第3話
森を彩る木の実や秋の色葉が、地に落ちはじめたころ。
気象大臣から『遅れ木枯らし注意報』が発令された。
この日を境に、街では獣人の子供の姿を見なくなった。
「いいか? 生まれてから七年経ってない若い獣人は、遅れ木枯らしの冬には外に出ちゃダメなんだ」
シモンの家にやってきたジョセフが、ルネとリーダー蜂に話して聞かせる。
「リーダー蜂も気をつけるんだぞ?」
「なんで? どうして?」
ルネと同じ年に生まれた最年少のリーダー蜂が尋ねるのを、ジョセフに通訳しながら、ルネは冬支度を急いでいたシモンの姿を思い出す。
「遅れ木枯らしの後で吹く北風に当たると、若い獣人は気ガレ熱に罹る。こいつにやられたら…‥命を落とすこともある」
ぎゃー、怖い。と、蜂たちが騒ぐ。羽音がブンブンと響きあう。
「普通の蜂は平気なんだけどさ、リーダー蜂は大人でも罹ることがあるから、気をつけるんだ」
とっくに大人になってるジョセフや、ヒトであるシモンは平気らしい。
獣人の成長はヒトよりも早く、三年くらいで大人になる。
見た目は少し大柄な少年に見えるルネも、来年の春が来れば大人の仲間入り……では、あるはずなのだが。
蜂の獣人の特性として、あまり大きく成長しないのかもしれない。
「大人になって四年って、もう働いてたりするよね?」
「まあな。だから、仕事場に泊まり込んだり、逆に家で仕事をしたり、色々考えなきゃ危ないわけだ」
気象大臣の所で働いているジョセフのお兄さんは、職務上、前の遅れ木枯らしが来た時に起きたことを知っている。
現在、気象大臣とその部下たちは、気ガレ熱への注意喚起を最優先に仕事をしている。
人を雇っている店などに対策を求め、若い獣人の家を訪問してもいるらしい。
兄から手伝いを求められて、船乗りジョセフも、数日前から街に戻っていた。
そして、子供たちが楽しみにしていた年越しの祭りもなく、年が明ける。
シモンの家では、巣箱を地下室に下ろして、蜂たちを保護していた。
「ニンナ、ダメだって。上に上がってきちゃ」
「ふん。ちびルネが平気なのに、私がダメなわけがないでしょ?」
朝と晩に蜂たちの様子をみて、水場を洗ったりするのがこの冬のルネの仕事だが、ちょっと油断すると背中の見えないあたりに止まったニンナが、地上についてきてしまう。
この日も、二人で言い争いながら、シモンがいる納戸に入ると、彼は棚の上から予備の大笊を下ろそうとしていた。
雑多に物を積み重ねた棚の奥、何かが笊の目に引っかかっているらしい。押したり持ち上げたり悪戦苦闘しているシモンの横で、何も手伝えない小柄な自分を、ルネが悔しく思っていると。
何かの拍子で、引っ掛かりが外れた。
勢い余ったシモンが足を滑らせて、背中から硬い床へと落ちる。
「っつぅぅ〜」
声にならない呻き声をあげて、シモンが丸くなる。腰を力無く摩る。
「大丈夫? 親方?」
「うぅぅぅ」
目を閉じて返事もできない様子に、ルネはとんでもないことが起きていると悟った。
外は冬の晴れ間。
寒いけど、風はなさそうだ。
何よりも、シモンの命に関わる怪我かもしれない。
ルネは、重ねられるだけ上着を着込み、マフラーと帽子で目だけを出すようにして顔を覆う。更に手袋もはめて。
角を曲がった近所に住んでいる、同業者のピーターを呼びに外へ出た。
久しぶりに出た家の外。
朝方に降った雪が溶けた跡だろうか。泥濘む道を慎重に歩く。
冬風に晒されたように淡い、空の青が一段と寒さを感じさせる。
「あのバカ! こんな冬にルネを外に出すなんて!」
ルネから話を聞いたピーターは、シモンに腹を立てつつも、素早く上着を着込む。
「あの、でも。親方は、話もできないくらいで……」
「そりゃぁな。背中を打ったら、声も出やしない」
それはそれで、大事ではないか。
ピーターが呼んだ医師の診察では、シモンの怪我は比較的軽いようだった。
「まあ、二、三日、横になってれば治るじゃろ。あとで、膏薬を持って来させるから、それを塗っておくといい」
「それはそうとして、ルネが外に出てたんだが、こいつは大丈夫か?」
ついでに診てもらうようにと、ピーターが勧めるが
「気ガレ熱は、熱が出てこないことには判らんし、そもそも卵屋の管轄だからなぁ。ワシでは診れんし、治せん」
医師は、すまなさそうな顔で首を振る。
「食べ物の面倒くらいは、俺がなんとかしてやるから。いいか? ルネはこれ以上、絶対に外にはでるな?」
鼻先に指を突きつけるようにして、念を押したピーターが帰っていく。
台所の窓から彼を見送ったルネの肩で
「な〜に、あれ。カッコつけちゃって」
ニンナが、羽を震わせる。
「僕が外に行った間、親方についててくれてありがとう。ニンナが地下にいたら、親方が一人になってたところだった」
ちょっと、うるさく言いすぎたかな? と、反省しているルネに、ニンナは何も言い返さず静かに飛び立つと、地下室へのドアを開けさせた。
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