第2話 大ピンチ!? 必殺技を破られたメスガキ変身ヒロイン、巨漢ヴィランに屈服寸前!


「んはぁ、はぁ、はぁっ……!」


 ヒーロー達が為す術もなく殺されかけていたところへ、力を振り絞って立ち上がって来た風花。そんな彼女の予想外なタフネスを目の当たりにした紅金も、鉄仮面の下で驚嘆の表情を露わにしていた。


「ほう……半端者共の中にも、少しは骨のある奴がいたようだな。それがよりによって、最もひ弱な見た目のお前だったとは」

「だ、黙りなさいっ……! 正義のスーパーヒロインとして……どんなにざぁこな仲間だろうと、私の目の前で死なせはしませんっ……!」

「……コイツらは、お前を仲間だとも思っていなかったようだがな。それどころか、お前が殴り飛ばされる様を嘲笑ってすらいたぞ。そんなクズ共のために命を張って何になる?」

「そんなのっ、言いたいように言わせておけば良いんですよ……! 最後に『No.1』になるのは、この私なんですからぁっ!」


 例えどれほど周りに馬鹿にされようとも、正義のヒロインとしての矜持を捨てない風花。そんな彼女を倒すべき「敵」と認めた紅金は、侮りを捨てて彼女の方へと向き直っていた。風花の光線銃を警戒してか、すでに鎧の膨張フルプレートバルクを発動させる構えを見せている。


「この私の優雅なる一閃で……永遠に黙らせてあげますっ!」

「……ほう、凄まじい熱エネルギーだな……。満更、ハッタリだけの小娘ではなかった……ということか。良いだろう、受けて立つ!」


 一方、光線銃を構えた風花はスーツのエネルギーを銃口に集中させ、最高火力の熱光線を撃ち放とうとしていた。銃口に集まって行くエネルギーはやがて強烈な波動となり、相対している紅金が思わず身構えてしまうほどのプレッシャーを与えている。


「――ELEGANTエレガント-SQUASHスカッシュッ!」

「FULLPLATE-BULKッ!」


 やがて、蓄積されたマグマが大噴火となって噴き出すかのように。風花の光線銃に集束されていた最大火力の熱光線が、一気に銃口から飛び出して行く。真っ直ぐに飛ぶ光線は白く艶やかな輝きを放っており、(使い手の性格はともかく)その名の通りの優雅さすら感じられる。

 一方、紅金もその白い閃光を真っ向から受け止めるべく、赤と黒の装甲服を限界まで膨張させていた。次の瞬間、猛烈な勢いで発射された熱光線が紅金の胸部装甲に直撃する。眩い輝きがその着弾点で弾け飛び、衝撃波が地を揺るがす。


「ぐっ……お、おぉおッ……!」

「……っ!? そ、そんなっ……!」


 ――だが、この一騎打ちを制したのは紅金だった。彼はズシン、と轟音を響かせて片膝を着いているが、その装甲服には傷一つ付いていない。自分の必殺技が通じなかった現実を目の当たりにした風花は、驚愕の表情で銃口を下ろすしかなかった。


「……ぐっ、ふふっ。まさかお前のような小娘にここまでのモノを見せられるとはな。我が組織の中でも最硬・・と謳われたこの鎧でなければ、少々危なかったかも知れん」

「し、しぶと過ぎぃっ……!」

「他の雑魚共はともかく……その光線銃は我が組織にとってはかなりの脅威となろう。夢見がちな子供には過ぎたオモチャだ……破壊させて貰うッ!」


 すでに今の1発で、風花の光線銃はエネルギーを使い果たしている。もはや勝ち目はない。そんな彼女の得物を奪い無力化するべく、紅金は悔しげに唇を噛み締める彼女に歩み寄ろうとしていた。


「……ッ!?」


 だが、絶体絶命となったその瞬間。紅金の肩が、背後に立つ何者かに掴まれる。パトカーさえ腕一本で軽々と放り投げてしまうほどの膂力を持った紅金は――その手に掴まれた途端、そこから一歩も動けなくなっていた。


