36.『先代魔王』と『伝説の魔導士』

 目が覚めた。

 というかいつ寝たんだ俺は。

 確かあの本を読んで、『聖女』についての記述を見て……あれ、なんだっけ。力の加減が分からないゴリラに可愛がられたチワワになって気絶したんだっけか。

 ……違う。いやたいして違わないか。クルスさんがじゃれついてきたの避けられなかったんだっけか。悪気はないのは分かってるんだけど、持って生まれた種族値が違いすぎると思うんだよね。

 でもなあ。シルとのやり取りとか、あの記述とか見て改めて思う。

 ロサリアさんやレイラみたいな幼馴染みは確かにいるにしても、本人達の意思はともかく立場上砕けた関係には確かになりにくい、クルスさんの友人にはそういう人を教会側が選んでたんだろうなって。

 あの記述が本当ならその時が来たらそれを使命として確実に実行出来るように、教会はクルスさんを育てるだろうしな。胸くそ悪い話だけど。

 ……本当に胸くそ悪い話だなこれ。クルスさんにじゃれつくの辞めてって言えなくなるじゃん。こっちの生死に関わるんだけど。

 うーん。また避け損ねたらどうすっかな。まあ死にはしない、もしくは死ぬ一撃でも回復させるか。しゃーない。しばらくは諦めよう。シルと一緒にいれば加減も覚えるやろ多分。多分!



「レオ、起きた?」

「ん、シルか」

「レオ、痛いところない? 後頭部とか」

「特に……、何故後頭部限定?」

「いや平気なら良いんだけどね」

「じー」

「ど、どうかした? 私の顔に何か付いてる?」

「いや」



 あれだよね。遺跡入口での出来事。クルスさんほどじゃないにしても遺跡の魔力にシルの魔力が呼応したかのように光ったやつ。そういうことだよな。シルにも『聖女』の素質があったってことだよな。


 つまりさ。


 クルスさんが『聖女』として『災厄の魔女』を倒した時、クルスさんもシルも共に死ぬ可能性、あるよな?


 『魔女』を倒したら『聖女』も死ぬってことなら、その可能性否定出来ないよなこれ。

 ……全然興味無かったから『聖女』に関して調べてこなかったの悔やまれるな。クルスさんに聞いても大事なところはぼかしそうだし。その辺りの知識は教会以上にある場所なんてないだろう。

 多分だけど教会がクルスさんにも秘匿している情報がない、なんてことはないと思う。『聖女』に不都合、もしくは本人が知る必要がないと判断される情報の類いがあればって仮定の上だけど。……そっちはスズに頼むしかないか。……正直危ない気がするけど。付いていって護衛しなきゃな。最悪教会自体は敵に回しても良い。

 あとは……シルの師匠リィナさんか。

 シルの育ての親。伝説の魔導士にしてロリババア。あの人の所にシルが帰る度にパワーアップしてたりするからな。シルの魔力の調整もしてるとかなんか。……絶対なんか知ってるよなあの人。



「今度シルがリィナさんの所に行く時一緒に行っていいか?」

「え、全然良いよ。でもどうしたの? 左眼痛い?」

「痛くはないんだけど、まあ診てもらおうかなって」



 とりあえず、知る所から始めないとな。

 世界を救うとかそんなことは正直どうでもいい。

 俺の手はそんなに大きくない。

 それは本物の『英雄』とか『勇者』の仕事。

 俺はただ、大切な『仲間』を絶対に守る。

 絶対に。





    ◆




 俺が目覚めたので遺跡からウツノミヤへ帰る。

 クルスさんの見送りに遺跡の警備の騎士団の人達も並んでいたが。

 あの人達、始めから違和感は感じてたけど、やっぱりクルスさんを見る目が神殿騎士団の人達とは違う。

 如何わしい視線を向ける奴も道具を見るような視線を向ける奴もいる。俺がそう思うくらいだからクルスさんの方がよっぽど気付いているだろうに、やはり俺の嫌悪な感情は顔に出ていたらしく「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。慣れていますので」とクルスさんは小声で話し掛けてきた。「敵味方が分かりやすくていいでしょう?」とも。そういやその格好、そういう目的があるとか言ってたな。こういうことなのかってハッキリ分かった。

