《黄金旅記編》 祝杯と呪盃

序章:始まりの流星

第18話 旅の始まり

「ヤニがねぇぇ……」


 ふと彼女の口から零れ落ちたのはこれだった。あれから彼女たちは他の馬車にでも乗ろうとしたが、その日中の馬車の運行はあの時で終わっており、しかも次の馬車が来るまでそれなりの日数がかかるため、泣く泣く彼女たちは徒歩による旅を強いられるのだった。


「チクショウ……何でこうなるんだか」


 現時点での時刻は真夜中。彼女たちは今、野営をしている。街を出る際に徒歩で旅をするのに必要な物を購入した。それでテントを張り、火を焚いている。彼女たちが居る近辺は平原であまり大地の起伏は激しくなく森や林程ではないものの木々が所々に生えている。そして紅音はその焚いた火が揺らめく様を眺めながら座っていた。


(取り敢えず何かタバコの代わりなるかと思ってそこら辺の雑草むしって火ぃ点けてみたが……雑草は雑草だった。……クソ不味かった)


 ナット・ガイン戦で攻撃に使ってしまったためにあの葉巻はもう彼女の元には存在しなかった。だがこの世界にタバコの様なものは見当たらず、途方に暮れていた。次ゆく街で何かあれば良いなと思うしかないのが現状である。彼女は更に愚痴る。


「大体よ? 荷馬車の一つでも……って馬操れねぇんだったわ」


 彼女はタバコが無い事と徒歩で歩く事に辟易していた。彼女は旅の初日にてあまり代わり映えのしない道のりをただ淡々とあるき続けるという果てしない行為に精神的にも肉体的にも疲弊していた。


「はぁ……歩いて旅とかクソほど疲れるし、果てしなさすぎるだろ」


(それにアタシみたいなド素人が旅とか野宿とかすんのはアホほど命知らずな事だとは何となく分かってっから一応見張りしてるけどよ……。なんつーかもうそれすらどうでもよくなってきたな)


「……なーんかねぇーかなー? まぁそれはそうとしてアタシ自身の世界異能せかいいのう【エル・ドラード】の研究でもしますかねぇ。結構この能力汎用性高そうだし、何か閃ければいい感じに出来そうなんだよなぁ」


 彼女は適当にそこら辺の雑草を手でむしる。そしてそれを金に変えて、色々と頭でイメージしてみながら自由自在に形を変えた。球体、正方形、ひし形、お土産にあるストラップの剣等とやってみせた。


「……なんだか疲れてきたな。今日一日分の疲労もあるだろうが、頭でイメージしたものをこうやって具現化(?)みたいな事すんのって結構疲れんだなぁ」


「うーーん……この金、元の雑草と質量は同じじゃないよな? ……どうなってんだ? あの時メイスでダンジョン攻略してた時は気にしてなかったが……どう考えても変だよな?」


 これは単に彼女の能力の一部の有無創金うむそうきんが無意識的に発動しているだからである。だが彼女は未だにこの能力の存在に気づいていないのだ。


「この謎を解いたら何か能力の幅が広くなったりぃ……ん?」


 ふと彼女が上を向くと空から何やら強く光り輝くものがあるのに気づく。彼女が元居た世界の街中では星の輝きなどというものは滅多に見ることが叶わなかったものだ。しかし、この異世界ではそういった電気による街の光は無いので満天の星空が拝められる。だから始めはただの一等星か何かだとそう感じるものの、その輝きはどんどん大きくなっていった。明らかにおかしいと感じた彼女は疑問を抱く。


「なんだ? どんどん大きくなっているような……流れ星じゃねぇよな?」


 どんどん大きくなっていくその光は、ある一定の大きさになると大きくなることはなかった。だが、未だその光は潰える事なく輝きを放っていた。


「……星の光とかってよ、太陽の光を反射しているからだよな? んで流れ星っつうのは隕石が大気圏に突入して空気の摩擦かなんかで燃えてるから光って見えるんだよな? つまり、あの光って……」


「まぁ隕石だとしても別にただの流れ星だろ? 大体はそのまま燃え尽きて終わるらしいし、ほっときゃあ消えて……」


 彼女がそう発している最中にも光は未だ消えることはなかった。そしてその光が流れ星のように線を描くこともなかった。それはつまりその隕石の進行方向の先が彼女たちのいる場所だということである。


