第10話 怪物誕生
「いや、その……どちら様で?」
振り返った先にいたのはハンチング帽とベストを着たレトロな雰囲気の男だった。
「おいおい。忘れたみたいな酷い言いようじゃねーか。なんかのギャグか? お前らしくもねぇ」
と男は立て続けに言葉を並べ始める。ここで俺は目の前に居るこの男がこの肉体のおっさんと知り合いなのだろうと気付く。俺は少し慌てて取り繕い始める。
「あ、あぁ。ワリィな寝起きなもんでよ。ついな……」
「そうか……まぁそんなことはどうでもいいんだ。ちょっとそこの飯屋で話さないか? 久しぶりによ」
「おう。いいぜ……俺はーよ?」
「なんだそれ? まぁ来いよ」
と俺は優しく気さくに話しかけるこの男が向かう先まで付いていくことにした。そしてその道中にて、裏路地を通ったところで男は急に足を止めた。 明らかにおかしい様子を見て不審に思った俺は思わず喋る。
「……? おいどうした?」
それに対し目の前の男は先程までの明るさとひょうきんさが消えた声で喋りはじめた。
「なぁ……お前さ。まさかとは思ったが本当に俺のこと忘れてたんだな。誤魔化してたが分かりやすいぜ、その様子だとよ」
(……バレてたかぁ。こういう時なんか言ったほうが良いのかな? ……なんも思い浮かばない)
男は手を上げて指を鳴らす。すると四方から黒ずくめの如何にも暗殺者みたいなのが出てくる。
「ナット……いやクソッタレクズ野郎のナット・ガイン。お前とは色々と仲良くやってたつもりだったが、まさかお前が俺の妹に手を出して殺したことくらい俺が知らないとでも思ってたのか? だからこんなアホみたいな罠に引っ掛かったのか? それとも俺がお前の組織事情を知らない、もしくは殺しに来れないほどのチキン野郎とでも思ってたのか? えぇ!! どうなんだよ!?」
「……」
(ひ、ひっでぇ。え、この肉体のおっさんそんな酷いやつだったの!? これはあまりにも目の前にいる男の人が可愛そう過ぎる。でもこのままだと俺殺されちゃうよな。まぁそれだけのことをしたと言えるけど、それをしたのは俺じゃなくてこの……)
そうあまりにも複雑な事実に直面し、俺の頭は弁明の言葉でいっぱいになるがそれには何の意味もないことは明白だった。男は続けて喋り続ける。
「俺もよ……情報を取り扱ったりとよ。色々お前に協力してやったよな? それで俺の妹とわかった上で手ェだしやがったな。あの組織も誰も彼もお前を好きなやつはもうおらん。あの危険で有名な組織でも随分と暴れたらしいなお前? まぁ昔から力だけは強かったもんな? だが今のこの状況じゃ、そんなのは関係ない。殺す絶対に殺す。俺もお前をここに連れてくる囮になる代わりに今こうやって話せてんだよ。なんか言えよボケ」
「……」
(ど、どうする? 逃げる? いや謝ればなんとかは……ならないな。でも殺されるくらいならいっそ……いやダメだ! 人殺しなんてできるわけがない! そんなこと、なんて)
「……ダンマリか。まぁいい俺もお前の反吐しか出ないドブ顔なんざもう見たくない。殺す」
そう言い切ると四方で短剣を構えて待機していた黒ずくめの暗殺者が片足を地面に少し擦り襲いかかろうとしているのを感じる。
(ま、まずい! どうしよう……! そうだあの世界異能を使えばなんとか殺さずに済むかもしれない。……【メタル喰い】、もしこれがそのままの意味だとしたら?)
「じゃあな灰カス野郎。死ね」
そう言い放つと四方にいた暗殺者が一斉に殺しにかかる。俺は土壇場の賭けに出ることにした。
「なんとかなれーーー!!」
「!?」
そう言い放った俺は両の手を広げた。まさしく無防備。殺してくれと言っているようなものだ。
「ウグッ!?」
俺の身体は四方の暗殺者から刺された。刺された場所から少しの液体が流れる感覚がする。恐らく毒でも塗っていたのだろう。
「どうだ!? それは完全に致命傷だろう? そのまま惨めったらしく死ねよ!」
その通り、刺された俺はこのまま死ぬだろう。……そう
「やっぱりな。この【メタル喰い】ってのはそのままの意味だったか」
「!? なんで平然としてんだよ! 即効性の致死毒が塗られてたはずだぞ。やせ我慢なんてできるはずも」
(この能力は俺の予想通り、金属系の物質を体内に吸収できる能力みたいだ。だけどこのままじゃあ他の方法で殺されるだろう。もっと他にできないかな?)
