第2話 あれよあれよと、都市へ行く

 どうしてか貴族っぽい女がお礼にと何の疑りもなくアタシにこの馬車に乗らないかと言ってきやがった。正直まずそれが出てくんのかよとは思ったが、アタシも街にはさっさと行きてぇし、何よりもう歩きたくなかった。

 だがしかしこれはアタシにとっては丁度いい機会だ。それにお礼と言ってもこれじゃあ足りねぇよな?


 ――そうして彼女は馬車の中へと入り座る。あの魔法使いの格好をした長髪の女は馬の手綱を握って運転をしなければならないので実質貴族の女性と紅音の二人きり状態であった。


「あの紅音様でしたよね?」


 貴族女性がどうにも微妙な顔をして話しかけてくる。それに対して無難に返事をする。


「あぁそうだが、何だ?」


「そのぉ、なぜ先程から足を揺すっておられるのですか?」


「え? ……あ」


 彼女はヤニカスであるため、一定時間ごとに煙草が吸えないと無意識レベルで足を揺すってしまう。

 言うまでもないがこれは世間一般では貧乏ゆすりと呼ばれている大変行儀の悪い行いである。


「あ、ああぁ……これはだなちょっとヤニが切れてて、って言っても分からねぇか」


 どうしたものかといった様子で彼女は頭をかき、どう伝えたら良いかを考える。すると何やらとても可愛そうなものを見る目で心配そうに貴族女性は言う。


「あのもしかして何かのご病気か何かでしたか? すみません、わたくしとても不躾ぶしつけな質問をしてしまいましたわ」


「えっ、あ! あぁそう! そうなんだよ、だからまぁ気にしないでくれ……アッハッハ!」


(何か心配というか憐れまれた感じだけど、まぁいいか)


「あーそういやよ、お前の名前は何て言うんだ?」


「あ、申し遅れましたわ。私セリスティール王国貴族のフォンケール伯爵家の長女、デリア・フォンケールと申しますわ。以後お見知りおきを」


 座っていながらでもその気品は十二分に伝わるほどの存在感を放つ。金髪縦巻きロールの髪が揺れ、美しい青い瞳が紅音にとって時代錯誤感を引き立たせる。


「あぁよろしくな」


 セリスティール王国は紅音が丁度向かおうとしていた王国だ。無論王都の事ではなくそれに所属する都市に用があった。彼女が読んだ本には周辺都市に冒険者ギルドがあることが書かれていた。

 冒険者ギルドは危険を伴う代わりに報酬は依頼難易度によってピンキリだが、身元不明住所不定の輩でも所属が可能というまさに就職難を解決したかのような職業のライセンスを取ることで、ある程度の社会的信頼を得ようとしていたのだった。


「それで紅音様にお聞きしたいことがございます。よろしいですか?」


「あぁ構わねぇよ。それにアタシも聞きたいことあるしな」


「先程の盗賊を倒した技……アレは魔法ですか? それとも錬金術とかですか?」


「えッ?! あ、えーとだなぁ……少し待て」


(もし世界異能せかいいのうでやりました、なんて言ったらまずいよな? もしこの世界の能力保持者がアタシみたいな異世界人人間オンリーだった場合危険だよなぁ。だってこんな能力あるとか言ったら後ろからナイフ刺されて暗殺されるなんていう修羅の道を歩まにゃならんかもしれん。……あ! そういえばこの本に何か書いてあったような……)


 そう思いついた彼女は本の目次を開き、該当ページまで飛んで読んだ。そこには『自らの能力については極力言いふらさぬべし、おのれのみが特別と思うなかれ』と記載されていた。

 それを読んだ彼女は素直に従うこととしたのだった。


「あぁそのなんだ……企業秘密の錬金術だ。他言無用で頼む」


「まぁそうなのですね! わかりましたわ命の恩人の頼みですもの。決して他の者には言いませんわ」


「あーそれと頼みついで何だがよぉ。……報酬金くれない?」


「えっ、あ、あぁ! そうですものね。お気を悪くしたら申し訳ありませんわ。あまりにも直球で言うものですから少し戸惑ってしまいましたわ」


「あぁいいんだよ、別に……それで?」


「勿論! ご用意いたしますわ! それでいかほどが望ましいですの?」


 そして彼女は道中でも確認した事だが間違えないようにもう一度確認するため本を開く。


(えーとっ……この世界の通貨は一円相当が銅貨十分の一枚……単位は“セール”か、もし百万ほど要求するならば、金貨で十枚か……全部金貨は不便そうだな。なら金貨一枚を銀貨に替えておくと百枚か)


 そうアレコレ思い悩んでいると、デリアが話しかけてくる。


「もしもお値段にお悩みでしたら、32,050セールはいかがですか?」


「ん? それは金貨三……約三十二万と五百円か……たしかリンゴ一個が百五十円だとすると、ここでは十五セールか……んんんん??」


 と、異世界と元の世界の金銭感覚の整理で混乱し思わずゲシュタルト崩壊を起こしそうな気分へとなっていく。凄く話しかけにくそうにしているデリアが訪ねてくる。


「えっとダメでしたでしょうか?」


(こういうのは大体もっと出せるけど、安く済ませようとしている可能性が高いからもっとタカるのがいいって言うし……まぁでも、それはまたの機会としよう。このパイプを早々に無くしてしまうというのは勿体無いかもしれねぇしな)


