第4話 リベンジマッチ!? 意地っ張りのメスガキ変身ヒロイン、明日から本気出す!


 自分の実力を理解せず、散々こき下ろして来た民衆もあの紅金牛太郎ビッグブルチャリオットを倒したとなれば、自分を認めざるを得なくなるだろう。何より――たった1人のファンだった響太郎もきっと、鼻が高くなるに違いない。


 その一心で火弾探偵事務所に乗り込んだ風花は、デスクの前で独りふんぞり返っている火弾竜吾と対峙していた。トレーニングの後、シャワーも浴びずにここまで直行して来た彼女の全身は今もじっとりと汗ばんでおり、芳醇な匂いがその柔肌の隅々から滲み出ている。ノスタルジックな内装のオフィスは、彼女の肉体から匂い立つフェロモンで充満していた。


「というわけで、さっさとこの私にアイツを倒せる装備を寄越しなさいっ! さっきのニュースは見たでしょう? 引退したあなたに代わって、真の『No.1』こと辻沢風花様がアイツにお灸を据えてあげようというのですっ! これ以上ない栄誉ですよぉ、これはぁっ!」


 細く優美な両手をくびれた腰に当て、豊満な爆乳をぶるんっと突き出して仁王立ちになる風花。そんな彼女の白く肉感的な太腿をなぞるように、瑞々しい汗の雫が滴り落ちていた。ミニスカートによって辛うじて隠されているが、彼女のパンティも桃尻も、しとどに汗ばみ芳しい匂いを熟成させている。


「……ったく、何の用でここに転がり込んで来たのかと思えば。だいたい今何時だと思ってんだ? もう日付が変わる寸前だぞ。つーか、なんか臭うし」

「四六時中煙草臭いあなたにだけは言われたくありませんっ!」


 一方。シャワーも浴びずに事務所まで乗り込み、むせかえるような女のフェロモンを振り撒いている不躾な来客に対し、竜吾は呆れ返るようにため息をついていた。その口に咥えた煙草から立ち昇る煙に、風花は眉を顰めている。

 日本人離れした屈強な肉体の上に、炎柄のレザージャケットを羽織っている黒髪の美男子。そんな竜吾はデスクに長い脚を乗せて携帯デバイスをぽちぽちと触り、流し目で風花の方を見遣っている。


「それで……俺に装備を作って欲しいって? 随分とまぁ、ゲンキンなこったな。俺を超えてやるーって息巻いてた奴が、どのツラ下げてそんなこと頼みに来たんだ? フー坊」

「わ……私の光線銃だけでは奴の装甲を破れないんですっ! あなたならアレに勝てる装備を作れるでしょう!? 私がそれであなたに代わって、アイツを倒してあげるって言ってるんですよっ!」


 最もそれ・・を言われたくない相手に痛いところを突かれた風花は、思わず乳房を揺らして仰け反ってしまう。それでも退くわけには行かず、彼女は虚勢を張るように爆乳をばるんっと突き出し、食い下がろうとしていた。しかし竜吾は興味がないと言わんばかりに、冷淡な表情で彼女から視線を外してしまう。あからさまに彼女を「無視」するように。


「……」

「ちょっと、聞いてるんですかっ!? あなたが使っていたような装備がないと、私はっ……!」

「ふーん……」

「……〜っ! もういいですっ! やっぱりあなたなんかに頼りませんっ! お邪魔しましたぁっ!」


 まさに、取り付く島もない。そんな彼の冷たい反応に業を煮やし、風花は憤りを露わにしながら踵を返そうとする。振り返った弾みで爆乳がぶるんっと揺れ動き、ブレザーのボタンが弾け飛びそうになっていた。スカートも大きくはためき、Tバックによって強調された白い巨尻が一瞬露わになる。


「……んっ!?」


 しかしその直前、風花の携帯デバイスに「通知」が入って来た。爆乳によってパツパツに張り詰めていたブレザーの胸ポケットが、彼女の乳房を擦るようにぶるぶると振動している。そこからデバイスを取り出した風花の顔が強張ったのは、その直後だった。


「……っ!」


 そこに表示されていたのは、彼女の唯一のファン――響太郎の最新レビュー。風花ならきっと、紅金を倒してくれる。東京の平和を守ってくれる。そんな「期待」を込めた、励ましのレビューだった。


(響太郎、君……)


 無論、このまま真正面から紅金と戦っても勝ち目はない。数ヶ月前の時点でも歯が立たなかった紅金は、以前よりもさらに強くなっているようだった。意地を張って今すぐここから出て行くのは簡単だ。しかし、その先には確実に「敗北」が待っている。

 同じ相手に2度も負けたとなれば、いかに気丈な風花の心といえど、今度こそ折れてしまうだろう。そんな彼女の姿を目の当たりにしたら、たった1人のファンの心もとうとう離れてしまうかも知れない。


