第9話 孤高の鉄人
暗く、泥に塗れて薄汚れた空気が肺に入るたびにむせ返りそうになる。重い雨が降る真夜中の見知らぬ街中に取り残され、後ろからバシャリ、バシャリと複数の人間が追いかけてくる音だけが聞こえる。
いつからだろう、自分が一体何から逃げているのかもわからないまま逃げ続けている。走り抜けた先の分かれ道にて偶然あったゴミ置き場の空箱の中に隠れる。息を潜め、気配を消すことにただ専念する。しかし微かにでも呼吸は激しく抑えられなかった。心の中でただただ祈るばかりだった。
激しい怒号が飛び交う。「どこだ!?」「ぶち殺してやる!」といった声だけが耳に入る。その度に興奮は高まる。
少しでも心を落ち着かせるために整理しよう。俺の名前は
「たくッ! あの野郎どこ行ったんですかねぇ?」
「探せッ! まだ近くにいるはずだ! 見つけ次第ぶち殺せェ!」
(この声……俺を追いかけて来てたやつらだよな? どうして……)
「ナット・ガインはオレ達の裏切り者だ! 見つけられなければお前らもぶち殺すからなァ!」
「「ハイッ!」」
そうして声や足音は遠のいて行き、体感で10分ほど経ったところで俺は空箱から出た。
「はぁ……はぁ……なんだったんだ。一体」
辺りを見渡すが誰もいない。そのことに安心した俺は状況をもう一度整理しようとするが、ある異変に気づく。
「――ッ!? 何だこれ! 俺の体が俺じゃない!!」
自分の目から見える手や足に肌の色とすべてが違う。そして気づけばいつもより目線も高く、肉体も逞しい巨体であった。
「まるで別人の体だぁ……。もうなにがなんだかわからないよ」
俺は思わずその場でへたり込む。命の危機という緊迫から、状況の困惑というコンボで俺の心は限界だった。そして何故か涙腺も熱くなってきた。悲しくも悔しくも嬉しくもないというのに立ち込める涙を抑えきれそうになかった。
「何なんだよまじで……。夢なわけないよな。雨で体が凍えそうだ……ん?」
ふと目を向けた先には不自然に置かれた“赤い本”があった。道の真ん中に堂々と置かれた本からは不気味さを感じるとともに好奇心が湧き、その本を拾うことにした。
「何だこれ? ……ここで開く訳にはいかないか。どこか雨宿りできそうな場所はないかな?」
そう思い微かに差し込む光を頼りに歩いた先にあったのは、ベッドの絵が書かれた看板だった。
(なんだろう? 宿屋か何かかな? 試しに入ってみよう)
色々と疲れている俺は、目の前の宿屋という安全そうな場所にただ根拠もなくすがるように入っていった。
「おや、この時間に宿泊か? 明日の朝すぐに出るなら安くするよ」
入ったらすぐに宿屋の主人らしき中年の男が話しかけてきた。
「それでお願いします」
「はいよ。……あ、兄ちゃんタオルいるかい? それじゃあ風引くぜ」
「……お願いします」
そのまま俺はタオルと部屋の鍵を受け取った後、すぐに宿泊部屋に入った。ある程度体を拭いた後にベッドに腰掛けて例の本を開く。
「……!! 何だこの本は、今の俺に必要そうなことが色々と書かれてる! ここ近辺の地図にある程度の常識、そして……
聞き馴染みのない言葉に興味が湧く。俺は目が剥き出る程にがっついた。
「凄い! 俺みたいな人間に与えられる力のことなんだ! ……でも殺し合う必要性があるのは嫌だなぁ」
その本には他の異能者と出会った際、どちらかが生き残らねばならない。つまり、戦わなければならないという運命にある。強く生きたければ、他人を殺せと。
「理由は全くわからないけど、そう書いてあるし何かあるんだとは思うけど……。でも何でこんな本がわざわざ俺の目の前に現れたんだろうか? ……もしかして神様からのプレゼントとか?」
俺は自分の都合のいいように捉えた。地獄に仏であると、そう思わずにはいられなかった。
「……でもまさかそんなはず無いよね。そういえば著者とわからないかな? 巻末の方とかに……【アース・フリート】? この人が著した本なのか……日本語で書かれてるけど、同じ日本人なのかどうかわからないや」
「さて、俺の能力を確認しないとな。これに手をかざせば良いんだよな……」
――あなたの能力は【メタル喰い】です。
「メタル喰い? なんかかっこいい響きだけど、どうなんだろ。家のゲーム機でやった勇者物語のゲームに出てくるモンスターみたいな名前してるなぁ」
そこにはただ能力の名前が書かれた文字しかなく、詳細などは一切なかった。俺はそれに不安を覚えるも、話題を変えて切り替えることにした。
「にしても元いた世界とは違う世界かぁ……。もしかしてゲームの世界とかかな? 俺が勇者で魔王を倒すための物語みたいな。……ふぁああ。安心からか眠くなってきたな。もう寝よう」
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「ええええええええええ!!」
朝一番に俺の絶叫が鳴り響く。自分の姿をちゃんと確認しようと、廊下にあった手鏡を使った際に見た自分の顔に驚いたのだ。
「なんだこの強面! めちゃくちゃおっさんじゃん!! そんなぁまだ学生なのに、もう親父と同じくらいに見えるおっさんになってしまったのか。しかも怖いマフィアみたいだ」
「……受け入れるしか、無いか。……はぁ」
俺は思っていた以上に年のいっているおっさんの肉体であることに、かなりのショックを受けながらも宿屋を後にした。
「とりあえず、この本に描かれている地図通りに進んでみよう」
はたから見たら図体のでかい男がコソコソしながらコマメに本を眺めて歩いている様は、随分と滑稽な姿だろう。なんだか周りの視線が少し痛い気もする。だがこれはおそらく自分の被害妄想に過ぎないと言い聞かせながら歩いていった。
「できるだけ早くこの街から離れたほうが良いよな。昨日の連中のこともあるし、路地裏より人混みの中のほうが襲われにくいと踏んでみたものの……」
変に路地裏のようなひと目のつかない場所のほうが返って危険。俺はそれを修学旅行の時に学んだ。
「……土地勘がなさすぎて方向感覚が少し曖昧だ」
そうこうしていると、後ろから声がかかる。
「よお! 久しぶりだなぁ……こんな所でお前何してんだ?」
「ッ!!」
突然後ろからかなり透った声が聞こえた。その声が本当に自分に対してはどうかは、人間不思議なものでわかるのだ。そう思い恐る恐る振り返った。
「……どちら様で?」
「え? おいおい、冗談はよせよ。俺だよ、俺」
不意に出会う両者。その関係性とは……?
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