第25話 死闘! 二匹の獣に弄ばれる運命の天秤
その間、彼女はその巨獣を倒す方法を模索しながらメイスを金に変えていく。
(さーて、どうしたもんか。獣だけあってかなり動きは速いだろうしな。近づかれるのはまずいか。それにアイツに触れて全身を金に変えるにはだいぶ時間が掛かりそうだな。何度も
「……そんじゃ取り敢えず、あのダンジョンでの戦いみたいにメイスの尖端をアイツにぶち込んでみるかッ!!」
彼女は狙いを済ますようにメイスの尖端を獅子の顔に向けてそれを解き放った。
勢いよく柄が伸びて解き放たれたメイスの尖端は真っ直ぐ進んでいったが、それを彼は軽々と避ける
「チッ避けたか!」
そう彼女が反応するのとほぼ同時に彼は彼女に向けて青色の魔法陣を展開して攻撃しようとしてくる。
「【
彼が魔法陣を展開して獣の言葉で魔法を詠唱するも、魔法陣を見た彼女はすぐさま防御に徹した。
「うお! 【
放たれた高水圧の水属性魔法は彼女が生み出した巨大な金の盾によって防がれる。
その隙に彼女は彼の隙を突くために、そこから移動することにした。
「このままじゃジリ貧だ。今の内に距離を取るため逃げるか!」
彼が魔法を発動している間に彼女は急いでバレ無いようにそこから離れるも、とある疑問が脳裏をよぎった。
(いや待てよ。アタシがどんなに逃げて隠れたとしてもアイツは獣だ。きっとその嗅覚でこっちの位置を割り出してくるに違いない! じゃあ逃げ隠れての待ち伏せは意味ねぇか)
そう、彼はあくまで獣。個体を識別したり縄張りを感知するのもその嗅覚あってこそだ。彼からすれば人間という個体も他の獣と同じく匂いでしか違いがわからない。
勿論ちゃんと視覚は機能しているからそれで判断することも出来なくはないが、本能的な部分はやはりその嗅覚にある。
そしてその事に気づいた彼女は自分が今着ている服に視線を向けた。
(そういや匂いと言えばアタシが今着ているこの服。あの店で買って以来禄に洗ってねぇな。体は濡れた布で洗ってたが服まではやってなかったな……)
彼女が今着ているのは冒険や戦闘に向いていそうなごく一般的な服。そしてそれをほとんど洗わなかった……いや洗えなかったその服は今や彼女の肉体から醸し出す体臭以上にその匂いが付着し、周囲に解き放っているだろう。
これに獣としての習性を掛け合わせることで、彼女は名案を思いつく。
(そうだこれだ! この服はアタシの匂いがアタシ自身以上に十分溜まっているはずだ。これを囮にして誘導してみるか)
「じゃあ急いで脱がねぇとな」
彼女はせっせと脱ぎ始める。
……彼女としても流石に全裸になるのは嫌なので上着とズボンのニつを脱ぎ去った。
「下着だけになっちまったな……。まぁいいや、これを……そうだな。金の人形でも作って着せるか」
彼女は木をほんの少し金に変えて、その表面から人型の金を抉り出す。
そしてそれに先程脱いだ彼女の服を着せていく。
◆
一方、魔法の発動を止めた彼は金の盾の裏側に居るであろう人間を殺そうと
(ぬう! まさか水の魔法というやつでも壊せぬとは……。だがどれほど硬い岩で身を守ろうとした所で、所詮はその裏側から出られやしないはずだ! 一気に畳み掛けてくれる!)
彼はすんでのあと一歩の所で止まり、そこから勢いよく裏側へ周って彼女目掛けて攻撃しようとする。
だがそこでやっと彼は気づくことになる。
(何!? 居ないだと! いつの間に消えた!)