「おいおいおいおいおい!! ちょっ! 待てぇ! 嘘だろ! こっち来てんのか!?」


 彼女は慌てて立ち上がるもの一旦落ち着こうとする。


「いや、まだ別にガチでこっちに落ちてくると限ったわけじゃ……いやなんか来そう」


「と、取り敢えずグリル起こさなきゃ! おい! 起きろ!!」


 テントで寝ているグリルを彼女は慌てて起こし始める。彼女にせわしく起こされて、グリルは眠そうにしながら起き始める。


「なぁにぃー? 紅音? もう朝?」


 グリルはあくびをかきながら眠い目をこすり、返事をした。それに構わず彼女は言う。


「いいからちょっと来い! 万が一があるから急げ!」


「えぇ、何? あッ! ちょっとぉ!」


 理由が分からないグリルは彼女に無理やりその手を引っ張られてテントを出た。彼女に引っ張られながらグリルは聞いた。


「何? どうしたの?」


「後ろ見てみろ! 後ろ! なんか光ってんだろ!?」


 そう言われ走りながら振り返ってみると、あからさまに星にしてはおかしい光があるのに気づく。そしてその光の背後には黒いもやがあるのが見えた。


「なんか来てる!!」


「ヤバイヤバイ!」


 彼女たちが走っている最中、空気を重く震わせる重低音が彼女たちの耳に鳴り響く。これは恐らく落下中の隕石からの音だろう。それを聞いてますます急いで足を早める。

 そして次の瞬間、隕石は彼女たちが居たテント付近に落下し、落下時の大地の衝撃が重く震え、その轟音は遅れてやってくる。

 その振動と共に、彼女たちは走るのをやめて倒れ込むように地面に伏せる。



 しばらくした後、音や振動は落ち着き、何がどうなったかを確認するように彼女たちは顔を上げる。


「くっ……こりゃひでぇな」


 そこに広がっていた景色は一部焦土と化していた。彼女たち含め、大きなクレーター周辺は土がそこら中に不規則に飛び散っていた。そして丁度、紅音の頭に土が被さっていた。


「クソッ土が! きったねぇ……。まさか隕石が落ちてくるとは……しかもこっちになんてな。……ふざけんな」


「あ、紅音。い、今のって何?」


 隕石を知らないグリルは彼女に何が起きたかを聞く。


「何が何も隕石に決まってんだろ。あ……そうか知らないのか。うーんと、まぁ何だ。お星さまが降ってきたんだよ」


 それを聞いてグリルは目を丸くしながら聞き返す。


「星ってあの星?」


「そうだ、あの星だ。……さてと、一応テントの無事を確認しねぇとな。後は一応落ちてきた隕石でも手に入れてみようかねぇ」


 彼女はテントといった荷物の無事を確認するのとついでに、隕石というそうそう出会うことのない代物に興味を示したので、回収しようとするのだった。


「まぁ、回収した所で金にならなかったとしても。こういうのは思い出だよなぁ……」


 彼女は隕石があるであろうクレーターへと近づいていく。するとそこにあったのは……。


「んー? なんかあれ白くね?」


 クレーターの中心にあるはずの隕石は到底隕石とはあまり思えない色をしていた。よく見るとゴツゴツした岩というより、丸みを帯びたものにも見える。


「……ちょっくら近づいてみるか」


「え! 大丈夫なの?!」


 グリルの問いかけに立ち止まることなく彼女はゆっくりと隕石ではなさそうな何かに近づいていく。


「まぁ、もしなんかのエイリアンだとしたら……逃げるか」


 近づいていくと、その白い物体から突然何かのガスが勢いよく噴出される。それを見た彼女はビクッと震えて驚き立ち止まる。すると、その物体の一部が扉のように開き始める。


「何だ? なんか居んのか? お、おーい……!」


 彼女が恐る恐る様子をうかがっていると、そこから赤い何かが出てきた。彼女がそれが像を結んでハッキリと見えた時、そこに居たのは……。


「ロブ……スターだよな? 伊勢海老じゃなくて。いやなんでこんな宇宙船(?)にロブスターが居んだよ」


 そこから出てきたのはロブスターだった。しかし通常のロブスターと比べてその大きさは巨大であり、何やら頭に帯状の冠を頭に乗せていた。


(エイリアン? いやモンスター? ダンジョンで見たやつと比べると何かこう違う気もしなくもないような……。ロブスターだからか、危険っつうオーラ的なもんが感じられねぇ)