「おいおい、ロリっ娘相手に随分と大人気ねぇことするじゃんか。画的によろしくないぜー、ヴィランさんよぉ」


 肩を掴んでいたのは――その絶大な力とは裏腹に、気さくな雰囲気で声を掛けて来る1人の青年。メタリックブルーの装甲服で全身を固め、金色の双眸を輝かせている「ヒーロー」だった。追い詰められていた風花を一瞥する彼は、からかうような声色で紅金の背に声を掛けている。


「……ッ!」


 ヒロイックなデザインの装甲を纏う長身の青年。彼の「正体」を一瞬で察した紅金は、仮面の下で戦慄の表情を浮かべていた。強引に青年の手を振り解いた彼は、振り向きざまに強烈なストレートパンチを繰り出す。

 多くのヒーロー達を蹴散らし、風花を1発でKO寸前になるまで痛め付けた剛拳。しかし青年はその巨大な拳を、掌で簡単に受け止めてしまう。さらにその拳を掴み、逆に紅金が自分から逃げられないようにしていた。


「ぬぅあッ……!?」


 紅金はそれでも諦めず、今度は頭部の角で青年を突き刺そうとする。しかしその刺突さえも、青年はもう片方の手で掴み、簡単に阻止してしまった。規格外のパワーだ。


「まぁ……大人気なんてモノがあるなら、ヴィランなんかハナからやってられねぇか?」

「き、貴様はッ……!」


 次の瞬間、掴まれた角が力任せにへし折られ、今度はメタリックブルーのヒーローが拳を振りかぶる。咄嗟に防御姿勢を取った紅金だったが――力の差は、あまりに大きかった。蒼い鉄拳が紅金の腕に命中した瞬間、その巨大な身体がまるで紙切れのように吹っ飛ばされてしまったのである。


「うごぉぉおおぉおォッ!? こッ、このパワーはッ、まさしくッ……!」


 悲鳴を上げてアスファルトをガリガリと削り、傷だらけになりながらもなんとか立ち上がろうとしている紅金。その猛烈な一撃を目の当たりにした風花は、わなわなと肩を震わせていた。


「あ、あなたはっ……!」


 自分にとっては「目の上のたんこぶ」であり、何としても超えねばならない「壁」。その絶対的な強さで不動の王者としてヒーロー界に君臨している、「No.1」。そんな彼の颯爽とした登場に、悔しさを露わにしているのだ。


「よっ、待たせたなフー坊。お前にしちゃあよく持たせた方じゃあないか? 最後まで泣かなかったのは偉いぞー」

「……火弾ひびきさん、その呼び方やめてって言ってるでしょっ! この私を子供みたいにぃ〜っ!」

「ははっ、ヒーローたるものそれくらいで動じてちゃいけねぇなぁ。そんなんじゃあ、いつまで経っても大きくなれねーぞー?」

「む、むきぃぃい! 自分ばっかり大きくなってるからってぇ〜!」


 「ROBOLGER-X」こと、火弾竜吾ひびきりゅうご。昔からの顔馴染みであり、何年経っても自分を子供扱いする彼のからかいに、風花は眉を吊り上げてぷんぷんと怒り始めていた。自分のことを「フー坊」と呼び、まるで出来の悪い妹のように扱って来る竜吾の言葉には、いつもプライドを傷付けられているのだ。


「ぐっ、ふ、ふふふ……!」

「……!」


 一方、ようやく立ち上がった紅金は待ち望んでいた「仇敵」の登場に、喜びを露わにしている。今の一撃でダウンしていなかった彼のタフネスには、竜吾も少しだけ驚いているようだった。


「ついに現れたな……ROBOLGER-X! 貴様を倒すために組織が完成させた、このスーツの威力……とくと味わうが良いッ!」

「……今さっきブッ飛ばされた奴のセリフじゃねぇんだよなぁ。記憶飛んだ?」

「黙れッ! 貴様に受けた屈辱なら、忘れたくても忘れられんわッ!」


 竜吾の挑発に乗せられた紅金は憤怒に身を任せて跳び上がり、空中で両手を組んで大上段から振り下ろして来る。そのダブルスレッジハンマーを、両肘のジェット噴射による高速移動でかわした竜吾は、再び紅金の背後に回り込んでいた。しかし、今度は双方にかなりの距離がある。飛び道具を使う気なのだろう。