彼はこの時初めて彼女が既にそこには居なかったことに気づく。
どうにも周辺に水が散った所為か、現在の彼女の正確な位置をその嗅覚で掴めていなかったようだ。
(クソッ見失った。……それにしてもこの硬い岩。俺の王と何か同じような力の本流を感じる……。だが何にせよ、あの人間の位置は今一度集中すれば匂いで分かる。……こっちだな)
彼は先程彼女がこっそりと逃げた時の道筋を匂いの残り香で当てて進んでいく。
そうして少し進んだところまで匂いを辿って行くと、彼女が隠れ潜んでいるであろう位置を特定することが出来た。
(あの木の裏から奴の匂いを強く感じ取れるぞ。ならば、一気に仕留めてくれる!)
彼は今度こそと、息を殺して近づいていく。
…
そしてその先に居た人型の何かにその鋭い爪で攻撃するが……。
(何!? 何だとッ!? か、硬い! この人間も硬いぞ!? いや待て、何だか色みがおかしいぞ? だが匂いはあの人間そのもの……どういうわけだ?)
そう、木の裏に居たのは彼女の服を着た黄金に輝く何かだった。
彼は困惑する。彼が今まで相対した人間とはまるで違う。その姿に、その硬さに。
そしてこの硬さや見た目は彼からしても先程の岩と同じ物に思える。だが匂いは決して嘘を吐いていない。だと言うのにどうして他の人間とこうも違うのか、彼は理解できずにいた。
(俺の鼻は間違いなくこれをあの人間だと言っている。だが俺の目にはそうではないように見える。……どういうことなのだ? これはあの人間であって人間じゃないのか? ……まるで意味が分からん。それに何だか嫌な予感がする。……周辺に異変がないか見渡してみるか)
そう思った彼は獲物から視線を外し、周囲を見渡そうとする。
その時だった。彼の後ろ右足に突然触れるものが居た。
「おりゃ! 【
彼女は勢いよく彼の後ろ右足にしがみつく。彼女は近くの地面に潜んでいたのだ。
まず地面を金に変えてそこに潜り、近くの葉っぱや土を適当に掻き集めて上に乗せる。流石に完全に地面に潜ると窒息するので、そうならないように顔だけ出せる程度に穴を作っていた。
普通に気づかれてしまう危険性はあったが、運良く彼があの囮の金人形に注意を払っていたのでなんとかなったという次第である。
そして突然後方から何者かが現れたことで彼は酷く驚いた。
(な、何!? 俺の後ろ足だと!? どういうわけだ!)
彼はそれを払い除けようとする。だが、触れた瞬間から金へ変えただけあって彼の右足はみるみる金へと変わり侵食していく。そう……ここからが彼女の作戦の本領なのだ。
「オラオラァ! 放さねぇぞ!」
彼はジタバタと四肢を動かして抵抗するも後ろ右足だけは動かせずにいた。
(くっ! 何だ!? 凄く重いぞ! それどころか奴に触れられている足が……う、動かせない!!)
彼は自分の足に起きている異常を尻尾である蛇の目で確認する。そこには彼女の姿が写っており、やはりあれはあの人間の匂いを放つ人型の岩でしかなかった事を理解する。
すると彼女は突然、金に変えた彼の足に穴を空けてその中へと入り込んでいった。
彼女は心の中で自分の作戦が順調に行っていることに心の中で満足し始める。
(よし! こいつの後ろ足を掻き分けて中へ入り込む。こうすれば尻尾の蛇だろうが何だろうが攻撃しようたって届きやしない。このまま待てばコイツはやがて全身金になる! アタシにしてはなんて完璧な作戦なんだ)
彼女の言うとおりこのまま上手くいけば彼は金と成り果てて死ぬであろう。だが、彼とて自分の体が自分の物ではなくなっていくという恐怖とも呼べる感覚を味わいながらこのまま手を
(グッ! 何だか足の感覚まで奪われてきているのを感じる! こうなれば俺も覚悟がいるが……やむを得ん!! ぐおおおおおおおおおお!!)
