昨日までの事も踏まえて自身の身を案じているがためにそのような表情もとい心境をしていると察した彼女は何とかグリルを安心させようとし始める。


「まぁでもだ! 今回潜るダンジョンはこの前のダンジョンよりランクが1個下じゃねぇか! ……まさかあの時潜ったダンジョンがBランクとかいうアホみたいな場所に潜っていたのを後で知った時は驚いたが……まぁそれを幸運かどうかは知らねぇが難なく生き抜けたんだ。今回のダンジョンだってきっと前よりかは楽なはずだ! なんせ一個下なんだしよォ!」


「紅音がそう言うならいいけど……でも」


 と、グリルはまだ何か懸念点でもありそうに言う。

 なので彼女は続けて喋る。


「なぁに多少の下調べは──」


 そう言いかけた時だった。グリルは彼女の言葉に割り込んで喋り出す。


「でも、蜘蛛はあんまり好きな味じゃないから」


「って!! そっちかよ! しかもまた味の話かよッ!! はぁ。気ぃ使って損したわ、ほんと。何? さっきから表情暗いのって単に嫌いな食べ物だったからか?」


 どうやら先程からグリルの表情が暗かった理由は単に蜘蛛があまり好きな味ではなかったからだそうで、それを知った彼女は心底落胆に近い気持ちを味わった。


「え? そんな顔してた? うーんと、まぁそうだね。あんまり美味しくないんだよね。蜘蛛」


「……そうかよ。ていうか今思い出したが、お前あん時ダンジョンに入るときはめちゃくちゃ気合い入ってたよな。ていうかまた変なもん……いやこれは止めるべきなのか?」


 彼女はふと思う。あの時は気にしてなかったが、今後の教育とでも言うべきか。それを少しづつ教えていく中でこれも止めるべきなのか? 昨日の話でもそうだが万が一だってある。ならば止めるべき。だがそれは本当にグリルにとっての幸せなのだろうか?

 彼女は明らかに人間とは違う生き物。故にその生物なりの常識や価値観、そして食べれるものだって違う。であれば、それを尊重することこそグリルにとっての幸せに繋がる可能性は高いのだから。


(う、うーん。分からん。なんて言えばいいのか……)


 彼女がそう頭を悩ませていると……。


(何だ? なんかあっちの門のところ騒がしくねぇか?)


 何やら彼女達が先程通ったこの街の出入口である関所の門周りが少し騒がしい事に気づく。

 何があったものかと声のする方へ向かって行くと、一人の女に絡む男が三人ほど居た。


 男達はどうという事のない木端なゴロツキだが、女の方はかなり特異な外見だった。

 まず紫を基調とした金色模様の刺繍の入った中華服を着込み、主には紫色の髪色、髪型はポニーテールで所々黒色が混ざっていた。


「ちょっとそこどいてもらえる?」


 絡まれた女はそう言うも、男たちはヘラヘラした物言いでそれを拒む。


「へっへっへ嬢ちゃん。そいつぁ無理だなぁ」


「ここより先は俺達の道だ。余所者がその足で踏み荒らしたきゃあ俺達に上納金を払うんだなぁ」


「そうだぜぇ? 俺達が役人に変わって徴収だぁ」


 どうやら女は余所者らしく偶然彼らに目を付けられたせいでこのように通せんぼをくらっているようだ。

 しかも関所前でだ。本来ならば関所の人間といった人達が取り締まるべき事柄であるはずなのに、鎧を着込んだ役人達は無視を決め込んで他の作業や街へ出入りしようとする人達の相手ばかりをしている。