「くッ……パワーだけでなく、スピードも桁違いということかッ! だが、それだけの高出力……長くは戦えんだろうッ!?」

「……ご名答。よく知ってんなぁ、もしかして俺のファン? サインはどこに書けばいい? その鎧か?」


 竜吾が纏う「ROBOLGER-X」の装甲服。その右腕部分のパーツが砲身状に変形する。最大火力の熱光線を放つための「熱光砲」が展開されているのだ。その圧倒的な威力に対抗するべく、紅金は再び全身の装甲服を膨張させていた。


「……減らず口もそこまでだ! 来るなら来い、FULLPLATE-BULKッ!」

「特殊な人工筋肉を膨張させる防御技……ねぇ。なかなか面白い大道芸だが、『的』がデカくなっちまうのが難点だな。尤も、俺に言わせりゃあ……どっちだろうと関係ねえ」


 竜吾も紅金の技を見るのは初めてだったようだが、さほど動揺はしていない。どれほどの防御力があろうと、彼にとっては無意味なのだ。「最強」の火力を持つ、彼にとっては。


「……!」

「この1発は絶対に避けられねぇし、防げもしねぇからな――ARROGANTアロガント-PUNISHパニッシュッ!」


 次の瞬間、砲身に変形していた竜吾の右腕が火を噴く。風花の最大火力エレガントスカッシュよりも遥かに短いチャージ時間でありながら、その威力は彼女の銃撃を大きく上回るものであった。


「ぐぅうッ……おああぁあぁあーッ!?」


 猛烈な勢いで撃ち出された熱光線が、紅金の胸部装甲に炸裂した瞬間――その装甲服が粉々に爆ぜて行く。これまで風花達にこれでもか見せ付けて来た鉄壁の防御力が、嘘のようであった。


「悪い、サイン書くとこ無くなったわ」


 あっけらかんとした声色で、竜吾がそう呟いた瞬間。防御技を貫通され、鎧を砕かれた紅金は素顔を暴かれると、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んでしまう。驚愕の表情を露わにして倒れ伏した紅金は、全身をピクピクと痙攣させていた。


「うぐぅうッ、ぬぅぁああッ……!」

「……ヒューッ、やるねぇ。これでも気絶すらしないなんてさ」


 紅金の防御技が弱かったのではない。彼の装甲がどれほど堅牢であろうと、竜吾の熱光砲の前では「誤差の範囲」に過ぎなかったのだ。それでも意識だけは辛うじて保っている紅金に、竜吾は感嘆したように口笛を吹いている。

 正式に認可されていない非正規ヒーローの装備としては、あまりに強過ぎる火力。自警団ヴィジランテの範疇から遥かに逸脱した、傲慢なお仕置きアロガントパニッシュ。それでも彼はその圧倒的な強さと確かな戦果を以て世論を味方に付け、「No.1」の頂点に君臨しているのだ。


「が、はぁッ……! こ、これが……『No.1』ヒーローの力……なのかッ……!? 信じられん……何という火力だッ……! 俺の最大防御フルプレートバルクが……ダメージ軽減にもならんとはッ……!」

「……『No.1』、ねぇ。そういう言い方、俺は好かねぇなぁ。ヴィラン共まで『数字』で俺達を見てっから、正規ヒーローの連中も点数稼ぎに走ってばっかになるんだぜ? 俺の知ってる『本物』も草葉の陰で泣いてるよ。別にそいつ死んでないけど」


 頂点に立つ最強の力を身を以て思い知らされた紅金は、倒れ伏したまま驚愕の表情を浮かべ、身を震わせている。一方、当の「No.1」はビジネスライクに染まりつつある現代のヒーロー界隈を快く思っていないのか、その称号で呼ばれることを嫌っているようだった。