(……私は、また裏切るのですか? こんな……私を、今でも応援してくれている、たった1人のファンをっ……)


 ぎり、と歯を食いしばる。ぷるっとしていて瑞々しい桃色の唇が、悔しさに歪む。白く優美な手指が握り締められ、ぶるぶると震える。直接会ったこともないからこそ、いつ居なくなるか分からないファン。そのかけがえのない存在を、自分の「意固地」で手放してしまうのか。

 そう思い至った風花は悔しさに身を震わせながら、ゆっくりと竜吾の方に向き直る。屈辱に耐えるように唇を噛み締めながら竜吾を睨み付けていた彼女はやがて、乳房と桃尻を揺らして背筋を正した。


「……ますっ……」

「んー? なんか言ったかフー坊。俺もすっかり歳でねー、最近耳遠いんだわ」

「……っ!」


 この男、全部分かっているくせに。そんな思いが込もった恨めしい視線を向けられていながら、竜吾は意に介さず涼しげな表情でデバイスを触り続けている。それは、一切の「誤魔化し」を許さないという「厳しさ」の表れであることを、風花はすでに理解していた。


「……お願い、しますっ……! アイツを倒せる装備を作ってくださいっ……! あなたが作れる装備じゃないと、アイツには勝てないっ……! アイツを倒すためにも、力を貸してくださいっ……!」


 頭で理解しているのなら、後は心を追い付かせるだけ。その決意を胸に抱いた風花は、そのままゆっくりと頭を下げる。屈辱に歪む顔だけは見せまいと最後の意地を張り、今度はハッキリと竜吾に聞こえる声量で、「助力」を求める。自分独りの力ではこの事態を打開出来ないのだと打ち明け、1番頼りたくなかった相手に首を垂れ、助けを求める。


「……」


 風花自身にとっては何物にも代え難かったプライド。その一切をかなぐり捨てた「要請」を前にして、竜吾はようやく携帯デバイスから風花へと視線を移す。だが、その目付きはまだどこか冷たい。まだ完全には彼女を認めていないようだ。


「……なんで? フー坊の手に負えないってんなら、他のヒーロー達に任せりゃ良いじゃん。そのうちもっとランクの高いヒーローがアイツを倒してくれるよ。なんでフー坊がそこまでしなくちゃならない? なんで俺に頭下げてまで、自分の手柄に拘る?」

「……こんな私を……いつまでも芽が出ない私をっ……それでもずっと昔から、応援してくれている人がいるんですっ……! その人にだけは、絶対に応えたい……! どうでも良い人達になら、どう思われても良い! だけど……どうでも良くない人にだけは、失望されたくないんですっ……!」

「……そうかい」


 会ったこともない自分を決して見離さず、デビュー当時から熱心に、真摯に応援してくれていた唯一のファン。そのたった1人のためなら、プライドを捨ててでも紅金に立ち向かわなければならない。今度こそファンの期待に応えるには、今しかない。


「……そうかい、そうかい。へへっ」


 そんな想いの吐露を目の当たりにした竜吾は、肩を震わせ涙を堪えている風花の様子を暫し見つめた後――それまでの冷淡さからは一転し、にかっと快活な笑顔を見せた。まるで「ドッキリ大成功」と言わんばかりの悪戯っぽい笑みだ。


「そういう1番大事なことは……最初に言っておくもんだぜ? 大人になるまでに覚えとくんだな、フー坊」

「……!?」


 そんな彼の一言に思わず風花が顔を上げた瞬間、竜吾がパチンと指を鳴らす。すると彼の背後にある壁がガシャンと開かれ、そこに隠されていた風花のための新装備クリスマスプレゼントが露わにされた。彼はすでに、風花の新たな武器を用意していたのだ。


「こ、これはっ……!?」

「……お前の光線銃の威力を高める強化カスタムパーツだ。元々非正規の自警団ヴィジランテだった俺はもうヒーロー活動は禁じられた身だが……正規ヒーローの連中に手を貸すな、とは一言も言われてないんでね」

「強化パーツ……!?」


 開かれた壁の先に掛けられていたのは、赤と白を基調とする光線銃の強化パーツや、増加装甲の数々。サンタクロースを想起させるツートンカラーの新装備に、風花は目を丸くしていた。これほどの秘密兵器を、一体いつから準備していたのかと。


「イチから新しい武器なんて作っても、その使い方を訓練してる時間なんて無い。そこで、既存の光線銃に取り付けるだけですぐに使えるこの強化パーツってわけだ。フー坊としても、馴染んだグリップをそのまま使う方が楽チンだろ?」

