34.『聖女』

 ホヘト坂を抜け、街道は大きな泉まで続いた。そこから森林へ入り大きな山の麓にある古代遺跡に着いた。


 後ろで寝ているシルを、遺跡に到着する前にクルスさんが起こしシルが平謝りである。その後シルが少しウトウトしながらたまにクルスさんにもたれかかり、そんなシルにクルスさんはニッコニコである。

 にしても道中モンスターの類いに一切遭遇しなかったな。街から離れる、しかもあまり人が踏み入れてない場所まで入っていくと流石に出くわすもんだけど(スズが案内している場合を除く)



「遺跡の近くは何故かモンスターが近寄らないんですよ」



 クルスさんはそう言った。いや安全と分かっているならそこに住むべきでは? と疑問に思ったが「安全なら教会の上層部の方々がこの近くに街を作っていますよ。そういうことです」と返されてしまった。え、モンスターは近寄らないけど安全ではない?



「何故近寄らないかも分かっていませんし、機密の塊みたいな場所ですから」

「そんなところに行って大丈夫なん?」

「『白獅子』の同行許可はもちろん頂いてますから。教会としてはむしろ『白獅子』を抱き込みたい側なので積極的に関わらせたいのが本音でしょうね」

「何に関わらせようと?」

「私以外の戦力を欲しているだけでしょう。別にそこは気にしなくていいですよ? 教会に強制力はありませんし、レオさんいつも通り突っぱねるだけでしょう? そういう意図もある、くらいは知っておいても良いかと」

「……つまり、何も考えなくて良いってことだな!」

「レオさんがそう判断した時って大体碌な目にあってないと思いますけどね」



 クルスさんの言葉のナイフが鋭くて泣く。シル、笑ってないで多少でも反論して……。あ、二人手繋いで寄り添って仲良さそうですね。むしろ俺が邪魔まである。





    ◆





 古代遺跡には教会から騎士団の一部が警備として派遣されて常駐しているとのこと。クルスさんも先ほどまでのリラックスモード、なのか? うちのパーティーハウスにいるときのようなくだけた感じから、流石にいつもの『聖女』様らしい立ち振る舞いに切り替えていた。



「これは『聖女』様!」

「ご苦労様です」

「そのようなお言葉……身に余る光栄です! 『白獅子』様方、『聖女』様の護衛、ありがとうございます!」

「仕事ですのでお気遣いなくー」

「あはは……、こ、こんにちわー」

「『聖女』様、さあこちらへ」

「ありがとうございます」



 警備の方々の案内を受け、朽ちた石畳の道を歩く。

 古代遺跡。ダンジョンみたいなもんかなって思ってたんだけど違ったな。小さな古城というほうが正しいんじゃないか? けど、建物自体に不思議な空気が纏わり付いているというか……。クルスさん曰く、触れるのは危険だということ。クルスさんが危険というなら即死すんじゃねえかなってことで絶対触らないことをシルと共に誓う。この遺跡、『聖女』以外受け付けないらしい。なにそのクソ厄介ユニコーンみたいな施設。



 古城、じゃなかった古代遺跡の正門前。大きな赤い絨毯が広がっており、それはそれは仰々しい祭壇が組まれていた。はえーとアホ面を晒しながら良くこんなもんここまで持ち込んだなと感心しているとクルスさんから「二人は私の後ろに」と連れられて祭壇の前へ。異例のことらしく警備の方がクルスさんに「それはちょっと……」と止めようとするも笑顔で「私が良いと言っています」と有無を言わせなかった。


 祭壇の前にクルスさんが跪く。クルスさんの服装だと際どすぎるポーズになる。正面に誰もいなくて良かったね。クルスさんは両手を胸の前に組み祈りを捧げる。その後ろにボサッと突っ立ってる俺とシル。これ警備の方々の言うとおり、他の警備の人達と一緒に周りで見学していたほうが良かったのでは?


 クルスさんの身体が赤く光り出す。え、なにそれ聞いてないんだけど。周りから「おお……!」みたいに歓声が上がる。気になったので右眼の魔眼のスキルを発動して魔力の流れを見てみる。


 ……遺跡自体が魔力を纏っていてその魔力がクルスさんに伸びてきて干渉している? クルスさんが『聖女』かどうか確認しているって感じか? でも赤く輝いたクルスさんは少しなんていうか……焦ってない? 大丈夫これ?


 あ、遺跡の魔力が俺とシルにも纏わり付いた。いや俺達は違うよってあれ噓でしょシルに遺跡からグルグル魔力が纏わり付き始めたんだけど? シルも身体に異変を感じたのかちょっと焦ってる。止めるか? 儀式ぶっ壊すことになるかも知れないけどなんかおかしい。……ってシルほんの僅かだけど若干赤黒く光ってない!? いやシルが少しでも苦しそうなら止めるぞ俺。ってクルスさんもチラッとシル見て焦ってる!?