 単に忙しくて手が回らないのかもしれないが、彼女が異国の民であるせいなのかもしれない。


「何のこと言ってるかサッパリだけど。これ以上はやめて欲しいね。これでも短気なんだ」


 女がそう告げると真ん中に立つリーダー格らしき人物が答える。


「だからなんだよ? えぇ? 脅しのつもりかァ? そのほっそい腕でどうしようってんだ? あぁん?」


 そう言って男は自身よりも背が低い女に自身の顔をずいっと近づけてあからさまにガンを飛ばして挑発と威嚇をする。

 しかし女はそれを受けても顔色一つ変えずに淡々と話し始める。


「それじゃあ聞くけど君たちは『敵』なの?」


「ああん? どういう意味だ?」


 男たちやそれを聞いた周りの人間にだって彼女の発言が意図している事は分からなかった。それに敵と言えば敵ではあろう。現に彼らは彼女の邪魔をしているのだから。しかし彼女の物言いはもう少し特別なモノのように感じるからだ。

 彼女は男の問いにどうと答えることなく続けて言う。


「だぁからそこが大事で重要なんだ。それに『敵』じゃないなら素直にどいてくんない?」


 外見からわかる通りの異国の人間故に少し言動がおかしいのもあるが、何より彼らは彼女のあっけらかんとした態度がますます気に食わず、拍車を駆けていく。


「嫌だと言ったら?」


「それは勿論……殺すしか無いよ?」


 まさしく衝撃的な発言に周りの人達も堪らずどよめき始める。そしてその言葉を真っ向から受け取った彼らはほんの少しキョトンと間を置くもすぐさま腹の底から笑い声が込み上げ、爆発する。


「うぉ……ぷっははははは!! おいおい何言ってんだよ嬢ちゃん! こんな白昼堂々やる気かい?」


「この女炎天下で脳みそヤッちまってんじゃねぇですかい?! 正気じゃねぇや! これだから異人はよぉ!」


「そうだぜ! 馬鹿言ってんじゃねぇよ! だいたいどうするってんだよ!」


 男たちは女の発言をまともでは無いと吐き捨てる。だがそれは彼らのみならずその場にいた誰もが抱いた感想でもある。このような関所前で堂々と殺害予告をするのだから正気ではないのは確かだ。

