第11話 豹変

 フォンケール伯爵家の屋敷の書斎にて、トールが本棚から一冊の本を手に取る。その本を読みながら熟考する。因みにこの書斎は彼女専用であり、彼女がこの部屋を使用中の際は集中力が乱されぬように魔法で結界を張ることで何人たりとも入室の際は彼女の許諾が必要なのである。


(魔法には疎いお嬢様は紅音様の技を魔法と勘違いしておられたようですが、あれは決して魔法などというものではなかった。捕らえた盗賊集団の体の一部が一時的とはいえ金色の物質に変わっていたこともそう。錬金術やそういった地属性の魔法において独自の開発を進めた者であったのなら、まだ納得はいきます。ですが紅音様は失礼ながらそういった人にも見えません。あの時は命の恩人ということもあって黙っていましたが、正に不可解。まるで私達には知り得ない何かの力が存在しているような気さえします)


 一通り脳内整理を終えた彼女は近くにある机に向い、椅子に腰を据える。そして紙とペンを用意して何かを書き込み始める。


(本当に興味深い。私としてもまだあの技が魔法でない“何か”である確証はそれほどあるわけではないのですが……ほぼ確実にそうだと私は踏んでいます。もしこの謎を解明できれば、新たな魔法の発展へと繋げれることも――)


 その時、書斎の扉を誰かがノックする音が聞こえる。


「はい、誰ですか?」


「私ですよ。トール」


 扉越しに聞こえた声はドンデルのものだった。


「あぁ、あなたでしたか。どうぞ入って構いませんよ」


(ん? あれ、でもあの人って今――)


 そう思うのも束の間、許諾を得たある人物が書斎に侵入はいってくる。


 が、やはり杞憂だったのか。そこにいたのは紛れもない“ドンデル・フーリッシュ”そのものだった。


「どうしたのですか? あなたには今別の仕事が――ガハッ!!」


 彼女の胸に一つの短剣が突き刺さった。その手際の良さは正しく暗殺者のそれであった。激痛が体中に走る中で彼女は踏ん張りながら質問する。


「なぜ? あなたは、一体……誰ですか?」


「……残・念・で・し・た♡ 元々こういう運命だったのさ。バイバーイ!」


 人を見下したような軽快な声が聞こえる。もう意識が遠のいていく中で彼女が最後に目にしたのは……。


 ――彼女自身だった。




「紅音! 紅音!」


 グリルが紅音のことを元気よく呼ぶ。その声に紅音は少しうざったらしく感じながらも返事をする。


「はいはい、なんだよもう……」


 変装中のデリアと会った後、二人は取り敢えず宿へと向かって街中を歩いていた。だがその最中にグリルがお腹が減ったと言い出したがために、ある程度ギリギリの所持金でなんとか食べ歩かせていた。


「次は……アレとかアレッ!」


 次々とアチラコチラへとまるでたらい回しにあっている紅音に限界が来る。


「……なぁ、ちょっといいか?」


「何?」


 呼び止められたグリルはキョトンとしながらも反応する。紅音はそれに構わず続けて言う。


「取り敢えずこの金を渡す。そしてこの金が尽きるまで食ってこい……。アタシは歩き疲れたから……ちょっと休む。いいな?」


「う、うん。わかった……ごめんね紅音」


 紅音の疲れた様子を見て罪悪感を感じたグリルは申し訳ない事をしたと思い謝った。


「……いいんだよ」


 先程まで夢中で元気いっぱいだったグリルの顔が暗くなったのを見て、紅音はこれ以上憎まれ口も文句も何も言う気にはなれなかった。


「ほら、さっさと行って来い。アタシはここにいるからよ」


「うん! じゃあ行ってくるね!」


 そう言って彼女はそのまま走っていった。


「……たくッ。食費が馬鹿になんねぇな」


 ここで彼女はタバコを吸おうとしたが、今あるのは葉巻だけだった。それを見つめながら彼女は思考にふけり始める。


(……そうか、今これしかなかったんだったな。この所謂異世界ってやつは元いた世界より金も稼げられなくはない。そのおかげで飯も何も好きにできるという自由度が跳ね上がったが……元いた世界のほうが飯も上手ければって感じで色々と豊富だ。紙のタバコもねぇし。風呂の代わりに濡らし布で体を拭くだけ。……世捨て人みたいに色々楽しもうとしたが、なんていうか。あっちのほうが……)


 そう考えるも彼女は元の世界での生活や人間関係といった様々な要因で、例え戻れたとしても……。


(例え戻れたとしても、アタシは……)