 良し止めてや「開いた!」……俺の決意は警備の方々の歓声に止められた。古代遺跡の正門が開いたのだ。クルスさんとシルの身体の発光が止まった。儀式とやらは終わったらしい。警備の方々がクルスさんを囲みおめでとうございますの大合唱である。



「シル、大丈夫? なんともない?」

「うん、ちょっとビックリしたけどなんともないよ。……何だったんだろう」

「……さあ、二人とも中に入りますよ」

「え、いいの?」

「私の護衛ですから問題ないでしょう」



 本当? あとでクレーム来ない? 別に入りたくないから外で待ってても全然良いんだけど。ほら、警備の方々も何か言いたそうにしてるやん。



「私が良いと言ったから大丈夫なんです」



 そうだ。この『聖女』様、教会内ででっかい発言力持ってるんだった。



「仕方ないか」

「まあまあレオ、中どんな感じなんだろうね」

「カビ臭いだけじゃないの?」

「流石にそれだけということはないと思いますが」



 そんなことをグダグダ言いながら、俺達は遺跡の中に入っていった。この時、スズが居れば警備の奴らの言葉に気付けたことが悔やまれる。



「……おい、教会本部に早馬を出せ。前代未聞の事態だ。『聖女』様のスペアが見つかったかも知れん。おい、中には入れるか!」

「駄目です! やはり入れません!」

「何故だ! 『白獅子』二人とも入れたのに何故入れない! 特に『白獅子』本人! スペアはまだ分かるが何故入れる!」




    ◆





「やっぱカビ臭い」

「恐らくこの中に入ってそんな感想を言ったのはレオさんが初めてでしょうね」

「マジ?」

「レオ、私に聞かれても……」

「レオさん、シルちゃんをイジメちゃ駄目です」



 『聖女』以外を受け付けないとかいう遺跡に普通に入ってるんだけど大丈夫なんだろうか。



「それにしても入れちゃいましたねえ……」

「え、入って良いって言ったのクルスさんだよね!?」

「んー、レオさんが入れるとは思っていなかったんですけどねえ」

「あれ、私は入れることになってる!?」

「シルちゃんはまあ……。後で外の人達に口止めしておかないと……」

「で、この中に何があるの?」

「いえ、儀式自体はもう終わってるんですよ。正しく『聖女』の力があれば正門が開く。その力の判定をする為のものなので。今はただ探索しているだけです。あ、初代様のお部屋があるらしいですよ。歴代の方々がそこにメッセージを書き残しているようです」

「初代様の部屋、ねえ」

「何処だろうね」

「割と分かりやすいらしいんですが……。あ、多分あれです」



 なるほど。一つだけ、ヴェールを纏い祈りを捧げる女性が精巧に彫刻された扉がある。実に分かりやすい。クルスさんが迷わず開けると触るだけで千切れてしまいそうな本が机に置かれていた。



「この本が……ってボロボロでもう書くのも読むのも厳しそうですね。楽しみにしていたんですが」

「クルスさん、本棚の本見てみてもいい?」

「ああ、いいですけど多分読めませんよ? 解読不能な本は本棚に入れてあると聞いていますので」

「ふーん」



 なんとなく、気になったので手に取ってみただけだから別に読めなくてもいい。

 と、思っていたんだけど。

 どちらが表か裏かも分からない皮張りの本。本を開くと、俺はその本が右開きなことが理解出来てしまった。

 縦書きか横書きかくらいなら、行間や字間でなんとなく分かるんじゃね。その程度の気持ちで開いたのに。まさかの日本語で書かれていたから冷や汗ダラッダラである。つまり、俺以外にも過去に転生者がいたってこと? 中はただの日記みたいだけど……と、とりあえずペラペラと捲る。

 その日記の中で、『聖女』としてこの世界に生まれたその人はこう、記していた



【『聖女』を傷つけることが出来る者は『魔女』のみ。『魔女』を傷つけることが出来る者も『聖女』のみ。『災厄』が起これば世界は滅ぶ。『災厄』を止めるには『魔女』を殺すしか方法はない。そして『魔女』を殺せば『聖女』も死ぬらしい。運命に呪われているとしか思えない。『聖女』として生まれたことをずっと恨んでいる。世界は私の死を望み求めているんだ。生きることを望むのは許されない。それが『聖女』の運命なのだ。これを読んだ誰か。どうか運命を変えて欲しい】

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