「それはそう……ですけど、この外装は……!?」

「パワーアップした熱光線の反動に耐えるための増加装甲だ。俺の必殺光線アロガントパニッシュの威力を再現するだけなら簡単だが、使い手がその力を制御出来ずに振り回されてちゃあ、却って被害の拡大に繋がりかねない。そこで、使用者に掛かる負荷を肩代わりしてくれるコイツの出番ってわけよ」


 壁に掛けられていた強化パーツや増加装甲。それらを手に取ってみると、外見の割には非常に軽量で扱いやすくなっているのが分かる。自身の膂力に合わせて作られたモノであることを、風花はその手応えから感じ取っていた。

 当然ながら、一朝一夕で作れるような代物ではない。ROBOLGER-Xの開発にも携わっていた元科学者とはいえ、これほどの装備を開発するために注ぎ込んだ資金と時間は並大抵のものではなかったはず。


 恐らく竜吾は、BLOOD-SPECTERを壊滅させてヒーローを引退した後、すぐにこの装備の開発に着手していたのだろう。巨額の報酬を得られる「No.1」ヒーローだったにも拘らず、小さな探偵事務所で暮らしていることにも説明が付いてしまう。


「一体いつからこれを……!? もしかして、火弾さん……」

「おいおい、そんな問答してる場合か? お前が真の『No.1』だってとこ、ファンの子に見せてやるんだろう? 現場が更地になっちまったら、お前の見せ場も無くなっちゃうぜ?」


 竜吾は風花がいつかここに来ることを見越して、自分が稼いで来た報酬を注ぎ込み、これらの新装備を開発していたのだ。その真相に気付きかけていた風花は、複雑な表情で竜吾の横顔を見遣る。だが、竜吾は彼女と視線を合わせようとはせず、飄々とした佇まいで煙草を燻らせている。


「……」


 それが、気を遣わせまいとする竜吾なりの優しさであるということを、風花は少しだけ察していた。故に敢えて深くは問い詰めることなく、彼の言う通りに「やるべきこと」を優先する。目の前に展示された新装備に手を伸ばす風花の双眸は、強い決意の色を帯びていた。


「……そうですね。響太郎君のためにも……必ず、私のカッコいいところを見せてあげますっ! ありがた〜く使ってあげますから、感謝してくださいねっ!」

「へいへい、さっさと行って来い。ちゃんと当てなきゃ承知しねぇぞ」

「ふふんっ、この私を誰だと思ってるんですかぁ? あなたを超えるNo.1ヒーロー、RAY-GUN-SLINGERこと辻沢風花様ですよっ!」


 その場でレオタード状の強化服姿へと「変身」した風花は、手作業で一つずつ迅速に、澱みない動作で増加装甲を装着して行く。初めて触る装備だというのに、彼女はそれぞれのパーツが担当する部位を即座に把握しているようだった。竜吾が彼女の感性や身体に合わせて設計していたから……という部分もあるが、その手際の良さは彼女自身の才能と言うべきなのだろう。


「……ま、これくらいゲンキンな性格してる方がちょうど良いのかもな」


 苦情混じりに見守る竜吾を尻目に、次々と増加装甲を身に付けて行く風花。仕上げに光線銃の強化パーツを銃身に取り付けた彼女の勇姿は、それまでのシルエットからは想像もつかないほどに荘厳なものとなっていた。


 赤と白を基調とする胸部、肩部、腕部、脚部の装甲。頭部の追加センサーに、脚部に備え付けられた放熱板とアウトリガー。機械翼ユニットから換装された、ハナカマキリを想起させる刃状の姿勢制御装置スタビライザー。そして、光線銃の銃身に取り付けられた大型の強化パーツ。それらの「新装備」を得た風花の姿は、従来の「RAY-GUN-SLINGER」とは大きくかけ離れている。


 強化された光線銃の「反動」に耐える。その目的に適応しているベルボトム状の脚部装甲はどっしりとした低重心のデザインとなっており、軽量化に徹していた以前の強化服とは真逆のコンセプトになっていた。それまで持ち味にしていた機動性と引き換えに得た、圧倒的な火力。その最大の武器を存分に活かすための鎧なのだ。


 強化パーツを装着した光線銃も、それまでとは大きく異なる外観に変わっていた。ROBOLGER-Xの熱光砲を想起させるシルエットとなった光線銃はかなり銃身が長くなっており、さながらライフルのようであった。その銃身を携えた風花は、オフィスに飾られた時計を見遣る。時刻はすでに、23時59分。間もなく日付が変わる頃であった。


(……見てなさい、皆。私はこの瞬間から……明日いまから「本気」出しますっ!)


 そして、時計の針が動き――12月25日クリスマスが始まる瞬間。風花は響太郎ファンの応援に応えるべく、プライドを犠牲にして得た「本気の力」を、世間に見せ付けようとしていた。

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