第12話 本当の戦い

 神閤紅音かんごうあかねが持っている本には魔法に関することが書かれていた。


 “魔力”それはこの世界特有のエネルギーであり、獣人、エルフ、龍、オークといった様々な摩訶不思議な生物が存在している大きな理由の一つである。そしてそれを用いて編み出した技術こそ“魔法”である。最もオーソドックスな魔法には属性魔法と呼ばれる火や水といった自然由来の事象が主となる。

 そしてそれを行使するに当たって八割型必要とされるものは持って生まれた才能であり、残りの二割は魔術式である。つまり多くの魔法はその才能がなければ習得は不可能なのである。無論その個人が持ちうる最大の魔力量にも個人差が生まれる。そして魔術式というのは言わば魔法陣、詠唱、魔導具といった魔法による事象を具現化するのに必要なものである。多少違うが例えるならば、水道の蛇口を捻るための手と言うべきだろう。

 このように魔法は先人たちの研究結果によって一般化されたものが多いが、一部の強力な魔法は独自で開発された相伝といった世間一般に公開するつもりがない魔法も存在する。そしてその中には魔法と詐称された世界異能も含まれている。



 ――金を使い果たしたグリルは紅音のいる場所へと戻っきた。


「? あれ、紅音は……え」


 彼女はここにいるはずの紅音がいないことに気付く。始めはたまたま目に映ってないものだと思うが、少したっても彼女のあの特徴的な髪色であるマゼンタ色の頭は全くもって見つからなかった。


「え……嘘。そ、そんな……いやでも」


 ここで彼女の脳から蘇る“過去の記憶”。そのフラッシュバックによって最悪の事態を想定する。それは……。


「私もしかして……捨て……られちゃった?」


 彼女の心に突き刺さる痛み。それは鼓動と共に激しくなり、呼吸も荒くなる。みるみる顔色は悪くなり、汗も大量に吹き出す。不安と怖れ、そして目の前に起きている“現実”に耐えられなくなっていき、足が震えて立っていられなくなる。耐えきれずそのままその場に座り込む。


「はぁッ……はぁッ……はぁッ……」


「君……あれ、グリルかにゃ? こんなところで座り込んでどうしたのにゃ? お腹痛いのかにゃ?」


 座り込んだグリルの後ろから声を掛けてきたのは羽柴はしばミニルであった。彼女は座り込むグリルの背中を優しく擦る。


「ぁッ……ミニルさん?」


 知り合いの顔を見た彼女は心が少し楽になり始める。


「どうしたのにゃ? 紅音は一緒じゃにゃいのか?」


「……いないの」


「にゃ?」


「……ここで待ってるって言ってたのにいないの。……多分捨てられぢゃっだの、がもじれないの」


 と改めて自身が置かれている状況を言葉にすることで感極まってしまい涙ぐんでしまう。


「にゃ、それって……」


「……私もうどうしたら」


「……実はにゃ、ミャーがここに来たのはここに暴漢が出たっていう話があったからなのにゃ。その話で珍しい赤い髪の女の話が出てきたから、もしかして紅音が何かしたのかと思ってたのにゃけど」


「え? それって」


「多分、紅音はその暴漢に襲われたのかもしれないのにゃ」


「ッ!! そんな! 早く助けに行かないと!」


 紅音の身に危険が及んでいると知るやいなや、彼女は生まれたての子鹿のように未だ震えた足で立ち上がろうとする。


「待つのにゃ! 話はまだ終わってないのにゃ!」


 と彼女はグリルの背中の服を片手で強く掴んで抑え、話し始める。


「聞いた限り、恐らくこの件の首謀者は“ナット・ガイン”にゃ。奴はその恐れ知らずな大胆不敵すぎる行動から治安維持騎士団の間でもほとほと対処に困っている相手にゃ。その理由は単純で強いから。グリルが行っても死ぬだけにゃ」


 と彼女は説明する。ナット・ガインはこの街でも相当有名な人物であり、彼を知らぬ者はいないという事実はその凶暴性を物語る。


「でも、紅音は私の唯一の……最後の、家族なんだから」


「えっそうだったのかにゃ。……とても似てないのにゃ。いや、そんなことよりダメにゃ。奴は女子供関係なく傷つけられるような人間にゃ、にゃから――」


(例えどんなに危険だとしてもこうしていられない。紅音を早く助けないと殺されちゃう!)