 彼らの言動にピクリと反応を示すことなく女は言う。


「いいから、いいから。そんなお山の猿みたいに鳴かないでくれる?」


「あぁ?」


 あからさまな罵倒。それを受けて彼らは陽気な空気から一変してどんどん悪くなっていく。

 そして女は最終警告の如く再度敵かどうか彼らに聞き出す。


「それでどうなの? 敵なの? 敵じゃないの?」


「そこまでコケにされちゃあしゃあねぇ。嬢ちゃんには世の中の厳しさっつうもんを俺達で教えてやらないとなぁ!」


 そう言ってリーダー格の男はその問いに"YES"と答えるように少し前へ出て挑発する。

 取り巻きの男たちは調子のいい言葉を並べ立て始める。


「そうだぜ。そうだぜ! 教えちゃってよ兄貴!」


「よッ筋肉自慢! 筋肉大臣!」


 彼の返答を受けた女は少しため息をつく。


「はぁ……もうしょうがないなぁ」


 そう言うと女は後ろへスタスタと男から距離を取り始める。一定の距離まで来ると、男の方へくるりと回って体を向ける。そして両手を合わせて少しお辞儀しながらこう述べた。


「どうも初めまして。京極凛風きょうごくリンファです」


「うお!? てっテメェその瞳は龍人か!?」


 なんと女が挨拶を終えたと同時に開かれた瞼からは先程までの黒い瞳から一変して黄金の瞳に一筋の蛇のような鋭い縦線の赤い瞳孔が現れたのだ。

 それはまさしく龍や龍人族特有の瞳であった。


「ただの血を引く者だから正確には龍人とは言えないかな」


 女は自身を龍人ではないと否定する。しかし女の変わり果てた瞳を見てから様子の変わった男は怯えた口調で捨て台詞を吐いてしまう。


「ちっ畜生ッ! お、覚えてろ!」


 様子の変わり果てた男に取り巻きの男たちはたじろぐ事なく喋る。


「あー……出ちゃったよ兄貴の悪い癖。コレがなきゃなぁ……筋肉も泣いてるぜ」


「あぁ。兄貴は龍人特有のあの鋭い目が特に怖いんだよな。昔その目でガン付けられてからビビっちまうようになっちまったのがなぁ……唯一ダセェよな」


 どうやら彼らにとっても初めての出来事ではないらしく、いつもの事かのように喋っていた。


「う、うるせぇぞお前ら!!」


 取り巻きの男たちの言葉を煩わしいと吐き捨てる彼に女は歩を進めて近づき始める。


「うお、ッおい! 何近づいてきてんだよお前! コッチ来んじゃねぇ!!」


 男は近づくなと言うが女はそれを意外な事のように言う。


「え? でも挨拶しちゃったし殺さないと……」


「どこの世界にそんな野蛮な常識あんだよ!! ふざけてんのか!」


 彼は半狂乱状態で怒る。

 だが女は気にせず近づいて行きながら答える。


「いーや。何もふざけてないよ。それにうちの家訓だし」


「知るかッ!! そんなこと! 押し付けてくんじゃねぇ!!」


「でも戦闘前の挨拶しちゃったし、敵認定しちゃったしぃ……」


 女は心底困ったような様子で答える。その言葉にはどうしようもなく変え難い何かによる強制力が働いているようでもあった。女一人の自己判断では覆せないと言わんばかりに。


「な、何なんだよお前!! 怖すぎるぅ!!! ヒィエエエエ!!!」


 男は女のうちにある狂気とも言えるものに触れてしまった事に心底怯えてしまいとっとと逃げていってしまう。


「あッ! 待ってくださいよ兄貴ィ!」


 取り巻きも逃げた男に続いて行く。女は無言で彼らの背中を見続けたのち、独り言を喋った。


「あーあ。行っちゃった……。まぁいいか、家の者が見ているわけじゃないし見逃してもいいかもね」


 そして一部始終を見ていた紅音は心の中で感想を漏らす。


(何だあの紫色の中華服みたいな服着ている女! あ、あれはヤバい奴だな。関わらんとこ)


 関われば碌なことにならないと思った彼女はそーっとその場から離れようとする……が。


「アレッ! 君もしかして……」


 何とその女の方から絡んできたのだ。彼女はこれは不味いと冷や汗を流す。


(うわ! 目が合っちまったし何か話しかけてきやがった! 今すぐ逃げよう。うん逃げよう!)


 彼女は女から急いで逃げようと反対方向へ走る。


「ちょっと無視しないでよ?! ねぇ?」


 しかしそれは無駄に終わった。逃げようとする彼女に女は驚異的な跳躍力を持ってしてアクロバティックに彼女の頭上を飛び抜けて目の前にスラリと立つ。


「ワァッ!? ……な、何だよ! 何も持ってねぇぞ!!」


「うん? ああ別に輩とかじゃないから安心してよ」


 およそとても信じられるものではない言葉を女は言ってのける。

 それに思わず彼女は心の中でツッコんでしまう。


(今さっき人一人殺そうとしてたやつが言う言葉じゃねぇよ)


「じゃあ何の用だよ」


「君もしかしてだけど同郷? 同郷だよね?!」


 女は食い気味に聞いてくる。どうやら紅音をひと目見た瞬間から同郷の者と思ったそうだ。

 だが彼女からすれば何故そのように思われた理由が全くわからないため、純粋に疑問の言葉が出てくる。


「えっ何でそう思うんだよ」


 彼女の問いに対し女はさも当然のことのように答えた。


「何でって、その顔立ちは完全にコッチ側の顔つきだとも! どう考えたってここじゃない異邦人の顔つきだし。何ならコッチ側の顔つきだし」


 女曰く紅音の顔は彼女の住む地方特有の顔立ちらしい。

 その言葉を聞いて紅音もその女の顔がやや日本人っぽいと感じ始める。


(言われてみりゃあコイツの顔つき……日本人っぽいというかアジア系ではあるな。それによくよく考えてみたらここの奴らの顔つきはアタシが元いた世界で言うところの外人の顔つきだ。……具体的に何系とかは分からないがそういう顔つきだ。つーことはコイツの故郷ってまさか……)