そう思うやいなや突然彼は悲鳴のような咆哮を上げ始める。
獣のその叫び声を聞いた彼女は驚く。一体何が起きたのか? いくら金へ変えているとはいえそのように絶叫するものだろうか? 勿論もしそれが知性ある人間のような生物だとするならば何もおかしいことではない。だが彼女にとって彼はあくまでただの獣でしかなく、知性の有無など分かるはずもなし。
明らかに様子のおかしい獣の行動に違和感を覚えた彼女はほんの少し顔を出して様子を見ることにした。
「おわ!? 何だァ?! 急に咆哮なんて上げやがって……一体何が起きたんだ? 危険かもしれないが、ちょっと様子見てみるか」
彼の咆哮が止んだ所で彼女はゆっくりと獣の右足から姿を表す。先程まで忙しなくジタバタと動いていた獣による雑音は不気味なほどに聞こえなかった。
そして彼女は上を向く。そこに獣が居る、そう思って……。
「いぃ!?」
彼女は酷く顔を引つらせて驚く。後ろ右足とくっついている筈の獣本体の姿が無かったのだ。だが単にそこに獣の姿無かったからではない。彼女は上を見た時赤い液体が激しく滴るのを見たのだ。
つまり彼は自分の体全身が金へと変わり果てる前に自身の後ろ右足を犠牲にしてそれを回避したのだ。
「【
彼女がその血にあっけにとられている間に、獣は赤い魔法陣を展開して魔法を既に詠唱していた。
その獣の言葉に彼女は気づき、放たれる魔法を回避しようと急いでその金塊の中へ避難する。
「まずッ!」
彼女がそう言うと同時に炎の魔法は彼女へ向けて放たれる。
その炎を喰らわないように反射的に外の様子を見るため広げていた穴を塞いでしまう。
それにより中は外界の光を通さない真っ暗な空間となり、無事炎の魔法攻撃を喰らわずに済んだ。
(ふー何とかなったぁ。あっぶね、あっぶねって……ん?)
安堵するのも束の間、彼女は何か異変に気づく。
(何か熱くね?)
金は熱伝導率がとても高い物質。彼女が異能で生み出す金と言えど、その性質は紛うことなく存在したいるのだ。
彼女はあまりの熱さに慌てふためいてしまう。
(あっつ、あっつ! やばいやばい、このままじゃ蒸し焼きになっちまう!!)
(急いで地面に――ッ!!)
ここで彼女は別の問題が既に発生していた事に気づく。それは今の金の中は完全な密閉空間であるという事だった。
(ハッ! 今この瞬間もそうだが、地面に潜れば完全な密閉空間。つまり酸素がない! だからこそ地面に潜ったらば、急いでどこかの地面に顔出さなきゃなんねぇ……だが、一か八かやるしかない!)
そう覚悟した彼女は大きく息を吸って頬袋と肺を空気で満たす。
「フッ!!」
そして水の中へ潜って泳ぐ様に彼女は地面を金に変えながら進んでいく。
(うおおおおおおおお!! 逃げろおおおおお!)
彼女は泳いでいく出来るだけ遠くへ行けるように。もしすぐ近くで顔を出したらば、あの獣に前足の爪で彼女の頭を地面ごと抉り飛ばされかねないからだ。
彼女は必死の形相で進んでいく。真っ暗な地面の中、それは彼女の方向感覚や現在の位置情報なんてのを殺し、出来うる想像の域を既に超えていた。
今出たら奴と鉢合わせるかもしれない。いや、もしかしたらもう出ても良いのかもしれない。外へ出ようとしてもそこは木の上で、上へ行けども行けども木の中を進んでいるだけなのかもしれない。
そんな不安と恐怖が彼女の心襲う。だが分かりきっていることは一つだけ、息が苦しくなり始めたら外へ出るしか無い。……それだけだった。
(ウッ! もう駄目だ限界だ! これ以上は窒息死してしまう! そ、外に出るしかねぇ!!)