 そこから出てきた巨大なロブスターの手、ハサミには何か本の様な物を持っていた。


「あ? ……何だあれ本か? 何で持ってんだ? いやそれよりも何なんだコイツ」


 そのロブスターは辺りを見渡し、こちらに気づいたかと思えばゆっくりと本をこちらに差し出しながらゆっくりと近づいてくる。紅音は取り敢えず敵意は無さそうな様子なので大人しく受け取り、渡された本は比較的小さめだがとても分厚いものだった。そこに書いてあるタイトルらしきものは現地の言葉に似た文字で書かれていたためにすぐには読み取れなかった。続いてグリルも様子を見てこちらに来る。


「なんだコレ? まぁ、あの本で解読してみるか」


 彼女はこの世界で手に入れた著者不明のこの世界の常識等が書いてあった「あの本」の中に記載されていた現地の言葉、単語を解読したページをめくって解読する。


「どれどれ……福音書? は?」


 解読結果、そのロブスターに渡された本に書いてあったタイトルの文字は福音書と記載されていた。


「……しゅ、宗教勧誘? ロブスターが??」


 彼女は隕石が落ちてきた事、隕石じゃなくて宇宙船だった事、宇宙船から出てきたのはエイリアンとかじゃなくて巨大なロブスターだった事、そのロブスターから渡された本が何故か福音書だった事。この何の一貫性もない出来事に全く理解が出来ず。そして彼女の脳みそはその事実を処理出来なかった。


「……ま、まぁいいや。考えても無駄な気しかしないしな。ていうかこのロブスター、知能あんのか? いや知性か? まぁどっちでもいいか……喋れんの?」


 それを聞いたロブスターは頭を横に振る感じで身体全体が揺れた。


「おぉ……言葉は分かるんだな。んで喋れないと……」


「あ、紅音? この生き物ロブスターって言うの?」


 グリルは見たこともない赤い生物が何なのか聞く。紅音は気の抜けた返事をする。


「え? あーまぁ多分そう。でも宇宙にロブスターは居ないだろうし、厳密にはロブスター星人か??」


「……それでお前、この本をアタシに渡してどうすんの?」


 わけがわからない彼女は一応ロブスターにその目的を尋ねる。しかし、ロブスターは特にどうという反応を示すことはなかった。するとロブスターは両腕を上げてそのハサミをカチカチと開閉しだす。


「……ごめん。なんもわからん」


 そう彼女が淡白に言うとロブスターはショックを受けたのか両腕を下ろして、しょぼんと落ち込んだ雰囲気を醸し出す。


「……取り敢えず、もう寝るか」


「え、うん。……そうだね。何もないならもう眠いし寝ようか、紅音」


 彼女たちはもうわけがわからず、今すぐどうすることも、何かするのも出来無さそうだと思い、諦めて寝る事としたのだった。

 紅音はこの時の出来事を後にとんでもない交通事故に遭ったかと思えば、それ以上に思考停止を余儀なくされるような精神攻撃が飛んで来たと振り返るのだった。

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*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。


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ステータス

 名前:神閤紅音かんごうあかね

 世界異能:【エル・ドラード】

 称号:不健康超人(笑)・破綻の勝負師

 魔法:無習得

 種族:人間

 耐性:毒軽減(弱)

    疲労軽減(弱)

    精神攻撃耐性(弱)


 名前:グリル

 種族:???

 世界異能:無し

 称号:無機有機物グルメ名人・サバイバー

 魔法:無習得

 耐性:精神攻撃耐性(中)

    痛覚耐性(中)

    耐寒・耐暑(中)


 名前:無し

 種族:ロブスター

 世界異能:無し

 称号:油を注がれたる者

 魔法:無習得

 耐性:無し

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