 もしかしてと思った彼女は何の気無しに質問してみる。


「あーもしかしてそれ、島国だったりする?」


「ん? まぁそうだけども……同郷じゃないの? うちはザジパング諸国中央部から来た京極凛風きょうごくリンファって言うんだ。よろしくねって、あぁ今のは大丈夫。普通の挨拶だから」


 女――凛風リンファは改めて名乗る。取り敢えず挨拶し返さないと不機嫌になって何かされるのもまずいと感じたので彼女は挨拶し返す。


「あっそう。アタシは神閤紅音かんごうあかね。正直よろしくしたくないがよろしくな」


 彼女に続いてグリルも挨拶する。


「私はグリルです。よ、よろしくお願いします」


 グリルの挨拶を聞いた彼女はグリルに屈んで寄り添い凛風リンファには聞こえないように小声で言った。


「願うな願うな。グリル、こういうやつに社交辞令は効かないぞ。絶対額面通りに受け取るからな」


「グリルちゃんは素直で物の怪っぽくて可愛いね。改めてよろしくね」


 凛風リンファは彼女がグリルに言っていたことが聞こえていたのか露骨な物言いでそう言った。

 だがそれをよくわかっていないグリルは気にせず凛風リンファが先程言った言葉をについて質問する。


「物の怪って何?」


「ああここで言う魔物のことだよ。……っていうかこっちの質問にもそろそろ答えてほしいんだけど?」


 凛風リンファはいい加減彼女に同郷かどうか答えて欲しいようで、彼女はどうと答えるべきか少し悩んだもののキッパリと否定することにした。


「まぁ結論から言えば違うな。血統は……近いかもしれないが」


「じゃあ同郷だね」


 凛風リンファはトンデモ理論を彼女に押し付ける。無論彼女はそれを真顔で否定する。


「うん違う」


「まぁまぁ住めば都。話せば良き友って言うし」


「言わねぇよ! 前者はともかく後者はねぇよ!」


「へぇ。同郷じゃないのに前者の言葉は知ってるんだ?」


 どうやら先程の言葉にちょっとした鎌をかけていたようで、彼女はそれにまんまとハマってしまったようだ。何か不味いと感じた彼女は少し顔を青ざめてしまう。


「えっ……ここじゃ言わねぇの?」


「少なくともうちが出会ったここの人じゃあ一人もいなかったね」


 と、凛風リンファはそう言いながら怪しげに笑う。

 それを見た紅音は蛇に睨まれた蛙のように少し縮こまってしまう。


「そ、そうか」


「うーん。紅音だっけ? 何だか不思議な感覚。同郷かもって興味湧いたけど違うみたいだし……それでいてこちらに対して幾ばくかの知識もありそうな様子。俄然興味が湧いてきたね」


 ますます凛風リンファは彼女に興味を抱く。厄介なことになってきたと思った彼女はそう悟られないよう苦笑交じりのジョークを言う。


「ああその……そんな風に変に期待されて興味持たれるのは困るんだが……」


「まぁまぁ良いじゃないの! それでこの後予定ある? 少しお話しようよ」


「え!? ああえーっと……」


 まるで獲物を追い詰めるが如く、凛風リンファはにじり寄ってくる。

 お前みたいなあからさまにヤバイ奴と呑気に茶ァ交えてお話なんてするわけねぇだろ! と、言わんばかりに彼女は心のなかで慌てふためいていく。


(何がお話だ! 初対面距離感バグ野郎め! オメェみてぇなあからさまにヤバイ雰囲気持った奴と誰が好き好んで話すもんか! なおのことさっきのゴロツキとの会話聞いてたらねぇよ! だが今のアタシには丁度予定がある)


