【異世界落伍者の黄金卿】ヤニカスヤンキー女は異世界でも飄々と生きる

覚醒冷やしトマト

始まり 短時日の皮切り

第1話 異世界で目を覚ます

 目が覚めるとそこはいつもの月四万で住める超安いボロアパートの一室ではなかった。目覚めたばかりの彼女の鋭い目つきの目元には隈ができており、血色の悪さから不健康さがうかがわれる。大の字で仰向けに横たわっている彼女は目を細くしながら明るい空を眺め上半身を起こす。

 そうして辺りを見渡すがそこはほぼ完全な野原であり、近くに建物は見えず人や動物の気配は全く感じられなかった。

 彼女は右手の人差し指でこめかみの辺りを掻く。


「なんだここ…? どこだ…?」


 彼女の名前は神閤紅音かんごうあかね。年齢は二十二歳で身長は百六十四センチ、大学を中退し現在はコンビニでアルバイトをしているフリーターだ。趣味はパチンコに酒と煙草たばこたまに競艇や競馬もする。

 そんな日常を過ごしてきた彼女は何故か見知らぬ場所にいる。

 彼女は虚空を見つめながら考える。


「マジで何なんだこの場所……。あの辛気臭ぇボロ部屋の香りを嗅がずに済むのはいいが、こんな大自然の香りを嗅ぎてぇとは言ってねぇぞ」


「つーかアタシの格好バチコリ普段着のやつじゃん」


 彼女が今着ている服はツートンカラーの虎柄のスカジャンのチャックを全開にしているため、だるだるのシャツが見える。

 そして短パンとショートソックスにスニーカーを履いている。髪は全体的にマゼンタに染めており、特徴的なのは前髪の左側部分に細くて長い紅い三つ編みが結ばれていて、後ろ髪には2つのボンボンが結ばれていた。

 両耳の福耳部分にフープスティックピアスを付けている。


「まったくどうなってんだか……まぁどうせ夢だろ」


 そう言うと彼女は再び横になり、両手を頭の後ろに回し枕代わりにして寝る。

 だが数分と経つことなく彼女は足を苛立たしく揺すり始める。


「あぁー……ダメだ。今すぐタバコ吸いてぇ」


 そうして彼女は自分の短パンのポッケやらスカジャンのポッカやらに手を突っ込み、掻き回すように探す。


「持ってねぇかなー……おっ! あんじゃーん……ってコレたまに届く試供品のやつじゃねぇか!」


「まぁ好みのやつじゃねぇがいいか……待てよ、ライターねぇじゃん」


「チッ……んだよこんな時に限ってぇ……マジ使えねー、夢ならさっさと出せよ!」


 彼女は一度ライターが現れるようにイメージをするが出てきはしなかった。


「はぁ……。あ? この夢さっきからまるで覚めやしねぇな。少し動きますか」


 そう決心した彼女はダルそうに体の上半身を起こし、欠伸を掻きながらその足でしかと大地に立つ。


「よっこいしょっとぉ……。殺風景な景色だな風当たりが心地いいぜ」


「って、ん? 何だあれ」


 彼女が見つめた先にあるのはただの岩ではない何やら人為的な石碑であった。試しに見てみようと思った彼女は石碑へと近づき、そこに書かれている文字を読み始めるのだった。


「なになにぃ?」


 その石碑には『……語』でこう書かれていた。


『異なりし世界から呼ばれしものよ。汝コレを読めるということは、我と同郷のものと見たり。この地は汝が先程まで居た世界ではない別の世界である。故に汝はその事を受け入れるべし。我は汝と恐らく共に同じ地にて目覚めしもの。しかし汝この石碑を見る頃には我はここに居ないであろう。同郷のものがこの地に訪れしとき、助けとなるようこの石碑の下にある程度の事を記しておいた物を埋めておいた。汝この地にて強く生きるべし。我は名も知り得ぬ汝に幸あらん事を祈る』


「と、いうわけかぁ……は?」


 彼女は酷く混乱する。

 この石碑の事、今自分がいる世界の事、そしてこれは夢ではないということに。


「おいおいおい! 冗談じゃねーぞ、訳もわからん所で生きろってのかよ! ……待て、この下にある程度のことが書かれた物があるって書いてたなこいつ」


 そうして彼女は石碑下を素手で掘る。

 土は意外と柔らかかったため、すぐに掘り起こせた。恐らくこの石碑を書いた人物が仕掛けておいたのだろう。彼女は掘り起こして手に入れた本を開く。


「何だかこの世界の文字の解説や通貨とか色々一般常識について書かれているな。ん? なんだこの最後の項目は?」


 そこにはこう書かれていた。


『この世界に転生もしくは転移せしものは世界異能せかいいのうと呼ばれる特別な力がもたらされるそうだ。かくいう私もその一人だ。この力のお陰でこの辛く厳しい世界を生きてこれたのだとしみじみ思う。だが一概に能力と言ってもピンキリであり、必ずしも良いものが得られるというわけではない』