「ガハァッ! ――ッ! ――ッ!」
彼女は息を荒くして地中から外へと身を乗り出す。そして同時に辺りを見渡して周囲を警戒する。
どこかに奴が潜んでいるかもしれない。奴がまだこちらを発見していなくとも近くに居る可能性が高い。そう思いながら索敵を続けるも、何の気配や音すら感じ取れなかった。
「ど、どういうわけだ? 奴も見失ったのか? じゃあどこに……」
彼女は意識を集中するも、ただ激しく鳴り続ける彼女自身の心臓の音しか禄に聞こえなかった。
彼女は訝しんだ。もしかして先程の攻撃で奴はアタシを殺した。そう判断してどこかへと去っていったのか、と。
「だが、獣って基本的には獲物を食うために戦うもんだよな? それにあれで終わり? ……なんだかあまりそう思えないな」
彼女は考える。あの獣の行動原理を……。何故居なくなったのかを……。
「もしアタシが獣だったらしばらくは周囲を散策しながらアタシを捜す……気がする。まぁでも何にしたってそう簡単に切り替えられるとは思えねぇし」
激しい戦闘の末、後ろ右足を持っていかれた相手をそうそう見逃すとは思えない。だが所詮は獣。金の中に隠れた人間の安否に例えそこから
ならば、獣はどこへ向かったのか? 考えられる事としては二つある。
「流石にアイツも大怪我を負ったわけだし、大人しく住処へ帰ったとか? それかアタシ以外に狙いを定めたとか? もしそうならあの冒険者連中とかか? それとも近くにたまたまペネトレイトでも隠れていたとか?」
その時彼女は思い出す。ペネトレイトに置き去りにされたことを……。そして彼の言葉に良くも悪くも信じ切ってしまったことに……。さらにいくら彼が自分より冒険者的に専門家でも自分で考える事なく脳死で従ってしまうと、こういう事に成りかねないという可能性を想定できなかった自分自身の甘さなどに怒りと悔しさが湧き上がる。
「ペネトレイト……次会ったら絶対ぶん殴ってやる」
そう思うのも束の間、それを言うならば一番狙われる可能性が高い人物が居た事に彼女は気づく。
「……え。いや待てそんな……まさか」
そんなまさか。そう思うも可能性は何もゼロじゃない。無論大人しく住処へ帰っている方が可能性は大きいだろう。だが、万が一そうだとするならばどうだろうか? 獣によっては狙った獲物は逃さないとも言う。
その狙いを済ました存在が別に彼女だけではないとしたら?
「クソッ!!」
何かを察した彼女は急いで地面の上へ駆け上がり、走っていく。どこへ向かうべきかは分からない。ただがむしゃらに走る事しか今の彼女の選択肢にはなかった。
「グリルーーッ!!」
◆
そして彼女から離れた場所にて自身の血を滴らせながら歩いている彼の姿があった。
彼は心の中で先程の戦いについて吐露する。
(ハァ……ハァ……。まさか俺が俺の後ろ右足を千切る事になるとは……。だが、これで良い。奴は……ふむ。どうやら匂いは感じない。これ以上奴と戦うのはやめておこう)
(それに獲物はまだもう一匹いる。ここから反対側の方向にいる獲物がな)
そう彼はもう一匹の獲物であるグリル目掛けて歩いているのだ。
当たり前だが失った足一本の影響はデカく、傷口の激痛と三本足という歩きにくさもあって思うように走ることは叶わなかった。
(肉だ! 今すぐ肉を食わねばならない。この傷を治すのにどれほど時間が掛かるかは分からない。だが俺の王がもしかしたら何とかしてくれるかもしれない。それまで少しでも腹の足しになる肉を喰らわねば……。だがこの足並みでは遅すぎるな)
彼は満身創痍ながらも、必死で向かう。そのために彼は空を飛ぶことにした。
未だ飛ぶという感覚に慣れていないものの、歩くよりはマシだとそう感じためだ。
(ぬう……。やはり少し慣れんな。だがこれで一気に目的の場所まで行ける!)