 幸か不幸か。普段なら暇を持て余すような彼女には直近の予定がある。それを告げさえすれば誰であれ、流石に相手も引くだろうと踏み、実行に移すのだった。


「悪いがダンジョンで素材集めしなくちゃいけないんだ。お前さんの誘いには乗れねぇよ」


「そうなんだ。じゃあついて行くね」


「は?」


 一切の迷いのない返答に流石の彼女も困惑してしまう。今確かに、確実にやんわりと断ったにも関わらず、凛風リンファは気にも留めていないようだった。

 何を言っているのか理解できないという顔をしている彼女を見た凛風リンファはもう一度言う。


「だからついて行くって言ったんだ。聞こえなかった?」


「いやいやそういうことじゃねぇよ。ダンジョンは危険だぜ? そんな場所にお、お前さんを巻き込めねぇよ!!」


 どうしても凛風リンファを遠ざけたかった彼女は自身でもわかってしまうほどの嘘を言ってしまう。

 それを他愛もない冗談と受け取った凛風リンファは笑いながら言う。


「何言ってるのさ! 見た感じ君の方がうちより弱そうだし、それにこう見えて魔法使いなんだぜ」


「魔法? 見た感じ拳法とか使いそうだが……」


 彼女は違和感を覚える。凛風リンファの服装は彼女の知るところのチャイナ服。つまりは魔法使いというよりかは中国拳法でも使うようなタイプに見えるからだ。

 そんな素朴な疑問に凛風リンファは答えてくれた。


「まぁうちの家系っていうか国じゃあ妖術とか言うんだけど……まぁ言い方が違うだけで他は魔法と同じだし、それに魔法以外の戦闘技術として拳法や剣や槍といった技も使えるし、どちらかと言えばそっちメインだけどね」


 彼女の家系では適性のある魔法使いには一家相伝の秘技と格闘術を極めるように幼き頃から死と隣り合わせになるほどの想像を絶する指導を受けている。格闘技術を備えさせる理由の一つには術者特有の近接戦闘における脆弱性を補うためである。

 これにより戦闘での近中長距離に置いて優位性を取りやすくなるという利点もあるため、魔法の才能を持つものには必須とされる技術であり、魔法に頼り切りになるような『誉れ』や『誇り』とは程遠い卑怯者を生み出さないようにするための策である。


「じゃあ魔法は少しだけ使えるってことか?」


「ああいや、ここの魔法使いと同じで普通に魔法使いなのは間違いないんだけど、ここの人達の魔法使いって後方支援みたいな感じで仲間に守られて戦う人多いでしょ? うちじゃ自分の身は自分しか守れないみたいな考えだから近接格闘を主流とした魔法使いを育てているんだ」


「そんなやつ……あ」


 自ら進んで殴ってくる魔法使い。そんなやつは見たことも聞いたこともない。そう思いかけた彼女だがそれに該当する人物と戦っていたのをふと思い出す……が、すぐに気を紛らわして考えないようにした。


「まぁ少なくとも間違いなくここの魔法使いよりかは肉弾戦は出来るだろうね」


「そ、そうなのか」


 話を聞く限りでは戦いにおいてはとても優秀で自身よりも遥かに強いと確信せざるを得ないが、如何せん信用できない人物ではある。そのため彼女は大いに悩む。


(じゃあ連れて行くか? 実際強いやつが居ればダンジョンでの魔物との戦闘は楽になるだろうが……コイツをぉ? いやぁ無いな)


 悩んだ末、やはり信用できないと思った彼女はとても言いづらそうに告げる。


「だが初めて会ったばかりのお前さんを連れて行くのはやっぱりぃ……」


「あっそう……それじゃあまた今度」


「えっ!? あ、ああそれじゃぁ」


 意外にも凛風リンファは彼女の提案を飲み始める。なんだかんだと言われると思った彼女にとっては驚きであり拍子抜けでもあった。


(何か急に引いてきたな。もっとグイグイ来るものだと思ってたが……)


 そう感想を漏らした彼女だったが異変に気づく。それは『また今度』と言った凛風リンファが一向に動かないのだ。何処かへと去ることもなくじっとそのままそこに立っているのだ。