「クソがッ! 早く殺せよ!! 殺し屋だろお前ら!?」
俺は自分の手に目を向けて指の付け根に力を込めて鉤爪のイメージをする。すると付け根から短剣サイズの四本の刃が出てきた。が、それと当時に暗殺者達がまたも襲いかかる。
「フンッ!」
俺は作った片手の鉤爪で牽制しながら、もう片方の拳で腹にパンチを食らわす。
「フゴッ!?」
と俺のおっさんの肉体が筋肉だるまだったのもあるのか、暗殺者の一人が倒れ込む。その様子に目もくれず襲いかかるもう一人の暗殺者に対してはタックルして壁にぶつけてからのパンチで沈める。
「はぁ……はぁ……」
初めての戦いによるその精神的疲労と高揚感で呼吸が乱れる。その完全な立場逆転。窮地を脱した俺に対してあの男はわめき出す。
「ふ、ふざけるなよ! なんでこうなるんだ! どうして、生きようとするんだ! クズの分際で!! 俺の妹だって必死に行きてテメェみたいなゴミクズに殺されたって言うのに!!」
正確には自分のことでは無いというのに何故か心が痛くなる。この肉体のおっさんはアイツの言う通りのとんでもないクソ野郎なのだろう。だからこそ殺されるべきとも言える。だが俺だってそんなただの交通事故より酷いことで不運の死は遂げたくない。その若干の後ろめたさが俺の心を少し暗くし始める。
想定以上の強さを誇る俺の様子を見てからか、残る暗殺者二人がヒソヒソと話し出す。
「これは……」
「そうだな……」
「おい何してるお前ら!? さっさと殺せよォッ!! ……なぁ頼むよ。本当に、本当に」
怒号ばかりを飛ばしていた男はすがるような悲痛な声を出し始める。妹の敵が取れないという現実になんてさせないでくれという思いがヒシヒシと伝わってくる。本当に心が痛くなる声に俺の心臓がキュッとなる感覚がする。
「……」
だが、二人の暗殺者はその場を颯爽と去って行ってしまった。勝ち目がないと踏んだのかその行動はあまりにも早く、そしてこの男に対して何も言う事なく去っていった光景を目にした俺はますます同情心が湧く。
「なんだよ、もう。……クソがよ。どうして、どうしてこう……なんだよ、何見てんだよ。殺るならさっさと殺れよ」
完全に諦めた男は死を望み始めた。その様はまさしく生気の抜けた廃人の様でもあった。
(だが俺にはできないんだ、人を殺すなんてのは……いや、もういいか)
「……なぁ。俺を殺すか?」
「は」
「信じられんと思うがよ。俺はもう動けないんだ。その……毒が回っててな、今がチャンスだぞ」
「へ、そんな嘘が通じるとでも……だがまぁそんな嘘に俺はもう乗るしか無いか」
(そう毒なんて回ってない。首を差し出すための嘘だ。俺だって本当は死にたくなんてない。でもこの人を見てたら何ていうか、このまま生きていこうなんてとても思えない。だったらいっそのこと殺されたほうがいいような気がし始めてしまった)
「そう……お前と、この世界と、この身体という毒が回ってしまったんでな。これ以上地に落ちすぎた状態で生きる希望なんてどこにも感じなくなっちまった」
何度も言うが本当は死にたくない。他人のためだろうが何のためだろうが死ぬなんて受け入れられない。だけどおかしな話だが完全に同情してしまった俺は、この見ず知らずの哀れに満ちた男のために死を選択することにした。
――驕るな。貴様にその様な選択は与えられていない。関係ない
……憎い。目の前の男が同仕様もなく憎い。憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
「!? ングッ、ガァッ! ァ……やっ……ぱり、そんな、ところだと……思ったよ。……クソ野郎」
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気付いたときにはもう俺は人を殺していた。
「は、はは。何だよこれ」
(何でこんなことを俺は……いや、そうだ。そうだ! そうだ思い出した!!)
俺は脳裏に浮かんだある事に強く納得する。それは……。
「そうだ、俺はこれが楽しいんじゃないか! 人を殺すのが! その苦悶に満ちた表情を眺めながら自分の優位性に酔いしれるのが大好きだったんじゃないか!! は、はは! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
俺の高らかな笑い声が路地裏に響き渡ると共に、俺の心というコップに何かで満たされていくの感じながら多幸感で満ち溢れていた。
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ステータス
名前:ナット・ガイン『美ノ宮(みのみや) 蓮(れん)』
世界異能:【メタル喰い】
詳細:金属系を食べられる。
取り込んだ金属を抽出し肉体に補填するか武器を作れる。
ストックしてある金属に依存する。
なお一度に食べられる量は術者の胃袋次第である。
スキル付きの金属(武器)の効果を受け継ぐことも可能。
称号:マーダープロ
魔法:地属性
種族:人間
耐性:疲労軽減(弱)
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