第4話
「夜ご飯、美味しかったわね」
「そうだな」
「私は予習してるから、先にお風呂入ってきたら?」
「一緒に入らないのか?」
たまにあなたはこうやってからかってくる。
普段の私はあなたが節度を守ってくれることを理解して誘っている。
それなのに彼はその一線を私から越えさせようとしてくる。
そんなの恥ずかしくて無理なのに、意地悪だ。
「本当に可愛いな」
顔には出ていないはずなのに、あなたは私が何を思っているのか、簡単に理解してしまう。
こうなると、もう私は何もできない。
「じゃあ、風呂入ってくるからな。勉強頑張れよ」
黙って下を向く私の頭を優しく撫でて、彼は部屋を出て行ってしまった。
「ばか...」
負け惜しみの悪態が、私しかいない部屋にこぼれる。
落ち着くのに10分ほどかかってしまった。
教科書は未だ開かれていない。
男の子のくせに長風呂なあなたが戻ってくるまであと20分。
揶揄われた悔しさを糧に、短い時間を予習に充てた。
「ただいま、お風呂空いたよ」
あなたの声が聞こえて顔を上げる。
お風呂上がりの火照ったあなた。
普段より色気があって、私はいつもどきどきしてしまう。
頑張って心を読まれないように、なんでもないように教科書とノートを片付け、着替えを持って部屋を出た。
部屋の扉が閉まる瞬間に聞こえたあなたの声は、聞こえないフリ。
そうでもしないと、恥ずかしいから。
毎日同じようなやり取りをしているのにちっとも慣れない私と、あなたにだけ見せる私をどんどん引き出していくあなた。
浴室に入ってシャワーを浴びて、冷静じゃ無い頭と、どきどきして壊れそうな心臓を落ち着かせる。
少しして落ち着いたら、いつも通り丁寧に全身を洗い、広めの浴槽でゆったりと温まる。
考えるのはいつもあなたのこと。
幼稚園の頃のこと、小学生の頃のこと、中学生の頃のこと、そしてこれからのこと。
昔はいつもそばにいてくれる大事な人だった。
いつからか恋心を抱き、いてくれなきゃダメな大事な人になって、いないと不安を覚えるようになった。
両親達が言うには赤ちゃんの頃からあなたにべったりだったと言うけど、そんな覚えてない頃のことは知らない。
わざわざ写真や動画を見せてきて、両親達とあなた、みんなでにやにやとこちらを見るのも意地悪だ。
そうやってあなたとのことを考えていると、気付けば30分ほど湯船に浸かっていた。
体も十分に温まっている。
軽いマッサージを湯船に浸かったまま行い、浴槽から出て汗を再度流し、浴室から出た。
「出たわよ」
寝巻きに着替えて部屋に戻ると、あなたは真面目な顔で私と同じように予習をしている。
そんな真面目な横顔にどきどきしながら、あなたの横に座り髪の毛を乾かしてもらう。
この時間は、あなたの愛情をたくさん感じられるから好き。
優しい手つきで私の髪の毛に触れるあなた。
つい寄りかかると、まだ乾かしてるからとそっと体を離される。
大人しく座り数分待つと、あなたから声がかかった。
「ほら、乾いたよ」
「ありがとう」
そう言って私はあなたに寄りかかる。
そっと私を撫でてから、抱きしめてくれるあなたが好き。
「良い匂い」
珍しく積極的なあなたについどきどきしてしまう。
後ろから抱きしめて、うなじに顔を埋めるあなた。
そっとあなたの手に手を重ねて、2人の穏やかな時間が過ぎていく。
しばらくして匂いを嗅ぐのに満足したのか、顔を起こして私の肩に顎を乗せてくる。
「勉強、しましょうか」
どきどきを誤魔化すようにそう言うと、くすりと笑って体を離してしまうあなた。
自分から言っておいて寂しさを感じてしまう。
それでも小さな机で向かい合い、お互いに手助けをしながらする勉強も、私とあなたの大事な時間。
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