35.引きずられる『白獅子』
レオさんが本を手に取ったまま微動だにしなくなった。
けれども。
ただの皮張りの本。どちらが表か裏かも分からない何も描かれていない皮張り。レオさんは中を開くと迷わずに右開きの本だと理解したように表紙を右とじ側へ持ち直し左から右へページをめくりだした。
ホスグルブの書物の大半は左開きである。
レオさんの目線は文字列をしっかり見ていた。
行間、字間を見れば確かに縦書きか横書きかくらいの判別はつくかも知れない。けれど読めないはずの文を見て、隠しているつもりかも知れないが目や口元がピクリと、反応したりはしないだろう。
読めている。
歴代の聖女の中でも変わり者だったとされる彼女が記した書物。解読が出来ない文字で記されていた本。複数種の文字、文化体系が違う場所で生まれたかのような文字すら組み込まれた難解な文字体系で記された本だ。落書き、と切り捨てるには彼女が残した功績が大きく、扱いに困ったすえにこの場に保管されることとなった本だ。
読めている。
流し読みのようではあるがしっかり文を読み、時に目を開き、時に口元が緩んでいた。何故? と思っていたらレオさんが本を凝視したまま固まってしまった。
「レオ、どうしたの?」
シルちゃんが話しかけるがレオさんの反応がない。シルちゃんが不思議に思ったように本を覗き込んだが、やはり読めないようでレオさんと本を交互に見ながら戸惑っているようだ。教会本部にも写本が一冊、保管されていて私も手に取ったことはあるがやはり私も何が書いてあるかさっぱり分からなかったのでシルちゃんの反応は当然である。
だからレオさんがおかしいのだ。
そもそも何故この場に入れているのかが分からない。『聖女』の力を持つ者以外の侵入は聖域の魔力によって憚られる。シルさんが『聖女』の力を宿している、というのはあの戦いを目にした時に分かっていた。それを確認したかったから『白獅子』に護衛を頼んだというのもある。シルちゃんとお友達になれたという、私にとってそれ以上の収穫もあったから本当に良かった。
けれども。レオさんにはないはずだ。力の欠片どころかチリも感じたことがない。魔力だって皆無だ。そっち方面に関してはレオさんは本当に一切これっぽっちも才能がない。太陽が消滅して夜が明けなくなるくらい、ない。
でもここにいる。
そしてあの本を読んでいる。
というのは事実であるわけで。
「レオさん、どうしました?」
反応がない。なので。
「てい」
「ぐえっ」
手刀を脳天に叩き込む。普段のレオさんならさっと避けて「殺す気か!」と冗談で返すのに直撃。そのまま失神してしまった。
「レオー、ごめんなさい付与魔導切れてたー」
シルちゃんが倒れたレオさんに焦りながら謝っている。乙女の手刀程度で大袈裟な話である。ちょっと力込めたから……生きてるよね? レオさんの首をそっと触る。とりあえず脈はあるので良し。どこか損傷してるかも知れないから一応回復掛けておこう。
あ、レオさんが遺跡に入れたのはシルちゃんの付与魔導の影響かな? なるほど。私が付与を使ったとしても相手の力を単に上昇させるだけで『聖女』の力まで乗ることなんてないから失念していたな。レオさんがシルちゃんの付与魔導でシルちゃんの魔力まで纏っていたから入れたのか。シルちゃんは付与魔導に関しては規格外、恐らく歴史上でも並ぶ者はいないと思う。ただし相手がレオさんに限る、という点も組んでいるのだから問題ない。
……いいなあ。やっぱり羨ましい。でも、シルちゃんには私の分まで幸せに生きてもらおう。私が死ぬ為の理由が増えたのは良いことだ。その為に生きてきたんだから。
「クルスちゃん、レオ起きない」
「仕方ないので引きずっていきますか」
「ええ……」
レオさんの持つ本を手に取る。うん、やっぱり分からない。何を見たんだろうな。私は本をそっと本棚に仕舞うと、レオさんの右足首を掴んでズルズルと引きずって歩くことにした。大丈夫。怪我しても治しますから。
「多分クルスちゃんのそういうところだと思うんだよね……」
「何か言いました?」
「うーん、まあクルスちゃんが良いなら良い……のかなあ?」
◆
クルスが気絶したままのレオをズルズルと引きずりながら、その横でどうすれば良いのか分からずオロオロしている心配しているシルに大丈夫ですよと話しかけながら遺跡から出てきた。
警備についていた教会の騎士はすぐに気付いて出迎えた。
「おお、『聖女』様がお戻りになられたぞ! ……これは『白獅子』殿!? 一体何が!?」
「ええ、中で少し試練がありまして。レオさんが私たちの盾となってくださったのです」
教会の騎士は驚愕した。あの『白獅子』が気絶するほどの出来事が遺跡内で起こったことに。
「なんということだ。まさかあの『白獅子』殿が……。さ、あちらに簡易的ではありますが宿舎がありますので」
「そうですか。それではそちらをお借りしますね」
そう言ってクルスは再びレオを引きずり歩き出した。遺跡外に広がる石畳にレオの後頭部はリズミカルにぶつかり跳ねている。シルが更に慌てているがクルスは気にしていない。最終的に治ればいいだろうの精神である。これだけ雑にレオを扱ってはいるが、クルスはレオにならどれだけ乱暴されても良いとすら思っている人間だ。ただ、今まで砕けた関係の友人を築くことが出来なかったが故に、距離感を大幅に間違えすぎているというか、レオなら大丈夫という思い込みが完全に間違っていて、つまるところ親しい間柄の人間関係が不器用ってレベルじゃないだけである。
「あの……『白獅子』殿の後頭部が石畳にガンガン打ちつけられていますが大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫です。『白獅子』ですから」
「なるほど。であれば遺跡の中では余程のことがあったのだと思われます。どうぞゆっくり休まれてください」
教会の騎士もなんか会話になってない気はしたが、『聖女』が『白獅子』についてそう言うならばこれ以上何言っても無駄だなと会話を諦めたのだった。
「ありがとうございます。あ、そうでした。遺跡の中に入ったのは私だけ、ということにして頂けませんか?」
「……分かりました。これ以後、みなに箝口令を敷かせて頂きます」
「ええ、重ねてありがとうございます。行きましょうシルちゃん」
「レオ、大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ。砕けてもくっつけますから」
「クルスちゃん、レオには容赦ないよね」
「そうですか?」
「うん、そう思う」
シルは内心でレオの強化付与魔道いつもより強めに掛けておこうと思ったのだった。
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