『私も自身の能力を自覚するのに時間がかかった。これを読んでる君もそれ次第で今後が大きく決まると考えた方がいいだろう。だが安心してほしい、この本は君の能力が分かるようになっている。そして最後に自分の能力がどんな結果であれ、生きることに絶望してはいけない。諦めず強く生きることがこの世界での肝だ』


 と、あった。それを読んだ彼女は何かを思い出す。


「特別な力だと? ……まさかアレか? 巷で話題の……なんだったか最近流行ってる漫画とかの内容がそんなんだったような……? アタシのバイト先のコンビニに売られてたからギリ・・知ってるけど……まさか自分がそんなんなるとはな」


 彼女は具体的にどのようなものだったかを思い出そうとするが、興味が持てる分野ではなかったため、あまり思い出せなかった。バイト先の後輩が詳しいようだったが、聞き流していたのでどうにもこうにもといった状態である。


「にしても能力に魔法かぁ……マジで漫画やアニメみたくなってきたな」


「一体どんな能力がついているのやら、宝くじが当たるとかだったらいいなぁ、ハハハ!」


 と、彼女はケラケラと笑う。

 だがそれは本当の笑いではなく現実から逃避するための笑いであった。


「まぁ一応この本に近辺の地図情報がなんか載ってるし、これを頼りに人の居る街にでも行くかぁ」


 彼女は地図を頼りにしつつ他のページをめくり、本の中身を確認していく。


「能力が分かるらしいが……裏表紙の裏にあるこの手の形のやつに触れたらいいみたいだが、どうせろくな能力じゃないんだろうな」


 彼女は今までの人生においてここぞという時に運が味方をしてくれたのはまぁない。

 事実誰もが人生とはそのようなもので上手く行かなかった時ほどよく覚えてるものではあるが――。


「ここに記されてる過去の能力保有者の一覧を見ると、変身能力とか飛行能力とか破滅能力みたいな何か便利そうなのもあるが、どんな材質のスプーンでも曲げられる能力とかいうまさしくゴミと言えるような能力が多いな」


「まぁ手ェかざしてみるか。……うぉ! なんか出てきた」


 浮いてきた文字には『あなたの世界異能は【エル・ドラード】です』と書かれていた。


「エル・ドラードだぁ? ほーん、そんでどんな能力なんだ?」


 だがその本はそれ以上のことは何も教えてはくれなかった。


「何で名前しか教えてくれねぇんだよ!」


 怒った彼女は本をバシバシと叩くが、やはり同じ文字しか浮かばない。


「だぁからそれが何なのか教えろよ! ……反応ねぇし、やっぱゴミだわこの本。……しゃあねぇ、後回しだ。まずは変な虫が潜んでるかもしんねぇ平野からとっとと出るか」


 そうしてしばらく歩いていると草の生えていない道路らしき大きめの野道が見え始めた。この道に沿って進めば恐らく人間が住む場所へ到達できるだろうと彼女は思い、進んでいく。


「はぁ……マジでつまらんし疲れるわぁ。こういうのってもっとこう何かあるんじゃねーの? ファンタジーな世界だし転移ワープ的なさぁ。たくッよぉ……あ? 何だアレ?」


 彼女の見据えた先にあったのは馬車らしきものだった。そしてそれを囲む悪どそうな顔と格好をした屈強な男たちがいた。そして周りには血まみれの兵士らしき死体がいくつか転がっていた。


「アレはもしかして野盗ってやつか? 近づかんとこ、でも今更反対の道に行くのもダルすぎなんだが……」


 そう思うのも束の間、一人の男が大声で馬車の中にいる人間に言う。


「必死で馬車に防護魔法かけてうずくまってんのも時間の問題だぞ!! ゴラァッ!」


「さっさと出てこいヨォッ!! スッと殺しやっからヨォ!!」


 と野盗の野蛮で過激な発言を聞いた彼女はこう思った。


(うわー……アタシがいた街より治安悪すぎだろぉ。でも見過ごすのもなんかなぁ。ワンチャンこの能力でアイツラ倒せれるか? あーでも何の能力か分からないんだったぁ……)


 彼女が元々住んでいた町は治安が悪く。その関係もあって住んでいたボロアパートの家賃にも影響があるくらいだ。

 何もできる事はないとは言え、彼女は取り敢えず落ち着こうと煙草を取り出すもライターがないことを再び思い出す。


(クソッ! ヤニも吸えねぇし能力はよくわかんねぇし……あぁあああ!! もう苛つくぅうう!!!)


