第17話 カペラの心

幼い頃は、シリウスとリゲルだけが私の友人だった。


教育を詰め込もうとする大人にバレないように、

3人だけの暗号を決めてメッセージを交換して励まし合った。

3人でいれば、何をしていても楽しかった。


シリウスと私が10歳になる時、その輪にベガ様が加わった。

シリウスの婚約者として。

ベガ様は家柄教養容姿どれをとっても、王家に嫁ぐ令嬢として完璧な女性だった。

出来上がった3人の輪に入るのを躊躇い、一線を引いて接しているようだった。

同い年の女の子が見せるその姿に、妙な大人っぽさを感じていた。


ある日、シリウスとの謁見の為に王城を訪れていた彼女は、

体調不良を訴えお茶会を途中で辞した。

お茶会後に来いとシリウスに呼ばれていた私は

偶然、中庭でうずくまるベガ様を見つけ声をかけた。


「医者を呼んできましょうか?」

「平気です。いつものことなので、もうすぐ治まります」

「そうですか。では、気が紛れるように何かお話しませんか?」


気の利いたことは言えなかった。

勉強のこと、シリウスのこと、秘密の暗号のこと、

ただベガ様がしんどいと意識をしないよう会話を続けることが、

その時の私に出来た唯一のことだった。

彼女の侍女が探しにくるまで、私は夢中で話した。


「ありがとう」


と一言だけ残して、笑顔で去って行った彼女を私はいつまでも見送っていた。


シリウスに後で聞いて分かったことだが、

謁見の3日前に彼女の祖母が亡くなっていたらしい。

精神的支えとして慕っていた祖母の死が、

彼女から完璧な令嬢としてのお面をはがしてしまったのだろう。


私が年相応の振る舞いをする彼女を見たのは、後にも先にもその時だけだった。


時が来れば、シリウスの妻として自分の警護対象になる彼女に対して、

特別な感情を抱いてはいけない。

そんな簡単なことは百も承知だが、

いつまで経ってもあの日の笑顔が頭から消えなかった。


中央神殿の事件後、

ベガ様は王城に訪れることはなくなり、私達との交流も途絶えた。

部下に彼女の様子を見に行かせているが、

彼女はいつも黒い服を着ていると報告が上がっている。

10年間から彼女の人生は止まったままなのだろう。

彼女を強引に今と向き合わせることは、残酷なのかもしれない。


それでも、聖女様がベガ様の時を進めてくれることを願ってしまった。

彼女に、今を生きてほしい。

叶うなら、――――と。


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