「……す、凄いっ……」


 そんな彼らのやり取りを遠巻きに眺めていた風花は、他のヒーロー達と同様に、竜吾の強さにただ固唾を飲むしかなかった。背中はおろか、影すら見えないほどにまで圧倒的な「No.1」の力。それが単にスーツの性能だけによるものではなく、そのスペックに翻弄されることなく使いこなせる竜吾の技量があってこそのものであることを、風花達は肌で理解している。


「さて、と……それじゃあ後始末は警察その他諸々の皆様にお任せするとしますかな。帰ろうぜー、ロブ」

『ピポパ!』


 やがて、竜吾の一声によって青のパワードスーツがバイク形態へと変形した。その制御を行っていた人工知能「ロブ」に語り掛けながら、彼は颯爽と青いバイクに跨って行く。

 単調な電子音を発しながらバイクのエンジンを始動させたロブは、そのまま主人を乗せて遥か彼方へと走り去ってしまうのだった。その背中を、風花達はただ見送るしかない。


(……く、くやじぃいっ……! 絶対、絶対超えてやるっ……! この辻沢風花様こそが、真の「No.1」なんだって……絶対に証明してやるぅうぅっ……!)


 圧倒的な力で瞬く間に事件を解決してしまった、竜吾とロブ。その力を目の当たりにした風花は、悔しげに唇を噛み締めている。光線銃を握るか細い手指をわなわなと震わせて、彼女は羨望と嫉妬を混ぜ合わせた眼差しで彼らの背を射抜いていた。

 そんな彼女はやがて、今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めると――その貌を隠すように目を伏せてしまう。その片手には、彼女の携帯デバイスが握られていた。


「……っ」


 デバイスの液晶に表示されているのは、個々のヒーローに対する人々のレビューを表示しているサイト。他のヒーロー達に対しては好意的なレビューを書いているユーザー達も、傲慢な態度を露わにしている風花に対してはかなりの酷評を書いていた。


 その文面に視線を落とした風花は、より強く唇を噛み締める。だがそれは、ネットで酷評されているから……ではない。自分の魅力が分からない衆愚の戯言など聞くに値しない。その考え方を持つ彼女にとって、そんなものはノイズでしかない。

 罵詈雑言の中でただ一つ、真摯な文章で風花を応援している好評レビュー。その「エール」を送ってくれている「唯一のファン」の期待に応えられなかったことだけが、ただひたすらに悔しいのだ。


(いつもバチボコに叩かれてる私を……ずっと応援してくれている、この子のためにもっ……!)


 誰もが応援している「No.1」ヒーロー、ROBOLGER-Xこと火弾竜吾。彼のような豪胆さと実力を兼ね備えた「最強」になろうと志し、その振る舞いを真似るような虚勢を張り続けて来た風花は、いつまで経ってもその域に辿り着けない自分の弱さだけを恥じ、拳を震わせている。


(応えるんだ……いつか必ず、絶対にぃいっ……!)


 それでも彼女が折れないのは――応えたいと想う相手が居るから、なのだ。やがて風花は気高い面持ちで顔を上げ、何としても超えると決意した竜吾の背中を睨み付ける。その凛とした眼差しはすでに、「No.1」に最も必要な素養に満ち溢れていた。


 ◇


 ――そして、この戦いから約1ヶ月後。紅金が属していた犯罪組織「BLOOD-SPECTER」は竜吾の活躍によって壊滅。その偉大な功績により、「No.1」ヒーローの座は不動のものとなったかに見えた。

 だが、元々非正規のヒーローだった竜吾の活動が見過ごされていたのは、BLOOD-SPECTERに対抗出来る手段が他に無かったからに過ぎない。それは竜吾自身も深く理解していた。


 BLOOD-SPECTERの壊滅。それは、最強と謳われたROBOLGER-Xの引退決定と同義だったのである。風花が追い続けた背中は彼女の成長を待たずして、ヒーロー界から立ち去ってしまったのだ――。

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