 怒りに身を任せた彼女は煙草の箱が歪むほど強く握りしめてしまう。

 ……すると異変が起きた。彼女の煙草が金色に変色し始めたのだ。


「あぁ!! 何だこれッ! 唯一の煙草が台無しに……って、は? 金になってるんだが?」


 それは彼女の能力の一端である触れたものを金へと変えることができる力。

 無論それを自在に操ることはできるがそれは触れている金のみであり、離れた金までは操作は不可能。因みに金へと変えたものは元に戻せられる。


「まさかよ、つーことはアタシのコレってかなり大当たりか? 強く触るとこうなるのか? 刃物とか結構……あっ金に変えれば大丈夫か?」


 純金に限る事ではあるのだが彼女は金が柔らかい物質であるということを知っているのだ。故に刃物といった危険なものでもなんとかなる。そう楽観視して馬車に居るであろう人間を助けることにしたのだった。

 できるかぎりの範囲で無理そうなら……逃げようと思いながら姿勢を低くして歩いていく。 一歩違えば死に直結するかもしれないという緊張感で彼女の心拍数が上がるとともにテンションも上がる。


 そうして自らの能力に自身をつけた彼女は野盗の背後にそろりと近づき相手の口周りを金にして口を塞いでから手足を金に変えてみて身動きを取れなくさせた。


「あってめぇ! だ……んんん!」


「ん、なんだ? うおぁ……んん!」


「!! 頭ァッ! 変な女が居やすッ!!」


 どうやら流石にバレてしまったようだ。野盗の頭目が顔を出す。


「ほう……何の魔法か分からんし、よくわからん変な格好のヤツだが所詮しょせんは女だ。可愛がってやるぜッ!!」


 と野盗の頭目は剣を抜いてきて襲いかかる。そのスピードはろくに運動もせず自堕落じだらくな生活ばかり送ってきた彼女にとってはかわせないスピードだった。

 本来ならそのまま切り捨てられる。が、しかし彼女の持つ世界異能がその身を守る。完全に無意識の出来事なのだが野盗の剣が彼女を斬首しようと首筋に触れた瞬間に金に変わり、液体のように溶けて崩れる。野盗は予想外の出来事に慌てふためく。


「なっナニィッ!! ばばばかなッ! 貴様まさかっんぐッ……んんんんん!!」


 その機に乗じて男の口を金に変えてを塞ぐ。


「悪いがアタシは、アンタみたいなドブ顔とあんまり話したくないんでな。口臭剤効果のある金を噛み締めな」


 彼女自身正義感の強い人間というわけではないのだが、先程の野盗たちの発言はそれなりに不快だったために、このような斜に構えたような発言をしてしまったのだ。そして無論そんな口臭剤効果はない。

 だがどうにもその光景が他の下っ端連中が逃げ惑うには十分だった。


「ひえええええ!! お頭がやられたーー! 逃げろぉおお!!」


「あーやっべぇ……取り逃がしちまったなぁ。まぁいいか別に、アタシにはそこまで関係ねぇし……うん」


 野盗が逃げて騒ぎが収まった所で、馬車から人が出てくる。


「一体コレはどういう……あ、あなたは一体」


 馬車から出てきたのは歴史の教科書で見たことあるようなまさしく貴族といった格好の若い女性と、それに続いてローブをまとった長髪の女性が出てきた。

 紅音はその姿を見ながら考える。


(……随分とまぁ立派そうな服着てんなぁ。そうだ! 折角助けてやったんだ。たんまりとお金をせびるとしようか。へへへッ!)


 と彼女は心の中でゲスの微笑みをあらわにしたのだった。



 だがこの時、彼女はまだ分かっていなかった。このファンタジー感溢れる世界はあくまでも現実・・であると、それと向き合えず今までを過ごしてきた軽薄な彼女は身をもって知る時が来るということを……。


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*ここに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。


よろしければ、☆や♡や感想等々の応援よろしくお願いします!


ステータス 

 名前:神閤かんごう 紅音あかね

 世界異能:【エル・ドラード】

      詳細:金触きんしょく:触れた所から金に変える力

         金遊帝きんゆうてい:触れた金を操る力

         有無創金うむそうきん:無限に金を生み出す力

         戻金れいきん:金に変えたものを元に戻す力

 称号:不健康超人(笑)

 魔法:無習得

 種族:人間

 耐性:疲労軽減(弱)

    毒軽減(弱)

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