◆
紅音の言われた通りに逃げて隠れていたグリルは彼女の心配をしていた。
「紅音大丈夫かな? ……うぅ、でも信じて待つしか無いよね」
信じて待つしか無い。そう思った瞬間、彼女の耳に空から大きな風切り音が聞こえ始める。
「ん? 何だろう凄い羽音が聞こえるような……?」
一体何の音なのか、不安と共に気になった彼女は辺りを見渡すと例の巨獣を見つける。
そしてその獣は今一度、地面へ舞い降りて何やら周囲の匂いを嗅ぎ始める。
「わわ! あれはさっきのキマイラ!? 気づかれる前に早く逃げないと」
彼女はその獣に見つかる前にさっさと逃げなければと思うも、その獣の奇妙な行動に疑問を覚える。
(あれでもあのキマイラのあの様子、紅音と戦っている雰囲気じゃないよね? それに何か足の一本が無くなって――)
そうあの獣は今、紅音と戦っているはず……。なのにそういった様子は一切感じられない。
そんな不可解さの正体とも言うべきものを掴もうと彼女は無意識的に見つめ続けてしまう。
そして少し距離が離れているとはいえ獣と目が合ってしまう。
「あ! 目が合っちゃった気がする! 急がないと!!」
目が合ったことで彼女は正気に戻り、今自分がしなければならないことを思い出して獣から逃げ始める。
獣もまた自分と目が合ったものの正体を探り始める。
(今のは……ふむ。匂いもあちら側へ続いているということは……。いたぞ! あそこだな! 存分に喰らってくれるわ!)
彼は彼女を全速力で追いかけ始める。それ感じ取った彼女も全速力で森の中を逃げ惑う。
だが彼女は獣のように森の中を走り抜けられるほど慣れているわけでも体力があるわけでもないため、程なくして息は切れ始める。
「はぁ……はぁ……!」
(もっと遠くへ離れないと! ……私を追いかけてきている気がする! それにしても紅音はどこ行ったの? そんなまさかなんて事、無いよね?? どこ行ったの! 紅音!!)
走る際。彼女の脳裏に不安が募り始める。あの獣と戦っていたはずの紅音はどこへ行ったのか?
そのようなことは想像に固くない。そう……つまりは死んだのだと。もしそうでなければ今あの獣はどうして自分を追いかけ始めているのか? 彼女が生きているのならばこちらを追いかけるなどということは起きるはずがない。だと言うのにも関わらず、今ある現実はその真逆。
つまり彼女はもうこの世にいない。そう考える他無かった。
「はぁ……はぁ……。もう、これ以上は……無理、走れない。はぁ……はぁ……」
彼女は息を切らして立ち尽くしてしまう。そして走るのをやめた彼女のすぐ側に奴はやって来る。
奴はドシンッと重い地響きを鳴らして地面に着地する。
「うぅ……。もう、駄目なの……かな」
彼は彼女を目と鼻から伝う匂いで捕捉する。今度こそ追いつけた彼は彼女の元へ近づいていく。
(やっと追いつけたぞ。さぁ早い内に喰らわねば……。まずは下手に避けられぬように四肢を切り裂くなどをしなくてはな)
そう考えた彼は彼女が無駄な抵抗をしないように前足の鋭い爪で攻撃しようと、その足を振りかぶった……その時だった。
「コッチだァ!! キマイラァッ!!」
突然後方から大声で彼を呼ぶ啖呵の声が聞こえる。勿論それは人間の言語であるだから、彼が理解の及ばない人の言葉なのはそうだ。だがしかしそれだけはまるで獣のような咆哮に似たものを彼は感じ取る。
そして後ろを振り返り、
(生きていたか……だが、どうやってここまで来た? あまりにも早い……――ッ!? こ、この場所はコイツと先程戦った場所のほぼ近隣! そうか、俺はいつの間にか弧を描いて移動していた……そういうわけか)
「テメェ……。なにアタシの妹に手ぇ出そうとしてんだ?!」
「あ、紅音!」
グリルは安堵する。彼女が生きていたことに。だが決して状況は変わらず、好転しない。
このままでは二人まとめて獣の胃袋の中へと一直線だ。
「来いよ。テメェの相手はこのアタシだろ?」
そう言うと彼女は全身を金で覆い始める。そして顔だけ露出する程度まで全身を覆った。
それを見届けた彼は彼女との戦闘を避けることを諦め始める。
(……やむを得んか。この人間とはこれ以上戦いたくはないが、向かってくるというのならば最早狩るのみ。……これ以上俺の本能が傷つくような真似はせん。いや……これ以上は俺の王より寵愛を受けし者として引けぬッ)
全身を金で覆った今の彼女はこれにより奴の鋭い爪により攻撃を直に喰らうことはない。
まさしく完全無敵の鎧。だがそれもある一点の要素を除いた場合のみだ。そしてそれを彼は気づいていた。
(俺はお前が操るあの硬い岩の弱点を既に把握している。あの時、炎の魔法を喰らったあの岩からは異様なまでの熱を感じた。つまりはそういうことなのだろう? 全身を硬い岩で包んだ所で最早無意味!!)