 そう気持ちが躁鬱そううつする中で、ドシドシとまるで人の心にづけづけと入ってくるような足音が彼女の心の中を乱す。持っていた葉巻を服の裏にある胸ポッケにしまい苛つきながら反応する。


「ああ? なんだ、うるっせぇなぁ――ッ!!」


 音の方へと振り向いた瞬間、褐色の大男による拳が彼女の顔面にまで近づいていた。それと同時にそいつのバカでかい掛け声が聞こえる。


「ウラァッ!!」


 防ぐことも何もできずにそのまま彼女は殴り飛ばされた。その巨体故の攻撃力により、彼女は一瞬で裏路地の方まで飛ばされ壁にぶち当たる。


「グハッ!!」


 壁に衝突した際に背中から衝撃と鈍痛が響き渡る。どこか内臓でも傷つけたのかは定かではないが、彼女はそのまま倒れ込み吐血する。


「はぁ……はぁ……」


(なんだ!? 一体何が起きたんだ!?)


 急な襲撃に彼女は状況把握と整理が追いつかなかった。無論襲われたことは明白である。ただ前触れも何もない突然の出来事に困惑するしかなかった。しかしこれは無理もないことである。彼女は今まで先手を打たれたり、致命的なダメージを負うことなど今まで一切なく、の人間だったのだから。


「よっ……とォ。お? 何だお前まだ生きてたのか? 随分としぶといじゃねェか、え?」


 皮肉なことに目の前にいるこの男も“ただいつも楽に勝つ側にいただけの人間”なのである。


「はぁ……へッへへッ。お前さ、……堂々と、こんなことして……いいの? ここにだって、警察みたいなのは……いんだろ? 確か……騎士団とか、言ったっけ」


「あぁ? ああそれのことか、問題ねェなァ。俺を捕らえられるやつなんていないんだからよォ。ヘッヘッヘッへッ」


 激痛に息を切らしながら男に対し脅しを掛けてみるも軽く笑い飛ばされてしまう。それを聞いた彼女は諦めて、満身創痍ながらも立ち上がる。


「おお、いいじゃん! 元気いっぱいのサンドバックで嬉しいぜェ? 俺はよ」


「……因みによ、あんた名前は?」


「あ? 俺を知らないのか。まぁいい、冥土の土産みやげに教えてやるよ。俺の名はナット・ガイン。この後、地獄の底で俺の名を叫ぶがいいさ」


「……あッそ」


 この時彼女は立ち上がる際、構えていた。傷ついた場所を抑えるかのように。あの時、胸の裏ポッケにしまっていた葉巻を金に変えていた。それで相手の腹をぶち抜けるように。


(あの時のメイスも勢いよく伸びてった。つまり、葉巻見てぇな細さを誇れば刺突性もかなり高いはずだ。……イケる、イケるはずさ)


「さぁて……そろそろお前の回復時間もおしまいだ。ここからは俺のワンマンボクシングが炸裂するぜェエエ!!」


 そうして走ってくる奴に向けて彼女は不意をつくため、自身の胸ポッケを突き破る形で攻撃した。そしてその攻撃は見事、奴の腹に命中した。


「フグッ!?」


 と奴は反応する。この時彼女は確実に入ったと思った。がしかし次の瞬間、突き刺したと思った金が吸い込まれ始めた。


「ッ!? は、ハァッ?!」


「ヘッヘッヘッヘッヘッヘ……残念だったなァ? まぁしかたないことよ。俺を知らねェんだからなァ? 俺は独自の地属性魔法で金属類を取り込み、そして放出ができるという能力を持ってんだからなァ。たまたまだがお前のその隠し玉と相性最悪だったなァ?」


(まじかよ、何だよそれッ!! アタシの世界異能チート能力と相性最悪ってことじゃねえかッ!! だが魔法使いとかだって言うんだったら、魔法発動に必要な魔力がいつかは無くなるはずだ。もしそこまで耐えれば――)


 そう勝機を見出そうと考える中であることに気がつく。


(……いや待て、そういやこいつさっき“ボクシング”って言わなかったか? まさか)


「……おい、お前グローブはつけねぇのか?」


「あ? ……ああ、そうかそうだったのか。アドレナリンが溢れすぎて流してたが、そういやお前さっき警察って言ってたな、俺と同じか。だったら丁度いいぜ世界異能持ちをここで狩れるんだからよォ」


(やはり、こいつもアタシと同じタイプの人間って訳か……尚の事最悪ってことじゃねぇか)


「……へッほんと、どうしたもんだかね」


 絶対絶命のピンチ! 初めて敵対する異能との戦い。果たして紅音は生き残ることができるのか!?

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