第11話 婚約者

怒気を孕んだ低い声。

それは、シオンの隣に座るシリウスから発せられたものだった。

ベガも険しい顔をしてカペラを睨む。


「まさかその為にシオン様をここまで連れてきたのですか……?」

「ああ」

「聖女様はそのことをご存じでしたの?」

「……はい。リゲルさんにも、黙っていてすみません」

「私のことはいいのです。ただ……」


リゲルは言葉を飲み込み、カペラを睨んだ。


「シリウスは知らなかったの?」


ベガに問われたシリウスは、リゲルを見つめて


「このカフェに行くとしか……。カペラとはよく話し合っておく」

「はい……」

「何故、本人の同意無しで話が進んでいたのか、聞かせてくださる?」

「すみません」

「謝罪は結構よ」

「私が無理にお願いしました」

「カペラさん……! 私が……」

「まあ、どちらが言い出したかなんて、どうでもいいわ。

 悪いけど、私は治療を必要としていないの」

「え……」


シオンは理解が出来なかった。

ベガの魔傷ランクは上級だとカペラから聞いていたからだ。

魔傷のダメージは人それぞれだが、ランクに応じて痛みも大きくなる。

上級の魔傷持ちは通常は歩くことがやっとで、

呼吸をする度に肺が燃えるような痛みを伴う症状もある。


一見、ベガは健康に見える。

しかし、恐らくそれは相当な努力で隠して、

自分の体と向き合っているのだろうとシオンは推し量る。


(治療が必要ないって、今もお辛いはずなのに……)


「私、今の生活がとても気に入っているの」

「ですが……!」

「公爵令嬢という立場に縛られず、好きなことが出来るのよ。

 カフェもオープンしてから徐々に人気になってきているし、

 それに、私の顔色を伺って近寄ってくる人間の相手をしなくていいんですもの」


空元気とも取れるベガに、カペラは声を絞り出す。


「それでも、私は治療を受けていただきたいです……」

「どうして?」

「貴女が、今も苦しんでいる事実に耐えられないからです」

「カペラには関係ないじゃない」

「関係あります!」

「ないわ」

「ベガ様が痛いと、私も痛いのです。貴女の魔傷は、私を庇って出来た傷ですから」


ベガはカペラに向き直ってまっすぐ見つめる。


「それでも私の選択に、カペラが責任を感じることはないわ。

 もう、終わったことなのだから」

「シリウス様との婚姻は、どうなさるのですか」


(シリウス様との婚姻……?)


「婚約解消を考えているわ。今の私には、とても務まらないもの」

「勝手に決めてもらっては困るよ」

「悪いわね、シリウス。落ち着いてからでいいからその方向で検討してもらえる?」

「一旦持ち帰らせてくれ」

「気長に待ってるわ」


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カフェからの帰り道、一同は沈黙を貫いていた。

シリウスもカペラもリゲルも、それぞれのベガとの距離感で

先ほどの出来事をどう受け止めるべきか考えていた。


シオンは4人の今までを知らない。

想像出来ない時間が4人の中には思い出として存在している。

その事実に、なんだか寂しさを感じてしまう。


(私が入れる隙間は最初から無かったんだわ。

仲良くなれたかも、なんて図々しい考えを持ってしまっては失礼よね)


3人の優しさを正しく受け取って、

聖女として生きていかなければならないのだから。

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