両者、またも互いを見つめ合う。その静寂の最中……彼女が一歩、歩を進めたその時だった。
彼は赤色の魔法陣を瞬時に展開して魔法を詠唱し始める。
「【
炎属性による魔法攻撃をしようとする彼に対して彼女は避けようとする姿勢を見せることなく、無言でそのまま立ち尽くし、両腕で顔を覆った完全受け身の防御の構えを取る。
(喰らうが良い! 俺の渾身の魔法攻撃を!!)
魔法陣から放たれた魔法による火炎の渦は彼女の全身を余すことなく覆った。
さらにその魔法は先程よりも長く発動し続ける。今度こそ必ず殺すという強い意思が感じ取れるほどに。
「紅音――ッ!!」
そして全ての魔力を使い切った彼の魔法は発動を終えた。
辺りは焼け焦げるも、未だ溶けて崩れる事なく先程と変わらぬ人の形を保ったままの彼女の黄金の鎧とも言うべきそれは動くことなく、ただその異様な熱を外へ発し続けるだけだった。
「あ、紅音……そん、な」
(……死んだか? 得体の知れぬ奴でも自らが操るその硬い岩の性質までは理解していなかったようだな。……どれ、一応食えるとこがあるかどうか見てみるとしよう)
彼はゆっくりと様子を見るかのように近づいていく。
だがその時、彼の鼻からとある違和感に気づく。
(ん? なんだ? ……しない。しないぞ!)
そう……するはずものがしない。そうしないのだ。彼の鼻にはたった一つの
(焼け焦げたであろう肉の匂いがしないだとッ!?)
彼の言うとおり、彼女が身を守るために全身に着けた金の中からは一切焼けた肉の匂いなどというものは発せられていなかったのだ。
(どういうことだ! 一体……。物凄く嫌な予感がし始めてくるッ!! 早くここから逃げ――)
彼が何とも言えぬ危機を感じた。……その時だった。地中から声が聞こえてくる。
「巨大【
すると地中から物凄い地響きと共に、尖端の尖った巨大な金の柱が飛び出して来たのだ。
無論その上に居たのは言うまでもなく彼……ワンダーデザイアだった。
そう……彼女はあの時、彼に魔法で攻撃される前に自身を覆った金を敢えて残して地面へそのまま潜っていき、彼が居るであろう位置へ移動した後に技を発動したのだった。
そして見事その攻撃は奴の腹をぶち抜いていくッ!!
「グオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!!」
さらにそのまま勢いは止まることなく他の木々よりも大きく伸びたその攻撃に寄って、彼は腹から背中を一直線に貫かれる串刺しとなった。
(お、俺の王よ……面目……ない)
彼はその命尽きる瞬間、自身が王と仰ぐ存在への無念の言葉をただ心の中で吐露するだけであった。
そしてその巨大な金の柱の中から彼女が姿を表し始める。
「ぶはぁ!」
「紅音ぇええ!! 良かったよ!! 無事で本当に良かった!」
グリルは感極まりながら彼女の側まで駆け寄り激しく抱きとめた。
「ウッ……うぷ!」
「え? どうしたの紅音?」
どうにも様子のおかしい彼女を見たグリルは心配の言葉を投げかける。
実に顔色が悪そうな彼女はそれにえずきながらこう答えた。
「……すまん、グリル。吐く」
「え?! ちょっ、やめてええええ!!!」
彼女は激戦の末に勝利を勝ち取ることが出来た。だがその勝利の虹は彼女の胃の中からあらわれたようだったが……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。
応援やご感想等よろしくお願いします。
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