第19話 悪の円卓

 ある大都市の一角にて世界規模の反社会組織、『イビル・オーダー邪悪な秩序』の最高幹部である四人衆が円卓を囲んでの会議を開いていた。


「さて……皆様方お集まりのようですので、少々予定していた時間より早いですが早速会議を始めるとしましょうか」


 口火を切ったのは背丈格好の高いフルプレートを着用した男性だった。その声は鎧で少し曇っていた。


「会議と言えどもただの近況報告だろ?」


 そうツッコんだ人物は銀色の長髪に、目下には隈を浮かべた不健康そうな顔色で、魔女服を身にまとった低身長の尖った耳を持ったハイエルフの女性だった。彼女は手に持ったパイプで一服しながら彼に問うた。


「いえ、今回はそうでもありません。どうやら我らがお抱えのキッチン殺し屋調理任務をしくじったようですので」


 組織お抱えのキッチン殺し屋とは世襲制を採用したとある血族のことを指す。そしてその血族から稀に生まれる異能持ち、それこそが【万化変術ばんかへんじゅつ】という世界異能せかいいのうである。この能力はあらゆるものへと擬態できる。現に『それ』はトールの姿をもうしてはいなかった。あるゆるものへと擬態できるため、この場に居る者たちでさえその者の本当の姿や性別などは知らず、知った所で無意味なためあまり気にしていない。故に彼、彼女ではなく『それ』としか呼称できない。


 すると、彼の話を聞いたハイエルフの女性は吹き出す。


「プハッ! なんだァお前、あれほど調子こいてたのにな。はッ! いい気味だねぇ」


 嬉しそうに笑う彼女とは裏腹に『それ』は不貞腐れた表情でそっぽを向く。


「チィッ……元々ボクの予定は上手く行ってたっていうのに」


 そう文句を垂れながら、暇つぶし感覚で右手をスライムにしたり、ドラゴンの手に変えたりする。その様をあまり良く思わなかった純白のローブを身にまとった男性が口を開く。


「……お前の後始末に俺も付き合わされた事を忘れるなよ」


「はいはい……ってか、アイツの始末はお前の元々の仕事だろ?!」


 『それ』はそう異議を唱えるが、残念なことに彼の耳には聞き届けられなかった。


「よく動く口だな。縫い付けてやろうか?」


「アァァ??」


 彼の態度の悪さに『それ』も機嫌を悪くし始める。見かねた鎧の男はいさめ始める。


「落ち着いてください、皆さん。……取り敢えず状況をまとめますが、今回の件が失敗に終わったことでかねてより計画されていた件の揺るぎない遅延が発生いたしました。これは計画を今一度改めるか、一時中止を余儀なくされるでしょう」


 そう慎重な姿勢をみせる彼に対してハイエルフの女性はとある提案をする。


「もういっその事、集団毒殺すれば良いんじゃないの? ……それはダメなのかい?」


「グレンダーさん、それはあまりにもリスクの高い行為です。我々の独自の武力というのはあまり公にしていいものではありません。特に我々の実力というのは裏社会の噂話うわさばなし程度に可能な限り抑えたほうが何かと便利です。それに今回の食材目標は仮にも伯爵家です。そのように一掃してしまうと社会不安から一部での信用崩壊をも招きかねません。あくまでも食材目標の衰弱が今回の調理方法依頼内容です」


 彼女の提案をリスクが高いとして受け入れられないと懇切丁寧に彼は伝えた。それを受けた彼女は興味無さそうに返答した。


「そうかい。まぁわしの出番が無いのならそれでいいよ」


「今一度、言っておきますが我々は快楽殺人鬼などといった野蛮な存在ではなく、あくまで利益の追求をし続ける集団ですから」


 『それ』はその言葉に雑に肯定する。


「そうそう金、金」


「……さて、その問題については今後折り入って話を進めるとしましょう。それではローイスさん、例の件についてお聞かせ願いましょうか」


「ああ、これは俺がヤツを始末した後にヤツのアジトで入手した物だ」


 そうして彼がテーブルに提示したのは『赤い本』。著者は『アース・フリート』と綴られたものだった。


「なるほど、ではやはり彼もまたということですね。これで何かが進歩したと考えていいでしょう」


 何かに納得する鎧の男に対して、彼は疑問の言葉を投げかける。


「……こんな物集めてどうする? 脅威の排除という点においては賛同するが、このワケの分からないものに加担するような真似をしてどうする? 具体的になにかあるというのではなかろう?」


 彼が言う「ワケの分からないものに加担」というのは、この本に記載されている「同じ異能者と接触した場合は殺せ」という指示文についてだった。実際彼らは同じ異能者でありながら徒党を組み、闇組織を運営している。だと言うのに中途半端に興味を示す鎧の男に彼は危惧しているのだ。

 その問いに鎧の男は答える。


「まぁ確かにそうですね。組織の運営と利益追求だけであれば無視すべき事柄でしょう。……しかし気になりませんか? なぜ我々がこのような状況にあるのか、無差別のようでどこか法則性も感じられるようなこの状況に」


 すると、彼の発言にグレンダーは肯定するような言葉を投げかける。


「確かに気にはなる部分ではあるだろうさ。だが、情報がなさすぎるだろう? ひとえに世界異能と御大層な名前が付いている能力と言っても、かなりピンキリじゃないか。ほとんどが魔法なのか能力なのかの区別がすぐにつきづらいったらありゃしない! 唯一確実にわかるのはこの本を持ってる連中くらいだ」


 『赤い本』を持つ人物はナット・ガインのような境遇であれば確実に持っている。が、一部で能力を保有していても持っていない事例もあるのだ。


「ええ、そうですね。しかし、私はこれに大きな可能性を感じるのです。これには必ず何者かの意思が込められている。それを解き明かさず知らない内に利用されているというのもしゃくですし」


 それを聞いたローイスは納得したのか、やっと口を開く。


「……ま、それはそうだろう。ここに居る皆が入手過程は違えど、この本を手に入れているのだからな。例えそれが神であろうと、今亡き古代人による未来への贈り物だろうと、何であろうと良いようにされているようではこのような強大な組織なぞ茶番でしか無いからな」


「ご理解頂けたようで何よりです。それでは最後に、今回の件に偶然関わり妨害工作を弄したとある女性を粛清対象としてリストに入れておきましょう。……そういえばキッチン、粛清対象の名は何と言いましたっけ?」


「ん? えーっと確か……」


 ――『羽柴はしばミニル』

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*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。


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