「……あの。また今度? だよな? そう言ったよな?」


「そうだね」


 凛風リンファは平然と肯定する。

 それのおかげでなおのこと彼女は困惑した表情を浮かべてしまう。


「じゃあなんでさっきから動かねぇの?」


「え? それは気分だよ」


 凛風リンファの気分という言葉に彼女は少し顔をしかめてしまう。


「ああそう……『気分』ね。……それじゃあな」


 彼女は薄々察しているが試しに目的地へと先へ進んでみる事にした。

 ……後方からこちらを追う足音が聞こえてくる。


「やっぱり着いてきてるじゃねか!!」


「いや、そんな事ないよ。たまたま進行方向が同じなだけだよ」


 白々しくも凛風リンファはそう言ってのける。

 彼女はため息を付きながら応える。


「……ああそうですか、そうですか」


(こいつこの調子で着いて来る気満々じゃねぇか!! だがもう何言ってもはぐらかされるに決まってるし……諦めるか。はは) 


 最早何を言っても着いてくるであろう凛風リンファに彼女はもう何も言う気になれなかったのだ。

 こうして三人はCランクダンジョンの【ほとりのレカンイル地下迷路】へ向かって行くのであった。


 ◆


 紅音が『カイザール魔術付与エンチャント工房』を去ってしばらく時が経った頃、店の店主であり高人ヒューマン族と窟人ドワーフ族のハーフであるマレスニア・カイザールはダンジョンへと向かっていった彼女について考えていた。


「にしてもあの女。大丈夫か? 随分と危うげな雰囲気だったが……まぁあんなんでも冒険者やってるっていうんだ。引き際くらい弁えてる筈だし、そうじゃなくて野垂れ死んでも……あたしには何も関係無いしな」


 端から見れば薄情な言葉ではあるが、これも厳しい情勢を生き抜くための一種の割り切りである。

 そしてそんな独り言を言っている時だった。店の扉が開かれ、怪しげな客が二名入店する。


「ん、らっしゃい」


 彼女はほどほどな愛想で歓迎の言葉を送るが、露出した肌のほとんどの部分が傷だらけの男は彼女の下まで一直線に近寄り有る物をカウンターの上に置いて見せながら話しかける。


「こういう女を見かけなかったか?」


 男が見せてきた紙にはこう書かれていた。

『赤紫髪。後ろ髪を二箇所に分けて結んでいる。高人族の異邦人女。目付きが悪い。黒髪で口が多く付いた魔間種の子供を連れた二人組』

 彼女はこの紙に書かれた人物に心当たりがあった。だからといってそれをわざわざ教えてやる義理はない。そう、本来ならばそんな義理はない。だが男が見せたもう一つの物のせいで、それを無視することは出来なかった。だから彼女は教えることにした。


「……ああそいつならさっきここ来たよ」


「何処に行った?」


「近場のあのダンジョン」


「そうか。どれほど時間がたった?」


「今さっきだからな。まだダンジョンにすら入ってないんじゃないか?」


 彼女がそう言うと男たちは何やら話し合いだし、互いに相槌を打ったところで彼女に告げた。


「そうか。協力感謝する」


 そう言い残して彼らは店を後にした。

 彼らが出ていった後、彼女は独り言を呟く。


「……邪悪の秩序イビル・オーダーの紋章。しかもあいつらのあの様子的に賞金稼ぎってところか……何したんだかな」


 そう言うと彼女は天井を見つめる。


「あたしには……関係ねぇ事だ。もはやな」


 ◆


「ケイル。狙いの山はどうやら近くにいたようだな」


「ああそうのようだね。セリスティール通貨でざっと懸賞金二十万セール。しかもただの女という情報だ。こんなに美味い話はないよ」


「ああ。だからこそ少し仕込みをしておこうか」


「ああ。僕らの『異能』に関わってくるしね」


「それでは速やかに向かわねばなあのダンジョンに……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。

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