 ……いや慣れてるって『聖女』って生き苦しすぎないか。生物として圧倒的に上位の存在だからって精神的には絶対辛いだろ。



「別に辛いことばかりではありませんよ? 多くの人は敬意を払って接してくれますし」



 クルスさんはそう言うが、どう考えても対価と釣り合ってないんだよなあ。

 うーん……。いっそロサリアさんも巻き込むか? いや無理か。騎士団の仕事もあるもんな。

 『魔女』を殺した者は死ぬ、じゃなくてその場合『聖女』も死ぬ、なのが問題だよな。どういう原理なのかさっぱり分からんが。



「レオさん珍しく考え事してますね」

「うん、珍しく何か考えてる」

「聞こえてるぞ」



 馬車のキャビンに乗せた二人が聞こえるように言う。わざとだな。

 ……心配させたか。二人を心配させるのは違うな。



「夕飯何食べようかなって考えてただけだよ」

「やっぱり」

「賭けが成立しませんね」

「おい」



 二人が相変わらずでとりあえず安心した。





    ◆




 深い森林の中にポツリと立つログハウス。シルくらいしか訪れることのない一軒家。

 釣り竿を肩に抱え、川で釣った魚を籠に手にしたリィナが帰る家だ。



「あ、お帰りー」



 玄関を開け、居間まで行くとそこには我が家のようにくつろぎ勝手に後で食べる為に作っておいた菓子をぼりぼりと食べる魔族。マジクの母、アークの姿があった。



「……何故お主がおる? アーク」

「旧友が訪ねてきたのに少しは愛想良くしたら」

「誰が友だ。勝手に上がり勝手に茶菓子を食いおって」

「いなかったんだもの。しょうがないじゃない。これまあまあ美味しいわ。八十点ってとこ?」

「殺すぞ貴様」



 リィナの口調は厳しい。が口調だけで殺気は微塵もない。



「今更。十分殺し合ったじゃない」

「そうじゃな。『先代魔王』」

「百年前の話ですー。『魔王』の力はマジクが受け継ぎましたー。持って生まれた『魔王』の素質に私の力も譲渡した歴代最強の自慢の娘ですー」

「魔王二人分の力を持つ者なんざ歴史上おらんだろうからな。全く厄介な」

「仕方ないじゃない。ヒトとの子なんて同族に狙われるし、私も『勇者』に負けた後で狙われてたし。一人なら逃げれたけど、あの子を抱えては無理だったから力を渡して逃げるしかなかったんだもの」

「ならそう言えば良かろう。わざと娘に恨まれるように言葉を発する割に、また娘の様子を見に行っておったのだろう? そのうち殺されるぞ。わしは清々するがな」

「五分くらいなら全盛期の力出せるもの。殺される前に逃げれるから平気平気。腹に時を止める秘法を使って百年近く大切にしてた子だもの。気になるじゃない。それにいざって時に嫌われていたほうが都合が良いもの」

「ふん」

「あら、貴女は気にならないの? 貴女と共にいた『勇者』の子でもあるのに」

「殺し合った挙げ句、愛が芽生えた。ふざけるな。死ねば良いのに」

「あら、もう死んだけど?」

「魔王と子を成すと死ぬと知っていながら、お主が望むならとその道を選んだ馬鹿のことなぞどうでもいいわ」

「そこは種族の考え方の違いだもの。ヒトとわかり合えるなんて思ってないわ」

「分かっておる。彼奴が馬鹿だと言っただけじゃ」

「ふふ、当時のことを知るものもほとんど居なくなったわねー。そうそう、貴女の育ててた子も元気そうだったわよ? ま、あの子を傷つけれるって存在はほとんどいないだろうけど」

「そりゃあそうじゃな」

「くすくす。私の子や貴女の育てた子、二人が信頼している人間が『只の人間』なんだもの。レオって面白いわよね」

「只の、かは疑問だがの。魔力がまったくないなんて冗談にもほどがある。お主の魔眼、お主の魔力大分込めておったろう?」

「ええ、マジクを守ってくれているお礼に私が十年くらい溜めた魔力をね。……彼に埋め込んだ途端消えたけど」

「正確には消えてはおらん。魔眼を発動する為の魔力にはなっとる。ただ魔眼の内側に籠もってしまって外には出なくなっただけだ」

「そうなの? 『黄龍』と同じくらいの魔力を込めてたのに一瞬で消えたからビックリしたけど。ここまで魔力と縁がないってこの子世界から嫌われてるのかなって」

「さてな。わしは面白いと思うがな」

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