 と意を決したグリルはミニルの制止を振り払いあてもなく路地裏の方へと突っ走っていた。


「ニャッ!! しまった、待つのニャーッ!!」


「紅音! 今すぐ助けに行くから!!」




 ――窮地に陥った紅音は心のなかで今という苦汁を味わっていた。


(アタシは今までこのファンタジーな世界を現実として受け入れるというよりかは、ゲームだのなんだのといった感覚でいた。だからもし何かに困っても何とかなる。そんな気楽な気持ちでいた。だがここは紛れもない元いた世界と何ら変わりようのないクソッタレな“現実”でしかないということを……)


 彼女は今この瞬間にも肉体に伝わる激痛と血反吐に悶絶しながら、吐き出された血溜まりが自身の命が残り少ないという危険信号が視覚を通して警鐘を鳴らし、人間に残された生存本能によって焦燥感が強制的に沸き立たさせられる。


(こいつを倒すには直接触れて金に変えることくらいか? 金で直接攻撃しても吸収されちまうならそれしか無いのか……?)


「おらッどうしたよ、え? さっきまでの威勢はどこ行っちまったんだ。それとも気づいたか? 俺に一矢報いることもできずに死ぬっていう“現実”をよ」


 ナット・ガインは紅音を煽りたおす。自分の優位性、揺らぐことのない強さ、そしてドス黒いサディスト精神が満たされていくのをヒシヒシと感じながら。


「……お前の能力ってよ、どんなのなんだ? 冥土の土産に教えてくれや」


「はぁ?? ほいほい教えるわけねーだろが、バーカッ!! ……だが奇遇にも俺は丁度自分の能力を自慢したくって仕方なくてなぁ。同じ能力持ちにぐらいしか自慢できなさそうだったもんでな、ずーっと魔法だと言ってきたがやっっと! 能力の開示ができるってもんよ、憧れるだろそういうの?」


(やッぱり乗ってきたな、このサディスト脳筋野郎。お前みたいな人間は自分が優位に立つことでしか味わえないような事柄大好きだもんなぁ。賭けだったが上手くいったな。これでなにか他の対策を取れるかもしれん、考えるんだ)


「俺の能力名は【メタル喰い】。その名の通り金属を取り込んで武器にしたりできるっつう能力だ。……って案外早く終わっちまったなぁ。チッ、つまんね」


(なるほどな、つまり金属以外なら取り込むこともできないと言うわけだな?)


 何か秘策を思いついた紅音はそれを実行するため再び跪く。


「おお、どうしたぁ? あぁもう限界なんだなァ……ま、無理もねぇか。よく持ったほうだと思うぜ? んじゃま飽きたしさっさと殺して金を貰いに行くか」


「……テメェ言ったよなァ? 金属だけ取り込めるってよォ? 言ったよなァ??」


「アァ? だから何だってんだ、エ?」


 急に調子づいた彼女に対し奇妙に思いつつも、さっきまでの圧倒的な優越感を乱された感じがしたため、彼は不快感をあらわにする。


「つまり……はそういうことさ」


「あ?」


 言葉足らずな彼女の言葉に対し意味がわからないという反応をする。しかし跪いた彼女の手が触れている地面から微かな黄色い輝きを放っているのが見えた。


「んッ!? まさかッ!!」


 だがもう遅かった。彼が気づいたその瞬間! 彼が立っていた地面の両脇は一気に盛り上がり、そのまま彼を板挟みにする形で押しつぶしてきた。


(こいつが本当に金属だけを取り込むっつうなら、地面の石や土は取り込めないはず。アタシが地面に触れたのは地面の一部を金に変えてそれを上に持ち上げる事で金に変えてない地面の部分をアイツにぶつけるというサンドウィッチ作戦だ。……だが流石に殺すわけにはいかないから、閉じ込めるだけにとどめるがな)


「……これでなんとかなったか? よし、じゃあギルドとか騎士団にでも……いや先に治療のほうが先か?」


 戦いに決着がつき、安堵した彼女は今後の事を考えながらその場を後にしようとした。



 ――がしかし、“現実”は彼女に味方をしてくれなかった。


「ドラァッ!!!」


 とその怒声と共にナットはそれを突き破って出てきたのだった。


「ぁ……は?」


 思わぬ事態に彼女は思わず絶句してしまう。


「残念だったなァ? その程度の対策してねぇわけねぇだろ。じゃなきゃ俺はとっくに捕まってらぁ。ハッハッハッハッ!!」


 不敵に笑う彼に対し彼女は疑問を投げかける。


「お前さっきの話は嘘だったのか? 金属以外のもの――」


「んなわけねぇだろ! 頭の足りねぇ女だなァ? 能力の事で盲目なお前に教えてやるぜ。何簡単なことさ、俺はたまたま属性魔法のうちの地属性魔法使いなんだよ。だからこういうことはお手のものなのさ」


「魔法! そうか、そういやそんなのがある世界だったな」


「ヘッヘッヘッ! まぁいいさ、良い演出だった。……第二ラウンドといこうじゃないか、エェ?」



 無慈悲にも言い渡された試合延長宣言。だがしかし、彼女の体には限界が来ていたのだった……。

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