「あぁそれで全然構わねぇよ。……なんか悪いな」


「いえいえ、私は全然構いませんわよ。あ! どうやら都市見え始めたようですわ」


「ん、おぉアレが……」


 彼女たちが馬車の窓から見た先にあったのは辺境都市「ドレイル」の壁であった。

 そうして馬車は門を潜り抜け、都市内部へと入っていく。そこで一旦共々別行動を取ることとなった。


「私達はあなた様が捕らえた数名の盗賊達を騎士団へ突き出しに行きますわ。私の屋敷は都市の中央部の方にありますので後ほど訪ねてくださいまし。それではご機嫌用ーー」


 と、優雅に馬車は去っていった。周りを見渡すとまさしく中性ヨーロッパと言える文化レベルの建物や人間の服装にファンタジー世界らしい異種族もそれなりに居るようだった。

 だが彼女はそんなことよりもさっさとやりたいことがあったのだ。


「さて、どうしたものかねぇ……まずはこの能力で作られた金を冒険者ギルドのとこにある質屋にでも売りさばきに行くかぁ、くぅーーっ! 夢が広がるねぇ」


 彼女は手を上げて背を伸ばした。これからの査定結果で得られるであろう高額の金に期待を寄せながら……。


「偽物ですね。これ」


「……は?」


 突然告げられる予想打にしていなかった言葉に思わず言葉を失う。


「こんな硬い金、この世に存在しませんよ。大方なにか別の鉱石じゃないですか? もし買わされたり、誰かから貰ったのなら騙さてますよ。あなた」


 声の抑揚は一切変わらない冷淡な言葉が紅音の心を突き刺す。


「いやいやっ……え、マジ?」


「はい大マジです。もうお引取りください」


 そして彼女は追い出されるような形でそのまま質屋を後にした。その背中は随分と物寂しいものだった。


「……」


「……クソッ!!! 何なんだよもう! ぬか喜びさせやがって! このゴミッ!!」


 と、手にした金に変わった煙草の箱を見つめる。煙草も吸えない、金にもならない、使い物にならないゴミクズ同然のものに対して怒りがさらに爆発する。


「お前なんか! 引きちぎってやる!! フンッ!!!」


 するとその煙草はトロットロッのピザのチーズのように簡単に裂けた。


「は? 何だこれ? 柔らかいってレベルじゃねーぞ。しかもあのゲスメガネはめちゃくちゃ硬い金って言ってたぞ。一体どういう……」


 彼女は困惑する。聞いた話と今起きてる現実との全くの矛盾に頭を抱えるが、一つの解に気づく。


「もしやこれ、もっかいくっつけられたりしてぇ……出来たッ!!」


(アタシが触れてる金は自在に形を変えれるのか? ……まじかぁ。……いやそれがどうした? 別に意味ないやん)


「結局つかえねーゴミと化したな……。だがもし元に戻せたりしたら及第点はやろうじゃないか。……少し念じてみるか」


 と彼女は元の煙草に戻るよう必死でイメージをすると、煙草は元に戻ったのだ。


「おお! ……まぁ及第点はやるよ。さーてと、このまま冒険者ギルドのライセンス登録しに行きますかぁ。ライセンスさえあれば色々と便利ってあの本に書いてあったしな」


 そうして彼女は冒険者ギルドへ入り受付まで直行したのだった。紅音は受付嬢へ話しかける。


「あの冒険者登録をしたいのですが出来ます?」


「はい! 冒険者登録はいつでも受け付けております! 文字の読み書きはできますか?」


「あ、えーと……無理です」


 正確には出来なくはないが本を見ながらというのはかなり面倒なため、任せることにした。


「それではこちらの水晶に手をおかざしください。登録に必要な情報のみが出てきます」


(所持能力とかでないよな? ……まぁ出たら出たでいいか。もうどうにでもなれ)


 彼女は言われた通りに出された青く輝く水晶に手をかざす。


「はい! ありがとうございます! これがあなたの冒険者カード(仮)です!」


「ん? (仮)? どういうこと?」


「はい! 冒険者登録行う際に登録料分のお支払いと依頼遂行能力を確かめるため仮免をお出しし、最低ランクの依頼を一つこなすこと、もしくは有力者からの推薦で初めて正式な登録となります! なお達成した依頼報酬はそのまま登録料金に代わりますのでお気をつけください」


「あーそういう……上手いことやってんねぇ。まぁでも金欲しいし先に中央部の方へ行くか」


 そうして彼女はギルドを後にしてデリアに会いに行くのだった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


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 *今回の実績

 神閤紅音は冒険者カード(仮)を手に入れた!

 デリアの好感度は2下がった。

 護衛魔法使いの好感度は30上がった。

 受付嬢の好感度変動なし。

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